瑠璃色の道筋   作:響鳴響鬼

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航跡-11《もうひとつの名前》

「俺は…俺だ。みほ。そんな変わることなんて…」

 

 へたり込み、涙を流すみほの隣に歩いていくまお。そのまましゃがみ込んでみほと目線を合わせるまお。肩に手を置き、みほの言葉を否定する。みほも兄の言葉に対して胸に抱きしめる制帽を更に強く握りしめながら、まおの方に目を合わせる。そこにいるのは確かに自分がよく知っている兄の表情だ。だが、あの写真に写る表情が頭に浮かび、目を背けながら続ける。

 

「…お兄ちゃん変わったよ。その服着てる時のお兄ちゃん、怖い顔してたもん。まるであの頃のお姉ちゃんみたいな顔してた。冷たくて……怖い」

「…みほ」

 

 その言葉にすぐ後ろで聞いていたまほ。あの頃とは、まおのいなかった頃の自分。他人との関わりを拒絶し、ただ勝利のみに固執していた。言われてみれば確かにあの時のまほは笑うこともなく、ただ無表情を貫き、激情に駆られて怒りの表情をするばかりだった。妹であるはずのみほにもそんな顔してしまっていただけに、己がしてしまったことを痛感してしまう。

 

(あの人たちもまおが私に似ているって言っていたが……まおは私なんかとは違うはずだ)

 

 だが、みほがまおに対して自分と同じ表情というのが理解できなかった。少なくともまおは自分のような表情はしていないはずだからだ。

 

「みほ。さっきも言ったが、別に俺は変わってない。その…表情とか怖くなったのは、へらへらしていられるような場所じゃない。俺が今いるのは自衛隊なんだ。自衛隊が何をするような場所かは、みほにだってわかるだろ?」

「関係ないよッ!!お兄ちゃんがそこにいる必要なんてないもん!!」

 

 抑えきれない感情がみほの表情を歪ませる。まおの言いたいことがわかるからこそ、みほは否定しないといけなかった。

 

「何かあったのか?」

 

 みほが急にそんなことを言い出したことに疑問に思ったまおはみほに問う。少なくとも別邸で会った際はそのようなことは聞かれなかったし、ここに来る前に何かあったのではないかと思ったからだ。

 

「……ここに来る時に、角松さんって人たちに会ったの。ちょっと前に男の人に絡まれた時に助けてくれて。海上自衛隊の人だって言ってた」

「角松って…それに絡まれたって…!」

 

 絡まれたというのを聞き、まほの方に顔を向ける。同時に、みほの走り去る様子を見た母と祖母が少し放れた場所にいる姿があるのを見つける。あれだけ騒げばここに来るのは当然だろう。

 

「少し私が目を離してしまった時にな。その時に角松さんという自衛官が助けてくれたんだ。確か『みらい』という船の艦長をしていると言っていた」

「角松一佐が……たちって事は、一緒にいた自衛官は菊池さんと尾栗さんという人じゃなかったか?」

「あ、ああ。その二人も一緒にいた」

 

 まほの話を聞き、ナンパされそうになったのを助けてくれたのが護衛艦『みらい』の艦長である角松洋介と部下であり友人でもある菊池雅行と尾栗康平だと理解したまお。もしかしたら江田島に向かう際に運よくみほたちと出会ったのだろう。妹たちを助けてくれたことをお礼を言わなければいけないと思うまおだが、今はみほのことが気になる。

 

「その角松さんたちと何か話をしたのか?」

「話したよ……話して、お兄ちゃんのこと少しでもわかろうと思った。でもわからない……わからないよぉ」

 

 その言葉と共にみほは溜まっていた涙が溢れ出てくる。色んな人の話しを聞いて必死になってまおのことを理解しようとするも、みほにはそこまでの理解を得るまでの答えが出せなかった。

 

