ドラゴンクエストⅠ ラダトームの若大将   作:O江原K

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夜空の星 (君といつまでも①)

 

ブライアンたちがラダトームを離れてから数年後、この地では魔物狩りが

行われていた。どうにかして民衆の人気を得たいラルス17世、ブライアン一人に

竜王討伐の功績を持っていかれ、無力さを払拭し力を誇示する必要のあった軍の

思惑が一致し、アレフガルドじゅうの魔物を根絶するための軍事活動だった。

 

当然魔物たちの側も抵抗した。生き残った竜王の二人の息子たちも竜王の名を

二人で襲名し、魔物たちを集めて戦ったが、もはやブライアンたちとの戦いで

半壊していた竜王軍はラダトームの軍相手に全く優勢になれないまま最終的には

降伏せざるを得なかった。竜王『マンノ・ウォー』の息子二人、つまり

『ウォー・アドミラル』と『ハードタック』は処刑され、ハードタックの

息子、あの竜王の孫にあたる『シービスケット』というまだ幼い竜が

新たな竜王としてラダトームに指名されたが、実権など一切与えられなかった。

 

 

この日もラダトーム兵による、無抵抗で好戦的ではない魔物を一方的に虐殺する、

彼らの楽しみのために行われる狩りは続いていた。その様子を眺めている

二人の女性の姿があった。背丈の小さい者のほうが先に口を開き、

 

「ふむ・・・これで再び世は混迷に向かうみたいだ」

 

「人と魔物の真の平和が果たされるのはどうやらまだ先、この時代ではないようで」

 

「そうだね、トシフジ。次はわたし、ハーゴンの番ではあるけれども、今ではない。

 時が来るまでしばらくはあの地で待つことにするのが賢明か」

 

 

『ハーゴン』と名乗る者がそう言うと、その側近と思われる『トシフジ』という

女性も頷き、二人はどこかへ去っていこうとした。しかしその行く手は阻まれる。

 

「ちょっと待て―――っ!!お前たち、人のような姿をしているが・・・」

 

「魔族だな!?おれたちから逃げられると少しでも思ったか!」

 

ラダトームの兵士二人が立ちはだかった。ハーゴンは彼らに対し、

 

「なぜだ?なぜきみたちはこのような行為を続ける?」

 

動じた様子はなく、あくまで冷静に彼らに尋ねた。兵士たちはヘラヘラ笑いながら、

 

「ゲへへ、理由か。楽しいからさ。弱い魔物たちを嬲って殺すのがな。

 しかも今回はおまけ付きだ。オレはお前のような幼い身体に目がなくてな・・・」

 

「ひゃひゃひゃ、変態め。俺はちゃんとこっちの大人の女と遊ぶぜ。

 まずは抵抗できないように痛めつけるのが先だがな・・・」

 

 

それぞれ獲物を前に手を伸ばすが、突然風が吹いたかと思うと、

あまりにも切れ味鋭いために本人たちもなかなか気がつかなかったが・・・。

 

「・・・あ、あああ!?オレの・・・オレの腕がない!?」

 

「お、俺もだァァァ!て、てめぇらいったい何をしやがった!?」

 

ハーゴンたちに迫ろうとするがハーゴンはまるで、自分ではない、と

言うかのように首を横に振った。それは正しかった。戸惑う兵士たちと

ハーゴンの間に割って入るように第三の者が現れた。

 

 

「・・・この方たちにその汚れ切った手で触れるな!害虫め!」

 

 

「ギャアァァァ~・・・・・・」 「ヒャオオ~~」

 

 

兵士たちは細切れになってしまい、肉片がぼとぼとと落ちていった。

彼らを殺害した水色の髪の女剣士のもとにもう一人、赤い髪に赤いドレスの

おっとりとした感じの女性が汗を拭くための布を持ってきた。

 

ハーゴンという正体も目的も謎だらけの者を中心とするグループは

この四人で全員のようだ。ラダトームの方向に背を向けて歩き出した。

 

 

「・・・しかし竜王の娘・・・彼女には結局会えなかったな。話によれば

 わたしたちと同様モンスター人間、しかも人と魔物の完璧なる共存と

 和平という将来を目指すという夢まで全く同じだったというのに・・・」

 

「ええ。ですがもうこのアレフガルドにはいないのかもしれませんね。

 キンツェム、ポリー・・・あなたたちもよく探してくれましたが・・・」

 

 

青い髪の剣の達人は『キンツェム』、最後に現れた、誰もがプリティーだと

認める可愛らしさを持つ『ポリー』。彼女たちはその髪の色の通り、それぞれ

スライムとスライムベスが人の姿を手にした特別な者たちであった。

 

「しかしラダトームも・・・これであと百年くらいしか持たないな」

 

「そうだね。また元に戻るだけだよ。魔物たちの楽園にね」

 

