ソードアート・オンライン 絶速の剣士   作:白琳

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第17話 お風呂

スイッチとPOTローテの説明、またアスナの念願の入浴を果たす場所となる農家は、トールバーナの東に広がる牧草地に建っている。中に上がらせてもらった事が1度だけあるが、やはり大きいな。少なくともここまで大きな家を俺は現実世界で直接見た事はない。道場も大きい事は確かだが、ここまでではない。

 

「こっちだよ」

 

中に入っていくキリトを追い、俺とアスナも中へと入る。階段を上がっていくと、廊下の突き当たりにドアがある。その先がキリトが寝泊まりしている部屋だ。キリトがドアノブに触れると、ガチャリという音が聞こえてくる。プレイヤーが借りている部屋は、そのプレイヤーでなければ開かないという仕様になっているのだ。泥棒などが入る心配はないだろうが、緊急時にはどうすればいいんだろうかと思う。

 

「ど、どうぞ」

「……ありがと」

 

キリトがドアを押し開け、俺より先にいたアスナが部屋へと入っていく。俺とキリトも中に入るが、いつも見慣れているキリトはともかく久し振りにここに来た俺にとっては、ここまで広かったか?と思える程にこの部屋は広い。廊下に繋がるこのドアだけではなく、風呂場と寝室へと繋がるドアもあるのだからこの2つを合わせればさらに広くなるだろう。

そう思ったのは彼女も同じだったらしい。

 

「なっ……ひ、広っ……!嘘でしょ、たっまの30コル差なのに、ここまで違うの……!?」

「こういう部屋をすぐに見つけるのが、重要なシステム外スキルなんだよ。まぁ、私の場合は────」

 

────ベータテスターだから、とでも言おうとしたんだろうか。アスナはキリトがそうだと知っても、興味を示すとは思えないがわざわざ言う必要はないだろう。キバオウなど何人かのプレイヤーは俺がベータテスターだと知っている。それなのに俺が初心者から反感を持たれないのは、始まりの街で手助けをしていたからだろう。しかし、キリトがそういった事をしたというのは聞いていない。もしもアスナが口を滑らしてしまった場合、俺とは違ってキリトはすぐ初心者に目をつけられる。最悪、危害を加える事が可能なフィールドで何かされるという事も……。

 

「風呂場はそこだよ。一応言っとくけど……あまり期待しないでね。ナーヴギアでも液体環境は苦手みたい」

「……お湯が沢山あれば、それ以上は何も望まないわ」

 

……むっ。どうやら俺が最悪の結末を考えている間に、アスナはキリトから了承を得て風呂場へと向かっていた。そういえば、女子というのは風呂が長いと聞く。キリトから説明を受けられるのはもう少し先に────

 

「……ねぇ」

「何?」

「……このドア、鍵がないんだけど」

「ああ、えっと……そこのドアも私じゃないと駄目なんだよ」

「…………覗いたら、殺すから」

 

キリトから俺に視線を向け、睨んだ後に再び風呂場の中へと戻るアスナ。殺す、と言われてもここは圏内だから無理なんじゃないかと思うが、あの目は本気だったな。

しかし、風呂場を覗く……か。男性の中にはそういった事をする輩もいるらしいが、俺はする気など毛頭ない。同性ならばともかく、異性の裸を見るなど失礼以外の何物でもないだろう。しようとする者がいれば、即刻止めるか気絶してもらう。

 

────ふわああああっ……!────

 

「!……今の声は、アスナか」

「だろうね。私も初めて入った時はあんな声を出してたなー、流石にドアを透過する程の声は出してない……と思うけど」

 

キリト曰く、閉じられたドアを透過するのは叫び声、ノック、戦闘の効果音だけらしい。その為、先程のアスナの声はともかく水の音などはまったく聞こえてきていない。

 

「ふむ、ゲームだからありえる事か」

「まぁ、熟練度が上がった聞き耳(ストレイニング)スキルを持っているなら、話は別だけど」

 

キリトとそんな話をしたり、明日の為にあの攻略本を読んだりしていると、突然ドアが叩かれた。風呂場の方ではなく、廊下に繋がるドアからだ。誰だ?と思っていると、キリトは何かに気付いているようだった。

 

「えっ……何でっ、こんな時に……」

「どうした?」

「え、ええっと……ちょっと待ってて!」

 

そう言うと、キリトは座っていた椅子から立ち上がってドアの方に向かっていった。キリトがガチャリとドアを開ければ、外に誰かがいるのが見えた。しかし、キリトが少ししか開けていない事もあって、誰なのかは分からない。

