瑠璃色の道筋   作:響鳴響鬼

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前話と結合させました。


航跡-10《家族》

「お母様…」

「お母さん……」

 

 8畳と広々とした居間の中。大きめちゃぶ台の前に座り、いつも着ているスーツ姿ではなく、久々に見る色合い的に地味過ぎないロングスカートに薄手のガーディガンと私服姿をしていた母であるしほ。対面するように正座し、姿勢を崩さぬようにしていた。

 

「まほ、みほ。無事に……着いたようね」

 

 入ってきたまほとみほの方にゆっくりと顔を向ける。久しく見ない母の姿とはいえ、その表情は変わらぬほど堅く、見るものを畏怖させる雰囲気であったが、どこか疲れを感じさせる表情をしているようにも見える。

 

「ど、どうしてお母さんがここに……」

 

 まさかのしほの登場に、目が泳ぎ体が震えてしまうみほ。叱責を受けて以来一番会いたくなかった人物だったために、実の母なのに怯えた様子で話しかけてしまう。

 

「あなたたちがこの島に付く一つ前の船で来たのよ。それと私にまほとみほが来る時間帯を教えてくれたのもあなたたちのお母さんが連絡を入れてくれたの」

「お、お母様が…連絡を」

 

 みほの質問に答えるように後ろにいる祖母が説明する。自分より一足早くにこの島に入り、それどころか到着する時間帯まで把握していたことに驚くまほ。連絡を入れていなかっただけに、この島に来ることすら知らなかったと思っていただけに、二重の意味で驚いていたのだ。まほもしほに何を言われるのかが気になってしまい、みほと同じように目を合わせられなかった。

 

「あなたたちに話があってここに…」

 

 しほが話しかけようと立ち上がった時に、みほは祖母の方に振り返るなり慌てたように話しかける。

 

「あ、あのお祖母ちゃん。お兄ちゃんの部屋ってどこなの!?」

「え?まおの部屋ならそこの廊下の突きあたりのところだけど…」

「っ!!」

「み―」

 

 それを聞いた瞬間、みほは居間から…嫌、しほから逃げるようにその場駆け出してしまう。みほが逃げるように行ってしまうのをみたしほは思わず手を伸ばしてみほの名前を呼ぶも、それを聞き入れることはなく離れてしまう。

 

「みほっ……すみません!!」

 

 みほの後を追うように一旦二人に頭を下げてあとを追いかけていくまほ。もっともまほ自身もあまりこの場にいたくなかったのかもしれない。せっかく父の実家で落ち着けると思っていたばかりに、勝手なことをしてまた母から怒られるという恐怖から体が動いてしまった。

 

「……しほさん。もう一度二人を――」

「いいのですお義母様。避けられて当然のことを私はしたのですから……」

 

 改めて対面した娘二人に避けられたことにしほは顔を落としてしまう。祖母に二人を連れて来ようかと案を出されるも、しほがそれを断る返答をする。無理に連れてきたところであの二人は面と向き合えないかもしれない。別邸に連れて行くだけ連れて行って、その後は菊代に丸投げ状態で自分は西住流としての立場を守ることしかしておらず、家族としての対話などまるでなかったのだから。

 

「本当に情けない限りです。お義父様の墓前にも何も報告できず、せっかく常夫さんのご実家まで来たのに娘たちからは嫌われているのですから。古く続く家系にいる常夫さんを婿入りさせて頂いたのに妻としても、母としても失格ですね」

 

 己のこれまでのことを嘆き、まるでまほやみほのように自己嫌悪の言葉を漏らすしほ。子は親に似るというが、本質的に似ているのは親子なのだろう。

 

「お義母様にも合わせる顔が無く、今のいままで連絡もしないでいきなり押しかけて……剰え西住家の問題を持ち込んでしまい本当に申し訳ありません」

 

 海江田家という家系にいるたった一人の長男である常夫を西住家に婿入りさせたのに、最後は西住流や戦車道のために欧州へ向かう途中で亡くなるという結果になってしまった。その後ろめたさもあり、常夫の葬儀以来まともに連絡を取ることもできずに、今度は娘たちの……西住家の問題をこんな場所にまで持ち込んでしまったことを謝罪するしほ。

 

「しほさん。西住流にしろ戦車道にしろ、そしてあなたの夫となったことは全て常夫が決めたことです。あなたと一緒になりたいとこの島で言ってきてくれたのは常夫としほさんでしょ?」

 

