ソードアート・オンライン 絶速の剣士   作:白琳

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第22話 エクストラスキル

「ここがウルバスか……」

 

俺が辿り着いた街、ウルバスは外周部だけ残して中は堀り抜かれた岩山の中にある。この壁の高さははまるで要塞のようにも見え、モンスターが街に入ってこないように考えられて作ってあるんだろう。おそらく設定はそんな感じのはずだ。

南側のゲートから街の中へと入り、視界に現れた表示と聞こえてくる音楽から圏内に入った事を確認する。さて、アスナから聞いた通りに転移門を有効化(アクティベート)をさせなくては。アルゴが第1層攻略の事を知っていたという事は、既にその情報が全プレイヤーに伝わっているとも考えていい。なら始まりの街にいる転移門の前には多くのプレイヤーが今か今かと待っているに違いない。

 

「始まりの街の転移門が広場にあったという事は……」

 

ウルバスの街路を広場は中心にあるだろうという勘で歩き回っていると、視界に入った階段を上った先に大きな門を見つけた。あの形、転移門に間違いない。あれに俺が触れれば始まりの街の転移門と繋がるらしい。

 

「……ふむ」

 

アスナが教えてくれた通りにどこか隠れられる場所を探していると、良さげな古い建物を見つけた。念を入れてドアを開け、中を確認するが誰もいなければ物もほとんどない。階段は入口の近くに見え、有効化(アクティベート)したら上の階から広場を観察するか。

 

「よし、やるとするか」

 

俺は転移門の前へと戻り、目の前の水面のような物へと触れた。その瞬間、転移門からは鮮やかな光が溢れ出して俺の視界を埋め尽くしていく。これが有効化(アクティベート)されたという事なんだろう。

なら、とっとと逃げるとするか。

 

「よっ」

 

走り出した俺はあの建物のドアを勢いよく開け、一切止まらずに階段を駆け上がっていく。そして上の階へと転がりつつ入る。

 

「……間に合ったか」

 

窓際に向かい、顔を僅かに出して下を見ると転移門から多くのプレイヤーが流れ出てきた。先程とは違う音楽が流れているが、それを聞かずに広場から走り去っている者や辺りを見渡している者もいる。あと、2層に来た事に感激して騒いでいる奴も何人かいるな。

 

「あいつらは……なるほど、俺を探しているのか」

 

何故辺りを見渡しているのかと思っていたが、この階層に来れたという事は誰かが転移門に触れたに違いない。しかしそのプレイヤーである俺は目立つ事を避ける為に逃げ出してしまった。本来ならばいるプレイヤーがいなければ、気になって探すのは当然か。

 

「ん?……あれは」

 

しばらく広場を見下ろしていると、転移門から見知ったプレイヤーが走りながら出てきた。少し前にメッセージのやり取りをしたアルゴである。何故急いでいるのかと思っていると、その後ろを追うように現れた男の2人組がアルゴを発見すると同時に走り出した。

 

「…………」

 

何が目的かは分からないが、あのまま放っておくわけにはいかない。俺は別の窓枠から乗り出して目の前の屋根へと飛び移った。何人かのプレイヤーがその時に生じた音に気付いてこちらを向いたが、敏捷性にポイントを多く振っている俺にとっては見つかる前に隠れるなど容易い。

 

「さて、あいつらはどこに行った?」

 

屋根の上を慎重にかつ素早く移動しながら、俺はメインウインドウを操作し、スキルの1つである索敵(サーチング)スキルから派生した追跡を使用する。Argoと名前を入力すれば、街路に薄く緑色に光る足跡が出現した。これは俺にしか見えておらず、他のプレイヤーには見えていない。

索敵(サーチング)スキルの主な役割はモンスターの捜索や隠蔽スキルを使っているプレイヤーを見破る事だが、追跡は見失ったモンスターがどこに行ったのかを知る為のスキルだ。プレイヤーでもフレンド登録をしている奴なら追える。

 

「あっちか……ん?」

 

アルゴの足跡は西側の通りを抜け、その先にあるゲートに向かっている。まさかと思い、プレイヤーがこの辺りにはいない事を確認してから街路に飛び降りると、足跡はゲートの先に続いていた。フィールド────つまり圏外に出たという事だ。

まだこの階層のモンスターと戦った事はないが、第1層のモンスターよりも強いのは間違いない。アルゴもその危険性を知っているはずだが、あの2人組を追い払う為に出ていったに違いない。しかし足跡が続いている事からそれでもアルゴを追い掛けていったと考えられる。

 

「急ぐか」

 