「お父さんの夢ならもういいから、もうちゃんとなったなら帰ってきてよ……一緒にいて。お兄ちゃん、ずっとそばにいるって約束したのに。なんでいてくれないの?お兄ちゃんがいないとダメなんだよ」

「みほ……」

 

 嗚咽とともに体を震えさせるみほ。それを見ていたまほは、みほもまた自分と同じようにまおとの約束をしたことに驚くも、どこか納得してしまう。自分とみほは姉妹なのだ。どこか似たような思考になるのもわかる。

 

「お兄ちゃん知ってる?私もお姉ちゃんも…きっとお母さんだって。お兄ちゃんを中心に回ってたんだよ。いつも家族の中にはお兄ちゃんがいてくれて……どんなに辛いことがあってもお兄ちゃんはいつも笑ってくれた。私はそれが嬉しかったんだよ」

「……」

 

 目の前で静かに聞いていたまおに、みほが初めて自分が募らせていた思いを告げた。

 思い起こせば父が亡くなってからは、西住家はまおを中心に回っていた。いや、それ以前からも家族での外出や催しなどは必ずまおが動いて皆が一緒になってやっていた。どんな辛い時や悲しい時もいつも傍にまおがいて、それがみほにはかけがえない存在だった。

 

「出ていってから、お母さんもお姉ちゃんも、チームの皆もどんどん変わって……だから…だから、お兄ちゃんがいなくなって不安だった…怖かった!!お兄ちゃんまで知らない人に変わっていくんじゃないかって!!」

「……みほ」

 

 まおがいなくなってからのことを思い返すように言うみほ。激変した西住家。人が変わったように冷徹になってしまった姉のまほ。以前より厳しく家族らしい会話などしなくなった母であるしほ。西住流の掲げる勝利至上主義が蔓延し、戦車道チーム全体がまるで勝利に執着する獣のようになった。だからこそ、まおにまでそんな人が変わるようなことはしてほしくなかった。

 

「……ねぇお兄ちゃん。さっき自衛隊が何をする場所かって言ったよね?ならお兄ちゃん、もし悪い人たちが来たらどうするの?」

「……みほ」

 

 みほの言いたいことが何かようやく理解したまお。最初に防衛学校に入校した際に最初に教わったこと。自分たちの最大の責務のことを。

 

「私……私!!お兄ちゃんにそんなことしてほしくない!!お兄ちゃんが死ぬのも!!人を……殺すのも!!やだよ…こんなこと考えたくもない。考えたくもないのに……私、耐えられないよぉ」

 

 まおに縋りついて溜まっていた思いを爆発させたみほ。どんな理由を付けても、自分の家族がそう言ったことに関わることなんてしてほしくない。父のことで、とりわけ"死"に過剰に敏感になっているみほは是が非でもまおに止めてほしかった。昔みたいに一緒にいて、これからも家族の中でいて欲しい。

 

「みほ、お前…」

 

 すぐ近くで聞いていたまほは、みほの言いたいことを痛感していた。今日あったあの男たちや角松艦長たちの話しを聞き、薄々ではあるがまほ自身も同じ思いはあった。原因を作ってしまったのは自分にもあることは理解するも、やはりまおの存在が大きかったのも一因がある。

 

「まほは…どうなんだ」

 

 みほの言葉を聞き、まほの方に顔を向けるまお。

 

「わ、私は………私もまおには、いて…欲しい」

 

 目を反らしつつ、右手で左腕をギュッと握りしめるまほ。

 無論まほだって、まおにはそのようなことはできることならしてはほしくない。西住流門下生の中に陸上自衛隊の者もいることは知っているし、母であるしほも講師として陸上自衛隊に指南している。

 だが実際にみほの言うようなことまで考えたことなど一度もなかった。西住流や黒森峰戦車道などに頭が一杯だったと言えばそれだけでしかないが、こうして色んな人達の話を聞き、家族として考える中で初めてまほはそう言ったことに対して真摯に考えるようになった。祖父(海江田四郎)の墓前で言っていた深町艦長の言葉。まおはこの先も進み続けるという言葉の意味。それがおそらくみほの言っていることに繋がっているのではと。