 まだ高校を卒業し、大学生となった常夫としほが美倉島を訪れて来た時のことを思い出す。黒森峰女学園で知り合い、そのまま相思相愛の仲にまで行き、学生結婚をするとこの島で報告をしてきた。それ聞いた彼女は、それが二人が決めたことならば夫婦として進みなさいと一言だけ言って二人を歓迎した。

 

「それに私もあの子達の祖母で"家族"なんです。西住家とか海江田家とかは関係ありません。可愛い孫やしほさん。あなたたちが困っているのならなんとかしてあげたいのが家族です。遠慮することなんかありませんよ……それに、私にとってあなたのことは娘のように思っていますから。四郎さんもきっと同じことを言うと思います」

 

 そう言って、壁に掛けている海江田四郎の写真を見ながら告げる。家族の問題に家柄は関係ない。困っているのならそれをなんとかすのが家族なのだと助言する祖母の言葉に瞳に涙を貯めるしほ。

 

「ありがとう…ございます」

「それにまおがもうすぐ帰ってきます。そうすれば話し合える機会は来ますよ。久しぶりに家族が揃うんですから…」

「はい…」

 

 最後の最後までまおに頼るような形になってしまい情けない風に思うしほ。だが祖母の言う通り、この場を設けてくれたまおのこともあるため、自分も母としてまほとみほ。そしてまおに対しても向き合わなければいけない。この場所は戦車道も西住流も何も関係のない場所。夫であり、父である常夫の思い出が残る大切な場所なのだから。彼もきっとこの様子を見てくれているかもしれない。

 

「しほさん。何か美味しいものでも作りましょうか。孫たちにここで採れた美味しい魚を食べさせたいですから」

「そうですね……お手伝いさせていただきます」

 

 家族に料理を振舞うなど、まおたちがまだ小さい頃以来からしていなかった。まほとみほの稽古を付け始めてからはずっと菊代にお願いをしてきていた。腕は鈍ってはいないとは思うも、子供たちに少しでも喜んでもらえるものならばそれをしようと。

 

 

「みほっ!!」

 

 居間から離れていったみほを追いかけていったまほ。まおの部屋であろう前で立ち尽くしていたみほを見つけて近寄っていく。

 

「お姉ちゃん……ごめんね。私、お母さんに何言われるか怖くて…せっかくお祖母ちゃんに会ったのに…」

 

 目に涙を貯めてまほに謝るみほ。理由は聞かなくても自分でもわかる。やはりいきなり母が目の前に現れてしまい、体が勝手に動いてしまったようだ。

 

「お母様に会わせる顔がないのは私も同じだよみほ。ここには黙って来たんだ。これ以上失望されれば家にはいられないかもしれない」

「そんなことは…だってお姉ちゃん西住流の後継者なんだよ」

「逃げ出したような私なんかを西住流の上役たちが許すはずはない。きっと後継者候補から外されてるはずだ。もしかしたらそれを伝えにお母様が来たのかもしれないしな」

 

 弱腰な発言を繰り返し、悪いことばかりを口にしてしまうまほ。

 

「私も同じだよ。私も逃げたようなもんだもん…お母さんにきっと嫌われた。でないと、忙しいお母さんがここまで来るわけないし」

 

 みほも続くようにネガティブな発言をしてしまう。みほもまほと同じ西住流の後継者の一人でもあるのだ。上役たちから期待は大きかったが、それ以上に答えることに竦んでいる自分もいた。戦車道は本当は好きだ。本当なら西住流とか関係なく自由にやりたい思いもあったりはする。まほと一緒にまたやってみたいと。

 

「お兄ちゃんの部屋で待とうお姉ちゃん。なんだが…嫌な感じになって」

「……そうだな」

 

 これ以上話せば良くないことばかり言いそうで、とりあえずまおの部屋で休むことにした二人。遠慮なしに他所の家の部屋に入るなど絶対にはしないが、この二人にとってはまおのプライバシーはあんまり関係ないために当たり前のように襖を開ける。

 

「これがお兄ちゃんの部屋……」

 

 現在のまおが使用している部屋に入った二人。そこは本家の部屋とも黒森峰女学園にある別邸とは部屋の雰囲気が全然違っていた。一言で言うならば質素と言った感じだった。ベッドではなく畳敷きであるために、布団が綺麗に畳まれていた。他にあるものとすれば座椅子用机とそれに付随する座布団。あとは年代物のレコーダーと本棚が置かれている程度だった。まおの実家の部屋はだいたいまおが懸賞品で当てた物で埋め尽くされていた。まおは昔からそう言ったくじ運はかなり良く、祭りや雑誌の応募等でよく当たっていたりしたため、ゲーム機や大きめのテレビ等が置いてあった。まほとみほは決まってまおの部屋に集まって色々とそこで遊んだりしていたのだ。それに壁には家族写真や小中の頃の写真も貼られており、当時のまほとみほはその部屋が好きだった。テレビや映画を見たり、ゲームをしたり、本を読んだりと、時間の合間を見つけては兄妹三人でいたのを。