取り返しのつかない事になってしまう状況だけは回避させないといけない。それ以前にアルゴは多くのプレイヤーにとって必要な情報屋であると同時に、顔見知りだ。俺がいる場所で危険な目には遭わせたくない。

そう思いながら進んでいくと、足跡の色が濃くなってきている事に気付いた。つまりアルゴと奴らがいる場所までもう少し────と思った所で聞き覚えのある声が響いた。

 

「……んども言ってるダロ!この情報だけは、幾ら積まれても売らないんダ!」

「あそこか」

 

アルゴの声が聞こえてきた場所を咄嗟に岩山に身を隠しながら見る。しかしここからはまだ遠い上に先にある岩山が視界の邪魔をし、アルゴの姿しか見えない。あの岩山からだとこっそり覗いても見つかるよな……仕方ない、あの岩山を登って上から状況を確認するか。

 

「情報を独占する気はない。しかし公開するつもりもない。それでは、値段の吊り上げを狙ってるとしか思えないでござるぞ!」

 

……ござる?何だ、その古臭そうな口癖は。いや、それともそういった口癖が最近は流行ってるのか?真似したいとは到底思わないが。

そんな事を思いつつ、俺はプレイヤーやモンスターから身を隠せる隠蔽(ハイディング)スキルで近寄った後に岩壁を登っていく。ここでも隠蔽(ハイディング)スキルは使っているが、熟練度は索敵(サーチング)スキルと同じように低いからな。音には気を付けておかないと。

 

「値段の問題じゃないヨ!オイラは情報を売った挙げ句に恨まれるのはゴメンだって言ってるンダ!!」

「なぜ拙者たちが貴様を恨むのだ!?金もいい値で払うし、感謝もすると言っているでござる!!この層に隠された────エクストラスキル獲得クエストの情報を売ってくれればな!」

 

…………なるほど。どうやら奴らの目的はエクストラスキルという情報をアルゴから買う事らしいな。しかしアルゴは売る気はない、と。エクストラスキルがどんな物なのかは知らないが、おそらく普通のスキルとは何かが違うんだろう。聞こえてくる声から状況を整理し、登りきるとアルゴと一緒にいる奴らを視界に入れた。角度的に見つかる心配はないと思うが、念の為にと腰は屈めておく。

 

「……何だ、あいつらの服装は」

 

アルゴを追い詰めている奴らの服装は忍者に似ている。いや、確実に忍者を模しているに違いない。そういった装備品もあるんだなと思うと同時に、よく恥ずかしくないなと奴らの頭を少し哀れに思う。

 

「今日という今日は、絶対に引き下がらないでござる!」

「あのエクストラスキルは、拙者たちが完成する為に絶対必要なのでござる!」

「わっかんない奴らだナー!何と言われようと()()の情報は売らないでゴザ……じゃない、売らないんダヨ!!」

 

口癖が移ってるぞ、アルゴ。とりあいず状況を確認する事は出来た為、俺は地面を勢いよく蹴り飛ばしてアルゴと奴らの間に着地した。高さは大体5mあったと思うが、この程度なら現実世界でも飛び降りた事はある。頭で考えるよりも先に慣れた体が動いてくれたおかげで、衝撃によるダメージを受ける事はなかった。

 

「な、何者でござる!?」

「他藩の透波でござるか!?」

 

ござるござるとうるさい奴らだな。まぁ、そっちは放っておこう。奴らの相手をするよりも俺にはやるべき事があるんだ。俺はアルゴの方に振り向き、頭から足下までを流れるように見てから尋ねる。

 

「アルゴ、怪我はしていないな?」

「えっ?……あ、あア、大丈夫だヨ」

「貴様っ!拙者ら風魔忍軍を無視するとは、いい度胸しているでござ──────」

 

背後で叫ぶ風魔忍軍とやらをギロリと睨む。それと同時にボス攻略の時、キバオウに向けた殺気を同じように奴らにも放った。ある程度は抑えたものの、それでも奴らの顔は段々と青ざめていっている。

 

「……何か言ったか?」

「いっ、いえいえ!何も言ってないでござる!!な、なぁ、イスケよ!」

「そ、そうでござる!コタローの言う通り、何も言ってないでござるよ!!?」

 

嘘をつくのがとんでもなく下手だな。ていうか、動揺していてもその口癖は直さないんだな……いや、既に染み付いていて取れないのか?

