瑠璃色の道筋   作:響鳴響鬼

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Reise-4『語る夢』

「あの志波副班長。さっき西住副隊長が言ってたことは一体…」

 

まおたちの後輩である2年生の引島は、つい一時間前までここにいたまおのことをⅢ号の整備を行っていた副班長の志波に聞いていた。どうやら先程のやりとりがどうしても気になったらのだろう。結局、まおの言ったことは副班長や他の3年の整備班が継続して整備を行っており、2年もちょうど自分しかいなかったのも幸いした。

 

「おい、引島。それを言う前に、そのことを誰かに話したのか?」

 

先に反応したのは、同じく同乗し油を指していた隆二だった。素早くを引島のところまで行くと、肩を抱き寄せて耳打ちするように言う。

 

「い、いえ。まだ誰にも」

「よぉし引島。お前は西住班長から直々に中等部戦車道整備班の班長を言い渡されたな」

「は、はい。いやあの、自分にはその荷が重いいいますか…」

「はっきりしろぉ!!この班はお前が引っ張って行くんだろうが!そんな小動物みてえに縮こまってどうすんだ!」

「は、はいぃ!!」

「……どこの組だよ隆二」

 

まるでヤクザの脅しとでもとれる行動に、呆れてしまう志波。

 

「いいか引島。これはな非常に高度な政治的問題と家族の問題が絡んでるんだ。それを西住整備長は西住副隊長を説得するために行ってるんだ。」

「あ、あの…全く話が見えないんですけど…」

「見えなくていいんだよ見えなくて!要はな、アイツは今家族との直接対決に向かったってことだ!俺達は黙って、それを見るんだ。そしてことが終わったら俺達はまお(班長)をタコ殴りにする」

「え、西住班長タコ殴りにって。何かやらかしたんですか!?」

 

話が飛躍しすぎて、理解が追いつかない引島。話がとんでもない方向に行き始めているのに心配になった志波が話に加わる。

 

「ちょっと待てって隆二。お前さんが色々話ややこしくしてどうすんだよ。いいか引島、西住班長は少し進路のことで副隊長と話合いに行ったんだ」

「進路ですか…でも、班長は高等部に行くんじゃ」

「そう思っていたさ。俺たちもな。だから隆二みたいに納得できない3年もいるんだが、まずは家族でもある副隊長と話し合いに行ったんだ。だから、あまりこれを公にしないでもらえないか?きっと班長も自分から説明してくれる時が来るはずだ。その時、タコ殴りにすればいいんだからな」

「……わかりました(タコ殴りにはするんだ)」

 

 

 

 

時刻はすでに7時を過ぎており、日の落ちた街は街灯がチラつき始めていた。黒森峰女学園中等部から学生寮まで少しばかり距離があり、途中には喫茶店やレストランなどが立ち並び、生徒たちのたまり場などになっている。まおも、たまにクラスメイトと一緒に食事をしたりするために利用をしていた。だが、今日はいつも男子との入店ではなく、みほと二人で入店したまお。あの話をみほにされ、事情を知っていた副班長である志波や他の整備士に後押しされ(半ば強引)、二人での話合いの場を設けてくれた。

 

「みほは、オレンジジュースでいいか?」

「……」

 

メニューを見ていたまおは、みほに注文の確認を取るも返事はなく相槌を打つのみ。それを確認するなり、店員を呼んで、アイスティーとオレンジジュースを注文する。いつもは陽気な音楽が流れて、若者たちがいろんな話題で盛り上がっている喫茶店ではあるが、この二人の空間は妙に淀んでいるようにも見える。

 

「なぁ、みほ」

「お兄ちゃんは……高等部に行くんじゃなかったの?」

 

いつまでも黙っているわけにもいかず、まおが口を開くもそれを遮るかのようにみほが口を開き問う。俯きながらも、か細くまるで吐き出すかのような声だ。気が沈んでいるときは、必ずこう言った感じで話すのはみほの癖でもあった。どこでそのことがバレたのかは、すでにガレージで確認済み。まさか進路指導室での会話を聞かれていたとは夢にも思っていなかっただけに、こんな形で教えたくはなかったが正直に話すことにした。

 

「ああ。高等部には進まない。防衛学校に入って、海上自衛官になる」

 

それを言った瞬間に、ビクッとみほの肩が震える。やはり間違いなんかじゃなかった。あの進路指導室で言ったことをそのまま話すまお。わかっていたが、やはり本人の前ではっきり言われると堪えてくるものがあるのか、再び口を開き、話を進める。

 

「お兄ちゃん、ずっと戦車の整備をやっていくんじゃなかったの?」

「……ずっとやろうとは考えてなかった。元から中等部でやめて、進学しようと考えてたから」

「どうして?あんなに三人でやってきたのに……頑張ってきたのに」

 

まおの言葉にみほはショックを受ける。元からということは、黒森峰女学園に入る前から家を出て進学しようと考えていたことになる。今までやってきたことは何なのかと素直に怒りが浮かぶも、同時に悲しい方が大きかった。

 

