ドラゴンクエストⅠ ラダトームの若大将   作:O江原K

18 / 23
若大将対竜王2 (竜王の城②)

 

竜王はただ一人、護衛も置かずに座っていた。彼自身がその魔物たちも

二人の息子たちも更には攫ってきたローラ姫までも別の場所へと退かせて

しまったからであり、自らそれを望んでいた。そして彼が待っていた

その男がついに目の前に現れたとき、まさに二人だけの空間となった。

 

 

「・・・・・・竜王・・・・・・!」

 

「現れたか・・・ラダトームの英雄ブライアンよ」

 

 

魔の島に橋を架け、毒の沼地とバリアを突破し、地下七階という深さまで

やってきたブライアンを目の前にして、竜王は全く動じる気配がない。

それどころか、突然手を叩いて歓ぶような態度を示し始めた。

 

 

「・・・?どうしたんだ。何かおかしいか」

 

「いや、そうではない。わたしは嬉しいのだ、そなたのような若者が

 この世に現れたことが!わたしが生まれて数百年・・・多くの

 人間たちを目にしてきたがそなたは別格だ!わたしは待っていたぞ!」

 

すぐに戦いが始まると覚悟していたブライアンは思わぬ展開に首をかしげる。

竜王が自分を称賛する言葉を述べているのも正直なところ理解が全く

追いついていない。そのブライアンに構わず竜王は更に続ける。

 

「そなたこそまことの『勇者』だ。まさに勇気に満ちた者!決して無謀さではない、

 正義心と決意にも秀でている真に勇者と呼ばれる資格を持つ者だ。

 ラダトームで戦ったときより心身共に比べ物にならないほど成長したな。

 そして仲間たちがいたという情報を伝え聞いてはいたがまさかこのわたしのもとに

 一人で乗り込んでくるとは・・・!わたしは純粋なる敬意を覚えたよ」

 

ブライアンの勇敢さと強さを褒めたたえる。そして王座から立ち上がり、

 

 

「ブライアンよ、わたしと共にこの世を支配しよう!わたしの仲間となれば

 世界の半分をそなたにやろう!どうだ、悪い話ではあるまい。半分だぞ?

 決して人の住まぬ未開の地や海を与えようなんて考えてはいない。安心せよ」

 

「・・・・・・は?」

 

「つまり・・・和睦だ!魔族の王であるわたし、そして人間の世で最も力ある

 そなたが手を取りあい、世を導き裁いていくのだ。そう、半分ずつに

 わけるというよりは共同支配だ!共に王として世界をよりよいものとするのだ!」

 

「・・・そんな話が・・・・・・しかし・・・・・・」

 

ブライアンは深く考え込むような感じでそのまま黙ってしまった。竜王のほうも

後は彼の答えを待つのみとして、じっと彼を見ている。返答を急かしたりはしない。

ブライアンの人生、いや世界の行く末すら決めかねない究極の選択を迫っている。

竜王もそれを理解しているのか、ブライアンに時間はいくらでも与える構えのようだ。

 

 

 

「・・・お、おいおい!何だあいつは!?本気で言ってやがるのか!?」

 

「わからぬ。罠かもしれないし、ほんとうにそう思っているのかもしれない」

 

ブライアンの後を追って竜王の城まで来ていた彼の仲間ブリザードとアマゾン、

そしてブライアンの兄ハヤヒデの同志チケットとタイシン。四人もまた

ほぼ戦闘をしないままブライアンと竜王の姿が確認できるほどのところまで

辿り着いていた。そこで竜王の言葉を耳にし、彼らにも動揺が走っていた。

 

「嘘かまことかは置いておくとして・・・まさか受けてしまうのではあるまいな?」

 

不安そうに見つめる男たちとは違い、アマゾンはどっしりと構え、愛する男を信じた。

ブライアンからもらった戦士の指輪を見つめながらはっきりと言う。

 

「・・・だいじょうぶよ。ブライアンはぜったい、正しい道を選ぶから」

 

 

ブライアンには後ろにいる仲間たちのことを、また離れた部屋から事態を見守る

竜王の手下たちやローラ姫の存在をも知らない。誰の目もない二人きりだと

思っている。竜王の誘惑に乗りやすい環境が整っていた。ブライアンは

ついに顔を上げ、竜王に対して返答した。

 

