ドラゴンクエストⅠ ラダトームの若大将   作:O江原K

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美しいヴィーナス (沼地の洞窟②)

ブライアンがブリザードたち一味と戦っている間、その洞窟のなかで動きがあった。

本来の進路とは逸れた人通りもない道の先には、大きな扉があった。

その扉を開けると、この暗闇の洞窟に似合わぬ、明かりの灯された部屋がある。

ラダトームの王族が使用するものにも劣らぬ最高級のベッドにテーブルまでも

備えられているこの空間に一人、ブライアンが探し求めているその人がいた。

 

美しきその女性のもとに、どこからか来客が訪れた。部屋に入るただひとつの道で

あるはずの重い扉は開いていない。魔族だけが知る秘密の抜け道なのか。

フードに全身を覆い、その顔もほとんど隠れている少女がブライアンの探し人、

つまりローラ姫の前に現れ、テーブル越しに腰掛けた。

 

 

「元気そうだね、ローラ。ほら、今日のぶんのパンを持ってきたよ。

 着替えの服と身体を拭くための布もあるから先に水場に行ってきたら?」

 

「・・・今日はいつもより早いのですね。もはやあなたが訪れるこのときのみが

 時間を知る唯一の術であるのに・・・しかし今日は早い、それはわかります」

 

「ふふふ・・・よくわかったね。それは特別な日だから、かな。こんなところに

 半年もいて辛かっただろうけど、朗報だよ。ついに明日あなたはここを出られる。

 お父様があなたをお嫁さんとして迎え入れる準備が整ったんだって!よかったね!」

 

 

ローラの顔が青ざめる。少女の言う『お父様』が誰かを知っているからだ。

 

 

「あれ・・・あまりうれしくなさそう。ひょっとして緊張しているのかな?

 このアレフガルドを支配する偉大なお父様・・・竜王と結婚するという

 その栄誉ある立場にあなたは選ばれたんだから。つまりあなたは明日から

 わたしのお母さん!になるってことだよね。でもおかしな話かもしれない。

 たった十数年しか生きていないあなたがお母さんなんて・・・。

 はじめはわたしも慣れないだろうなあ。そのうち『お母様』って呼べるように

 頑張らなくちゃなぁ・・・・・・」

 

 

なんとこの少女は竜王の娘だということになる。一見人間と変わらぬ外見だが、

注意深く観察すれば彼女が魔の者であるのはどんな鈍い感覚の持ち主でも

わかるだろう。これまで半年、彼女に危害を加えられたことはないが、

もし怒りを買えばどうなるかわからない。首を一瞬で落とされるかもしれない。

しかしローラは屈さず、厳しい目つきと口調で竜王の娘に心の内をぶつけた。

 

 

「あなた方のような化け物と共になるなど・・・おぞましくて吐き気がします。

 明日にもそのようなことになると決まった今、すぐにでも自ら舌を

 噛みきり自害したくなります」

 

「・・・え~?やめなよ、痛いよ?それに勘違いしているみたいだけど

 あなたは奴隷や捕虜じゃない。ここでの待遇でわかったでしょ?

 お父様はあなたをとっても大切にしてくれる。約束するよ」

 

「・・・・・・そんな話を信じろと?」

 

 

ローラは竜王の娘を睨みつけた。しかし少女はまったく気にせずに語り続ける。

 

 

「だってあなたがお父様と夫婦になることで・・・わたしたち魔族と

 あなたたち人間の関係はこれまでとは全く違う、互いに協力して

 世界をよくしていく・・・『仲間』になるのだから!」

 

「なんですって!?」

 

「お父様とあなたはその最初の一歩!象徴としてアレフガルドじゅうに

 わたしたちが進むべき道を示してくれる。そして平和な世のなかの始まりになる。

 楽しみだなぁ。きっといまよりも何倍もすてきな世界に・・・」

 

 

目を輝かせ希望ある未来を語る娘に、ローラは今度は冷ややかな視線を向けた。

 

 

「確かにあなたの言うことは実現すれば素晴らしいでしょう。ですが・・・

 そんなことは起こらない、断言しましょう。この私を交渉の道具のように

 扱って得た平和など長くは続かないでしょう。それに私は信じています。

 あなたたちが真に何を企んでいたとしても・・・必ず正義に反した歩みは

 裁きを受けるでしょう。私が今日この日まで自害していない理由は唯一

 それだけです。ですがそれもとうとう明日まで・・・になりますが」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

