ドラゴンクエストⅠ ラダトームの若大将   作:O江原K

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ブラック・サンド・ビーチ (プロローグ)

夜の砂浜、辺りは真っ暗闇で魔物たちすら姿を現さない。少年はその日、

海の向こうを見ていた。魔の島に君臨する竜王の城がぼんやりと

見えるが、少年は実際にはさらにその先、まだ知らない世界を見ていた。

 

彼は海が好きだった。いつかアレフガルドの外へ航海に出たいと思っていた。

数時間もこうして海を眺めていたせいですっかり夜も更けていた。

 

そんなとき、彼の隣に一人の少女が現れた。彼はラダトームの人間であれば

そのほとんどの顔を知っていたがこの少女については初めて見る顔だった。

 

 

「・・・きみは誰?こんな時間に一人で危ないよ」

 

「それはあなたも同じでしょう?でもお父様に内緒で出てきちゃった。

 ここは静かでいい場所ね。しばらくいっしょに座っていいかしら?」

 

 

このとき少年はまだ十歳、少女のほうも同じくらいの年齢だろうか。

だから他に誰もいないこの浜辺であっても間違いが起こることはない。

たとえロマンチックな気持ちになろうともあくまで子供の世界の話だ。

しばらく何でもない話をしたり、共に歌を歌ったりしていた。

 

 

「ぼくは海が大好きなんだ。だから将来は自分の船を造って知らない土地へ

 旅をしたいんだ。でもまずは・・・この世界を平和にしなくちゃいけない。

 海の安全にも繋がるからね。それにぼくは・・・・・・」

 

「ええ、いまは魔物と人間が争って命を奪いあう悲しい世界。だけどいつか

 仲よくなって互いに手をつなげるときがきたら・・・あたしもあなたの

 その船旅についていってもいいかしら?」

 

暗闇であっても距離が近いので、少女の顔がぼんやりと見える。その笑顔に

少年は心を奪われた。彼にとっての初恋だった。そのときの彼にはそれが

恋だということに気がつくには少し幼かった。

 

 

「・・・ああ、あの夜空の星に誓うよ。どこまでも二人でいこうよ」

 

「ほんとう?約束よ。いつかあたしを迎えに来てね。あ、そろそろ

 帰らなくちゃ。お父様に怒られちゃうから。じゃあ、また会いましょう」

 

 

それから二人はそれぞれ、外はとても危険なのに帰りがこんなに遅くなった

ことで説教を受けていたが、そのときも考えていることといえば、

 

(そういえば・・・あの子の名前を聞いていなかった。失敗したなぁ)

 

(あの子はなんていうのかしら・・・ちゃんと聞けばよかった)

 

 

またいつか会えるだろう、少年はそう思っていたがそれから彼女と

会うことはなかった。彼がまた夜遅く勝手に出歩かないように監視の目が

強まったせいであの場所にあの時間行けなくなってしまったのが一つの

原因だ。それに、やはり暗闇で少女の顔が完全にはっきりとは見えなかった。

ラダトームじゅうを見まわしたが、確実に彼女だといえる者はいなかった。

 

 

やがて少年は成長し、その夜の出来事も遠い思い出になっていたが、

大人になった彼は自由に夜の海へ行くことが許されるようになっていた。

あのとき語った夢はいまでも変わらず、海への思いも強くなる一方だ。

 

彼の名は『ブライアン』。後にアレフガルドの英雄として語り継がれることになる。

 

 

 

 

 

 

 

「おお、ブライアンじゃねえか!相変わらずイイ男だな!また海の歌を聞かせてくれよ!」

 

「あんたの大好きな肉料理があるから後で寄ってきな!たっぷりあるからね!」

 

 

「ありがとう、おばさん!剣の稽古が終わったらすぐに行きますよ!」

 

 

ブライアンはラダトームの町の人々みんなから愛されていた。というのも、彼は

数百年前にこの世界を救ったとされる『勇者ロト』の子孫なのだ。その正確な

家系は一部の王族とブライアン本人しか証明することはできないが、それでも

ロトの時代からこれほど経ったいまでも彼が正当な子孫であることは疑う余地がない。

 

もっとも、彼が愛される要因はそこにはない。彼の精悍な顔つき、正義を愛する心、

熱心で勇敢、それでいてさわやかな人間であること・・・挙げればきりがない。

しかも体術や剣技、何をさせても一流で、城の兵士でもブライアンには勝てない。

それら全てを複雑な気持ちで眺めている、一人の老いた男性がいた。

 

 

「・・・・・・う~・・・む・・・・・・どうしたものか・・・」

 

 

『ラルス16世』。このラダトームを、そして大陸アレフガルドを治める王である。

幼いときに魔物により家族を失ったブライアンを保護したのは彼であった。

しかしいま、そのブライアンを見る目は以前のものとは異なっていた。

 

王には息子が一人いる。名を『チトセ』というが、やや齢を重ねてからの初子で

あったせいか、少しばかり育て方を誤った。根性の足りない、甘えの残る大人に

なっていた。当然ブライアンには人として、男として遠く及ばない。

ブライアンの人気が民衆の間で高まっていくにつれて、ブライアンを王に

すべきではないのかという声も聞こえてくるほどだ。チトセはブライアンより

一つ年上だが知らない者にはとてもそうは見えないだろう。

 