 

(まるで私の部屋みたいだな…)

 

 まほは自分の部屋の雰囲気によく似ていると直感で思った。まほの自室もベッドと自分用の洋服ダンスに戦車道に関する書籍を置いておくための本棚に、大会等でもらった賞状やトロフィーを保管するためのケース。そして勉強用の机と椅子くらいしか置いていなかった。必要なもの以外はおかない主義であるまほらしい部屋だとみほから言われた記憶があった。

 

「難しい本ばっかり……」

 

 ふとみほが本棚の方に目をやる。一般的なカラーボックスタイプの本棚ではあるがそこにはかなりの本が収まっていた。実家のまおの部屋にも本棚があるが、殆どが戦車に関する本や機械整備に必要な参考書。あとはまおが持っている漫画本くらいしかなかった。だがここにあるものはそう言ったものはなく、タイトルを見れば『日本の領海とは』『空母保有論の問題点について』『防衛に関する考察』『海洋国家としての立場』『原子力潜水艦の可能性』『海上自衛隊という組織について』『防衛白書』『逼迫する尖閣諸島及び波留間群島問題』『航海手法の手引き』などと言ったタイトルがズラリと並べられており、それ以外にも色んな参考書や小説などが置かれているが、おそらくどれも自衛隊等に関する本なのだろう。最も半分以上は元からこの家にあるものをあとからまおが買い足したものなのだが。

 

「……本当に、お兄ちゃんが住んでる部屋なのかな」

 

 まるで兄ではない他人が住んでいるような部屋にそう思ったみほは呟く。まおらしくない部屋。どこの家でも壁には写真が沢山貼られていたのに、ここには貼られているものはせいぜい日本地図くらいしかなかった。家族に関するものなどは一切ないように見えるも、まほが机の上にあるものを見つけた。

 

「これ…」

 

 机に飾られている写真立てを見たまほ。それに気づいたみほも写真を見る。写真には幼い頃に撮った家族写真が収められており、よく見れば後ろにも何枚か写真が入っている。まおはやはり家族を捨てたわけではないと思う。繋がりというものを断ち切ったわけではない。

 

「……早く来ないのかな。お兄ちゃん」

 

 畳んである布団の上に座り込むみほ。まおが帰ってくるまでしばらくこの部屋にいることにしたまほとみほだった。

 

 

「予想以上に遅れたな……」

 

 呉港から出ている連絡船に乗り、美倉島に降り立ったまお。時刻はすでに6時過ぎだが、日はまだ充分に明るかった。呉基地の際の外出中は制服を着用することになっているため、査問会から同様の格好で桟橋を歩いていた。

 

「おお海江田のボン。帰ってたんか」

「こんにちはおじいさん。たった今帰ってきました」

「まぁまぁホント立派になってから。海軍さんの格好が似合ってるよ」

 

 漁船からまおの姿を見つけた年配の男性漁師が話しかける。後ろにはその妻であろう女性もまおの姿を見て、まるで孫が帰ってきたかのように喜んでいた。

 

「ははは、ありがとうございますおばあさん(本当は軍ではないんですけどね)」

 

 女性の言葉に素直に受け取り、挨拶を交わすまお。島の住人から比べればまおはまだ新参者ではあるのだが、島の中でも昔から有名だった海江田家の孫であり、元からの人柄もあって島の住人とは早い段階で仲が良い方だ。もとから機械整備も得意なこともあり、漁船などの修理を片手間にやっていたりもしているために、漁業の人たちとの関わりも多かった。

 

「ほら、今日は一杯とれたからおすそ分け。お祖母ちゃんと一緒に食べなさい」

「真鯛じゃないですか。いいんですかこんな大きなのを」

 

 漁船から上がってくるなり大きな真鯛の入った網を女性からもらうまお。先程取れたものなのか、まだピクピクと動いており新鮮そのものだった。『遠慮しなさんな』と言ってくれた女性に素直にお礼を述べたまお。そのまま網を持って、海江田家の方へ向かっていく。しれ違う人達に会う度に挨拶を交わしていくも、私服ならあまり目立たないのだがやはりこの制服の格好は普通に目立つのだろう。

 

「え?」

 

 そんな時だった。何の前触れもなく、島唯一の写真館である『美倉写真館』の前で右往左往している人影を見つける。その人物たちが振り向いた瞬間にまおは驚きを隠せなかった。