 

「どうした、キーちゃん。何でそこまでしか開けないんダ?」

「え、えっと……その、もしかして来た理由って……」

「もちろんキーちゃんのアニールブレ──────」

「だ、駄目!!」

「へっ?ど、どうしたんだヨ?」

「ご、ごめん。その話なら廊下で────」

 

この特徴的な喋り方、前に聞いた事があるぞ。……もしかしてだが。

 

「キリト、そこにいるのはアルゴという情報屋か?」

「ん?おおっ、シー坊じゃないカ!キーちゃん、シー坊を部屋の中に入れて何をする気だったんダ?」

「えっ、えええっ!?な、何もしないよ!!ていうか、どうしてアルゴとシンが知り合ってるの!?」

「昨日の会議が始まる前、アルゴからキリトのアニールブレードを買いたいというプレイヤーがいると────ん?」

 

しまった。昨日は色々とあったせいでキリトからその交渉が本当なのかどうか聞いておく事を忘れていた。アルゴからはまだ正式に依頼を頼まれたというわけではないが、失念していた……。

 

「ちょっ!?アルゴ、シンに言ったの!?」

「クライアントが怪しいからナ。調べてもらいたいとシー坊にお願いしたんだヨ。しかしシー坊、まだキーちゃんに本当かどうか確認をとっていなかったのカ?」

「……色々あったせいで忘れていたんだ」

「まァ、確かに昨日の会議じゃ色々あったからネ」

 

そう言い、部屋の中に入ってきたアルゴは椅子に腰を下ろす。同じように座るキリトはまだ俺に秘密裏に告げられていた事に怒っているらしく、頬を膨らませている。

キリトを宥めながら先程の会話を思い出す。キリトのアニールブレードを買いたいというプレイヤーがいるのは間違いないみたいだな。

 

「アルゴ、ここに何しに来たんだ?」

「クライアントがまた金額を上げてナ。どうしても今日中に返事を聞いてこいって言ったんだヨ」

 

なるほど。情報屋なら探しているプレイヤーを見つけるなど朝飯前だろう。この部屋に来たのは偶然などではなく、キリトはここにいるという確信を持って来たに違いない。

 

「キーちゃん。依頼人が、今日中なら39800コル出すと言ってきタ」

「さっ……えっ、えええっ!?」

「……アルゴ、そのプレイヤーは正気か?」

 

昨日アルゴから聞いた金額は29800コルだった。アニールブレードを買いたいプレイヤーが金持ちならばともかく、たった1日で10000コルという金額を上乗せできるだろうか?金を集める事もそうだが、普通なら躊躇うはずだ。しかし、相手は提示してきた。……何故だ?

 

「それ、何かの詐欺じゃないの?素体のアニールブレードの相場が今は1500コル位……それに20000コル足せば、ほぼ安全に+6まで強化できるだけの素材アイテムも買えるはずだよ。ちょっと時間はかかるかもしれないけど、35000コルで私のと同じ剣が作れる計算だよ」

「オレっちも、依頼人に3回そう言ったんだけどナ!」

「……相手が損するのは4800コルか」

 

高いとは言わないが、それでも損をしている事に間違いない。金額を大きく上げれば、キリトも流石に売ってくれると思ったのか。しかしキリトの言う通りの計算ならば時間はかかっても手に入れられる。

 

「そいつは時間を費やすよりも金で買う事を選んだ。考えられる理由としては面倒だからか、どうしても早く手に入れなければならない理由があるかのどちらかだろうな」

「……アルゴ、クライアントの名前に1500コル出すよ。それ以上積み返すかどうか確認してくれる?」

「わかっタ」

 

アルゴは頷き、ウインドウを開いて高速でメッセージを打ち込んで相手に飛ばしたようだった。

……依頼をする俺には金を払わずとも伝えるつもりだったんだろうが、キリトからは金を頂くのか。なかなかにしっかりしているな。

 

「……教えて構わないそーダ」

「もう返事がきたのか?まだ1分しか経ってないぞ」

「あア。まったく、わけがわからなイ」

 

確かに。そんなにもあっさりと教えるならわざわざ名前を隠す必要があったのか?一体何の為に、と思っている間にキリトは1500コルをオブジェクト化し、出現した6枚のコインをアルゴの前に積み重ねていた。

 

「確かに貰ったヨ。依頼人の顔と名前は既にキーちゃんは知ってるヨ。あとシー坊もだネ。昨日の会議で大暴れしていたからナ」

「…………キバオウか」

 

俺の呟きにアルゴは頷いた。キリトの方に視線を移せば、驚いた表情をしているのが分かった。

 