この辺りが『故郷』であるキンツェムとポリーは、現在人間たちが魔物たちを

絶滅寸前まで追いつめているというのに彼らの荒廃を予告してこの地を去った。

その言葉は正しく、難を逃れた魔物たちは決して見つからない場所に身を隠し、

いずれ人間たちに復讐するために力を蓄え始めていた。彼らが牙を剥くのは

まさに約百年後、ハーゴンが世界を支配するために立ち上がったときであった。

 

 

ラダトームのチトセ王、ラルス17世について言うと、魔物を根絶する作戦は

彼が思ったよりも成果をあげなかった。彼が己の私腹を肥やすために

国民の税金を乱用したこと、計画性のない政治をしていることを覆うほどの

ものとはならなかったのだ。また彼は民の一部を虐げ始めたので、人々と

精霊ルビスを怒らせ続けるには十分だった。反乱や暗殺に遭うことはなかったが、

ラダトームを見限り国を出ていく者たちが増えたのはこの時代だった。

キンツェムとポリーの予言的な言葉は人間たちの失態ゆえに成就することになった。

 

 

 

 

 

ラダトームが老いて衰えていく金満老人であるなら、その地はいまが伸び盛りの

無一文の若者と言えるだろう。新天地にたどり着いたブライアンが王として

治める国、『ローレシア』だ。国民は増え続け、領土は広がる一方だった。

誰も治める者がおらず、ただ散って暮らしていた人々を集め、彼らに平穏な

生活をもたらしたので国民たちは幸福に、安心して日々を過ごしていた。

 

その領土を広げる助けをしていたのはブライアンの親友ブリザードたちだった。

魔物たちの攻撃、またどうしようもない者たちの支配に苦しむ地を探し、

ブライアンたちと共にその土地に救いをもたらし、彼らの意志でブライアンに

仕える国民となるようにした。決して侵略戦争や奴隷支配をしなかった。

 

 

 

『・・・『ローレル』。この子の名前は・・・ローレル。いい名前じゃないか』

 

『そう言ってくださりとても感激です。私の母は私を産む前に一人の男児を

 死産しているのですが、もし無事に生まれてきたらその名をつけるつもりで

 あったと父から聞いていました。私の名前ローラもそこからきているのです』

 

『そうか・・・ならこの国の名前も・・・『ローレシア』がいいだろう!』

 

 

ローレシアという国の由来は妻ローラ、そして初子からとられているものだった。

ブライアンとローラはその後も子宝に恵まれた。やがて次男『トップガン』が

誕生し、そして現在、ローラの大きな腹のなかには三人目となる子がいるのだ。

ブライアンが竜王を倒し、アレフガルドを去ってから八年が過ぎていた。

 

「そうだな・・・うーん、もし男の子なら『マーベラス』か?女の子なら・・・」

 

「うふふ、あなた。まだ時間はあります。じっくりと考えましょう」

 

「きみの言う通りだ。あと二、三ヶ月はあるっていうのにね」

 

ブライアンはローラと二人、夜空に輝く星を見つめていた。ブライアンはこんな

綺麗な星空を眺めていると、幼いころ真夜中の砂浜でまさに運命的に

出会った初恋の少女のことを思い出すことがあった。結局その少女を

見つけ出すことは叶わなかった。もしかしたらローラがその正体では

ないかと、探るようにして聞いてみたことはあったのだが、

 

『私が十歳くらいのとき・・・そうですね。ほとんど城のなかにいました。

 まして夜なんて・・・自分の部屋から一度も出たことはありません』

 

『ふーん・・・そうか。大事にされていたんだね』

 

彼女ではなかった。しかしブライアンにとって、もうどうでもいいことだった。

愛するローラと子どもたち、そして国民たちに囲まれたいまが満たされているからだ。

 

 

「・・・幸せだなァ。ぼくはきみといるときが一番幸せだ」

 

 

ブライアンの口からぽつりとこぼれた、彼の本心だった。ローラも同じで、

 

 

「ええ。私もです。ほんとうにあなたとこうしていられることが・・・・・・」

 

 

感極まり瞳が潤むローラを優しく撫でてやると、彼女を寝室へと連れていった。

身重の彼女にとってこれ以上の夜更かしはよくないからだ。ブライアン自身は

就寝する前に明日の予定を確認するために王の間へとひとり向かった。

 

「・・・珍しいな。明日は何もないのか。細かい仕事は『ダブリン』や『トラップ』に

 任せられるし、よし、久々にローレルとトップガン、あいつらと遊べるな。

 海で釣りをしよう。将来のための勉強はまた今度で構わないだろう」

 

ブライアンは自分の子どもたちが成人した後のこともしっかり考えていた。

これから生まれてくる子を含めたら三人、彼らの未来がよいものとなるために。

 

 

『・・・ローラ、ぼくたちが年老いたらこのローレシアはローレルに継がせる。

 でも他の二人にもそれぞれが治める国と城を用意してやりたいんだ。

 実の兄弟なのに余計な争いをしてほしくないからね。そのためにいま

 ブリザードたちにその候補となる土地を探しに行ってもらっているんだ』

 

『まあ!それは素晴らしい!かつてラダトームで覆い隠されていた負の歴史、

 それを繰り返したくないと思ってはいましたがそのような方法があったなんて!』

 

