RozenMaiden If 〜白薔薇は儚く〜 作:ЯeI-Rozen
歯車に噛み殺される運命だとしても、
それでも抗うのは、何故なのだろうか。
「……駄目だったわ。」
俯きがちに私はラプラスに告げる。
「成程、つまりその結果を見るに敵は複数であると。」
「そうなるわねェ、悔しいけれど。」
私は奥歯を噛み締め、後悔の感情が顕れ出る。
その表情を見てか、雪華綺晶は柔らかだが冷静な口調で
「黒薔薇のお姉様、もしかしたらですが恐らく敵は姉妹を『あの時刻』で全員を操っている可能性も充分に有る事を判断材料として残しておくのも。」
確かに1つの定説としては充分な時間だと思える。
「じゃあ詰まり、敵は姉妹を操れる程の存在と言えるのね?」
「左様に御座います。そして『禁忌の蜜』は恐らく…」
「厄介極まりない。此れ程とは。」
敵の用意周到さ、各々がこの牙城を崩すのには何度もやり直さねばならないだろうと改めて覚悟を決める。
「……では、改めて過去の変革をお願い致します。」
ラプラスが意を決した様に告げ、真上に漂うドアの扉がひとりでに開く。
必ず彼を、シュウを助ける。雪華綺晶と私は一歩を踏み出した。
───────────────────────
やぁ、お前さん。どうして泣いているんだい?
おじさん、だって、私の姉妹が、私を置いてきぼりにしたの。義理の姉妹? だから私たちの妹じゃないの、って。
でも、義理でも姉妹なんだろう?
お姉様方は認めてくれないの。私は不完全だからって。
じゃあ、お前さんはそんなお姉様方は好きかい?
私は、お姉様方の事は....
『大っ嫌い!』
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目が覚めた、と言うよりは起こされた。
「シュウ、起きなさい。朝食の用意をなさい。」
真紅にそう言われて起こされたのだ。
だがまだ時刻は朝の4時。不貞寝に入ろうとすると真紅は僕の頬を抓る。痛みに耐えていると呆れた様に真紅は溜息を漏らし往復ビンタを僕にお見舞いしたのだ。
流石に堪えかねて飛び起きると真紅は、
「さ、シュウ。朝食の用意をしなさい。次に不貞寝するのなら『力』を使うわよ。」
と半ば脅し文句で叩き起されたのだった。
「……分かったよ、真紅。」
欠伸混じりの声で真紅にそう告げると、
「解れば宜しい。」
と短く述べられた。
溜息を吐き乍、ベッドから出る。そんなやり取りに僕は何処と無く、違和感を覚えたのだ。
最初は気の所為だと思い、朝食を用意した。
───────だが、違和感は募るばかりだった。
今日、用意した朝食のラインナップをつい昨日の朝食に作った様な、そんなデジャヴを強く感じるのだ。
だが昨日の朝には真紅と金糸雀、雛苺は僕の家には居なかった。寧ろ昼頃に来たのだからそんなデジャヴを感じるのはおかしな話だ。まるで同じ時間を繰り返してる様な違和感……
「シュウ様、御顔の色が宜しく有りません…大丈夫ですか?」
と不安気な表情と声音で僕に問い掛けてくる雪華綺晶。
彼女に心配されるのは僕にとって嬉しい事だ。
「嗚呼、大丈夫だよ。心配してくれて有難う、雪華綺晶。」
そう僕は告げ、優しく雪華綺晶の頭を撫でる。
満更でもない表情で微笑む雪華綺晶に、僕の硬かった表情も自然と綻んでいた。そのまま時に流される様に彼女の髪に触れる、其れを嬉しそうに彼女も享受していた。
「...こほん。」
「!? 真紅!? 居たのか!?」
「ええ。先程から。イチャつく前にやる事はごまんと有るのだけれど。」
そんな事を真紅が告げると雪華綺晶は恥ずかしさで顔を真っ赤にして直ぐに顔を手で覆う。僕自身も恥ずかしいが、
「居たならもっと前に声を掛けてくれても...」
「あら、他人様の恋慕に声を挟む程、私は無粋では無くてよ。認識を改めなさい。」
「えっと、その...ごめん。」
「ごめんなさい、でしょう?」
「....ごめんなさい。」
「宜しい。では本題に入ろうかしら。」
再び咳払いをした後に真紅は告げる。
「これを見て頂戴。」
と、TVの画面を点けると近所のスーパーで起きた強盗殺人事件の緊急ニュースが流れている。こんな事も有るのだと戦々恐々として...
