ドラゴンクエストⅠ ラダトームの若大将   作:O江原K

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この愛いつまでも (ラダトーム③)

 

勇者ブライアンが竜王を倒し、再び世界に平和が戻ったことを祝う宴が

始まっていた。それだけではなく、ブライアンとローラの結婚、更に

彼らの旅立ちの無事を願って、というものでもあった。

ちょうどいま、ブライアンが皆の前に立ち、盛り上がりは頂点に達していた。

 

「いや~・・・めでたい日だ。でもブライアン、寂しくなるな。

 小さいときからずっとラダトームにいたお前が明日には発つなんて」

 

「ええ・・・新たな地でぼくも頑張りますから皆さんもお元気で。

 このまま話していても辛気くさくなりそうなんで、歌を歌います」

 

 

ブライアンが海の歌を歌うと、町中が大歓声に包まれた。

その様子をラルス17世、つまりチトセ王は渋い顔をしながら眺めていた。

 

「・・・くそォォオ~~~っ・・・」

 

実は王もこれまで自慢の楽器で演奏をしていたのだが、

 

「この下手糞が―――っ!!ラルス王ひっこめ――――っ!!」

 

「ラルス17世ひっこめ――――ッ!」

 

至るところから野次を飛ばされてしまい、ブライアンの登場が早くなってしまった。

民衆も酒が入っており、王に対して罵声を浴びせるという暴挙を躊躇わなかった。

彼はいじけながら一人で隅に座っていると、歌い終わったブライアンがやってきた。

 

 

「さっきは悪かったな。お前の邪魔をしようとしたわけじゃ・・・」

 

「いいよォ~、別に。しかしこっちこそすまないな。もしお前にラダトームに

 残られていたら間違いなくオレは民衆に殺されてお前が王になってた!」

 

「物騒だな・・・。まあそうならないように気をつけて統治しろよ」

 

ブライアンはその場から離れようとしたが王は彼を掴んで行かせようとしなかった。

 

「・・・どうしたんだ?」

 

「若大将!そこで・・・最後に一つ頼みがある!若大将、あのアマゾンって娘

 なんだけどな、オレあの子がメッチャ好きになっちまったんだよォ・・・。

 お前はあの子に信頼がある。だから頼まれちゃくれないか、縁結びを!」

 

王の情けない姿にブライアンは少し呆れたように、彼を突き放しながら言う。

 

「自分のことは自分でやれよ。それにお前、一度あいつに乱暴しようとして

 逆に殴られていたじゃないか。よくまた近づく気になれるな」

 

「冷てェなあ若大将。でもそこなんだよ。オレが小さいうちに死んじゃった

 お袋があんな女だったんだよ。厳しくも優しいっていうか・・・。

 頼む、お前はローラと結婚するんだからいいだろう?お前からあの子に

 オレの嫁になるように言ってくれ。この通り!」

 

プライドの高い王が頭を深々と下げている。ブライアンも立ち止まった。

 

「あの子さえ結婚してくれればオレはこれから心を入れかえて真面目になる!

 だからお願いだ、このオレとラダトームの国のこの先の成功を願う気持ちが

 お前のなかにあるのなら・・・アマゾンにオレの愛を伝えてくれ!」

 

「・・・・・・わかった。そこまで言うならいいだろう。やるだけやってみるさ」

 

「おお!うれしいなァ若大将!お前が引き受けてくれるならきっとうまくいく!

 じゃあ後は任せた!オレはもうローラといっしょに城に帰らなくちゃいけない。

 あいつもここにいる最後の晩だからな。城のみんなにあいさつしないとな」

 

「そうか。仮にぼくが失敗しても自棄になるなよ。ローラ姫のことは任せた」

 

 

やがて宴も終わり、チトセ王やローラ姫たち城の人間はすでにいなくなっていた。

片付けはもう明日にするつもりか、辺りに酒瓶など宴会の残骸が散乱していた。

町の人々もそれぞれの家に戻っていて、暗闇のなかブライアン一人が歩いていた。

彼も本来なら自分の寝床でラダトーム最後の夜を過ごすつもりだったが、王との

約束のためにアマゾンのもとに向かっていた。そして彼女の家の門の前に着いた。

すでに真夜中になっているというのに鍵はかかっていなかった。彼は中に入り、

 

「おい、アマゾン!・・・まったく、不用心だな。みんな酒に酔っているんだから

 ちゃんと扉くらい閉めておけよ。ぼくだからよかったものの・・・」

 

アマゾンはまだ起きているようだったので、ブライアンも彼女に普通に

話しかけていた。しかし返事がない。聞こえていないわけはないだろうに。

 

 

「・・・どうしたんだよ?あ、そういえばお前宴会の席にもいなかったな。

 というより竜王の城から戻ってきてから全然外で姿を見てなかった。

 まだあの戦いの疲れが残っているのか?それとも体調が悪いのか・・・」

 

