瑠璃色の道筋   作:響鳴響鬼

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Reise-7『息子の夢』

「奥様。まお様をお連れ致しました」

 

家につくなり、母であるしほが待っている応接間に案内されたまお。中からすぐに「入りなさい」と返事が帰ってくると、菊代が襖を開ける前にまおが手にかけて「失礼します」と砕けた感じで入っていく。

 

「ただいま母さん」

「……」

 

『おかえり』の返事もない。返されたのは無言の睨みだった。どうやら普段とは違う、西住まおの母としての『西住しほ』ではなく、西住流師範代『西住しほ』としてこの応接間に君臨しているようだ。

 

「そこに座りなさい」

「はいはい」

 

そう言われると、用意されている座布団に正座で座り込むまお。そしてゆっくりと目の前にいるしほに目を合わせる。最初の数秒はお互い何も語ろうとはしない。ただ黙って様子を見ているようにも見える。

 

「あなたも何故ここに呼び出されたかわかっているはずだから、単刀直入に言うわ。まお。バカな選択はせずに、まほと共に高等部へと進み、西住家の長男としての役目を果たしなさい。それがあなたを黒森峰に入れた理由のはずよ」

 

沈黙を破るようにしほが口を開く。怒気も込めた低い声から出てきた言葉はまおの進路を愚かな選択と一蹴し、まほと共に高等部へと進めという内容だ。その内容に眉を一瞬顰めるまおだが、しほは構わずに言葉を続ける。

 

「それから、高等部へと進学したら、これまでのようなバカ騒ぎは許すわけにはいかないことを肝に銘じておきなさい。高等部の戦車道は中等部とは比べ物にならないほどに規律の通った場所よ。中等部のような行動をしてもらっては、西住流の名に傷を付けることになるわ」

「俺は進学したらそう言った行動はしない。国防を担う人間になるんだ。それぐらいの自覚はちゃんと持ってるいくつもりだよ」

「誰が国防の話をしたかしら。今私が話しているのは、これからの西住流で如何にあなたの重責があるかの話をしているのよ」

「母さんこそ何の話をしてるんだ。俺の進路表読んだじゃないの?その進路表のどこに黒森峰女学院高等部なんて書いてた?違うだろ、俺は特別防衛学校って書いてたはずだ!」

 

そう言うと、懐から出したのはまお自身が記載した進路表。それを座卓の上に叩きつけるようにしほに見せつける。だが、しほは進路表など見向きもせずにまおから視線を反らそうとはしない。

 

「その選択は一時の気迷いだと受け止めます。あなたは昔から興味のあるものには首を突っ込みたがる節があったわ。大方、テレビは雑誌などで興味をもったのでしょう」

 

なりたい理由がどうであれ、この話を早々に切り上げたいしほはまおが語った内容を気の迷いと切り捨てた。

 

「だから話なんて聞く気がないってことか」

「そうよ。あなたはこれまで父の意志を継いで戦車道整備士として、立派なキャリアを築いてきた。そしてそれは今後変わることはないと信じています。西住、いえ母である私にとっては誇らしいことよ」

「……」

 

先ほどまでの強烈な視線が嘘のように、これまでまおが行ってきた経歴を褒めるように柔らかい視線に変わる。はっきりと面と向かって言われたのは、正直初めてだったまお。母はあまり整備に携わってからは褒めるような台詞は言わなくなった。『できて当然』。それがこの西住という家の常識だからだ。だからこそ、母からそのような言葉が出てきたことに思わず困惑してしまったのだ。

 

「さぁ、理解したのなら黒森峰に戻りなさい。今ならまだ昼から授業に出られるでしょう」

 

返事がないのを確認するなり、まおに帰るように促すしほ。そのまま立ち上がりこの場をあとにしようとした時。

 

「試験は夏休み明けだ。もう願書も出したし」

「さっきの話を聞いていたのかしら?」

 

足を止め、再度まおの方へ振り向くしほ。その視線はさきほどのとは打って変わって、鋭い視線だ。だがまおは視線を反らさず、母と視線を合わせるように立ち上がる。

 

「聞いてたさ。だからどうしたって話だ」

「何ですって…」

「はっきり言えば、そんなのは俺には関係ないんだよ」

「まお!あなたは今まで何のために戦車道整備士としてやってきたかわかっているの!!」

 

あからさまに関係ないと言った表情をしているまおは口を開く。だが出てきた言葉に怒りを感じたしほは声を上げてまおに怒鳴りつける。

 

「この西住を継ぐまほやみほを支えるために、その将来の基盤を作るために黒森峰に入学させたのよ!」

「そうだ。俺が今までやってきたのはまほやみほのためにやってきたんだ」

「わかっているなら!」

「でも、もうあの二人に俺は必要ないからだ。逆に俺がいるとまほは…」

「そんな勝手な話は許さないわ」

 

何か言いかけたまおだが、その前にしほが怒りの形相で割って入ってくる。

 

「母さん、俺がここに来たのは俺の進路の話だよな。だったら西住の今後ががどうとか、今はどうでもいいだろ」

「どうでもいいですって?」

「…そうだよ」

 

呆れるように返すまおに鋭い目つきで睨みつけるしほ。もしこの場にみほでもいたら震えがるほどの眼力だ。まお自身もここまで怒りを露わにする母は見たことがないかもしれない。いやただ忘れていた。目の前にいるのは母ではない。西住流師範代『西住しほ』なのだ。だからこそまおは引き下がるわけにはいかないのかもしれない。自分の進路は西住流師範代ではない母としてのしほと話さなければいけないと。