「....ん????」
「どうしたの、シュウ。」
「これって、昨日もやらなかったか?」
其れを聞いて真紅は 「はぁ...」と深い溜息。
「何を言ってるの。緊急のニュースなのだから今日起きた事よ。頭でもおかしくなったの?」
「いや、だって...」
「兎も角。私はこれを予想していたのよ。」
そう。真紅はこの強盗殺人事件を昨日の時点で発生する場所、正確な時間まで言い当てていた。
「これを予言出来たのはこの【薔薇乙女の禁書綴】(ローゼン・アカシック)のお陰よ。之はローゼンメイデンが関わる総ての世界の記録を過去、未来共に1000年単位で記録する優れ物。故にこの記録に記された事は必ず起きる。寸分の狂いもなく、ね。」
と、説明をしてくれた。だが。
「其れは確かに凄いんだけどさ、朝起きた時から何だか同じ日を過ごした事がある気がしてならないんだけど...」
僕は朝から感じる謎の違和感を口にすると真紅は何度も思考したのだろう。目尻や眉尻を上げて深く思考する。そして腑に落ちはしなかったのだろう、然し、
「...ふむ。気の所為、と切り捨てるには惜しい情報ね。」
「然り、ですわ。赤薔薇のお姉様。」
雪華綺晶がすかさず口を挟む。
「...雪華綺晶、貴方、何か知っているの?」
「詳しくは申し上げられませんが、シュウ様の言葉は真実ですわ。この時は輪廻し続けている。在る時間を起点に。」
「...【薔薇乙女の禁書綴】にはそんな事、記されていないのだけれど。」
「では赤薔薇のお姉様、不躾乍、1つ質問を。」
「何かしら。」
「その【薔薇乙女の禁書綴】は、何方から受け取ったのですか?」
「それはラプラスから...」
真紅はそこまで言葉を紡いで、何か違和感を感じていた。
「...本当に【薔薇乙女の禁書綴】をラプラスから受け取ったのかしら、記憶が曖昧だわ。」
「そう。其所ですわ。そんなに大切な物並ば、記憶が曖昧になる筈が無いのですから。」
「確かにそうね。では【薔薇乙女の禁書綴】は何処で...?」
「其れは私にも分かりかねます。ですが一つ、私から提言させて下さいませ。」
続け様に雪華綺晶は告げる。
「本物の【薔薇乙女の禁書綴】は、黒薔薇のお姉様がお持ちですわ。はてさて、赤薔薇のお姉様がお持ちの【薔薇乙女の禁書綴】は一体何物なのでしょう...?」
そこまで聞いて真紅は何かに感付き、焦りを表した表情で
「シュウ!」
真紅が珍しく怒号に似た声を上げて僕を呼ぶ。
「【薔薇乙女の禁書綴】を破壊するわ!燃やす物を持って来なさい!」
その気迫に僕は急いでライターを取りに行って、ベランダで【薔薇乙女の禁書綴】を燃やした。燃え盛る本の炎をぼうと見詰める。あの本は見た目も材質も唯の本にしか見えなかったが、あの真紅の焦り様は只事ではなかったのだ。でなければ真紅があんなに焦る筈が無い。
「雪華綺晶、聞きたい事が有るのだけれど。」
「はい、何なりと。」
雪華綺晶の声は先程の初心な反応をしていた娘とは思えない程に冷静で、総てを見据える様な冷たさを感じた。
「貴方、何時から感付いていたの?何故それを共有してくれなかったの?」
「申し訳ありません。ですが【黒幕】が赤薔薇のお姉様の可能性も有りました故、不要に情報を開示すべきでないと思いまして。」
「確かにそうね。でも、開示するに至った理由は?」
雪華綺晶は静かに言葉を紡ぎ進めた。
「赤薔薇のお姉様は、今でも自身をお疑いでは有りませんか。其れが【黒幕】たらしめぬ確たる証拠に御座います。」
「...見抜かれていたのね。」
