ドラゴンクエストⅠ ラダトームの若大将   作:O江原K

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まだ見ぬ恋人 (ガライ・マイラ)

「・・・あれ、ブライアン様。もう戻られたのですか?」

 

 

ラダトームから旅立ったブライアンはその日のうちに帰ってくることに

なってしまった。今のままでは王の命令を果たせずに死ぬだけだ。

自身の危機を救った町娘アマゾンと共に城に入っていた。アマゾンに

連れられてやってきたのは城で呪文の研究をしている魔術師のところだった。

彼女にも別れを告げて来たばかりだったので気まずかったが仕方がない。

 

 

「・・・・・・なるほど・・・それは確かに無謀ですね。あなたは

 ロトの子孫であったはず。その腕のアザがそれを証明しています。

 ですから少し訓練すれば常人よりも早く呪文を使えるようになるでしょう。

 少なくともホイミとギラくらいは覚えておかないと・・・・・・」

 

 

魔術師はここで何かに気がついた。ブライアンの身につけている防具だ。

 

 

「・・・あなた・・・棍棒と布の服・・・そんな恰好で行くつもりだったの?」

 

「はは・・・王様からお金も貰ったんですが実はもうないんです。

 薬草すら一個も持ってないんです。あれに使ってしまいまして」

 

 

ブライアンは外を指さす。その先には、建造途中の彼の船があった。

世界が平和になったらまだ見ぬ海と大陸を旅するための船だ。

彼はつまらないことに金を浪費する男ではなかったが、船に関しては

並々ならぬ熱意を抱いているので王の支度金も半分近くそれに費やしてしまった。

 

 

「あきれた・・・まあいいわ、この魔術師さんが私にギラを教えてくれた。

 ブライアン、あなたもここで少し勉強してから旅立ちなさい。それに

 お金は私が少し貸してあげるわ。今度はちゃんと使いなさいよ。

 まったく・・・どうして平民の私があなたにお金を貸してるのかしら」

 

「悪いな・・・でも意外と自由に使えるお金は少ないんだよ。ぼくは正式な

 王族ではないからね。生活費と船に充てたら貯金なんかできないよ」

 

 

「・・・じゃあ始めましょうか。まずはホイミ、その練習を・・・・・・」

 

 

 

ブライアンはその後丸三日間城で呪文の訓練に励んだ。その結果、これだけは

覚えておくべきというホイミとギラの習得に成功した。魔術師が言うには

これだけの短い期間で二つの呪文を自分のものにできる人間はこの世界じゅうを

探しても見つけられないのでは、とのことだ。すっかり驚いていた。

 

しかしブライアンはその三日間すら長く感じていた。一度つまづいた旅の

再スタートを少しでも早くしたかったからだ。こうしている間にも

ローラ姫の生存の可能性が下がっていく。翌朝には旅立つことを決めた。

 

 

「それにしても竜王はどうして姫を攫ったのだろう。何かの交渉に使う気か?」

 

「さあね・・・でも連れ戻しに来た兵士たちを殺しているんだからそれはないわ。

 おびき寄せているんじゃない?ラダトームの戦士たちを」

 

 

ブライアンや救出隊の兵士たちとは違い王から正式な任命を受けていない者たちも

ローラ姫救出に旅立っていた。彼らの狙いは与えられるであろう莫大な富や名声、

そしてうまくいけば美女ローラ姫との結婚・・・そこまで考えていた。

 

 

「ブライアン、あなたも・・・・・・おっと、この話はここまでにしなきゃね」

 

「ああ。極力知られちゃいけない。誰が聞いているかわからないから」

 

 

城の人間のなかに竜王の送り込んだ者がいるという。誰がそうであるかは

全くわからない。疑うときりがない。優しく呪文を教えてくれた魔術師も、

おいしい料理をいつも与えてくれる料理人たちも、王のドラ息子チトセも

城の門番も・・・。まあ彼らはないだろうが、とブライアンは思いつつも

それでも極力自分の使命を伏せたまま二度目の旅立ちを迎えた。

アマゾンにも見送りをしないように言い、夜と朝の境目の時刻に発った。

 

 

「ガライの町・・・まずは一番近いあの町に向かおうか」

 

 

ブライアンが最初に目指すのは北にある町『ガライ』。遥か昔の吟遊詩人である

ガライの創った町である。彼は勇者ロトと同じ時代の人間であり、ロトを

称える歌、闇に包まれていた世界が光を取り戻した喜びの歌・・・数百年が

過ぎてもなお歌い継がれているのだから彼もまた伝説だ。

 

 

「よーし、せっかく覚えた呪文・・・魔物たち相手に使ってみるか!

 でも無駄打ちはだめだって注意されていたな。体力といっしょで

 魔力にも限界があるっていうんだから・・・とっておいたほうがいいな」

 

 

これまでも問題なく対処できているスライムたちには棍棒で十分だ。アマゾンから

借りたゴールドは防具と薬草に使った。そして非常用にキメラの翼を一つ。

キメラの翼はすぐにラダトームに戻れる命綱だ。とはいえ今回はギラの呪文を

覚えていたので危機に陥ることはなくガライの町の前までやってくることができた。

 

 

「そうか、魔物が強くなるのは南のほうって言ってたからな。ラダトームの

 近くに強力な魔物がいないのも兵士がちゃんとしてるからだと聞いたことは

 あったけど、この辺りまで影響力があったのか」

 

 