「お、おかしいよ!だって私とキバオウが会ったのは昨日が初めてなんだよ?アルゴが私にこの話を持ち掛けてきたのは1週間も前の事じゃないか!」

「キーちゃんの剣に対する執着心、提示してきた金額、さらにはどうして会った事もないキーちゃんの武器を知っているのか……明らかにおかしいと思ったからシー坊に話したんダ」

 

始まりの街での会話、そして昨日のベータテスターに対する強い敵意……キバオウが初心者である事は確かだろう。

昨日のベータテスターに対する金とアイテムの要求……それでキリトのアニールブレードを手に入れようとした?いや、それは考え過ぎか。リスクが大き過ぎるからな。

それに39800コル……およそ40000コルという大金をどこから持ってきたのか?溜め込んでいたとも考えられるが、この街に来るまでに誰もが装備を一度は新調しているはずだ。ベータテスターならば金を楽に稼げる方法を知っているかもしれないが、キバオウは──────

 

「っ…………まさか、な」

「シン?」

「アルゴ、お前の依頼を受ける。依頼人……キバオウが何故キリトのアニールブレードをそこまで求めるのか……その真意を探る事だったな」

「そうだヨ。報酬はこれでどうダ?」

「……まぁ、いくらでもいいけどな。これでいい」

 

アルゴが提示してきた報酬金額を了承する。しかし……俺が考えた通りなら一体誰がキバオウに?キリトが持つアニールブレードは強化している事もあって、「第1層では一番の攻撃力を持っているんだよ」とキリトは口にしていた。つまり手に入れたい目的は自分の攻撃力を上げたいからか、その事を自慢したいのか。

……少なくとも今考えられる目的はこれだけか。後は明日、ボス攻略中に何としてでも確かめよう。

 

「キーちゃん、今回も剣の取引は不成立って事でいいんだナ?」

「うん…………」

「そんじゃ、オレっちなこれで失礼するヨ。っと、帰る前に、悪いけど隣の部屋を借りるヨ。夜装備に着替えたいんダ」

「うん、いいよ……」

 

アルゴに答えるキリトはどこかぼんやりしていた。やはり、予想もしていなかった真実に頭が追いついていないんだろう。

 

「キリト、俺もキバオウが何を考えているのか、正直分からないが……お前はボス攻略に集中しろ。キバオウの真意は俺が確かめておく」

「うん……お願い」

「ああ……ん?」

「どうしたの?」

 

そういえば、と先程のアルゴの言葉を思い出す。この部屋には風呂場と寝室、2つのドアがあるがどちらも隣の部屋(・・・・)だ。

 

「アルゴが言っていた隣の部屋とは、風呂場じゃないだろうな」

「───────あっ」

 

あそこにはアスナがいるぞ、と言おうとした瞬間。

 

「わあア!?」

「きゃああああああっ!!」

 

驚きの声と悲鳴。視線を向ければ風呂場からアルゴの小柄な体が転がるように飛び出てきた。当然だろう、まさかそこが風呂場で誰かが入っているなど思わない。

そして次に風呂場から出てきたのは全身、肌色の──────って、おい。

 

「キリト、何故俺の目を押さえる?」

「あっ、当たり前でしょ!!何で顔を背けたりしないの!?」

 

何で、と言われても……俺は別に女性の裸になど興味はないし、例え見てもそこからどうこうするつもりはない。それに風呂場を覗いたわけではなく、あちらが出てきたのだ。俺が目を隠す必要はないはず。

 

「──────っ!!?」

 

アスナの聞き取れない絶叫と共に、こちらへと走ってくる足音が聞こえてきた。何故、と思っていると何かが殴られたような音と共に指の隙間から光が差し込んできた。突然の音と光が何なのか考えようとすると、体が仰け反った。

…………思い出した。俺はこれが初めてだが、圏内でプレイヤーから攻撃を受ける場合。見えない障壁によって攻撃は阻まれ、音と光はその時に発生するものだ。そして体が仰け反ったのは、ノック……バック?のせいらしい。

 

「あっ」

「……むっ?」

「え」

「あリャ」

 

キリト、俺、アスナ、アルゴの呟きが部屋の中に響く。仰け反った事でキリトの手が俺の目から離れてしまい、目を開いていた俺の目の前に広がっていたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まぁ、その後の事はあまりよく言えない。とりあいず、女子3名から散々責められた俺にはアスナに「申し訳ない」と言える事しか出来なかった。




読者からのありがたいご指摘があった為、文章の一部を変えています(2回目)。

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