真紅は、雪華綺晶に本質を見抜かれて、少しだけ不得手を取った事が不満だったのだろう。そんな声音をしていた。然し、その考えは早々に払拭し、
「で、その様子だとラプラスはまだ【黒幕】を見つけられていないのね?」
「はい。ですが何れ、【黒幕】が此方にコンタクトを取る必要が必ず出てきます。その可能性に辿り着く為に今はラプラスの魔、黒薔薇のお姉様、そして私は試行錯誤している、という状況になりますわ。」
「...思った以上に巧妙に仕組まれた罠がそこら中に張り巡らされているのね。」
様々な話を重ね、真紅と雪華綺晶は互いに情報交換をしている。現在の進行状況から何故にも謎解きを解かされている気分だと嫌味を連ね乍に。
「あのさ、ちょっといいかな。」
僕が口を挟むと雪華綺晶は朗らかに微笑みを返し乍、
「はい、何かご質問でしょうか。シュウ様。」
「さっき、試行錯誤している、って言ってたよな。」
「はい、確かにそう申し上げました。」
「って事はこの日も繰り返しているって事だよな。」
「はい。」
「それってこの出来事も【薔薇乙女の禁書綴】に記されてるんじゃないか?」
「本物の【薔薇乙女の禁書綴】は斯様に万能では無いのです。」
「え?どういう事?」
「簡単に説明しますと本物の【薔薇乙女の禁書綴】は、運命の選択を明確化してくれるだけのお助けアイテムに近しい存在、ですわ。先程の偽物の【薔薇乙女の禁書綴】とは違い、過去も未来も予言してくれる、そんな得物では無いという事です。」
「...でも、偽物の予言は確かに起こる事ではあったんだろ?」
「はい、あくまでも赤薔薇のお姉様を騙す為に。」
そう告げる雪華綺晶の横で真紅は顔を顰めた。普段は気分の悪そうな顔をしないが、余程癪に障ったのだろう。
「私を信用させて、何をしようと言うのかしら。何か利点でも無い限り、そんな事はしないと思うのだけれど。」
1人考え込む真紅に少し、雪華綺晶は思案してから言葉を選ぶ様に告げた
「“総ての姉妹を操り、シュウ様の宿す【禁忌の蜜】を殺し、手に入れる”と云う事が目的の一つとは存じています。」
真紅は押し黙って何度も思考する。だが、その【禁忌の蜜】と云う単語には聞き慣れはしていなかったのだろう思案する度に表情が澱んでいく。そうして耐えきれなかった様に雪華綺晶に聞き返した。
「...【禁忌の蜜】?」
「はい。黒幕に操られた時に姉妹が宣うていました。然してその詳しい意味についてはラプラスに調べさせている途中に御座います。」
「【禁忌の蜜】...またよく分からない物が出てきたわね...」
真紅の表情が困惑に淀む。...待て、今、僕にその【禁忌の蜜】が宿ってるとか言ってなかったか!?
「な、なぁ雪華綺晶、今その【禁忌の蜜】は僕が持ってるとか言ってなかったっけ...?」
「はい、左様に御座います。」
...聞き間違いでは無かった。じゃあ黒幕の目的は確実に僕じゃないか。僕を守る為に雪華綺晶や水銀燈は思案をしてくれたのか。なんと言うか、感謝をしないとな。
「その、僕を守ってくれてるなんて嬉しいよ、ありがとう。」
素直な言葉を告げると最初は呆けた顔をしていた雪華綺晶だったが、理解した様に微笑んだ。
「雪華綺晶、また一つ、聞きたい事が有るのだけれど。」
「はい、何で御座いましょうか。」
「先の偽物の【薔薇乙女の禁忌綴】は、予言の内容が変わった、なんて事はあるのかしら。」
真紅は物事を見据える能力が高く、何時も冷静だ。そんな彼女は精神的に疲れないか不安だ。先程の騙されたと云う事は相当ショックな筈なのに...
