ドラゴンクエストⅠ ラダトームの若大将   作:O江原K

15 / 23
蒼い星くず (竜王軍バトル②)

 

勇者ロトの旅路―その旅のなかで彼は成長し、勇者と呼ばれるにふさわしい

力に満たされていった。その力を完全なものとする最後のひとかけら・・・

それは『怒りの炎』だった。旅の最終地点、ゾーマの城で彼の父親、

幼いときに死んだと聞かされていた父の姿を見、そして父は自分の胸のなかで

息を引き取った。更に彼の仲間たちもゾーマの前に次々と倒れた。

その最後に、彼が愛する幼馴染の僧侶が目の前でゾーマに殺害された。

 

このときロトは激怒した。我を忘れ、血管が破裂するほどの憤怒の炎。

その炎がゾーマの氷の世界を打ち破り、崩壊させたのだ!

 

 

それから数百年の時が過ぎ、その子孫ブライアン―ほとんど掴みかけていた

『ロトの力』の完成、それは偉大なる先祖と同じく・・・悲しみの現実により

果たされることとなった。

 

 

 

 

「・・・・・・ビ、ビワ・・・いや!ハヤヒデの旦那――――ッ!!」

 

「グフゥ~・・・片腕のわりにはなかなか手こずらせてくれた・・・!

 さて・・・こいつの血と肉をいただくとするか!クゥパア・・・」

 

ダースドラゴンが大きな口を開き、無抵抗のハヤヒデの頭部を噛み砕こうとした。

 

 

「やめろ――――っ!!この下衆め――――っ!!!」

 

 

惨劇を目の当たりに茫然としている男二人を押しのけ、紅一点アマゾンが

ダースドラゴン目がけて放った呪文は、ブライアンたちと共に修行した末に

習得した最高度の魔法、『ベギラマ』だった。魔力の限界が低いうえに

ブライアンの回復にそれを用いていた彼女は最後の魔力を用いて

それを放った。大きな爆発に、ダースドラゴンはハヤヒデを食す寸前で

離してしまい、その身体は宙に浮いた。

 

「・・・ああっ!旦那!おおおっ・・・!!」

 

地面に打ちつけられそうになったハヤヒデをブリザードが好捕した。

すぐに寝かせ、ありったけの薬草を用意するが・・・。

 

 

「・・・・・・・・・死んでいるわ・・・。もうどんな呪文も・・・・・・」

 

アマゾンの身体ががたがたと震えていた。ブリザードの手から薬草の山が

こぼれ落ち、それと共に彼の目からは涙が溢れ出てきた。

 

「・・・・・・そんな・・・!最期に、せめて最期に一言兄弟としての

 別れの会話すら許されないなんて・・・!!酷い、酷すぎる!」

 

そのまま激しく泣き始めた。その絶叫はメルキドの町にまで届くほどだった。

そしてブライアンの目は生気を失ったかのように色がなかった。

 

「次はお前たちだ屑どもめが~っ!!竜王様に逆らう愚か者どもを一匹ずつ

 虫けらを潰すように跡形もなくこの世から消し去ってやるぜ~っ!!

 腑抜けのキースやそこで倒れているボロ布のようになァァァアアア」

 

 

ブライアンの無色だった瞳が真っ赤に変わった。少なくともそばにいた

アマゾンにはそう見えた。そして普段は真っ青な光を放つロトの紋章が

いまは赤と青、その両方の色が混ざり合いながらブライアンの全身を満たしていった。

 

 

「・・・・・・!!今までのとは違うわ!これが真の『ロトの力』なの!?」

 

 

「うおおおお――――っ!!絶対に・・・絶対に許さ―――ん!!」

 

 

ブライアンの動きは彼をずっと凝視していたアマゾンですら追いきれないほどの

速さだった。当然ダースドラゴンの『ギャラント・フォックス』にも不可能で、

 

「・・・・・・ゴ、ゴパァ――――ッ!!速い!そして・・・重い!!」

 

一撃で大きなダメージが入ったようだ。そしてダースドラゴンはいまの

ブライアンから、力や素早さに加え魔力に満たされているのを感じ取り、

まずは呪文を封じようとした。ブライアンの武器をまずは一つ奪うためだ。

 

「ちっぽけな小僧めが・・・!!マ・・・マホト-ン!!」

 

その呪文はブライアンに命中し、彼はしばらく呪文を使えなくなった。しかし、

 

 

「・・・もともとお前相手に呪文を使うつもりなどな―――い!!