「パパ~、あいつどうにかならないの?このままじゃ大変だよォ?」

 

いっそのことブライアンを何らかの方法で除き去ってしまおうかという

邪な考えが浮かんだこともあったが、必死で抑えた。親のないブライアンにとって

彼を救った自分は義理の父のようなものだ。人間としてそれだけはしてはいけない。

それに、王にとってブライアンを生かしておくべき理由はまだあった。

 

 

「ローラ・・・わしのかわいいローラよ・・・・・・」

 

 

彼が治めているアレフガルドはもはや限界だった。この世を支配しようとする

悪の魔王『竜王』、その猛威が各地で甚大な被害をもたらし、彼の娘ローラも

竜王の配下によって攫われてからそろそろ半年が過ぎようとしている。

彼女を奪還すべく精鋭の兵士たちにより結成された救出隊もすぐに全滅した。

 

「・・・ローラ・・・お前さえいてくれたらチトセなんかに王位を継がせる

 ことも、わしの実の息子でもないブライアンが出てくることもないのに・・・」

 

ローラは兄とは違い、優秀でしっかりとしていることを王も理解しているので、

いっそ彼女を女王として後継にしようという考えもあった。愚かな息子は

文句を言うだろうが、一生遊ぶ金と女を数人与えておけば問題ないだろう。

 

高齢でなければすぐにでも自分で助けに行きたい。しかし・・・いまや

それができるのはブライアン以外にいないだろう。偉大なる勇者ロトの

血はもはや彼にしか流れていないのだ。仮に他の場所に実はロトの

子孫だったと主張する者が現れたとしても、チカラもなければ勇者の家系を

証しするためのものもない。だからブライアンがいなければ、王の娘は

もちろん、アレフガルドそのものが終わってしまうのだ。

 

 

「・・・まだ早い。もっと鍛錬させねばならないが・・・どの道もう旅立たせる

 ほかにないな。これ以上はローラが・・・それに息子の妨げにもなる。

 くっ・・・・・・だがこのわしのちっぽけなプライドや親バカのために

 勇者ロトの最後の子孫をむざむざ死地に向かわせるなど・・・・・・」

 

 

 

「・・・・・・どうされましたか、我が王。気分が優れないのですか?」

 

 

王がはっと後ろを振り返ると、ブライアンがいた。城での稽古が終わったら

自分のもとに来るよう伝えていたのをすっかり忘れていたのだ。

 

 

「・・・い、いや、わしは元気だ。それより・・・わしの娘のことだ」

 

 

「わかっています。とうとうぼくにもその栄誉を頂けるんですね?

 ローラ姫を救うための選ばれし兵という立場に!ありがとうございます!」

 

 

「へ・・・?ん、ああ・・・そうだ。その通り。しかし・・・・・・」

 

 

希望とやる気に満ちているブライアンに対し王は言い辛そうに・・・。

 

 

「すまないが・・・ブライアン、そなた一人で行ってもらいたいのだ」

 

「・・・えっ?ぼく一人・・・ですか?」

 

「ああ・・・。実はこの城のなかに竜王の送り込んだ魔族の内通者が

 いるのではないかという噂がある。だから以前の救出隊は奇襲を

 かけられて全滅してしまった。この部屋にわしとそなた、そして

 信頼できるごく少数の者しかいないのはそのためだ。それに大人数で

 行動したならば結局は竜王にこちらの動きがわかってしまう・・・。

 ローラが捕らえられている場所を見つけたとしても逃げられてしまうだろう」

 

 

王は嘘は言っていない。しかしだからといって未来ある若者をたった一人で

旅立たせていいことにはならない。死んで来いと言っているようなものだ。

そして王はわかっている。ブライアンが自分の命令を断ることはありえないのを。

 

 

「なるほど!確かにその通りだ!それなら一人で行くのが最高の作戦ですね!

 いや~・・・さすがはラルス王、ぼくなんかとは全く違う素晴らしいお方です」

 

 

ブライアンは純粋だ。命を救ってくれた王への忠節と信頼は揺るがない。

まさか自分に対し王が僅かでもどす黒い感情を抱いているなどとは全く

疑っておらず、今回の使命も名誉なことだと思い感謝すらしているのだ。

 

 

「では・・・このブライアン、早速行ってまいります!必ずや姫君を

 無事に王のもとに!我が王に定めない栄光がありますように!」

 

 

「・・・・・・頼んだぞ、勇者ブライアンよ」

 

 

 

ブライアンが王から与えられた支度金を受け取って部屋から勇ましい足どりで

出ていくと、チトセ王子が影から出てきて、いやらしい笑みを浮かべた。

 

「パパ、これであいつもおしまいだね。もちろん妹のローラを救い出して

 くれたら万歳だし・・・パパもなかなか悪いじゃないか。どう転んでも

 僕たちにはよいことだけが返ってくるじゃあないか、やったね!」

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

王は何も言わずその場を去った。そして自らの寝室にこもると、この日は

何も口にしなかった。そして勇者ロトと、アレフガルドの民全てを

見守るとされる精霊ルビスへの祈りを一晩じゅう捧げていた。


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