「そうですね、多少なりと変わる事象は有りました。」
「成程、では、何かしらのトリガーが有れば、その内容は変わっていたという事かしら。」
「そうですね、予言の行動に背けば変わります。しかも、事細かに。まるで運命の総てを知り得る様に、です。」
「なら、偽物を破壊する事も予言されている事だったのかしら。」
「恐らくは...」
雪華綺晶が悔しそうに口を噤む。まだ、黒幕の尻尾すら掴めていないのだ、悔しがるのは当然か。
「もし、仮にその予言が誰かの記憶なら、私を騙せるのも筋が通せると言うものだけれど。どうなのかしら。」
真紅は、表情は不愉快極まりないと言った様子だが、語り出る言葉は至極冷静だった。
「そうとなればさっきの偽物は、多数にある運命を観測した誰かの記憶を予言として写し出してるって事...なのかな?」
僕が口を挟むと雪華綺晶は最悪の意味を口にする。
「その可能性は十二分に有り得ますわ。その記憶は恐らく、【黒幕】の記憶の可能性が大いに。」
段々、話が大きくなっていく。【黒幕】とは誰で、どんな目的を以て、こんな時間を何度も繰り返し、僕の命を狙っているのだろうか。まるで意味がわからない。...待て、何で同じ時間を繰り返す必要があるんだ?
「待ってくれ、そうなると黒幕ってのは僕を何度も殺す必要があるんだ?【禁忌の蜜】ってのは一つじゃ事足りないのか?」
「確かにそうね。1回で済むならそんな回りくどいやり口をしなくても良い物ね。その考えはお手柄よ、シュウ。」
真紅が微笑んで僕の手を握る。張り詰めていた緊張が解けた様に微笑んだ笑顔は素敵だった。
「確かにそうですわ。何故に何度もシュウ様を殺さねばならないのか。其れを知らねばなりませんね。」
雪華綺晶は腕を組んで思考している。何かまだ気になる事が有る様だ。だが決して口にはせず、考えるだけに留めている。先程からずっとそんな調子だ。そんな態度を見た真紅が、幾許かの時間の後に痺れを切らして口を開いた。
「雪華綺晶、話したい事が有るなら早く告げなさいな。情報交換をするのは現状では必要不可欠な事よ。」
「...此処では、話しにくい事が多々有りまして。」
「何よ、場所なら変えれば...」
そこまで真紅が言葉を紡ぐとドアが勢い良く開く音で会話が遮られた。と、同時に凄まじい勢いで水銀燈が吹っ飛んできた。水銀燈は辛うじて置いてあったぬいぐるみに吹っ飛んだのでダメージは無さげだ。
「真紅ッ!雪華綺晶ッ! 第0世界に逃げるわよッ!前の時より“アレ”が早くなってるわよッ!」
水銀燈が直ぐに体制を立て直すと、すかさず声を荒げて退却を命ずる。真紅は何が起きたか理解が出来ていない様子だ。無論僕も理解出来てない。
「ちょっと、水銀燈、何をそんなに焦って...」
「承知致しましたわ、黒薔薇のお姉様。」
「ちょ、雪華綺晶ッ、なにをしてッ...きゃぁッ!?」
「な、な、なにこれ!?」
「今は、御容赦を...ッ!」
そうして瞬く間に白い茨に引っ張られよく分からないまま鏡の世界に引き摺り込まれた。そして今、重力に引っ張られて落下している。
「お手柄よ、末妹。そのまま第0世界へ飛びなさい!」
「左様に御座いますわ、黒薔薇のお姉様!」
雪華綺晶が真後ろに手を翳すと、白い茨がドアを形成し、そのドアが開く。真っ黒な所に続いているが大丈夫なのか!?...いや、雪華綺晶がやっているのだから信用しよう。取って食われるのなら本望だ...ッ!