ブライアンがアマゾンを心配して近づこうとする。すると、

 

「・・・・・・あなたは・・・ローラ姫と結婚して明日にはいなくなるのね」

 

ようやくアマゾンが言葉を発した。彼女はブライアンに背を向け窓から外を見ていた。

 

「いつか帰ってくるさ。ところでアマゾン、最後に用が・・・・・・」

 

 

ブライアンがチトセ王のことについて話をしようと思ったそのときだった。

なんとアマゾンは何も言わずに着ていた服を脱ぎ始め、ブライアンが

気がついたときには生まれたままの姿、つまり裸になっていた。

 

 

「!!お、おい・・・!アマゾン・・・・・・」

 

「単刀直入に言うわ。ブライアン、もし私を少しでも哀れに

 思ってくれるのなら・・・・・・私と寝て」

 

「・・・そんなこと・・・!!どうして・・・・・・」

 

動揺し狼狽えるブライアンに対しアマゾンは彼の顔をしっかりと見つめながら、

 

「まだわからないの?私はあなたを愛していた。子どものときからずーっとね。

 あなたとこのラダトームの町の一角で慎ましくも幸せな家庭を築きたかった。

 でもあなたは・・・やっぱり住む世界が違った。わかってはいたけれど私は

 今日までこの愛を捨てきれなかった。けどそれももう叶わない。

 だから最後に思い出をちょうだい。このときのために私の身体はいま全く汚れて

 いるところはないし、ほら・・・無駄な毛だってぜんぶきれいに剃ったのよ」

 

 

ブライアンは目を閉じながら顔に手を当てた。アマゾンの身体から目を背けた

わけではない。彼女の気持ちにずっと気がついてやれなかった己の愚かさを悔いていた。

 

「・・・はっきり言って!嫌なら嫌って・・・・・・」

 

もし精霊ルビスによるローラとの結婚の決まりがなければ自分はどうしていたか・・・

ブライアンにはその答えは出ない。しかしいま、アマゾンの震えるような声に、

彼女を抱きしめずにはいられなかった。もう後戻りはできなかった。

 

「・・・・・・!!ブライアン・・・・・・」

 

「今夜は夜空の星がとてもきれいだ。初めての夜にはこれ以上ない」

 

「・・・最初で最後・・・だけどね。ぐすっ・・・うれしいのに涙が・・・・・・」

 

 

 

思いのままに口づけをかわし、そのまま二人は・・・・・・・・・。

ブライアンの言葉通り、二人ともこれが『初めて』だった。

 

 

 

やがて行為が一段落すると、情熱もまた落ち着いて静かな寂しさが襲ってきた。

 

 

「・・・私も・・・『ぼくの行くところへついておいでよ』とか、『いつまでも

 愛している』って言われたかったな・・・。でも、これでいいのね、きっと」

 

アマゾンの指にはいまだにブライアンが彼女にあげた戦士の指輪があった。

ブライアンは彼女の手に触れながらその指輪にも手を伸ばそうとした。

 

「・・・アマゾン、この指輪のことだけど・・・・・・」

 

「返せって言いたいの?妻でもない女にこんなものを渡したままじゃいけないから?」

 

「そうじゃない。ただ・・・こんなものがあったらお前が辛くならないか・・・」

 

ブライアンの優しさにアマゾンは安らかな笑みを浮かべた。彼のこういうところが

好きだったんだ、と思ったからだ。しかし女心を読み取るのは最後までだめだったようだ。

そこもまたおかしくなってしまい、心から穏やかな気持ちになっていた。

 

「いいえ、逆よ。これがあればきっとこの先何があっても私はやっていける。

 だから返してって頼まれてもお断りよ。いいでしょう?」

 

ブライアンもそこまで言うなら、とその指輪から手を離した。彼女が望むなら

一度渡した立場なのだからもう自分にはそれを奪う権利などないと思ったからだ。

 

 

「しかしこれはルビス様の怒りを買うだろうな。結婚前からいきなりこれでは」

 

「・・・大丈夫よ、ブライアン。あなたはルビス様のお気に入りだもの。きっと

 許されるわ。罰が下るとしたらあなたを唆した私だけ。でも後悔なんてないわ、

 私いま、とっても幸せだもの。ローラ姫には悪いけれど、あなたの初めては

 この私なんだからね。うふふ・・・私たち二人だけの秘密ね」

 

アマゾンの笑いに、ブライアンもつられて笑い声が出た。そして目と目が合い、

 

 

「・・・・・・もう一回・・・・・・する?」

 

「・・・そうだな。こうなったら心残りのないようにとことんまでだ!えいっ!」

 

「きゃあっ!まったく・・・ま、誘っておいた私が人のことは言えないか・・・」

 

 

 

そして朝となった。抱き合いながら眠っていた二人は意外な声で目覚めさせられた。

 