 

「・・・確かにお前の言う通りかもしれない。人と魔物が力を合わせて

 平和な世を目指す・・・もし実現すればこれ以上なく素晴らしいことだし

 成功すればぼくたちは未来の人々から永遠に英雄として称えられるだろう」

 

竜王はにやりと笑う。この若者はどうやら乗り気だ。ほんのあと一押しで決まると。

 

「そうだ。それに真の意味での平和、あの勇者ロトでも果たせなかったのだ。

 ロトの勇者と言われているそなただが、ロトを超えることが可能なのだ。

 勇者ロトではない、勇者ブライアンを大いなるものとせよ。今日はまさに

 その夜明けだ!大魔王ゾーマが滅びた日以上に歴史的な朝が来るのだ!さあ!」

 

 

ブライアンと握手をかわそうと竜王は手を伸ばす。ブライアンもそれに応じるかの

ように右腕を動かし、竜王は更に笑いを浮かべた。ところが、まさに固い握手が

果たされる寸前でブライアンは竜王の手をはたき、後ろに下がり距離をとった。

 

「・・・むむ・・・!きさま・・・何のつもりだ!」

 

「・・・・・・ぼくは勇者として失格かもしれない。お前の誘いを受けたほうが

 世界にとっていいことなのかも、とも思う。しかし・・・・・・」

 

ブライアンはその手で剣を持つ。ロトの紋章のアザが光り始めていた。

 

「たとえどんな動機だったとしてもお前のせいで死んでいったラルス王、

 ハヤヒデ兄さんたちぼくの家族、数え切れない大勢の人々を思うと・・・。

 それだけじゃない、お前に利用されたキースドラゴンやダースドラゴン!

 彼らの犠牲を思うとどうしてお前なんかと手が組める!交渉は終わりだ!」

 

竜王を拒絶し、いつでも戦いが始められるように備える。しかし竜王のほうは

いまだ話を続けようと王座に座り、ブライアンに冷静になるように勧める。

 

「・・・いつの時代でもどの世界でも・・・犠牲は必要だ。大事な者を失い

 ようやく変革の必要に気がつくのだ。そなたの痛みはよくわかる。しかし

 それを言うならわたしも同じだ。もう戦いはやめに・・・」

 

「早く立て!竜王、相手が悪かったな。いまのぼくは・・・数多くの命の

 仇を討ち、恨みを晴らし、お前をもはや魂のかけらすら残らぬほどに

 この世から消滅させるためにやってきたんだ!何を言っても無駄だ!」

 

ブライアンの思いは最初から固まっていた。こうなっては流石に竜王も

ブライアンを倒すべく立ち上がるものと思われたのに、いまだ動かなかった。

 

 

「そうか・・・我が娘よ・・・やはりお前の願いは夢物語であったか・・・」

 

「・・・娘?その娘がこの話の提案者か?」

 

「ああ・・・あれは気の優しい娘だ。人と魔族が種を超えて手を取りあうことこそ

 真の平和に不可欠だと信じてやまないのだ。愛娘の頼みだ、わたしも簡単に

 折れるわけにはいくまい。そうだ、今からでも会ってみないか、わたしの娘に!」

 

 

ここまで来るともはや交渉ではない。何らかの狙いを秘めた遅延行為だ。

これ以上付き合うのは非常に危険だと察したブライアンはすぐに剣を

高く掲げる。その剣をはっきりと確認したところで竜王の顔色が変わった。

 

「・・・そ、それは・・・!きさま、その剣を手に入れおったか!」

 

 

「お前の洗脳から死の間際に解放されたダースドラゴンのギャラント・フォックス!

 彼がぼくに教えてくれたんだ!ゾーマと違いどうやっても剣を破壊できなかった

 お前の無力さ、そして自らの城に無造作に放置していたお前の慢心!

 その事実を叩きつけるための『ロトの剣』だ――――ッ!!」

 

 

全く防御の用意ができていなかった竜王を斬りつける。以前に斬られた胴体だけでなく

顔面にも傷が入り、これまで友好的な素ぶりを見せていた竜王が豹変する。

痛みと怒りに燃え、ブライアンへの憎しみに満ちた顔を隠しもしない。

 

 

「・・・きさま・・・!一度ならず二度までもわたしの高貴な身体を・・・・・・!!