...そうしてどれくらいの時間がたったのだろう。
一段落しては各々落ち着くまでは終始無言だった。
僕の決意は何だったのだろう。取って食われる訳では無かった、恥ずかしい。雪華綺晶がそんな事をする子では無いと解ってたのに、信用出来なかった僕が恥ずかしい。
「おや、おやおやおや。皆様お揃いで御座いますねぇ。」
「え、誰...」
様々な思考をしていたが故に、目の前に現れた兎頭の男には反射的にそんな風に呟いてしまった。それを聞くと兎頭の紳士は大仰にリアクションを取ってきた。
「おお!悲しいですなぁ...!前の世界では共に趣味趣向を語らった仲では有りませんか!」
「そんな事してないじゃない、事実を捻じ曲げる癖は直しなさいジャンク。」
すかさず水銀燈が毒を以て突っ込む辺り、まともな扱いはされていないのだろう。
「おやおや、そうでしたかな?さてさて、では再び自己紹介をば。」
しらばっくれて毒舌を受け流すと綺麗な所作で僕に向き直って自己紹介を始めた。
「私の名はラプラスの魔。世界を観測し、管理する者に御座います。」
そうして紳士的な様相でお辞儀をする。
「あ、丁寧にどうも...」
としか言えなかった。相手は僕を知ってるし改めて自己紹介しても意味無いからどうしろってんだこれ...
「嗚呼、大丈夫ですとも。私は貴方様を知っていますので自己紹介は省いて下さって結構。」
節々は礼儀正しい。悪い相手では無さそうだ。
「で、貴方。」
水銀燈が誰よりも早く一番最初に口を開く。
「例の【黒幕】は誰か分かったの?」
「其れは分かりませんでしたねぇ。」
「ッち、使えないジャンクが...」
水銀燈はラプラスなる紳士にそっぽを向けて【薔薇乙女の禁書綴】を取り出しては頁を開く。そんな水銀燈の【薔薇乙女の禁書綴】を覗き込む様に後ろから、
「然し、解った事が有ります。タダでは起きぬのがこのラプラスの魔ですからね。」
「ならさっさと言いなさい、回りくどいのよ貴方。」
「はっはっは、せっかちなのは相変わらず...」
「殺すわよ。」
「おぉ、怖い怖い...」
水銀燈の殺意が更に高まったのだろう、巫山戯るのを止めて内容を話し始めた。
「【黒幕】に操られた姉妹が使っていた単語、【禁忌の蜜】の意味と集める理由が解りました。」
ラプラスは口を割り込む猶予も与えず続けて論じ始めた。
「【禁忌の蜜】、其れは“媒体”です。そしてそれは不完全。【禁忌の蜜】とは心の断片。其れを集め、凝固させて“とあるモノ”を模倣しようと言う所でしょう。」
ラプラスが順序立てて話をしているのは解るが、水銀燈はイライラとしている様子だ。その様子を見ては肩を落とし、ラプラスは話を続ける。
「その“とあるモノ”とは至極簡単な結論。其れは...」
「「「ローザミスティカ。」」」
真紅、雪華綺晶、水銀燈の声が同時に重なる。
「左様です。」
ラプラスは杖を僕に向け、再び話を続ける。
「然し、ローゼンメイデンの父たるローゼン様の様に、最初からローザミスティカを形成出来る器はなかなか現れる筈も無く。技師としての才はローゼン様を超えた桜田ジュンですら、ローザミスティカの生成たる器には相応しくなく、新たなローゼンメイデンは創る事は終ぞ叶わなかった。然し!」
杖で僕の頭をポンポン、と叩くと、
「此処に!その断片ではある物の器たる存在がいるではありませんか!そう!四方木シュウ様!貴方なのです!」
大仰に、まるで誰かに向けての発表の様に、訴えかける。僕が言葉を話そうとする前にラプラスはまた話を続ける。
「とは言えど。何故にローザミスティカを【黒幕】は求むのか、其れは分からぬままでは御座いますが。【黒幕】は確実にローザミスティカを求めている事には違い有りません。四方木シュウ様、貴方の命を糧にして。」
...話について行けない。まるで理解が及ばない。自分の頭が悪いのかとすら感じる程に理解が出来ない。
「...之は、仮説なのですが。」
と、口を開いたのは雪華綺晶だった。