 

「でも……」

 

 それはあくまでも自分とみほの意思でしかないからだ。まだまおから何も言ってはくれてはいない。今日言ったばかりではないか。まおとちゃんと話し、自分の想いと向き合わなければいけない。

 

「みほ…俺だって、みほのことが心配だ。みほだけじゃない。まほも母さんも。戦車道やってる皆も、整備班の奴らだってそうだ。ああやって砲弾飛び交う中で身を晒して、戦車ぶっ倒れた時も、俺はいつも心配だった。怪我はしてないか、怖くはなかったかって。ひやひやしてたんだぞ?」

 

 涙を流し自身に抱きつくみほの肩に手を置いて優しく離して、みほと顔を合わせる。そして、まおが感じていたことをみほとまほ、そして母であるしほに語りかけるように言葉を述べていく。まおもまた、戦車道という武道の中に生きていくみほたちを心配していた。戦車道を行う選手からして見れば、当たり前のようになっているかもしれないが、いくら安全性を謳う武道とは言え、キューポラから身を飛び出し、砲弾、ましてや銃弾などが飛び交う中に晒している姿を見れば身内からすればひやひやものだ。そしてその安全性が絶対ではないということを整備士をしていたまおは知っていた。

 

「あの決勝戦で戦車が崖から落水した時、みほは川に飛び込んだだろ?乗ってた赤星たちを助けるために…」

「うん…」

 

 あの運命の決勝戦。大雨にも関わらずに戦車道の試合は決行され、起きてしまった最悪の出来事。落水した戦車のすぐ後方にいたみほは無我夢中で飛び込み、小梅たちを救助することができた。

 

「でも、間違ってたって……西住流として間違ってたって…皆が私にッ」

 

 だが、結果的にフラッグ車を放棄したことにより黒森峰女学園は敗北してしまい、みほ、そしてまほは敗北の責任を受けることになってしまった。西住流だけではなく、同じ戦車道を履修している生徒からも責められてしまい、母であるしほから叱責も含め、みほの心を深く傷つけることになっている。別に称賛されたいわけでやったわけではない。目の前で誰かが傷つき、死んでいくようなことはもう見たくなかっただけなのに。

 

「ッ―!」

 

 それを聞いたしほは奥歯を噛み締めてしまう。自分の不甲斐ない言葉のせいで、みほは深く傷ついてしまい、こんなことにまでなってしまっている。あの時、せめてあの時だけでも自分がみほに叱責ではなく、優しく促してでもしていればと。悔やんでも悔やみきれなかった。

 

「あの状況下で人を助けに行けるなんて早々出来ることじゃない。そこに西住流だとか、優勝だとか関係ないんだ。人が人を助けるなんてとっても良いことじゃないか」

 

 西住流としての威厳でも、常勝校として立場は関係ない。みほの行動によって救われた命があるんだと語りかけるまお。

 

「俺は、みほが助けにいったことを間違ってたとは思わない。みほは人として正しいことをやったんだ」

「お、お兄ちゃん…うぅぅ……」

 

 まおの言葉を聞いて、みほの瞳から涙が溢れ出してしまう。まおなら絶対にわかってくれると、心の奥底で思っていたことが間違っていなかったとわかり、胸から湧き上がる感情が抑えきれない。正直、その言葉をみほはずっと待っていたのかもしれない。助けたことは間違っていなかったというのを。

 

「でもみほ。できることなら、もうあんなことはしないでくれ。みほが飛び込んだ時、俺は心臓が止まりそうだったんだ。お前まで流されるんじゃないかって」

 

 まおは、みほの行動を称賛はするも、それにより自分が如何に危険なことをしたのかと言うことも告げた。確かにみほの行動は間違ってはない。だが一歩間違えばみほも一緒に流され死んでいた可能性だって十分ある。艦内用TVで見た時、思わず叫んでしまったように見ていられるような状況ではなかった。