 許さぬぞッ!魔物ども――っ!この男を殺せ!一斉に襲いかかれ―――っ!!」

 

竜王はブライアンの後ろに潜ませていた魔物たちを大声で呼びつけた。

これまで魔物たちが全く襲ってこなかったのも全てはこの時のためだったのだ。

しかししばらく経っても魔物は現れない。竜王は更に激怒し、

 

「何をしている!臆しているのかッ!早くしろ――――っ!!!」

 

竜王の迫力ある声に、ついに扉が開く。ところがやって来たのは魔物ではない。

 

 

「・・・ブライアンさん!止められてはいたが、やっぱり来ちまったぜ!」

 

「ブリザード!それにみんな・・・」

 

ブリザードたちがやってきた。その足元にはストーンマンやキースドラゴンが

倒れていた。彼らが竜王の仕込んだ魔物たちを撃退したのだ。

 

「ブライアンよ、竜王のやつはお前を密かに討つために議論に没頭させようと

 していたのだろう。お前が応じたら安心させたところで汚い騙し討ち、

 もう少しお前が迷っていたらやはり考えているうちに背後から襲う・・・」

 

「でも私たちもこの城に突入していたことまでは竜王もわからなかったようね!」

 

ブライアンの顔が明るくなった。これまで散々ラダトームを出し抜いてきた竜王に

ついに一杯食わせたのだ。ブリザードは竜王を指さして叫ぶ。

 

「これがこの野郎の真実だ!いかに新時代の王を自称し人間との和平を語ろうが

 結局はただの卑劣な小物!ゾーマの猿真似をしても全く及ばないやつさ!

 最大の武器は変装や奇襲・・・それがそのくそったれの正体だッ!!」

 

 

屈辱的な言葉を浴びせられた竜王。これまでよりもさらに怒り狂うものと

予想されたが、なんと竜王の顔には笑みが、しかも愉快そうに大笑いを始めた。

 

 

「ふっ・・・ふ、ふはははははははははははは!!!」

 

「何だあいつ・・・万策尽きて壊れたか?」

 

「ふはははは・・・!いやいや、わたしの正体、という言葉を耳にして

 つい笑いが堪えきれなくてな。そうかそうか、ならば特別に見せてやろう!

 わたしの真の姿を!どの道お前たちがそれを他の者に告げることは叶わぬのだ。

 これがアレフガルドを、この世界全てを我が物とする王の偉大なる姿をな!

 ウ・・・ウオオオオォォォォォォォオオオオオオアァァァァッッ!!」

 

 

竜王がおぞましい雄叫びをあげる。それだけで皆ダメージを受け、吹き飛ばされて

しまいかねないほどだったが、本番はここから先だった。竜王は自らを巨大な

竜に変えてしまったのだ。キースドラゴンやダースドラゴン、そのなかでも特に

力ある者たちだったあの二匹の側近すらも遥かに上回る大きさと迫力だった。

 

「・・・な・・・こ、こいつは・・・・・・!!」

 

「ハハハハ!わたしの名は『竜王』!あらゆる竜の頂点という意味だ。むしろ

 今までがおかしかったとは思わなかったのか、この屑め!わたしとしても

 愛する娘との約束ゆえ、穏便に事を済ませたかったのは真実だ。しかし

 愚か者どもがここまで好き勝手に喚いて大騒ぎしているのでは仕方あるまい。

 残酷で見るに堪えない死体を積み重ねることになろうともなぁっ!」

 

その発する声すら空間じゅうに重く響いている。迫力も威圧感もまさに別格だ。

 

「・・・これはまずい!みんな、ブライアンに加勢するぞ!五人でやつを・・・」

 

「雑魚どもには興味がなーい!お前たちはそっちで遊んでいろッ!!出でよ!」

 

 

竜王がまた大声をあげてしもべを呼びつけると、城に残っていた最後の魔物たちが

再び集結し、ブリザードたちを囲んだ。ブライアンからは彼らの姿が見えなくなって

しまうほど、いまだ竜王軍の残党の数は侮れるものではなかった。

 

「・・・くっ・・・アマゾン!ブリザード!それに・・・・・・」

 