 

「見たことある……エリカに赤星じゃないか!?」

 

 言うまでもなくまほとみほを心配してここまで着いてきていたエリカと小梅だったのだ。叫ぶように呼ばれた二人はビクッとしてまおの方を振り向く。

 

「ま、まおさん……」

「ほ、本当にまおさんだ」

 

 まおの登場になぜか安堵の表情を浮かべる二人。誰も知らない島でたった二人残されてしまい、追いかけていたまほとみほを見失ってしまっていたのだ。まほとみほの場所を聞こうか聞くまいかを迷ってしまい、この辺をずっと歩き回っていたのだ。と言っても、この島の人間がまほとみほを知っているのかどうか迷ってしまい聞きづらかったのだが、このままだと夜になってしまうと思い目の前にあった美倉写真館で聞こうとしていたのだ。そんな時に、現れてくれたまおの安堵していたのだ。

 

「エリカ。それに久しぶりだな…赤星」

「あ、はい。お、お久しぶりです。えっとおかげさまで……」

 

 二人に近づき軽く挨拶を交わす。エリカは前に会ったが、小梅と会うのは中等部以来であり、思わぬ人物との鉢合わせにまおの方も呆気にとられる。

 

「あの、まおさんに色々言いたかったことあったんですけど…安心して忘れちゃいました」

 

 まほやみほの件もあり、色々と文句等など言ってやるつもりだったのだが、見知った顔に会った衝撃で忘れてしまった小梅。それほど心細かったのだろう。

 

「え?ああ、そうなのか…でも、なんで二人が。この島の場所を教えたのはまほとみほだけのはずなんだが…」

「ふ、二人が心配で付いてきたのよ。それで……途中で」

「わからなくなって途方に迷ってたんです。そこにちょうどまおさんが来てくれて安心しました」

「はぁ、なんというか二人は相変わらずみたいだな」

 

 みほだけでなく、まほとも学年を越えて仲が良かったエリカと小梅。中等部時代は良く遊んでいたのを思い出す。もっともエリカは別に仲良くはしていないと否定はしているが、内心は憧れのまほと一緒に居られるのが嬉しいと思っていたりする。

 

「まおさんは……変わりましたね。写真で見るよりその、立派だと思います。でも二人を置いていったのは感心しませんから」

「そうだな……感心できることじゃないな」

 

 小梅からの手厳しい言葉を素直に受け取るまお。本当は色々と言いたいのだろうが、先も申したとおりとりあえず唯一の頼りであるまおが来てくれたので安心仕切っていることもあり、言葉もそれ以上出てこなかった。

 

「ふん。似合わないわよそんな格好」

 

 小梅の言葉に正反対の言葉を述べるエリカ。相変わらずまおに対して棘のある言い方ではあるが、本人にして見れば昔からそうだったので別段気にはしていない。逆にエリカらしいと言えるので安心していたのだ。ようやく戻ってきた感じという風に。

 

「ところで二人は泊まるところとかないんじゃないのか?」

「う…はい。ありません。本当に急で来たようなものですから」

「……悪かったわね。無計画で来て」

 

 まおに言われてバツの悪い顔をする二人。泊まるどころか、こんな遠い場所に来るとは予想していなかっただけに、簡易的な着替え程度しか持ってきていなかった。そして残念なことにこの島には泊まれる施設が一つもない。前に民宿はあったのだがそこもすでに閉めているため、本土くらいにしか宿泊できる場所がなかった。

 

「まぁ家は広いから二人くらい増えても泊めることくらいはできるよ。まほとみほもそこにいるしな」

「え、いいんですか?その勝手に来てしまったのに」

「二人を心配して来たんだろ?別に悪いことじゃない。むしろあの二人は喜ぶよ、赤星とエリカが来てくれて」

 

 その言葉を聞き、少し顔色を良くしたエリカと小梅。あの決勝戦以来まともに会話もすることができず、小梅に至っては助けてくれたお礼をみほにはまだ言ってもいなかった。すでに他の乗員たちは皆出ていってしまい、唯一残った自分がみほのために残らなければいけない。まおもみほがそのことで傷ついているのを知っていたので、小梅がここでみほと仲が回復すればいいと思った。すれ違いだらけの状況から脱却をするために。

 

「でも、家に来るのはちょっとだけ待ってくれ。一回家族で話し合うことがあると思うから……」

 

 だが、その前に母であるしほを交えて家族で話し合いと言う名の再会をしなければいけない。それに今ここにエリカと小梅が来てしまったら、逆に今のまほとみほがパニックを起こしてしまうと思ったのもある。ただでさえ、二人にキツく当たっていたまほが心配だからだ。