 

「それに母さんもまほだってお前が飛び込んだのを見て心配になったはずだ。父さんのことで心配になってるのはお前だけじゃない。俺も同じだ。みほにそんな危険なことはしてほしくない」

「お母さんが?でも…」

 

 母が心配しているのは自分ではなく西住流としての評価なのではないかと今でも思っているみほは顔を俯かせる。兄は知らないはずだ。自分は直にそのことで母から叱責されたのだと。自分にとっての味方は、やっぱり自分をわかってくれたまおだけではないかと。

 

「お前のことを心配してくれる人はいるよ」

「お兄ちゃんだって…お兄ちゃんだって心配だもん!!だから私は…」

 

 一緒に戻ってきて欲しいと言いたかった。自分のことを心配してくれるのなら、まおのことを心配しているのを理解してほしかった。

 

「角松さんたちはこんなことは言ってなかったか?自衛官は死なないために毎日訓練してる。死ぬために入る人なんていない」

「……言ってた」

 

 角松艦長が言っていたことと同じことを言っているまお。

 

「そんなことを思うくらいなら俺は自衛隊には入ってない。俺は、お前やまほ、母さんに祖母ちゃん。あの黒森峰にいる人達だってそうだ。その人達を守りたいって思ったからだ。国家や国民だとか大きなことじゃない。俺にとって大切な人たちを守れるように、毎日勉強してるんだ」

「だったら、私も…守ってよぉ」

 

 そんな抽象的な言葉ではなく、近くにいて守ってほしいと思うみほ。

 

「俺はいつもみほの、そしてまほの"近く"にいるよ。それにさっきも言っただろ?お前は色んな人達から守られてる。今日だって、まほと一緒に来たんだろ?まほはただ傍にいただけなのか?」

「……」

 

 まおに言われて、まほとの行動を思い出していく。学園艦から出てから、会話こそは少なかったが、まほは常にみほのそばにいてくれた。あの時だって、自分を守るために庇ってもくれていた。あんな酷い言葉を言い放ってしまったのに、まほは絶対に自分を見捨てようともしなかった。あの連絡船の時に握ってくれた手は震えながらも暖かった。

 

「お前は絶対に一人じゃない。色んな人がお前のことを心配してるんだ。もちろん、それはまほだってそうだ」

「まお…」

 

 まほの方を向いて、みほだけではなく、一人ぼっちと呟いてたまほにも同様の言葉をかける。孤独を嫌うまほにもわかってほしかった。皆が皆心配しているというのは楽観的なのは事実。だが少なくとも、整備班や中等部からの同期、そして何よりこの二人ともっとも関わりの深かったエリカと小梅がこの島にまで来ているのだ。二人は心を閉ざし、まおばかり見ようとしているが、それは大きな間違いだと。

 

「お母さんも…そうなのかな」

「その思いは、直接母さんから聞いてみるんだ。さっきも言っただろ?母さんがなんでここまで来たのかを。ちゃんと話してな。それに俺たちのために料理まで作ってくれてるんだぞ?」

「お母さんが…!?」

「お母様が料理を…」

 

 母が料理をしている。それも自分たちのために作ってくれているという話しを聞き、驚きを隠せなかった二人。いつも忙しくて、料理などしている暇などなく女中の菊代が料理など振る舞っていたからだ。母の手料理なんて、一体いつ以来なのだろうと思う。

 

「だから、何も心配なんてしなくていい。母さんはお前たちを怒るためになんか来てないから」

 

 まおの言葉を聞き、静かに頷くまほとみほだった。

 

 そして、タイミングを合わせるように祖母がまほとみほに声をかけて家の方に戻っていった。お互い消化不良かもしれないが、みほの言いたいことは理解することはできた。逆に向こうはまだ半分は納得してないといったようではあるものの、まだ時間はあるし、これからゆっくりと話していければいい。