「海上自衛官になるって、どうして黙ってたの?」

「いえば賛成してくれたか」

「…賛成なんて、するわけないよ。だってお兄ちゃんがなろうとしてるのは」

「そうだな。海に関わる仕事だ。父さんが亡くなった…ところでな」

 

いろんな所属があれど、海上自衛隊といえば誰でも思うのが海での仕事が思い浮かぶ。まおもそう言った場所での仕事を望んでいるが、目の前で涙で溢れそうなのを必死に我慢して話を続けるみほは決して望んではなかった。

 

「わかってるなら。なんで…」

 

まおは父のことを忘れてなんていない。当たり前だ、誰よりも父の隣で一緒になっていたのは他ならないまおなのだ。それがつらく、悲しいことだとわかっていながら、どうしてそんな場所に進んでいこうとするのかみほには理解できなかった。

 

「わかっているからこそ、俺は海に出ないといけないと思ったんだ」

「え……」

 

テーブルの上に置いている拳をギュッと握りしめるまお。

 

「みほは、おじいさんのことは知ってるか?」

「おじいちゃん?それなら前に新年会の時に…」

 

唐突に何を言い出すのかと疑問に思うみほだが、素直に返答する。しかし、返答を聞くとすぐに首を横に振る。

 

「違う。父さんの方の家、《海江田》のおじいちゃんだ」

「お父さんのおじいちゃん?う、ううん。よく知らない。もうなくなってるってことぐらいしか聞いたことないから…」

 

《海江田》とは父、常夫の旧姓のことである。常夫の母でありみほたちから見たら祖母である《おばあちゃん》は見たことはあったが、祖父は見たことはなかった。母が少し話してくれたが、自分たちが生まれる前にすでに亡くなっているぐらいしか知らなかった。

 

「そっか。やっぱりみほも、きっとまほも知らないだろうな。いや教える必要もなかったかもしれないからか」

「意味わかんないよ。おじいちゃんの話しとお兄ちゃんとどう関係あるの?」

 

いきなり話しを変えられ、まおがブツブツと言い出しことにみほは意味がわからないの一点張りだった。

 

「関係あるさ。おじいさんである《海江田四郎》、そしてそのお父さん。俺達からしたらひいおじいさん《海江田巌》は海上自衛隊に所属していた」

「え!?」

「ひいおじいさんは《海上自衛隊の立役者》と言われ、おじいさんは《海上自衛隊始まって以来の英才》と呼ばれるほどの人たちだった」

「……知らなかった…お母さんや西住の人たちはそんなこと一言も」

「それはそうだろう。西住家は古いしきたりか、海軍から引き続く海上自衛隊を毛嫌いしている人たちが殆どだ。父さんの家系が海軍一家なんて、俺達が知って下手に騒がれるのを母さんも嫌がったんだろう。だから俺やお前たちに父さんの家族のことを話さなかったんだろ」

「で、でも、どうしてお兄ちゃんはそのことを知ってるの。私はおじいちゃんがそんな人なんて全然知らなかった」

「俺が小1の時父さんから直接聞いたからさ。そして、父さんも海上自衛官になろうっていう夢を持っていたことを知ったんだ」

「!!」

 

まおの口から、父の夢を聞かされ驚きを隠せなかったみほ。同時にその思考は混乱へと向かっていく。無理もない、次から次へと今まで聞かされていなかったことが出てきたのだから。兄の進路を聞くはずが、父の家族の話しを語りだしたからだ。

 

「それが俺が海上自衛隊に入ろうって思った最初の始まりだった。父さんの夢だった海上自衛官に自分がなって見せるってな」

「…じゃ、じゃあお兄ちゃんはお父さんの夢を叶えるために海上自衛隊に入るの?でも、そんなの子供の頃の話だよ。お父さんも本気でそんなこと言ったわけじゃ」

 

まだ小1の子供に親の夢になるなんて話はみほには懐疑的で信じられなかった。その頃のまおはまさに好奇心旺盛、やりたい放題な性格で、とてもそんなことを言うとは思えなかった。最もみほ自身もその頃と今の性格は180度違うものになってしまっているが。

 

「俺だってそのときは子供だから、父さんの言っていたを真剣に聞いてたかなんてわからない。あの頃はいろんなことが楽しかった(・・・・・)からな」

 

まおは何も初めから海上自衛官を本気で目指そうなんて考えてもいなかった。

 

あの頃の約束も、まおにとっては記憶の片隅として忘れさられ、日々戦車道に励む母のしほ、その戦車道を鍛えられていたまほにみほ、戦車の整備に勤しむ常夫。そしてそれを傍らに見て、戦車整備を覚えていっていたまお。

 

しかし、当時のまおの評価は概ね単純バカが定着していた。勉強もロクにせず、家でも学校でも下らない問題を起こしていただけに、まおに戦車整備などとてもできないと周りから思われており、将来まで不安視されているほど。

 

ところがだ、ある日を境に、まおは急速に変わり始めた。おバカ行動は変わらないが勉学などの教養が飛躍的に伸び、これまで赤点オンリーだったのが嘘のように高得点を叩き出し始めた。戦車整備も昔から常夫のを見ていたからもあるが、小3に上がる頃には、一人でまほやみほが使っているII号戦車を整備できてしまったほど。