 この炎の剣で!斬って、斬って、斬ってやるだけだ――――っ!!!」

 

「オ・・・オオオ!オオオオオオ―――ッ!!!」

 

 

ブライアンの迫力に恐怖すら覚えたダースドラゴンは接近を拒み尻尾を振り回す。

しかし全く当たらず、気がつくと自らの懐にブライアンが入り込んでいた。

 

 

「これで終わりだ――――っ!!沈め―――っ!!!」

 

 

「・・・・・・・・・!!!」

 

 

力強い一撃で一瞬のうちに戦いは決着した。ダースドラゴンの胴体は

キースドラゴンと同じように十字に斬られ、赤い血が勢いよく噴き出した。

しかもキースドラゴンのときよりも深く、渾身の力によって斬られたのだ。

ダースドラゴンのギャラント・フォックスは轟沈し、動かなくなった。

 

 

 

「・・・ハ・・・ハヤヒデさん・・・。あなたの弟は、弟は大丈夫よ!

 ブライアンは大丈夫!あなたの無念を・・・晴らしたのよ!」

 

 

 

ブライアンたちはハヤヒデの遺体の近くに集まっている。竜王軍はもう

やってこないようだ。しばらく誰も何も言わなかったが、いつまでもこうして

いるわけにもいかない。どうしたらいいのかもわからずにいたが、

ここでハヤヒデの上着から何かがぽろりと地面に転がった。

 

「何かしらこれは。ロトの紋章が描かれているけれど・・・」

 

アマゾンとブリザードが顎に手をやり首をかしげながらそれを見ていたが、

ブライアンはすぐに自分の手に取り、注意深く何回も確認すると、

 

「・・・これは・・・『ロトのしるし』じゃないか!勇者ロトの子孫であることを示す、

 ぼくの家に代々伝わっているものだ!失われてしまったと思っていたけれど・・・

 兄さんがどこからかまた手に入れていてくれたんだ!」

 

ロトのしるしを掲げながら空を見上げる。すると、どこからともなく声が聞こえてくる。

 

 

『・・・ブライアンよ、ついにやったな。あとは竜王ただ一人だ。ここから先の

 お前の冒険に同行できないのは残念だが・・・これまでの旅、短いときでは

 あったが楽しいひと時だった。お前との失われた時間を取り戻せたようだったぞ。

 あの小さかったお前がロトの勇者として立派に成長したその姿、オレは誇りに思う』

 

ハヤヒデの声だ。驚いたブライアンはハヤヒデの身体に目をやるも、

やはり彼は既に息を引き取っている。声を発するどころか口も動いていない。

アマゾンやブリザードは何も反応していないので、これはおそらくブライアンだけに

聞こえる言葉なのだろう。ブライアンはその声に対して語りかける。

 

「・・・そんな・・・。兄さんがロトの勇者として生きることもできたはずだ!

 それなのにぼくを生かすために・・・!王さまも兄さんもどうして・・・!」

 

『フフ・・・違うな。弟よ、オレでは真に使いこなせなかったのだ。

 ロトの力も、その鎧もな。ドムドーラに鎧を埋めたのは・・・実はオレなんだ。

 オレではだめだったんだよ。しかしお前はできた!だから自信を持ち、

 誇りを抱いてこのロトのしるしを持って行け。そして魔の島に渡り・・・

 竜王を倒すのだ!その大役は任せたぞ』

 

「・・・・・・・・・ハヤヒデ・・・兄さん・・・・・・」

 

『・・・フフフ・・・竜王を倒し世界が平和になったときにはお前の完成させた

 船で共に航海に行ってみたかったな。それが叶わないのは無念だが、

 ブライアンよ、お前にはもう頼りになる仲間たちも、城に待たせている

 愛する人もいるのだ。その者たちと新たな世界へ向かうのがいいだろう!