ガライの町に入って人々と会話をする。ラダトームほど彼の名も広まって

いないので、逆に気楽だった。世界が落ち着いたら遠い海に出たいという

彼の夢も、大好きな海で誰にも騒がれず過ごしたいという心からきていた。

そのガライの町ではローラ姫に関して重要な情報が得られた。

 

 

「ボクは見てしまったのです!ラダトームの姫を攫った魔物が東のほうへと

 飛び去って行ったのを!誰か姫様を助けに行く勇敢な方はいないのでしょうか?」

 

「・・・そういう人なら知っています。ぼくが伝えておきますよ。そうですか、

 東へ行けば・・・。しかし飛び去ったって・・・まさかドラキーやゴーストが

 姫様を運べるほど力があるのかな?」

 

「冗談を!そんな魔物たちだったらボクがとっくに助け出していますよ。

 あれはとてつもなく大きく、そして恐ろしい・・・・・・うわァ~っ!!」

 

 

男が勝手に恐怖体験を思い出して発狂しているのを無視してブライアンは

早々にガライを後にした。ここにはガライの墓という施設もあるのだが、

時間をとられそうだしせっかくの勢いが墓なんて縁起の悪い場所に行って

削がれてはしまわないか、そんな懸念もあり、いまは行かないことにした。

 

(墓か・・・。そういえば最近父さんたちの墓参りにも行ってなかったな)

 

ラダトームの町にはブライアンが幼い日に亡くなった家族の墓があるのだが、

そのほかにも、かつて勇者ロトと共に大魔王との戦いに向かい死んでいった

ロトの仲間たちの墓も数百年経った今でも大切に管理されている。しかし

勇者ロトとその妻に関してはいまだに墓は見つかっていない。もしかしたら

彼らは墓など建てなかったのかもしれない。

 

 

「そういやロトの洞窟にも昔に入ったけど変な石碑以外何もなかったな。

 まあいまはすぐに東に行かないといけない。休んでる暇はないぞ」

 

 

ブライアンはラダトームには戻らずにひたすら東を目指した。当然戦闘力の高い

ラダトーム軍の手があまり行き届いていないためモンスターも手強くなる。

ドラキーのなかでも力ある精鋭メイジドラキー、怪しげな魔法使い・・・

ギラを使ってくるそれら知性ある魔物に加え、攻撃力が高い大さそりや

がいこつがうろうろしている。ここはもう温存しているときではない。

ギラを唱える危険な相手には先にギラを唱えてやることで焼き払い、打撃が

強力な敵の攻撃を受けたらホイミの呪文でしっかりと回復を怠らない。

また、大勢の敵に囲まれないために野宿する以外には足を止めない。それらを

全てこなし、数日も続けていれば疲労もかなりのものとなった。

 

 

「・・・ふぅ・・・。やっぱり山よりも海のほうがいいな」

 

 

何日もちゃんとした寝床で眠らないことや食料の調達は慣れていた。将来の航海の

備えとして小さな船で数日、ラダトームの近くではあるが船の上で過ごしたこともある。

しかし魔物たちとの戦闘を繰り返し、しかもあまり知らない土地を一人で旅する。

キメラの翼に幾度も手が伸びかけたが我慢を重ね、ようやくその村に到着した。

 

 

「助かった!まずは宿屋で一休みしたいけど先に身体を洗おう。有名な

 温泉があるもんな、ここは。すいません、温泉はどこにありますか」

 

 

『マイラ』の村。決して大きくはないがその露天風呂の評判はラダトームにいた

ブライアンの耳にも届くほどだ。世界が平和でなければ心までは温まらないと

言う者もいたが、今の彼にはじゅうぶんに心身を癒す役割を果たした。

このあたりはホイミには決してできない仕事だ。いかに薬草を買い集め、

魔法を極めたとしても定期的な休息を疎かにはできないのだ。

 

温泉によって汚れも疲れも落とし、買い物や情報集めは明日にするかと

宿屋に向かう彼を、温泉の入口にいた女性が呼びとめた。

 

 

「あら・・・あなたステキね。パフパフしていかない?20でいいわよ?」

 

「・・・いらないよ。ほかのやつをあたりなよ」

 

「つれないわね。でもあなたみたいなイイ男はこんな村はもちろんこの大陸を

 探してもいないわぁ。おカネがないならもうタダでもいいからアタシと

 気持ちいいコトしましょうよ。それとも心に決めたヒトでもいるのォ?」

 

 

ブライアンにとってもしここでそんな女性を挙げるとしたら・・・。

幼い日に夜の浜辺で一度だけ出会ったあの女の子だった。すでに

ぼんやりとした過去のことになりつつあったが、今でもときどき知らない

女性とすれ違っては、もしかしたらこの人があのときの、そう思ってしまう。

 

ブライアンは彼女がまだそのときの自分と同じくらいの年齢でありながら

かなり丁寧な言葉遣いに上品な振る舞いをしていたことを覚えており、

ひょっとしてあれはローラ姫だったのかもしれないと考えたりもしていた。

そんな『まだ見ぬ恋人』を救う決意を揺るがすものはほんの小さなもので

あったとしても、断固退けなければならなかった。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

「あら、残念だわ。でも気が変わったらまた来てね」

 

 

挑発的に誘ってきた女のもとを無言で立ち去り宿屋へと入った。彼の先祖

勇者ロトも女性たちから人気があったが生涯その妻しか愛さず、彼女以外と

寝たことはなかったという。自分もその足跡に倣いたいという決意を新たにした。


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