 

「まぁ、いいか。それよりお前ら後ろにいるのは何だ?」

「「へっ?」」

 

奴らの方へと振り向いた時から気になっていた事を尋ねる。顔を後ろへと向けた2人は、俺の言う()()を視界に入れると固まった。そして先程までの威勢はどこにいったのか、膝がガクガクと震えている。

 

「あ、あれハ……トレンブリング・オックスだヨ!」

「ブモオォォ────ッ!!」

「「ごっ……ござるううぅぅっ!!」」

 

へぇ……あの後ろにいた巨大な牛の姿をしていたモンスターはそういう名前なのか。そのトレンブリング・オックスは奴らだけを敵と認識したらしく、俺達には目もくれずに逃げる風魔忍軍の2人を追い掛けていってしまった。

 

「あの巨体に似合わず、凄い速さだな?もう見えなくなったぞ」

 

2人と1匹が走っていった方向を見るが、既にどちらとも姿が見えなくなってしまっている。あの追いかけっこの勝者がどちらになるのかは知らないが、罰として一度奴らは遥か空高くに吹き飛ばされてもいいんじゃないか?と、そんな事を考えていると──────

 

「かっこつけすぎだヨ、シー坊……」

「っ……」

 

背後からアルゴの手が伸び、腰に回ったかと思うと背中に2つの柔らかい物が押し付けられた。おそらくこれは……いや、密着している事から間違いなくアルゴの──────

 

「シー坊に助けられたのはこれで二度目だナ。こんなコトばっかされていたら、流石のオネーサンでも情報屋のオキテ第1条を破りそうになっちゃうじゃないカ……」

「な、何?」

 

落ち着け。アルゴが何故突然こんな事をし始めたのかは分からないが、まだ慌てる所じゃない。だから落ち着くんだ。

────よし。まず破ろうとしている『情報屋のオキテ第1条』とらの内容は分からない。しかしこの状況からして何となくは分かるし、アルゴが破れば人によっては喜ばしい展開になるかもしれないが。

 

「……オキテとは何だ?」

「おいおイ、オイラもこんな口調だけど女性だゾ?まさかオイラの口から言わせようとするなんて……その、シー坊はエッチだナ……」

「ほぅ……?」

 

自分から話を振ってきたにも関わらず声が段々と小さくなっていくアルゴ。そんな彼女の手を取ると、ビクッと体を震わせたのが背中から伝わってきた。それ程強くは抱き締められていない為、簡単にアルゴの手の中から抜け出した俺は後ろを振り向く。視界に入ったアルゴの顔は俺と目が合った途端に赤くなり、恥ずかしそうにモジモジとしていた。

 

「どうした、顔が赤いが調子でも悪いのか?」

「いや、そういうコトじゃ……ないケド」

 

俺の問いかけに対してアルゴは答えになっていない呟きを返してきた。理由は分からないが、とりあいず俺を勝手に変態扱いしてくれたアルゴには少しばかりお仕置きが必要だろう。

 

「そういえばアルゴ、情報を何でも1つだけ売ると言ったな?」

「あ、あア」

「なら────さっきの奴らと話していたエクストラスキルについて教えろ。さっきの様子からして特別なスキルか何かなんだろ?」

 

俺が『エクストラスキル』と口にした途端、アルゴの頬から赤みが消え、きょとんとした表情を俺に向けてきた。

何だ、そんなに俺の発言が意外だったのか?それともエクストラスキルとは名前が珍しそうなだけで、実際は大した事がないとかか?

 

「えっと……ホ、ホントにそれでいいのカ?何でもいいんだゾ?もちろんオイラのスリーサイズとかでもナ」

「何でそれを勧めてくる……?とにかくエクストラスキルでいい」

「そ、そうカ。……オイラって女性としての魅力が足りたいのカ……?」

 

アルゴの小さな呟きが聞こえてくるが、別にそんな事はないと思う。確かに「オイラ」という一人称や特徴的な口調は女性としてどうかと思う。しかし見た目や先を見透かしたような発言から、先程の「オネーサン」というのも内面だけなら間違いないかもしれない。

 

「アルゴは十分に魅力的な女性だと思うぞ?」

「そ、そうかナ……って、なに盗み聞きしてるんだヨ!?」

「聞こえてきたんだからしょうがないだろ。それでエクストラスキルについては教えてくれるのか?」

 

アルゴが慌てた様子で詰め寄ってくる事に対し、俺がそう尋ねると距離をとって「コホンッ」と咳払いをした。いや、今更それをして気持ちを落ち着かせても遅いと思うんだが……。

 

