ドラゴンクエストⅠ ラダトームの若大将   作:O江原K

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海 その愛 (竜王の城①)

竜王の城に囚われたローラ。彼女自身の意思で自らの物にしようという

竜王の考えは変わらない。甘い言葉、不安を煽る言葉、人間の弱さを説き

無力感を思い知らせようとする言葉・・・。数々の惑わしの言葉を用いて

ブライアンが来るまでにローラを陥落させようとしたが、彼女もまた強かった。

この時代の魔王、この世で最も力ある者に対して挑発的な一言を投げかけた。

 

「・・・ふ・・・ふふふ・・・・・・」

 

「どうした?わたしへの愛と服従を誓う前に精神が壊れてしまったら困るのだが」

 

「いいえ、私は正気です。ただ、竜王ともあろう者がこうでもしなければ

 自らの妻を得ることもできないというのが可笑しくて笑いを抑えきれなかった。

 ただそれだけの話です。あなたの惨めさが滑稽で・・・」

 

殺されるならそれでもいい。竜王に屈服しなかったから自分の勝利となる。

ローラの強い意志が見え隠れしていたが、それすらも竜王は笑い飛ばした。

 

 

「・・・はっはっは!余計な心配をさせてしまったかな?だが安心するがいい。

 わたしには何も言わずとも全てを差し出すしもべたちは大勢いる。洗脳や

 脅しを使わずとも、このわたしにだったら己の首すらためらいなく献上する

 者たちも数え切れないほど、な」

 

「・・・・・・それならばなぜ私を・・・?」

 

「フム・・・そうだな。お前の数百年に一人というその美貌も理由の一つだが

 一番のわけは・・・わたしの娘がお前を指名しているからだ。ローラと自分は

 似ている、人間と魔族の関係の変化にはローラの存在が不可欠だ、わたしに

 幾度もそう言ってやまないのだ。愛娘の頼みを無下にはできまい」

 

竜王の娘。ローラが沼地の洞窟で監禁されていた際の世話係。そして今回

ラダトームの城に乗り込みローラを奪った本人でもある。あのフードを被った娘の

ローラへの執着は本物のようだ。竜王さえも動かしてしまうとは。

 

(・・・あの娘の願いは・・・まさかほんとうに人と魔物の和平を?)

 

現在竜王の間には竜王とローラのほかには、竜王の二人の息子、それに数匹の魔物

しかいない。竜王いわく、娘と彼女と共にいた大魔道はもうすぐ城に乗り込む

ブライアンを始末するまで外に出しているとのことらしい。いかに敵とはいえ

残酷に処刑される人間の姿は見せたくない、そう言っていた。

 

(誰が何を考え何を企んでいようとも私は信じています。ブライアンさまが

 ルビスさまのご意志を成し遂げ、この世界に光を取り戻すことを)

 

ローラは竜王に気づかれないように精霊ルビスへの短い祈りをささげた。

短くとも思いのこもった、心からの請願の祈りだった。

 

 

 

 

 

「・・・うーん、やっぱり海っていいよね。大魔道もそう思うでしょ?」

 

「ええ。海は全ての命の源と言われていますからね。安らぎを感じます」

 

竜王の娘と大魔道、彼女たちは竜王の命令に従い城から出て、島の果てから

海を眺めていた。海を見ていると様々な感情が波のようにやってくるのは

人間だけではなく魔族も同じだった。娘は遠くのラダトームを見ながら言う。

 

「わたしのお願い・・・お父様は聞いてくれるかな?勇者がやって来ても

 やるべきことは戦いじゃなくて話し合いだって。二人のお兄様は全く

 相手にしてくれなかったからお父様ももしかしたら・・・」

 

「・・・どんな結果になろうと竜王様は深く熟慮なさった末のことであると

 わかってください。しかし希望はあります。なぜなら竜王様は・・・

 今初めてあなたにお話ししますが、かつて人間の妻を持ち、彼女とは

 本物の愛で結ばれておられたのですから。そして二人の間に生まれた

 ただ一人の子ども・・・それがあなただったのです」

 

 

魔族と人間の混血。竜王の娘は自らの出生の真実を初めて正式に聞かされた。

しかし二人の兄や城の魔物たちが自分の陰口を語っているときにそのような話を

していたのを薄々知っていたので、大きな驚きはなく、やっぱりか、という

気持ちにしかならなかった。人と魔物の平和を求めるのもそのせいなのかと。

 

 

「なるほどね・・・言うならわたしは『モンスター人間』っていうことかぁ。

 でもわたしのお母さんはわたしを産んだときに死んじゃった、それは

 知ってるよ。だから大魔道がわたしを育てるように言われたんでしょ」

 

娘の言葉に、大魔道は海の波をぼんやりと見ながら昔のことを思い出す。

 

「・・・竜王様・・・あの方ご自身もあなたと同じ、その母君は命と引き換えに

 竜王様を出産なされたのです。だから竜王様もあなたのことは他の誰よりも

 よくわかっておられるはずです。この動乱の世でなければ、いや・・・

 そうでなくてもご自分の手であなたを育て上げたかったでしょうに。

 それでも私にこの大役を任せてくださった・・・。竜王様には

 感謝してもし尽せない・・・まさに私にとっての王であり神なのです」

 

この大魔道によって母親のいない竜王の娘は今日まで育てられ、成長してきたのだ。

ここで彼女は疑問が過ぎった。いつも自分のそばにいる大魔道について。

 

「・・・でもわたしにつきっきりで・・・大魔道には子どもはいないの?