 さらばだ。我が愛する弟よ。再び会うその日まで夢に向かって生き続けるのだ』

 

「兄さん!必ず・・・必ず竜王を倒します!あなたのおかげで得たこの力と

 勇者ロトの遺産、そしてあなたによって生かされた命、決して無駄にはしません!」

 

『ああ・・・その心意気だ、アレフガルドを・・・世界を頼んだ・・・・・・』

 

 

『その声』は聞こえなくなった。ブライアンは確かに叫んだつもりだったが、

この叫びすら二人には聞こえていなかったらしい。真に兄弟だけの会話だったのだ。

 

 

「しかし残酷だぜ・・・!せめて一言だけでも・・・!」

 

「・・・・・・いや、十分だ。ハヤヒデ兄さんの思いは伝わった・・・」

 

空を見上げるブライアンをブリザードは不思議そうに眺めていた。しかしアマゾンは、

 

 

「・・・ブライアンがそう言うのならきっとそうなのね。よかったわ」

 

「ケッ・・・自分だけがブライアンさんをわかったような気でいやがって。

 すっかり女房気取りかよ・・・ん、って・・・おい!あれを見ろォォッ!!」

 

 

彼の叫びにしみじみとした空気が一変する。なんと、とうに絶命したと

思われていたダースドラゴン、ギャラント・フォックスが生きていたのだ。

 

「・・・グ・・・グウウウ・・・・・・」

 

「あの野郎~~~ッ!ブライアンさん!あいつ、倒れてはいるが死んでいない!」

 

「ブライアン!あの邪悪な魔物はあなたの兄さんを殺した屑のなかの屑!

 今度こそ目を覚まさないように、その魂まで完璧に葬るのよ!」

 

 

ブライアンは赤き竜に近づいていく。竜のほうは、もう戦うことはできないようだ。

彼が近づくと、最後の一撃を予感し無言で深く目を閉じた。ところがブライアンは、

 

「・・・・・・ベホイミ」

 

マホトーンの効果が消えていたので、ベホイミの呪文を唱えた。十字の傷が

少しずつ塞がっていく。ダースドラゴンは閉じた目を再び見開いた。

何が起きたのか理解できなかったのだ。それは当然アマゾンも同じで、

 

「ブライアン!あなた一体何を!そんなやつに回復なんて・・・!」

 

当たり前の反応だった。しかしブリザードは黙っていた。こんな光景には

見覚えがある。というより、彼は当事者であったからだ。

 

(・・・沼地の洞窟でブライアンさんに数人がかりで襲いかかって

 倒されたとき・・・あの人は俺たちを癒してくれた。そうだ、

 あれで俺はこの人に心底惚れ込んだんだった。海のような大きな心に!

 しかし・・・こんな憎き相手まで・・・!どうしてなんだ!?)

 

 

「・・・・・・何をしている・・・?オレはお前の大切な者を殺したのだ。

 早くとどめをさせ。さもなくばオレがお前を・・・」

 

「・・・それはない。なぜならあなたは・・・スライム一匹殺せないほど

 優しい人だからだ。いまの傷の回復具合は関係ない・・・そうだろう?」

 

「・・・・・・!なぜ・・・そのことを・・・」

 

ギャラント・フォックスは先ほどまでよりももっと驚いた表情でブライアンを

見つめた。ブライアンは目を逸らしながら答えた。

 

 

「・・・キースドラゴンのサーバートンさ。彼が死の間際教えてくれた。

 本来あなたは自然を愛し弱き魔物たちと共に遊んでいた、人間と戦うなんて

 世界からは最も遠いところにいたと。しかし光の玉を奪った竜王の洗脳に

 影響を受け・・・それまでとは全く違う存在になってしまったとね」

 

 

竜王のもたらした魔物の凶暴化、それは竜王城に近ければ近いほど顕著で、

しかも純粋な心を持っている者ほど染まりやすく、竜王への忠誠と主に逆らう

人間と魔族への殺意、意識を支配されてしまいやすく、この魔物は特にその

代表的な存在だった。いま彼がその呪縛から解かれたことは誰の目にも明らかで、

 

「あ・・・あいつのあの穏やかな表情と澄んだ瞳!確かにスライムどころか

 小動物すら殺しなんてしねえだろう・・・あんなやつは人間にもまずいねえ!」

 