「何でも教えるって言ったからには約束は守るヨ。でもシー坊も約束シロ。どんな結果になっても、オイラを恨まないってナ!」

「さっきの奴らにもそう言っていたな。どうしてエクストラスキルについて教える事がアルゴを恨む事になる?」

「そっちの情報は有料だヨ、シー坊」

 

……ふむ。気になるが、別にどうしても知りたいわけじゃない。どうせその理由を知る事になるんならコルの無駄だしな。それに命の危機に陥るようならアルゴももっと念を押してくるだろうし。

 

「分かった、約束する。俺はアルゴを何があっても恨まない。絶対にな」

「ならいいヨ。ついてきナ」

 

どこかへと行こうと身を翻すアルゴに俺は「ん?」と首を傾げた。その場から動かず、疑問で満ちた表情をした俺にアルゴは気付き、引き返して俺の前に戻ってきた。

 

「どうしタ?()()()のエクストラスキルがどこで手に入れられるのか聞きたかったんじゃないのカ?」

「……この層?エクストラスキルってのは複数あるのか?」

 

それに『どこで』という事は曲刀や片手剣といった武器のソードスキルのように使えるようになるのではなく、特定の場所でしか手に入れる事が出来ないのか。

 

「あー……なるほど、シー坊はエクストラスキル自体知らないのカ。なら、歩きながら説明してあげるヨ」

「悪い、頼む」

 

 

 

 

 

 

 

エクストラスキルとは、特殊な条件を満たさないと手に入れる事は出来ない────つまりは隠しスキルというものらしい。ベータテストの時に見つかったのはたった1つだけみたいだが、それはなかなかお目にかかれる物ではないという事だ。

……ここまで案内してくれたアルゴの説明を纏めるとこんな感じか。しかし岩壁をよじ登り、洞窟に潜り込んだら今度は地下水流を滑り降りたりと、あの場所からこんなにも移動するとはな。マップで確認してみたが、距離的にやはりというべきか東の端に俺達は辿り着いていた。

 

「この先なのか?」

「ああ、そうだヨ」

 

他と比べると標高が高い岩山を登っていくと、頂上に到達する手前で先を歩くアルゴの足が道を逸れ始めていた。それを伝える為に声を掛けようとしたが、その瞬間にアルゴの姿が消えてしまった。

 

「なにしてるんダ?こっちだゾ」

 

ひょっこりと顔を出してくるアルゴ。どうやら俺からは見えない位置に隠された道があるらしい。後を追って進んでみれば、本来通るべき道からは角度的に見つける事は難しい事が分かる。

よくこの道を見つけられたな、とアルゴに感心しながら進んでいくと、周囲を岩壁に囲まれている小屋が見えてきた。

 

「あの小屋だヨ。あの中にエクストラスキルを手に入れる為のクエストを出すNPCがいるんダ」

「クエストの内容は?」

「それは自分で受けてからのお楽しみだヨ!」

 

まぁ、そのクエストの内容次第でアルゴを恨む事になるのかもしれないのだから、教えるわけがないか。しかしアルゴの様子を見ているとそれだけではなく、どこか楽しみにしているような感じがするのは気のせいだろうか?

 

「それじ開けるゾ」

「ああ」

 

小屋の扉を勢いよく開け放ったアルゴ。小屋の中には幾つかの家具があり、!マークが浮かんでいるNPCが1人だけいた。そのNPCとはエギル同様にスキンヘッドでフサフサな髭を生やした老人。だが正に武人と言っていい程に筋肉の隆起が凄まじい事が道着の上からでも分かる。。

 

「アイツがエクストラスキルの体術をくれるNPCだヨ。オイラの提供する情報はここまで。クエを受けるかどうかはシー坊が決めるんダナ」

「……体術?」

「サービスだヨ。体術は武器なしの素手で攻撃する為のスキル……だとオイラは推測している。武器を落としたり、耐久限界で壊れた時には有効だろうナ」

 

なるほどな、その体術があれば武器を失っても戦えるという事か。それは心強いな、手に入れる事が出来れば助かる場面が出てくるに違いない。

 

「……ん?待てよ、推測ってどういう事だ。まだこのエクストラスキルを持った事のあるプレイヤーはいないのか?」

「いないヨ。さらにサービスで教えてあげル。オイラはずっと前に自力で見つけていたけど、ベータテスト終了の数十分前に2層にいる体術マスターの情報が発見されたんダ。でも内容は『2層のどこかに体術マスターがいる』ってだけで、居場所はオイラ以外誰も知らないヨ」

 

エクストラスキルがどの層にあるのかは分かったが、正確な場所はアルゴ以外誰も知らない。なら先程のあの2人組はベータテスターであって、アルゴからその情報を買い取ろうとしたんだろう。だが恨みを買われるわけにはいかないから売らなかったと……。