 

「・・・おはようございます、ゆうべはお楽しみでしたね」

 

 

ブライアンたちの見慣れぬ女性が部屋の中心に立っていた。二人はびっくりし、

 

「うわっ・・・!誰だきみは!勝手に人の家に入ってきて・・・」

 

しかしその女性のほうは彼らのことをよく知っているようで、挨拶を続ける。

 

「私は『キャロル』。ああ、お会いするのは初めてでしたね。名前だけは

 あなたもお聞きになったことがあるのでは?ブリザードの仕事仲間ですよ」

 

「・・・ああ、そうか!きみがキャロルか!アレフガルドじゅうの情報を

 すぐに集めるという・・・!城の内通者の件ではお世話になった。ありがとう」

 

ブリザードが前々からその名前を出してはいたが、姿を見るのはこれが最初だった。

こうして見ると影に生きる人間には思えないが、完全に気配を殺してまんまと

家に入り込んでいるのだ。やはり大した人物であることには変わりないのだろう。

 

 

「そのきみが・・・どうしてここへ?」

 

「昨日の夜からあなたの行方がわからないとブリザードが大騒ぎしましてね。

 勇者ロトの伝説のように密かにいなくなってしまうのではないかと

 心配して私にあなたを見つけるように言ってきたのです。あなたの船がまだ

 ある以上どこかにいるだろうとは思っていましたが・・・このことは

 ブリザードにも話さないほうがよいでしょうね。もちろんローラ姫たちにも」

 

キャロルは口に人差し指を当ててニヤリと笑う。ブライアンは彼女の笑いの

意味を察して、持っていた数十ゴールドを全て彼女に差し出した。

 

 

「・・・これでいいんだろう?ぼくはともかくアマゾンがこれからこの町で

 いままで通り暮らせるためには・・・」

 

「そう!それが正解です。これでもう私は全てを忘れましたのでご安心を。

 そしてもう一つご忠告を許していただけるならば・・・ブライアン様、

 そろそろここから出るべきです。直に町の者たちも目覚めるでしょう。

 そうなってからではあなたはこの家から出られなくなるのでは?」

 

「・・・・・・・・・きみの言うことが正解だ。感謝するよ」

 

「では私はこれで。またお会いする機会があるかはわかりませんが・・・・・・」

 

 

キャロルは一瞬で姿を消し、ブライアンとアマゾンが残された。

ブライアンはベッドから出ると自分の衣服を手にし、着衣していったが

アマゾンは布を身にまとい横になったままだった。

 

 

「・・・・・・じゃあ、もう行かなくちゃ。アマゾン・・・・・・」

 

「ふふ、そんな顔しないでよ。私だっていつまでもこうしているつもりはないわ。

 きっとあなた以上に素敵な人と出会って幸せになってみせるから。さあ、もう

 旅立ちなさい。ずっとあなたの後ろをついていった私だけど、もうここから

 先へは行けない。だって私はローラ姫じゃないもの・・・・・・さようなら」

 

「・・・いつか帰る。絶対に。そのときまで・・・・・・」

 

 

アマゾンは言葉とは裏腹に、これを自分の生涯唯一の男との交わりにしようと

固く思い定めていた。この愛を抱きながら死ぬ日まで一人でいる決意があった。

 

ブライアンも彼女の真の思いをわかっていた。だから王からの言葉など

伝えられるはずがなかった。それ以上は何も言わず彼女の家を出ていった。

 

 

 

やがて昼となり、ブライアンの船、『光進号』の出航の時がやってきた。

ブライアンとローラ、それにブリザードとその仲間たちが乗船している。

多くの人々が見送りにくるなか、やはりアマゾンはいなかった。

 

「・・・・・・」

 

「ブライアンさま?どうなさったのですか?」

 

「いや・・・」

 

ブライアンが返答に困っていると人混みをかきわけてラルス17世が現れ、

 

「おーい、若大将!例の件はどうなった!?うまく言ってくれたんだろうな!?」

 

 

ちょうど船が動き出した。だんだん姿が小さくなっていく彼に対しブライアンは、

 

「すまない!頑張ってはみたが駄目だった!まあお前も頑張ってくれ―――っ」

 

「な、なに―――っ!?おいブライアンちょっと待ちやが・・・・・・」

 

勢い余って王は足を踏み外し、その体は海へと吸い込まれていく。

 

「うわ――――――――っ・・・・・・・・・」

 

あっはっは、と船からも陸からも大笑いの合唱が起こった。

やがてラダトームが完全に見えなくなっていく。ブライアンも船長として

本格的な航海の態勢に入った。新たなる地を目指しながら彼は思った。

いつか必ず帰ると。そのときまで愛する人々よ元気でいてくれ、と。

 

その思いが果たされずに終わることはいまの彼には知る由もなかった。


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