 

「俺は海上自衛官になる。それは黒森峰女学園に入るずっと前から決めてたんだ」

「聞く耳を持たないわ。あなたは西住の人間。好き勝手できる普通の家とはわけが違うのよ」

「好き勝手じゃない。俺は自分の将来を親に話に来ただけだ。普通の家と何が違うって言うんだ」

「西住の人間として自覚と持ちなさいとあれほど言ったはずよ。あなたは上役や親族、黒森峰、さらに西住流を支援してくれている人々から大きな期待を背負っているのよ。あなたは気づいてないかもしれないけど、すでに西住家に影響を持つ存在となっているわ。それにあなたには亡くなった常夫さんの」

「俺は西住流のためにやっていたわけでも、ましてや父さんの意志を継いで戦車の整備をしてきたわけじゃない!」

「っ!!」

 

瞬間、しほの手が振り上がった。まるで風船でも割れたような乾いた音が応接間に響き渡る。まおの頬は赤くなり、しほから少しばかり距離が離れていた。それほどの強烈な平手打ちがまおに刺さったのだ。

 

「見損なったわまお!あなたは子供の頃から何一つ変わってないわ!何のために常夫さんは…」

 

久方ぶりに受けた母からの平手に頬をさするまお。だがそれでも怒りが収まらないしほはさらにまおに詰め寄っていく。

 

「俺が父さんから引き継いだのは整備としての腕じゃない。父さんが語ってくれた夢を引き継いだんだ!」

「!?」

 

まおから語られた内容を聞いた瞬間、明らかに反応が変わるしほ。

 

常夫がまおに語った?何を?

 

いや語ったことなどまおが今まさに言っていることだろう。だがそれは…

 

『父も祖父もずっと自衛官として仕事ばかりの人だった。いつも母さんを悲しませてたよ。そして最後は帰ってくることはなかった。そんな思いを生まれてくる子供たちに味合わせたくない。無論、しほさんにもね』

 

遠い記憶。まおとまほが生まれてくる前に言ってくれた話を思い出す。常夫自身から語ってくれた幼い日々のことを。

 

「あ、ありえないわ。あの人が海上自衛官になろうとしていたなんて…」

「嘘じゃない。全部父さんから聞かされたことだよ母さん。父さんから夢を聞き、そして海江田四郎海将補の話を聞いて俺の決意は固まったんだ。そして何より学園艦という場所に行ったことが俺の決意をさらに固めたんだ」

 

学園艦という場所に行ったことはまさにまおにとって最高の場所だったに違いない。広大な海を突き進んでいく船に乗れたことが、まおにさらなる決意をもたらしたのだから。

 

「ま、まお…」

「傍若無人と取られても仕方ないと思ってる。自分の立場がいかに重要な場所にいるのか。母さんたちにどれだけの迷惑を被ることになるのかも。でも俺は、父さんが語ってくれたことをここで終わらせたくないと思ってるんだ」

 

まるで先ほどと立場が逆転したように自分の思いを語るまお。一時の気の迷いなのではない。本気で海上自衛官になりたいと。

 

「俺は海上自衛官になりたい。それが俺の夢なんだ!」

「……」

「母さん!!」

「っ!」

 

押し黙ってしまったしほに、叫ぶように母を呼ぶまお。今のしほは間違いなくまおに対して狼狽えていた。言いたいことなんてたくさんある。『そんなこと関係ない。西住のために勝手なことは許さない』と。どんな相手であろうと常に冷静かつ冷徹に対応してきた。それは娘であるまほやみほとて同じことだ。どんな戯言や弱音を吐こうが『常に前に進むのが西住流』と言ってきた。

今目の前にいるのはまほやみほと同じ自分の子供のはずだ。まほやみほと同様に西住流として接すればいいだけだ。ことは西住に関わる問題。ならば自分は母ではなく、西住流師範代『西住しほ』として…

 

「俺のことを誇りに思ってると言ってくれた母さんなら。わかってくれるって俺は信じてる」

(!!…常夫さん)」

 

そう言われた瞬間、しほはどこかしら理解してしまったのかもしれない。まおは今まで自分が接してきた人とは違う。本当にひとりの母として自分に意見をぶつけてきているのだ。西住流なんて関係ない。かつて自分をひとりの女性として接してきてくれた常夫のように。

 

(どうしたというの…こんな……まお)

 

まおのことをわかっているつもりだったが、とんだ筋違いだった。もとより西住流としてまおに接したのが間違いだったのだと。いやそもそも、戦車道を娘に教えて込んだ時期からまおに母としてどう接っしてきていたかわからない。いや、わからなかった。ただ、自分のことばかりにかまけて。

 

「この話はひとまず終わりよ。あなたは部屋に戻ってなさい…」

 

出てきたのは、話を打ち切ることだけだった。だがそれを聞いてもまおは逆に母を責めていく。

 

「話は終わってない。俺を呼びつけたのは母さんだろ。なら最後まで」

「いいから戻りなさい!!何度言わせるの!!」

 

無茶苦茶だった。こんな形で話を切り上げるなんて、今までしてきたことはなかっただろう。それだけ吐き捨てるとまるで逃げるようにまおから離れていくしほ。

 

「俺を呼んだのは母さんだろ!!だったら息子の話を最後まで聞けよ!!」

 

背中を見せる母に向かってまおの声が家中に響き渡るのだった。

 

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