 

「ここの事をアルゴしか知らないという事は、挑戦したのはアルゴだけか。そしてクリアできなかったと」

「まァ、そうだナ。シー坊、挑むなら舐めてかからない事を忠告しておくヨ」

 

そこまで危険なクエストなのか……?しかしどんな事をあの老人から頼まれようと、アルゴの事を憎まずに必ず乗り越えてやる。そしてエクストラスキル────体術を手に入れてみせる。

 

「望む所だ、必ずクエストをクリアしてやる」

 

俺は小屋の中へと進み、老人の前に立つ。視線をこちらに向け、ギロリと睨んでくるが俺はそれに一切動じず、言葉を待つ。

 

「……貴様、入門希望者か?」

「ああ、そうだ」

「修行の道は長く険しいが、それでも入門したいと?」

「だからどうした?修行なら長く険しいのは当然の事だろ」

 

老人は頭上に見える!マークが?マークへと変化すると、外に出ていってしまった。俺もその後を追い、小屋から出ると老人は庭の端にある巨大な岩をペシペシと叩いていたた。

 

「汝の修行はたった1つ。両の拳のみで、この岩を割るのだ。成し遂げれば、汝に我が技の全てを授けよう」

「……何?」

 

あの岩を両手だけで割れだと?たったそれだけでエクストラスキルをくれるというのか。しかし一見してみると危険は少なそうに見えるが、そう簡単に割れるとは思えない。そうでなければアルゴも諦めないだろう。

 

「この岩を割るまで、山を下りる事は許さん。汝にはその証を立ててもらうぞ」

「証だと?」

 

老人は道着の懐から何かを取り出した。1つは小さな壺、そしてもう1つは───どこもおかしな所はない普通の筆である。何をするつもりだ?と俺が考えていると、老人の手が素早く動いた。筆を壺に入れ、中にある墨で穂先を黒く染めたかと思うと俺の顔に目掛けて向かってきたのだ。

 

「っ……な!?」

 

予想していなかった突然の攻撃────とは言えないものの、老人の奇襲に俺は判断が遅れてしまった。その結果、俺の顔に筆で何かを描かれてしまった。

 

「ちぃっ……!」

 

老人から逃げるように後ずさった俺であったが、既に遅い。手の甲で筆が触れた箇所を拭うが、墨を擦ったような跡はついていなかった。

 

「その証は汝がこの岩を割り、修行が終えるまで消える事はない。信じているぞ、我が弟子よ」

「…………」

 

小屋の中へと戻っていく老人を見届けた後、俺はアルゴに目を向けた。笑いを必死に堪えているせいで微妙な表情になってしまっているアルゴに少しイラッとしたが、どうにか気持ちを落ち着かせて尋ねた。

 

「……アルゴ、今の俺の顔はどうなっている?」

「その前に気付いているカ?自分の顔に描かれたのが何なのか?」

「ああ……お前と同じヒゲだろ」

 

アルゴはこの老人を自力で見つけ、クエストを受けた。そして俺と同じように岩を割るよう言われ、筆でヒゲを描かれたのだろう。何故描かれたのがヒゲだと分かったのか、それは筆を太刀筋に例えて見たからだ。

 

「んー……いや、だいぶオイラのとは違うナー」

「ならどんな感じになっている?」

 

結局最後にはこのクエストをクリアするつもりでいるからな。消えてしまうヒゲがどんな風なのかは気になるし、知っておきたい。

 

「そーだナ、一言で表現すると……シンえもんだナ!」

「シ、シンえもん……?」

 

何だそのネーミングセンスは、とアルゴに言うとしたがその前に先程から耐えている笑いに限界が来たようだった。地面に突っ伏し、両足をジタバタさせながら転げ回っている。

 

「にゃハハハ!にゃーハハハハ!!」

 

そうやっていつまでも爆笑し続けるアルゴ。気が済んで笑いが止まってもこちらを見るとまた笑い出すという光景を何度も見せられた俺はある事を決意した。

このクエストが終わったらアルゴを見つけ出して説教してやろうと。これはアルゴを憎んでいるわけではなく、アルゴの為を思ってしてやるんだ。だから問題ない。

 

 

────まぁ、岩を割るのに3日かかってしまい、アルゴには逃げられてしまったんだがな。




これにて『第1章 初攻略への思惑』は完結です。そしてプログレッシブ編もこれで完結です。
それから今日中に番外編を1話投稿する予定です。

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