二人がわかり合うことはない。ローラは最後まで希望を信じていたが、

野心に満ちた恐ろしい魔王、竜王の妻になる前に自ら生を終える覚悟を

決めていた。しかし竜王側もそう簡単にはそれを許さないだろう。

 

 

「・・・まあいいや。また明日迎えに来るから。それまで元気でいてね。

 といっても・・・変な気を起こさないためにいつも見張りがいるんだけどね。

 だからあなたは元気でいるしかない・・・それを忘れちゃいやだよ、

 明日からのわたしのお母さん!」

 

 

ローラが気がついたときには彼女は消えていた。再びこの部屋には

自分以外は誰もいないのを確認し、彼女は無言で精霊ルビスへの祈りを捧げた。

その行為は、図らずも彼女を救い出すために勇者を遣わした父と同じだった。

そして祈る姿は美しい女神のようだった。たまに洞窟を通る人々から

彼女の目撃証言があったが、それは幻ではないかと言われていた理由は

アレフガルドで並ぶ者のない一番の美しさのためでもあった。

 

 

 

 

「さあ行こうぜ!善は急げだ、ブライアンさん!姫様を助けに来たんだろ?」

 

洞窟の入口で戦い、その後のやり取りでブライアンにほれ込んだ野盗ブリザードが

彼を引っ張るように洞窟内を案内する。その手にはたいまつが握られていた。

 

「・・・あれ?いつ口にしたかな?確かに理由はそれなんだけども」

 

「ヘッ・・・最近連れ去られた姫様について聞きまわっているガタイのいい男が

 いるっていうのは知っていたんだ。ブライアンさん、あんたのことだって

 いまならわかるぜ!金や名声が目的でここまで来やがった欲深い連中は

 みんな俺たちに身ぐるみ剥がされたがあんたは違った。ラダトームの王が

 ついにプライドを捨てて勇者ロトの子孫に依頼したという話も聞いて

 いたからな・・・それもあんたなんだろう?満を持して登場ってわけだ!」

 

 

限られたごく一部の内密の事柄だったはずなのに、この男はどういうわけか

全てを把握している。まさか・・・ブライアンは彼の肩を掴んで歩みを止めさせた。

 

 

「・・・ちょっと待てよ。城のなかにいる竜王の送り込んだ内通者・・・

 お前たちなのか!?」

 

「いやいや、違うぜ!俺たちは魔物とは何の関係もない!俺たちの仲間に

 『キャロル』っていう情報屋の女がいるんだよ!ラダトームだけじゃねえ、

 アレフガルドじゅうを駆けまわっていろんなやつの秘密や弱みを握って

 ユスリのタネにしようって狙いだったんだ。あんたが欲しい情報があったら

 いつでも言ってくれ!ただ竜王うんぬんというのは知らねえ・・・どうする?」

 

「もしできるならそのキャロルって人にお願いできるかな。探せるのなら、

 城にいる竜王の仲間を」

 

 

その後も洞窟を進みながら話を続けるうちにブリザードはブライアンという人間を

更に深く理解し、なお一層彼に対する尊敬が強まっていた。

 

 

「・・・ブライアンさん、あんたさっき・・・何かが違えば俺たちと同じような

 ことをしていたかもって言ってたが・・・そんなことは起こらなかっただろうぜ。

 こうして話を聞いていても、そしてさっきの戦いでも・・・あんたの覚悟は

 大したもんだ!俺たちのそれとは違う!」

 

「・・・?というと・・・?」

 

「俺たちはあくまで失うモンがないから後先考えずに命知らずな行動が

 できただけだ。しかしあんたは全くの無私な気持ちで姫様を救いにきたって

 いうじゃねえか!やはりあんたこそ王になるべき器だぜ!そのためにも

 とっとと目的を果たして城に戻ろうぜ!」

 

 

無私な気持ちが全然ないか・・・そう言われるとブライアンは『はい』とは

言えなかった。そこまで聖人のような人間ではない。心のどこかで

ローラ姫に会うことを期待している。同じ城にいながらも手の届かない、

それでももしかしたら少年のころの初恋の相手だったのではないか・・・

自分自身の気持ちの確認のためにもローラを救出するのだ。

 

洞窟のなかでは当然魔物も襲ってくるが、メーダのような不気味な魔物がいる

くらいで苦戦はしない。二人いるから、というのもあるがこれなら一人でも全く

問題はなかっただろう。だからこそブライアンには疑問が生まれた。

 