「ですがその前に、先に聞きたい事が。私が初めてこの世界に受体して、この身体を手にした時、“もう1つの身体”はあちら側に残っている...其れは確認して居るのでしょうか?」
「私が調べて、お答えしましょう。」
ラプラスは手鏡を取り出しては何度も鏡を叩いている。
そうして何分か経った後にラプラスは口を開いた。
「そうですね、少なくともですが、雪華綺晶嬢が四方木シュウ様の世界に干渉した時にはまだ無垢の身体は存在していました。」
「...今は存在しないのですね?」
「ご明察です、雪華綺晶嬢。」
雪華綺晶は至極気不味そうな、苦虫を噛み潰した様な顔をして苦悶とした表情をしている。
「どうしたのよ雪華綺晶、何か危惧すべき事でも起きたの?」
真紅が心配になって雪華綺晶に寄り添う。だが雪華綺晶は俯いて口を噤んでいる。微かに、身体が震えている。
「申し訳、有りません...」
雪華綺晶が、突如涙を零して服の裾を強く握り締めている。
「え?」
「はァ...?」
「ちょっと...」
「はて...?」
各々、その言葉の意味が分からなかった。
「私の...私のせいですわ...私が、この世界に来なければ...こんな事にはならなかったと言うのに...ッ!」
「ちょっと雪華綺晶、貴女、理由を言いなさい。物事は順序立てて話さないと理解出来ないわ。」
真紅は困惑顔のまま、雪華綺晶に諭す。その言葉を聞いて我に返った様で、涙を拭っては物事の詳細を語り始めた。
「...此方の世界に私が来た時に、善と悪の精神体に分かたれた、と云う話は以前もした通り。ですが“とある時刻”を境に【苗床の世界】に干渉が出来なくなりました。つまり、何者かが【苗床の世界】の掌握権を持っている。そして【苗床の世界】は私以外には掌握不可能。以て、答えとしましては、“悪の私がこの世界に干渉し、復活を目論んでいる”可能性が高いのですわ。」
と、何かを察した様に水銀燈が言葉を繋ぐ。
「つまり、ローゼンメイデンのボディではなく、無垢のボディを使って、此方の世界に何らかの方法で干渉している。そして其れは末妹の【苗床】を強制的に奪って復活を目論んでいる。其れは解るわ。でもねェ...」
水銀燈は【薔薇乙女の禁書綴】を読み乍、思案を続けている。
「その方法が分からない、のですわ。何故に【苗床】が必要なのか。其れに、姉妹を何故“操る”ことが出来るのか。その謎も深まるばかりです。」
そうして悩む各々に真紅はあっけらかんと告げる。
「あら、簡単な事ではなくて? 姉妹に“裏切り者”、若しくは“姉妹に擬態した【黒幕】”が居る可能性だって捨てきれないわ。」
さも残酷に、然して的を射た意見を述べる。
どんな状況に置いても冷静に物事を見計らう彼女はとても凛々しい。だが、そんなにも精神を尖らせて大丈夫だろうか...
「ざァんねん、アンタの考えは外れよ真紅。」
異を唱えたのは水銀燈だ。
「擬態していたり裏切り者が居たとして、そうしたら何故直接手を下せる距離に居るのに手を下さないのかしらァ?手短に終わらせられるなら其れに越した事はないでしょうにねェ?」
「...そうね、確かに水銀燈の言う通りだわ。そうなると、まだ自身で手を下せない、若しくはしたくても出来ない、と考えるのが妥当かしら。其れに、不完全な状態で現れた所でリスクは計り知れない物ね。」
話は1歩ずつ進んでは居るが、その1歩が遠い。
思考する。思考する。皆、己の知識を振り絞って最大限に考える。無論、ローゼンメイデンに知識のない僕もだ。
「なぁ、僕から提案なんだけど。」
「何かしら、シュウ。」
僕は考え込んで思い付いた事を告げる。
「僕の提案したことでもしかしたら【黒幕】の意図や、【黒幕】が誰かを明確に出来るかもしれない。けれどかなりリスキーだと僕は思うんだ。」
僕は覚悟を決める様に言葉を続ける。
そう、僕は死ぬかもしれない、かなりリスキーな提案なのだ。だが今更尻込みする訳にも行かない。