 

「でもさっきも言ったとおり、父さんがそのこと聞いたのが始まりだったのは間違いない」

「……ちょっと待ってよ。待ってよお兄ちゃん。お兄ちゃんの、その、なりたい始まりはわかったけど、海上自衛官だったおじいちゃんはどうしたの?おじいちゃんは確か私達が生まれる前に亡くなってるよね」

 

まおが海上自衛官になろうと言った始まりを話そうとした時、みほはどうしても気になったことがあった。それは祖父である《海江田四郎》のことだった。曾祖父である《海江田巌》が亡くなっているのは、年齢的には問題ないが、祖父は別だった。しほと常夫がかなり若いうちに結婚し、自分たちを産んでくれたことはみほも知っている。それに、祖母も数度しか会ったことはないが、かなり若い人なのは辛うじて覚えていた。

 

「おじいちゃんは俺達が生まれる4年前に潜水艦の衝突事故で亡くなってる。ひいおじいちゃんも護衛艦で帰投した際に病気で亡くなったって聞いてる」

「!!」

 

それを聞いた瞬間、凄まじい悪寒が身体を突き抜けていく感覚がみほに走る。

 

なんだそれは、父も海で、祖父も海で、曾祖父も海で。こんなことが3度も続いているなんて、偶然にしてはあまりにもできすぎている。となれば海江田家に生まれた男性は、まるで呪われるかのように海に関わっただけで死んでいることになっているではないか。

 

ガタガタと震えだし、心配そうな表情でまおを見つめるみほ。いまのみほには、まるで死神が手招きして手に持つ鎌を振りかざせる位置までまおを誘導しようとしているように見えてしまう。

 

「ダ、ダメだよ。お兄ちゃん……やっぱりお兄ちゃん、今まで通り、一緒にいてよ。お兄ちゃんまで、お父さんみたいに…」

「みほ。父さんたちが海で死んだのは、ただの偶然だ。それを俺に当てはめる必要はない」

「偶然じゃないよぉ!!お兄ちゃんまで、お兄ちゃんまで死んだら…!!だってお兄ちゃん一緒にいてくれるって約束したもん!一緒に…!!」

 

バッと立ち上がって、泣き喚きだすみほ。周りにいた店員や客も何事かと思い視線を二人に向ける。混乱しているのか、途切れ途切れで話が伝わらないが、必死に兄を説得しようとしているのはまおには痛いほどわかる。

 

「落ち着けみほ。俺はただ……」

 

まおも立ち上がって、宥めようとするも、今のみほは癇癪を起こしてしまい聞く耳を持たない状態だった。

 

「私は……私は絶対反対だから…!!」

「おいみほ!!」

 

耐えきれなくなったのか、そのまままおから逃げるように走り去って店を出ていってしまうみほ。まおはそれを、追いかけることができなかった。このまま追いかけても、今のみほの状態はとてもじゃないが話を聞いてもらうことはできない。一旦落ち着いて話さないと、まともに取り合ってはくれないからだった。

 

「あの、お客様。オレンジジュースとアイスティーをお持ちしました…」

「ああ、2つともそこに置いてください。両方自分が飲むんで…」

 

店員も空気を読んでくれたのか、今になって頼んでおいた飲み物が来たのだ。言われるがままにまの前にオレンジジュースとアイスティーが置かれる。真っ先にアイスティーを取ったまおはそのままストローも使わずに一気に飲み干していく。

 

不意に、携帯電話が振動する。

 

画面には『母』と登録されている人物からの着信だった。言うまでもなく、まおの母『しほ』からの電話だった。

 

「はい、まおです」

『まお。明日、朝一番の連絡船で実家に帰ってきなさい。学校側にはすでに言っています。内容は…言わなくてもわかっているわね』

 

恐ろしく冷たい声だった。いや、普段の母の声ではない。今の声は西住流師範代『西住しほ』の声なのだろう。

 

「わかってるよ母さん。俺も母さんに話すのをずっと待ってから」

 

それだけ告げると、何も言わずれに切られてしまう。

電話をしまい、みほが頼んだオレンジジュースを見つめていた。

 

「自分の信じた道……か」

 

最後に残った、みほの頼んだオレンジジュースを飲み干すまおだった。

 

「苦っ…」

 

 

 

 

 




名前:海江田四郎
所属:海上自衛隊第1潜水隊群・やまなみ型潜水艦《やまなみ》艦長
階級:海将補《生前は二等海佐であったが、殉職により二階級特進》
備考:西住《海江田》常夫の父であり、まお、まほ、みほの祖父にあたる人物。海上自衛隊始まって以来の英才と言われ、将来を嘱望された人物。類まれの操艦術でリムパック演習では空母《カール・ビンソン》を五回も沈めたと言われている。だが、冷戦時代に起きたロシア原潜との衝突事故により殉職している。海上防衛学校の卒業生。趣味は音楽鑑賞であり、よくモーツァルト等のクラシックを好む。

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