 

「これでどうして半年も誰も救出に成功しなかったんだ?きみたちがこの辺りで

 悪事をし始めたのも最近なんだろ?その前にここまで辿り着けた人間が

 さっさとローラ姫を救い出しているはずだろう」

 

 

「ああ。それなんだが・・・確かに洞窟にもともと住み着いている魔物たちは

 全部ザコだ。しかし俺たちも確かに見たんだ。大きな竜が最後の見張りとして

 立ちはだかってやがる。あれは半端な戦士じゃまず勝てねえ」

 

 

「そうなのか。道理で順調すぎると思った。そんな危険な場所に案内

 してくれるなんて・・・戦いになったらきみは後ろへ・・・」

 

 

あくまで自分の受けた任務であり、ブリザードは関係ない。竜王が遣わした

強敵との戦いは自分一人でやるべき・・・そう思っていた彼に対し、

 

「・・・いやいや、戦う必要なんかないんだ、あんたも俺もな!姫様を

 救うのに必ずしもそいつを倒す必要はねえってことよ!」

 

ブリザードは予想だにしない答えをしてきた。ブライアンはもう一度耳を傾ける。

 

 

「その見張りは一日中ずっといるわけじゃねえんだ。日に一回か二回、

 休憩でもしてるのかどこかへ行っちまうんだよ。その短い時間の間に

 俺の持ってるこの『魔法の鍵』で扉をサクっと開けちまって・・・

 やつらが気がついたときには後の祭りってわけさ!」

 

「なるほど・・・その時間を把握しているからこうして急かしてるのか。

 魔法の鍵か。確かリムルダールで売っているって噂だったな」

 

「ああ。もうそろそろ着くぜ。だがブライアンさん、あんたのことだ。

 こんな泥棒みたいな真似は卑怯で嫌か?俺はあんたの意思を尊重するぜ」

 

洞窟の最深部、目的の場所に到着する寸前に最後の確認をする。

ブライアンほどの男だ。もしかしたら正々堂々と戦ってローラ姫を

奪還することを望んでいるかもしれないからだ。その彼は少し考えた仕草の後、

 

 

「・・・まさか。はじめはあいつらのほうが不意を突いて攫っていったんだ。

 そんな相手に卑怯もないだろう。きみの言う通りさっさとやろう」

 

 

ブライアンがにやりと笑うとブリザードもそれに応え、不思議な鍵を取り出した。

何事もなく終点に辿り着き、その重く厚い扉を難なく無力化する。あとは

腕一本で扉を押して簡単に部屋のなかへと入り、ローラ姫を救い出す

フィナーレが待っているだけだ。

 

 

「よーし、さあ、あんたが先頭だ!行ってやりな!」

 

(ついに・・・。でももっと格好いい人に迎えに来て欲しかったって言われたら

 少しがっかりだけどな・・・・・・)

 

 

扉を開けるその瞬間、背後から大きな音がする。誰かがこちらへやってくるのだ。

人間やこの洞窟の小柄な魔物が出せる足音ではない。嫌な予感と共に振り返ると、

緑の皮膚に長い尻尾、人間一人を一噛みで砕くことも一気に丸呑みすることも

できるであろう尖った大きな口と顎・・・。だんだんとその姿が明らかになる。

強力で獰猛な怪物、『ドラゴン』。竜王の配下のなかでも力ある魔物だった。

 

ブライアンは書物でしかそのドラゴンを知らない。ブリザードは遠くから

この魔物が洞窟に出入りしたりするのを見ているにすぎない。想定外の邂逅だ。

 

 

「ま・・・まさか・・・!!ずっと全く同じ時刻に留守にしていたじゃねえか・・・!」

 

 

ブリザードが恐れながらも怒鳴るように叫ぶ。するとドラゴンは低い声で、

 

 

「・・・そう。昨日まではな。だが今日は特別なのだ。明日になればその部屋の

 娘は竜王様の花嫁とされるのだ。そのためにいつもとは違ったが・・・

 どうやらそれが幸いしたようだ・・・このような輩がいたのだからな」

 

 

ローラ姫は明日にもここから竜王の城へと連れ去られる。それを考えたら

今日ブライアンがやって来たのは間一髪、運がよかったのかもしれない。

しかし今日であったがゆえに本来であればいないはずの見張り番に

出会ってしまった。ブライアンの旅も大一番、山場を迎えていた。


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