「僕を餌に、【黒幕】を釣るんだ。【黒幕】が誰か解れば、もしくは詳細な目的が解れば対策が出来る筈だと思うんだ。」
真紅も、水銀燈も、雪華綺晶も、反対の言葉を紡ごうとしたのだと思う。だが、それ以外に此方の切れる手札が無い事には、容易に察したのだろう。何も言わずに、深く考えていた。恐らくは僕を犠牲にしない方法を。
各々思考していたが意見が纏まらなかったのか暫くしてから、真紅と水銀燈、雪華綺晶はヒソヒソと話し始め、10分程度会議をしていた。だが矢張り、此方から出来る事は僕の提案した事以外は打開の糸は見つからないとの結論に至った様子だった。
「...私達的には反対をしたいのだけれど、【黒幕】の情報を知り得るにはそれしか無いのは確かだわ。シュウ、貴方の提案を呑むわ。」
悔しそうな顔で、真紅は告げる。悔しそうなのは真紅だけでは無い、水銀燈も雪華綺晶も。
「私も、現状を打開するにはシュウ様のしか無いと思いますな。此方から切れるのはジョーカーのカードしか無いのです。切るしかありませんとも。」
ラプラスも苦渋の決断という意見だ。
其れを首肯する真紅と水銀燈。
「では、シュウ。必ず生きて帰ってきて頂戴。貴方が死ぬのを見るのは御免だわ。」
悲しい表情をする真紅。水銀燈は顔を背けて【薔薇乙女の禁書綴】を黙読してはいるが肩が震えている。相当悔しいのだろう。雪華綺晶もずっと足元を見ている。
「じゃあ、準備が出来たら僕を元の世界に...」
「シュウ様。」
雪華綺晶が意を決した様子で僕の言葉を遮った。
「雪華綺晶、どうしたの?」
雪華綺晶は震える声で“契約の指環”を僕に提示した。
「もし、本当に命の危険に遭った時には。この指環を食んで下さいませ。この中で、平行世界や複数のNのフィールドを多干渉出来る者は私しか居ません。私並ば、シュウ様を命の危機から助けられます。シュウ様にこの様な不躾な方法で契約を迫るのは失礼極まりないですが、どうか...」
水銀燈と真紅が反論を口にしようとするが雪華綺晶の意見を聞けば、口を噤んだ。恐らくはその通りだったのだろう。反論が出来なかったみたいだ。
「...心配してくれてありがとう、雪華綺晶。そして真紅、水銀燈も。僕は大丈夫。でも危なくなったら、この指環を食むから、助けて欲しい。雪華綺晶、お願いするね。」
雪華綺晶は無言で深々と礼をした。
「用意は出来ましたかな、シュウ様。」
ラプラスが僕に声を掛ける。
「うん。決意は元から出来てる。」
「では、元の世界にドアを繋ぎます。ドアを開いた先は危険です。どうかご武運を。」
「僕が出来ることは最低限やってくる。」
僕は自分に言い聞かせる様に、ドアを開いて元の世界に戻った。【黒幕】の情報を絶対に引き出してみせる。
どうも皆様お久しぶりです、ЯeI-Rozenです。
端末を変えたらそのままログインが出来なくなって更新が出来なくなっていましまが、ひょんな事からまたログインが出来るようになったので続きを投稿させて頂きました。
待ってたぞ!なんてコメントは届く訳もないと思いますが待ってるぞ。私は待っています。(断固たる意思)
さて、何故こんなにもこの第8話が長いのかという話なのですが伏線を拾いつつ、読者の皆様にもある程度顛末を理解して頂こうと思ったのと此処でどうしても真紅を主人公側の方に寄せたかったので、会話パートが多めで文章も多めな話となってしまいました。
とは言えど何故真紅を主人公サイドに持ってきたかったのかはアニメも見た原作のローゼンメイデンファンの方ならお分かりかと思います。
それと、物語がどういう風に進むのかをお楽しみ頂ければ幸いです。是非、ブックマークをして読んで下さるだけでも結構です。それだけでも励みになります。
しかもですね、この話、なんと一日と半で仕上げました。我ながら頑張った。然しです、そんな急ピッチで仕上げたので誤字等は是非とも教えてください。すぐに治しますので。
では、また次のお話を作りますので、それまでお待ち頂けると嬉しいです。
次は9話の後書きにて会いましょう。