「お――っと!!余所見をするなよ!?お前の相手はこのわたしだ!お前が望んでいた

 一対一での戦いの始まりだ!わたしに歯向かった愚を噛みしめながら存分に

 絶望の戦いを楽しむがよいぞ――――――っ!!」

 

 

竜王は大きく息を吸い込んだ。そして最初から全力の力を込めて炎を吐き出す。

 

「・・・カアアアア――――――――――――ッ!!!」

 

「う・・・!!うおおおぉっ!!!」

 

その激しい炎はこれまでブライアンが戦ったどの相手のものともレベルが違う。

炎から身を保護するロトの鎧ですら勢いを止めることはできない。

 

「・・・ベ、ベホイミ・・・!」

 

火傷が残る前にすぐに回復呪文を唱えてここは事なきを得る。しかし竜王の攻撃は

全く収まらず、ブライアンに全く立て直しの機会を与えない。

 

「ベホイミ!・・・これじゃあ何もできずに魔力を失うだけだ!」

 

ブライアンの魔力には限界がある。竜王は激しい炎だけでなく直接ブライアンを

攻撃する威力も魔物のなかで比類なき者なのだ。こまめに回復をしなければ

命を奪われてしまうが、このまま一度も攻撃できずに回復呪文ばかりを

唱えていても倒される時間が多少後になるだけ、敗北を先延ばしするにすぎない。

防戦一方の戦いにブライアンは気持ちまで後ろ向きになり始めてしまっていた。

 

 

(・・・フ・・・全く手も足も出ないとはこのことか。これでもかつての大魔王

 ゾーマよりは弱いとは。勇者ロトはやっぱりとんでもない男だ。ぼくなんかより

 何倍も強かったんだろうな。きっとこの激しい炎や強烈な打撃に対抗する

 呪文も使えたに違いない。ぼくはロトの遺した剣と鎧を手にしてもこの程度か。

 一撃もくらわせることすらできずに負ける・・・それならいっそ前へ・・・)

 

勇気と無謀は似て非なるもの。追い込まれたブライアンが玉砕覚悟で竜王へ

斬りかかろうと考え始めたとき、またしても天からの導きの声が聞こえてきた。

 

 

『ブライアン・・・私の愛する勇者ロトの血をひき、その生まれ変わりである者よ。

 恐れてはなりません。しかしそれに加え冷静でありなさい。前へ向かうことは

 必要ですが、焦らずにじっくりとその機会を見つけ出し、逃さないようにしなさい』

 

「・・・ま、またこの声が・・・!とても安らかなのに力強い、不思議な声だ!」

 

『ブライアン、なぜいまこの時代にあなたが勇者として選ばれたのか・・・。

 それはこの竜王がまだ己の力に完全に目覚めていないからなのです!もう一度

 落ち着いてしばらく戦ってみなさい。あなたにもきっとわかるはずですから』

 

 

ブライアンはその言葉に聞き従い、捨て身の特攻を思い留まった。また竜王が

炎を吐いてくる。防御の構えをとって備えるがあの激しい炎が襲って来れば

ベホイミを唱えなければならないだろう。これまでと同じ、そう思っていた。

ところが、今回の竜王の攻撃はブライアンにとって良い意味で誤算だった。

 

(・・・あれ?思ったほど威力がないぞ・・・?沼地のドラゴン並みの炎だ)

 

竜王の炎の強さは一定ではない。防御していてもかなりの苦痛を味わう炎もあれば

大して痛手ではなく、そのまま攻撃に転じても問題ない炎も飛んでくる。威力は

安定していないのだ。竜王が手加減して遊んでいるようには見えない。実は

戦いの最初からそうだったのだが、いちばん始めに激しい炎をまともに受けて

しまったせいで身体が恐怖し、全ての炎を脅威だと勘違いしてしまっていたのだ。

 

 

『気がつきましたね?自分のほんとうの姿でありながらその力を竜王は

 使いこなせていないのです。いまが『チャンス』なのです!しかしもし

 この機会を逸してしまうとあと十年もしないうちにこの男は必ず

 大魔王ゾーマをも凌ぐ暴君として世を支配するでしょう!ですがいまなら!』

 

 

謎の声に背中を押され、ブライアンの身体を再びロトの勇者の光が包み込んだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。