『そしていつか後の時代、きっとまた世界は困難を迎えることになっても

 彼らが力を合わせたらすぐにそれを乗り越えられるはずさ。ぼくたちの世代の

 よいものは残し、悪いものは変えていけるように、これからも頑張らないとね』

 

『はい。私はいつまでもあなたと共に・・・・・・』

 

 

ブライアンはローラとの会話を思い出しながら、息子たちと釣りをするための

道具を準備すると、少し書き物をしてから寝るかとペンを手にした。

ローレシアの周りの魔物たちはラダトーム以上に脅威ではなく、人と魔物が

互いに傷つけ損ない合うことは全くない。よってブライアンも剣を持つことは

ほとんどなくなり、ペンを持つ機会のほうが圧倒的に増えていた。

 

 

「・・・この幸せが、平和がいつまでも続くことを願って・・・ん?」

 

 

一日の終わりに精霊ルビスへの祈りを捧げようとしたまさにそのときだった。

部屋中の灯りが突然消え、真夜中であったため辺りは真っ暗になった。

 

「・・・急になんだ?たいまつはないし・・・レミーラ!」

 

周りを照らすレミーラの呪文を唱えた。ところが何も起こらなかった。

呪文の腕が錆びついているわけではない。この呪文は先日も唱えたばかりだ。

 

「おかしいな・・・あれ・・・?この黒い霧はなんだ?どこから・・・」

 

黒く怪しい霧が部屋中を覆っていた。ブライアンにはわかるはずもないが、

この霧こそが呪文を発動できなくしている原因だった。しかし何かが

おかしいということには気がつき、一度部屋から出ようとしていた。

 

「・・・変だな。いったい・・・・・・・・・」

 

 

ブライアンの動きが止まった。扉に手を伸ばしたところで、彼は自分の腹部に

鋭い衝撃を受けた。暗闇のなかではあるが、彼には見えた。これはナイフだろうか。

何者かによっていま、刺されたのだ。とても深く、内臓に、背中にまで達している。

 

 

「・・・・・・だ・・・誰・・・だ・・・・・・!」

 

 

自分を襲った暗殺者の顔を見ようと、その者の被っていたフードに手をかける。

すると、そこから現れたのはまだ幼い少女だった。その息づかいは荒く、

 

 

「ハァ――・・・ハァ―――・・・・・・!!お父様の・・・かたき・・・!!」

 

 

彼女こそ竜王の娘、ラダトームによる虐殺から逃げ、生き長らえた

竜王の最後の子どもだった。ブライアンは竜王の娘の存在は知っていたが、

こうして対峙したのはこれが最初だった。しかし一撃で致命傷を受けた彼に

戦う力はなく、彼女に伸ばしていた手もだらりと下がっていった。

 

 

「・・・う・・・・・・ぐ・・・・・・がはっ」

 

 

ブライアンはその場に倒れた。傷跡からは大量の血、そして臓物が僅かに

飛び出していた。ブライアンはすぐにわかった。これが『死』なのだと。

竜王との戦いのときにも感じなかった、完全なる『自らの終わり』。

それ以外は何も考えられないままその場に倒れた。

 

 

「・・・あああ・・・ああ・・・・・・」

 

一方の竜王の娘。父の仇を討ったが、その顔に達成感や満足感は全くない。

むしろ青ざめ、歯がカタカタと鳴っていた。持っていたナイフも落としてしまった。

無理もない。彼女にとって、初めての『殺し』だったからだ。彼女の後ろには

大魔道が立っていたが、娘は彼女に言われたことを身を持って味わっていた。

 

 

 

 

ラダトームの近郊だけでなくアレフガルドの至る所で魔物狩りが行われているのを

竜王の娘は全て見ていた。そして殺された魔物の数だけ石を積み上げ、その度に

彼らのための鎮魂歌、レクイエムを天に向かい歌っていた。その歌声はおそらく

アレフガルドの外、世界中まで範囲を拡大しても並ぶ者がいないほどの美しさだった。

 

彼女には力がなかった。人と魔物の間に生まれた『モンスター人間』には、

魔王として頂点に立てるほどの力を得る者もいれば、悪いところだけが

出てしまい一般の魔物以下の能力しかない者もいて、娘はその一人だった。

しかし彼女は決意した。父を打ち倒し、このような事態に至らせた

ロトの勇者に復讐を果たすと。自らの手で彼を殺すと決意した。

彼女と共にいた大魔道はそれを止めはしなかったが、ただ一言忠告していた。

 

『報復は報復をもたらします。終わりはありませんよ。そして満たされることもない』

 

『わかってる。でももうわたしは止められないよ。刺し違えてでもやってみせる』

 

 

そしてこのときのために万全を期し、暗殺を成功させるためになすべきことを

余すところなく果たし、こうしてついに悲願を達成したのだ。しかし血を流して

倒れる勇者を目にしたとき、彼女の心には寒い風が吹いていた。

 

 

ローレシア王の間での惨劇など夜空にとっては関係なく、星は光り輝いていた。


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