 

「帽子は持っていかれたままだな」

 

 結局自分の制帽はまだみほが持ったまま行ってしまった。というより取られたことも途中から忘れていたので、備品の紛失は自衛官にとっては命取りであるため迂闊だったと思ってしまう。また後でみほに言って返して貰わなければいけない。返してくれるかわからないのだが…

 

「まお」

 

 まお以外誰もいなくなった丘に母であるしほが現れる。

 

「母さん…何も隠れなくても」

 

 先程までいたのに、祖母が二人を連れて行ってるときにはいつのまにか姿が消えていたからだ。

 

「…タイミングがあると思ったのよ。大丈夫、このあとすぐにあの子たちに会うから」

「そっか……ごめん母さん。俺が色々先走って言って」

 

 本当ならば、しほから言うべきであろう言葉を色々言ってしまったことを謝るまお。あんなに潰されてしまいそうなみほの表情を見てしまい、思わず言葉が出てしまったのだ。

 

「俺も母さんみたいに強面で怒ることができればよかったかも」

「なら私も、まおのように優しくして上げればよかったわね。あの二人にとって、まおが如何に必要なのか痛いほどわかったわ」

「…俺はただあの二人に甘すぎる言葉しか言えなかった。それがあのまほとみほを守ることなんだって思ってた。母さんも見ててわかったんじゃないか?あの二人、俺にちょっとベッタリって思わないか。普通にいる兄妹に比べれば」

 

 隣に立つしほに目を向けて、まほとみほの少し違う雰囲気を伝える。言われてみれば、まほとみほは昔からかなりまおと近いような距離を保っていた。中学になってもまおと風呂に一緒に入ろうとするのを何度か窘めたこともあった。挙げ句の果に一緒になって寝るようなこともあり、思春期を迎える少女にしては嫌がるのを逆に積極的に近づこうとしていた。

 

「父さんが亡くなって、俺は何度も二人の傍から離れなかった。その時のアイツ等、ホントこの世の終わりのような顔してたから。このまま消えてなくなるくらいにな……」

 

 父が死んだ時はまほもみほも大分荒れに荒れ、最後は意気消沈したようになっていた。まほに至っては錯乱間際に『まおが死ねばよかった』などと口走ってしまうほど。実の妹からそんな言葉を聞いたのは、思い出せば相当自身に答える言葉だった。それでもまおはまほの気持ちを少しでも理解しようと接してきた。まほがまた気力を取り戻せるならばと。

 

「でもまほは……」

 

 だが、まほの気持ちは誤った方向へと向かってしまった。いつしか自分のことを"兄"と家族ではなく"男"という異性として恋愛感情を抱いてしまうということに。もしあの時、まほに流されるまま受け入れるようなことをしたら、取り返しのつかないことになっていたと思う。

 

「まお?」

 

 言葉に詰まったまおを不思議に思ったしほは顔を向ける。これだけは絶対に誰にも知られてはいけないと思い、すぐに話しを続ける。

 

「ああいや。ともかく、あのまま俺が高等部まで行ってたらどうなってたんだろうって思って。多分一生あの二人には母さんみたいに厳しい言葉なんて言えないし、もしかしたら俺自身もあの二人のためとか言い訳して、ただ優しくしてただけかもしれない。だから俺は家を出た……それが一番いいことなんだろうって」

 

 高等部に一緒に上がっても、まほとみほが自分にべったりくっつくようなことがエスカレートするのではないかという不安があった。それに自分は二人になんと言って厳しく言えばいいのかなんてわからない。いつも強くあろうとするまほ、そしてみほ。気の弱い部分を見てきただけに、少しでもそれを和らげることができればと思ってきた。何より、まおもまほとみほに母のように厳格になりきれないと思う。ただずるずると変わらずに高等部を過ごし、こう言ったことも母に言うこともなかったのだから。

 