 あんまりわたしばっかり世話してたら怒るんじゃないかな・・・」

 

その瞬間、大魔道は遠くを眺めるようになった。それに気がついた娘は、

自分の言葉に何かよくないところがあったと悟りすぐに撤回しようとしたが

もう遅かった。聞きたくないと思っても、もう止められなかった。

 

 

「・・・・・・私の子、ですか。流産しました」

 

「・・・流産・・・それって・・・・・・」

 

「あなたや竜王様とは逆です。私は生き残り、お腹のなかの子どもは死にました。

 その年は珍しくラダトームの軍と私たち竜王軍の間で小さな戦争があり・・・

 たまたま私たちの住んでいた土地が最も激しい戦場だったのです」

 

かつて竜王がまだ自らをアレフガルドの支配者だとは名乗りはしていないものの

危険な存在だと認識し、今のうちに打ち倒してしまおうという動きがあった。

そのときはまだロトの子孫たちのなかに力ある者が現れず計画は果たされずに

現在に至っている。あくまで小規模の戦いで、ラダトームの人々も竜王たちも

そこまで重要な歴史とは思っていない出来事。しかしその中心にいた

彼女は違った。大魔道は海を見つめながら悲しい記憶を隣にいる少女に伝える。

 

 

「・・・私の夫、『死神の騎士』と呼ばれていた者は私の目の前で殺され、

 身重の身体でありながら戦わざるをえなかった私もラダトームの兵に頭と内臓に

 重傷を負わされ・・・・・・それが原因で私は遥か昔から使いこなしていた

 古代の呪文の多くを失い・・・そしてもう二度と子を産めぬ身体になったのです」

 

 

竜王の娘はひどく後悔した。大魔道に辛い過去を思い起こさせたきっかけをつくった

ことではない。彼女の全てを奪った人間と仲よくなりたいなどという夢をこれまで

何回、何十回と聞かせてしまったことに。そのたびに傷つけたのだと。

 

大魔道がラダトームの城で竜王が行った大々的な殺戮や流血、暴虐を見て

大粒の汗と涙を流し、呼吸もできなくなるほどになったのはいまだに

その日の光景が大魔道を毎日休むことなく苦しめていたからだった。

 

「・・・・・・・・・」

 

竜王の娘は何と声をかけたらいいかわからなかった。その気まずさを察したのか、

大魔道のほうが彼女に微笑みながら穏やかな声で言った。

 

 

「しかし竜王様は慈悲深く愛に富まれた方です。もはや戦いすらできない私を

 捨てるどころか、夫を、そして子を失った私にあなたを育てる特権を

 与えてくださったのです。そして私はあなたを自分の子の代わりではなく、

 竜王様の後継者であるあなたとして育ててきました」

 

「・・・わたしがお父様の後継?それはないよ。二人のお兄様のうちの

 どっちかだよ。人間との混血、しかも人間と仲よくしようとする私なんか」

 

「いいえ、竜王様はあなたのお母様を心から愛しておられました。他の誰よりも。

 ですからあなたを産んだ後にあの方が亡くなられたとき竜王様はそれはとても

 悲しまれ、一週間は何も口にされなかったほどです。ですからあなたのことを

 一番気にしておられるのも当然ではありませんか。あなたの主張やご意志も

 ああ見えてちゃんと聞いておられますから・・・もっと自信をお持ちください」

 

逆に励まされてしまっていた。大魔道はなおも続けた。

 

 

「そしてあなたは強く、そして何より優しく成長してくれました。

 この間は私を助けることまで・・・。もう私の世話は十分でしょう。

 あなたにとって私はもはや不要、これからは・・・・・・」

 

 

「違う!これからだよ!これからもっとずっといっしょにいるんだよ!」

 

 

竜王の娘は大魔道の手を取る。そしてそのまま抱きついた。

 

「もっと仲よくなれる!平和になった世界で、これまで以上に!