そんな竜を自らの片腕にまで至らせた竜王の非道さを改めて思い知らされた。

 

 

「だからあなたを救ってほしいと頼まれたんだ。その最中にあの一撃が来て・・・

 それからのことはよく覚えていない。だが全てが終わった今、もう敵意や

 恨みは何もない。兄さんを殺したのはあなたではない、竜王なのだから!」

 

「・・・お・・・お前は・・・このオレにそんな言葉を・・・・・・」

 

ダースドラゴンがまた両方の瞳を閉じた。これで終わり、そう思ったのも束の間だった。

 

 

「・・・・・・あ・・・あなたの・・・その身体は・・・・・・!」

 

「・・・ふふ・・・そうか。噂には聞いていたが・・・やはりこうなったか」

 

全身がうっすらと透けていく。このままいくとついには消滅してしまいそうだ。

まさかの事態にブライアンは戸惑うが、ダースドラゴンはこれを受け入れている。

 

「竜王の支配から強引に逃れた者は必ずこうなるのだ。もともと邪悪で自身に

 忠実な魔物は洗脳などしなくてもいいからな。オレのようなやつが一番

 厄介だったのだろう。寝返ったりするかもしれないからな・・・」

 

「・・・そんな!せっかく救えたと思っていたのに!結局ぼくは誰も・・・!」

 

ブライアンは己の無力さに拳を地面に叩きつけた。だが、彼の思いとは異なり

消えゆくドラゴンはブライアンに対して確かな光、勇者の力を見ていた。

 

「いや・・・これが救いなのだ。オレは竜王の操り人形として痛みも罪悪感も

 良心もなくただひたすらやつの奴隷として殺戮を繰り返す日々から

 ようやく解放されたのだ。お前のその・・・相手の邪悪な気だけを立ち滅ぼす

 破邪の一撃、最後にオレを『元通りの自分』に戻してくれたのだから・・・」

 

 

いよいよ身体が透明になり、この世から去るときが迫った竜は自らを倒した剣を見た。

 

「・・・お前の持つ炎の剣とやら・・・オレたちに勝つには足りたようだが

 竜王が相手となると・・・。いや、はっきり言おう、やつには通じない!」

 

「しかしこの剣はロトの剣の在処が誰にもわからなくなったいまのアレフガルドで

 人間が用意できる最高の剣だ。これでだめだって言われると苦しいな・・・」

 

「ロトの剣・・・知っているのなら話は早い。それならば竜王の城の地下にある!

 竜王はそれを発見したはいいものの大魔王ゾーマとは違い破壊することは

 できずに自らの城で管理する以外は方法がなかったのだ。しかしあの城まで

 到達できる人間などいない。管理といってもろくな警備もしていない。

 まあ・・・見張りがいたところでオレやサーバートン以上はいない。

 勇者ブライアンよ!必ずロトの剣を手に入れろ!そして未来を勝ち取るのだ・・・」

 

勇者ロトが遺した伝説の剣の必要性、またその隠し場所を教えたところで

全てを成し遂げたかのような満足そうな顔でダースドラゴンはいなくなった。

本来の彼が愛していた平和な世の実現を、悪を切り裂く勇者に託したのだ。

 

 

 

 

メルキドの町に平穏が戻った。風が吹き、ゴーレムの残骸が砂煙となって消えていく。

ブライアンは空を見上げていた。この数時間で、彼は愛する兄を再び失い、

竜王軍最強の二匹のドラゴンとの死闘を終えたのだ。今すぐにも倒れておかしくない

疲労と精神状態であった彼だったが、空の星くずを眺めていると・・・。

 

 

「・・・!星の数が増えた・・・?うん、そうだ。確かに光っている。

 寄り添うように二つ、そしてぼくからよく見えるところに更に力強く

 輝いている白い星が一つ・・・三つの星が・・・・・・」

 

「・・・・・・?俺たちには見えませんが・・・視力が段違いだぜ、ブライアンさん。

 将来海を旅しようとする男には必要な賜物なんでしょうが・・・すげえなあ」

 

 

ブライアンの目にははっきりとその新たな星たちが光っていた。

その星たちは、みな優しくブライアンを祝福し見守っているように思えた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。