「あなたは私ができていないことを懸命にやっていたわ。本当ならあなたのこともこうしてお互いに話すことがもっと早くにできていればよかったもの」

 

 ここまでまおの後ろ向きな言葉を聞いたことがなかったしほは、不器用ながらもまおを立てようとした。謝罪なんて必要はない。家庭の行いを全てを押し付けて、自分一人西住流ばかりに力を注いでいたのを。まお、そしてまほとみほに家族らしいサービスなど何もして上げられなかった。

 

「でも実際。俺はあの二人をわかってるようでわかってなかった。母さんに電話する前に、みほに言われたんだ。"お兄ちゃんは西住流も戦車道もやってないでしょ!!好き勝手やってるお兄ちゃんには絶対わからない"って……あの時はみほも大分錯乱してたけど、きっと俺に対して思ってたことだと思う」

「みほが…そんなことを」

 

 大人しいみほがそのような言葉を出したとは信じられないしほ。そして、それがまおに対してどれだけ屈辱的な台詞なのかを察したしほは、驚きを隠せなかった。

 

「あ、あなたはみほになんて言ったの…」

「俺のことなんかいくらでも嫌いになってもいい。でも、母さんやまほのことは嫌いになるなって言ったな。まぁ怒ろうにも、実際本当のことなんだから返す言葉もないよ。俺は西住流にとっては目障りな存在なのは間違いないだろうから…」

「それは違うわまお!!あなたは知らないでしょうけど、分家にはあなたのことを――」

 

 まおが言っていることは間違っていると告げようとするしほ。少なくともまお本人を認めている分家の人間は存在するのだと。

 

「味方になってる人間がいるってこと?」

「ま、まおッ―あなたまさか…」

 

 先にまおに言われてしまったことに驚愕するしほ。まさかまおは知っていたのかと、知ってて今の言葉を吐いたのかと。

 

「……ごめん母さん。今のはちょっと発破をかけた。本当にそんなことあるのかって」

「まお…」

「俺が生まれた時、養子に出さないために動いてくれたことや、黒森峰女学園で色々やってたことを黙認してくれていたことも、全部知ってる。でも知ってるだけで、直接母さんから聞いたことがなかったから……」

「……そうね。このことはもっと早くにあなたに話しをするべきだったわ。みほに言われて、あなたも本当は怒りたい一心だったんじゃないの」

「俺は、西住流という流派が重宝しているまほとみほを守ってくれるのならそれでいいと思った。でも実際はどうだ。なんであんだけ頑張った二人があんなになるまで言うんだ。俺には正直、西住流という流派がどれだけ重要なのかよくわからない。あんなことになってまでやるのが西住流戦車道なのかって……」

 

 西住流の教えも受けていない、戦車道もやっていない。ただ後方で戦車道の専属整備士としてやってきたまおにとっては、理解しがたいことだった。子供の頃は無我夢中に戦車を乗り回していた頃。本当に楽しそうにやっていたのに、いざ戦車道をするときはどうだったか。まるで機械のように無表情でたんたんと作業のようにやっていた。なぜそんなことになってまでやるのか、当時のまおには本当に理解が追いつかなかった。

 

 だからこそ――――

 

「昔はさ。俺も"女"に生まれればって何回か思った。そうすればまほやみほの………戦車道や西住流がどんなにキツいものなのかもわかるんじゃないかって……。そうすれば、アイツ等とこう肩並べて一緒に戦うことが出来たんだろうなぁってな。

 

 海を見渡しつつ、呟くように言うまお。ただ男というだけでここまで隔てるほどの壁ができてしまい、まほとみほの気持ちを真に理解しきれなかった。自分が男である"西住まお"ではなく―――

 

「もし、俺が西住"まお"じゃなくて、西住"××"って名前で生まれてたら変わってたかな」

「まお……あなた。どうしてそれを」

 