 ほんとうの親子のように、死ぬまで変わらない親友のように、

 何を捨てても互いを愛する恋人のように!わたしたちは・・・」

 

「・・・・・・お嬢様・・・・・・。あなたの夢が、あなたの望みが

 叶いますように。人間と力を合わせ共に築きあげる未来・・・。

 きっとあなたなら成し遂げられるはずです!私もそのためにあなたの隣で

 少しでも力になれるよう・・・!」

 

大魔道の言葉に、娘は満面の笑みを浮かべた。いつも通りの彼女に戻った。

 

「えへへ・・・大魔道が二人目だよ。わたしの夢に賛成してくれたのは」

 

「二人目・・・ですか。その一人目・・・というのは?」

 

竜王の娘は遠くにぼんやりと映るラダトームの町を眺めながら言った。

 

 

「ふふっ・・・ないしょ。というよりわたしもよく知らないんだよね。

 名前も知らない男の子だもん。いま生きているのかどうかもわからないしね。

 わたしといっしょで海が大好きで、海の歌をじょうずに歌っていたっけ・・・。

 それに、『夢は想えば叶うんだ』って言ってくれたんだ」

 

遠い日の思い出に浸りかけたが、これは彼女が十年ほど前に竜王城から黙って

抜け出して夜遅くまで遊んでいた記憶なのだ。あまり深く追及されると

まずいと感じ、慌てて話を変えた。

 

「そ、そんなことよりせっかくだからもう『お嬢様』とか『大魔道』なんて

 呼び方はやめようよ。わたしたちにはほんとうの名前があるじゃない。

 わたしの名前は・・・・・・・・・」

 

「なるほど・・・では、私の本名も教えましょう。私は・・・・・・・・・」

 

 

 

 

二人が竜王の城から離れた海辺で絆を深め合うのとほぼ同じ時刻、竜王は

その二人とは違う誰かが城の地上の門を開けたのを感じ取った。

それが誰なのか・・・彼にはすぐにわかった。

 

「フム・・・ローラよ、お前の待ち望んでいた男がやってきたようだ。

 おそらくはここまで来る前に倒れるなどということにはならぬだろう。

 わたしとしてもそれではつまらぬ。自らの手で決着をつけないことにはな。

 おい!わたしの息子たちよ!」

 

竜王の左右に控えていた二人の息子に対し、竜王はとある部屋を指さした。

 

「お前たちはわたしと勇者の戦いが終わるまでその部屋から一歩も出るな」

 

「・・・そ、そんな!」 「私たちも父上と共に戦います!」

 

竜王は動揺している彼らを全く相手にしない。顔色一つ変えずに言う。

 

 

「・・・お前たちはそんなにこのわたしが信用できぬというのか?

 自分たちの助けがなければわたしは勇者ブライアンに敗れると」

 

「そういうわけではございません!」 「ですが・・・!」

 

「ならば黙って待っていろ。これまでの全てが終わり新たな時代の幕開けを

 目にするがいいだろう。それに・・・これは万が一にもありえぬことだが、

 もしわたしが倒されるような相手であれば・・・お前たちなど二人掛かりでも

 相手にはなるまい。だから大人しくわたしの言う通りにせよ」

 

 

竜王の息子たちは何も言えないまま父・竜王の指示に従い安全な部屋に入った。

一方ローラは竜王の王座の後ろに扉のある別の小さな部屋に連れていかれた。

 

「・・・フフフ、わたしの息子たち以上の観客席を用意してやったぞ。

 ローラ、お前の希望が沈みゆく船のように力なく深い暗闇へ

 消えていくその様を・・・そこからじっくりと眺めているといい」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 

ブライアンにとって当然初めて訪れる場所なのになぜか地上階の罠、

目に見える階段は竜王のもとには導かず、怪しげな無人の玉座の裏にこそ

地下深くで待ち構える魔王を倒すための真実の道があるということを

なぜかブライアンは理解していた。誰からも教えられてはいなかったはずだ。

 

 

(・・・なぜだろう。でもロトの伝説を記した本に書いてあった気もするなぁ。

 この仕掛けは数百年前と同じなのか。大魔王ゾーマの使っていたものを

 竜王が利用しているのか。でも都合のいいときに思い出せたものだな)

 

頭の片隅に残っていた遠い記憶が助けてくれたのかと思っていたが、

突然ブライアンに語りかける声が頭の上から聞こえた。

 

 

『・・・それはあなたが勇者ロトの生まれ変わりだからです。その身体に

 眠る血があなたを竜王のもとへ導いているのです。私の深く愛したロト、

 あなたの内に力強く宿る彼の力を信じ、恐れずに進みなさい』

 

 

「・・・・・・ローラ姫?いや、そんなわけはないか。声は似ているけど・・・

 いまのは何だったんだろう。幻聴か・・・おっ、この先はやけに暗いな」

 

ブライアンはたいまつに火をつけて竜王城の地下へと潜っていった。

相変わらず魔物の気配はするが戦闘にはならず、気味の悪さを感じた。

そして彼を励ます謎の声もまた、逆にブライアンを悩ませるものとなった。


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