 まおの口から告げられたとある名前を聞き、驚くしほ。久しく聞いた名。なぜそれをまおが知っているのか、その名前を知っているのはこの世にいない常夫を除いてもう自分しか知らないはずだからだ。まおに名付けるはずだったもう一つの名前を。

 

「この家に命名紙があったんだ。それを見つけて、全部理解した。なんで俺がまおで、まほとみほって名前にしたのかを。俺がもっとそれを早くにわかってれば――」

 

 "もっと違う未来があったのかもしれないと"。その先は口には出さなかった。たらればの話しはもうしない。今あることを見つめないといけないからだ。

 

「母さん。まほとみほのこと頼んだ。俺はちょっと迎えにいかないと行けない場所があるんだ」

「む、迎えって…誰か来ているの?」

「サプライズってやつだよ。あの二人を本気で心配してくれてるのが来てるんだ」

 

 それは言うまでもなく、エリカと小梅のことだ。この二人は本当にまほとみほを戦友として、そして大切な友人として、心配してこの島にまで来ているのだ。周りには味方となってくれる人は必ずいるのだと。

 

「まお。あなたは、常夫さんの言う夢を実現したの?」

 

 去り際にしほはまおが言っていた夢のことを質問をした。みほの言っていた通りならば、まおはすでに海上自衛隊に入るという夢には到達している。だからこそ、みほはもうなったから帰ってきてくれと言ったのだろうが。

 

「父さんが作ってくれた道筋は本のスタートラインだけだ。それを今度は俺自身が切り開いていかないといけない。それが父さんが俺にくれた道筋だから」

 

 まおにとってはそれはあくまでも始まりに過ぎない。自分に何かあったら家族を守る男になれと言われた父の言葉のもと、色々考え、そして間違えながらも、突き進んで来た自分の信じた道。その答えはいますぐ見つかるようなものではないだろう。

 

「まおはもう……自分の道ができたのね」

 

 もう色々言っても、今のまおはすでに自分なりに答えを出そうとしている最中なのだろう。あの日言った『父の夢を継ぐ』という言葉から、その先にある道へと。

 

「なんの舗装もされてない凸凹道だけどな。やりたいことはこう色々あるけど、俺の夢はあるよ。祖父ちゃん(海江田海将補)と同じ、潜水艦乗り(サブマリナー)にね」

 

 綺麗な道なんて、端から用意などされてなどいないのだから。

 

 右往左往しながらも、まおは進んでいくしかない。

 

 だがその歩む道は少なくとも、一端まほとみほに歩調を合わせていかないといけなかった。

 おそらくそれが、まおの新たな道筋になり、もしかしたらまほとみほが通るであろうものになるかもしれないというのを、今のまおはまだ理解はしていなかった―――――




-次回-

母、友人との会話で徐々に閉ざされた心を開いていくまほとみほ。
だが、まほにはまだ最大の問題があった。

海風が吹く、美倉島の砂浜にてまおとたった二人きりの会話が始まる……

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まぁ今回まおが色々言ってましたけど、結局何が言いたかったのかというのをまとめると。

『俺は止まりません』

ざっくりと言うとこれです。ただ今はその歩みを一時的に止めてしまったということと、色々言いたかったこと本音を母に打ち明けました。まおが女として生まれて三人で戦車道をしていたかもしれない未来もあったと。そして自分の状況を知り、庇う分家がいたのを知っているのもそういうことをべらべらと喋る上層部がいたってことです。
そしてこの他人に甘すぎる主人公最大の欠点である『優しさが人を救えると勘違いしている男』という言葉を誰かに言わせたかったのですが、尺の都合で、言う機会を失いお蔵入りにしました(涙)

それからまおには本当ならば付けられる名前が存在しましたが、それはある理由で断念し、"まお"という名前になりました。一体どんな名前なのか次々回明らかになります。そしてまほとみほの名前にも秘密があります。

感想や意見、評価等お待ちしております。

決選投票を実施しております。詳しい内容は下記URLから活動報告を御覧ください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=249850&uid=37537

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