 

「ちょうどここの前だし。ちょっとここで待ってろ」

「あ、まおさん」

「って、ここ写真館よ……」

 

 当たり前のように写真館の中に入っていったまおに驚く小梅とエリカ。

 

「すみません!!悦子おばさんいますか!!」

 

 写真館の中に入るなり、この店の店主の名前を呼ぶまお。しばらくすると、奥の方から一人の女性が出てきた。

 

「まおくん…まおくんじゃない!!久しぶりね!!今帰って来たの?」

 

 写真館の店主をしている女性が出てくるなりまおがいることに驚いていた。女性の名は清水悦子といい、祖父である海江田四郎と中学校の同級生している人物でもある。海江田四郎の孫ということもあり、色々と可愛がってくれている人であり、まおが海自に入隊する際に写真をタダで撮影してくれたりもした。

 

「はい。今週はずっと休みの予定です。それでおばさんにちょっとお願いがあって」

「お願い?」

「急なお願いで申し訳ないんですけど。あの二人をしばらく預かってもらえませんか?あとで必ず迎えに来ますので」

 

 そう言ってまおは扉の外にいるエリカと小梅の方を向いて悦子に預かってくれないかとお願いをする。

 

「え、ええ。それは構わないけど。あの子たちは?見ない顔だけど…」

 

 写真館の外にいるエリカと小梅を見て島の人間ではないと思った悦子。長い間島に住んでいるのもあり、大体の島にいる人の顔を把握している。

 

「俺の友達です。本当は家に今すぐ連れていきたいんですけど、あの二人を連れて行くと多分パニクるのがいるんで…」 

「パニクる?今日は誰か来てるの?」

「……妹が来てるんです。それに母も一緒に…」

 

 妹というのを聞き、以前まおが言っていた双子の妹やひとつ下にいる妹のことを思い出す。いつかこの島に連れてくることができたらと言っているも、出て行った手前それは叶わないだろうと。

 

「そうなの……妹さんが。なら、しっかりと歓迎しないとね。せっかく来てくれたんだから」

「はい。おばさんのところにも必ず来ますから」

 

 ひとまず一時的にエリカと小梅を美倉写真館に託し、家族の待つ海江田家へと向かっていったまお。

 

「……母さん」

 

 それから少し歩いていき、海江田家に到着したまお。祖母からすでに母が来ていることを聞いていたので、玄関をすぐに上がるなり真っ先に母を探しに向かった。居間にいないのを確認し、台所の方から声がするのが聞こえてくる。暖簾をくぐり、久方ぶりに見た母、そして料理をしている姿を見たまおは、おもむろに挨拶をする。

 

「久しぶり…母さん」

「まお…」

 

 まおの声に反応し、切っている包丁の手を止めるしほ。久方ぶりに見る息子の姿に声を詰まらせてしまう。いつも見慣れていた黒森峰の制服でもなければ、整備する際にいつも着ている作業服の恰好ではない。半袖の純白制服を身にまとい、両肩には防衛学校特進科の証明である漆黒の学年章と胸に同様に特進科を示す徽章が付いている。被っていたであろう金色の錨と環を配した制帽も手に持っており、傍から見れば海上自衛隊の一員であるというのが一目でわかる。身長も別れてからそれなりに伸びたまおの今の姿にしほも何か感じさせるものがあった。

 

「大きく…なったわね」

 

 久しく会った息子に対し、ありきたりではあるがそういう言葉が自然と出たきた。自分の手から離れ、西住流として手塩にかけて鍛え上げてきた娘たちと比較するようなことではないが、姿だけ見ればまおの方が遥かに立派なのではないかと思ってしまう。

 

「母さんは、少し痩せたんじゃないか?」

 

 母の言葉に返すようにまおが答える。確かにまおの言う通り、あの頃に比べれば心労とも含め痩せたというより、やつれてしまったという方が合っているかもしれない。あれから2年半とはいえ、長い間会っていないのはお互い様だ。

 

「祖母ちゃんは?」

「裏の畑で野菜を取りに行ってるわ」

 

 勝手口の方を向いて、祖母の行き先を告げるしほ。海江田家の裏には昔から続く広い畑があり、その先には海を一望できる高台がある。

 

「そう……まほとみほには会ったの?二人の靴があったから来てると思うけど」

「あの子たちから事情を聞いてるなら、二人に会わす顔があると思ってるのまお。私にはそんな資格ないもの」

 

 まおから目を逸らすように話すしほ。まほやみほから大方の事情を知っているのなら、如何に自分が親として愚かなことをしてきたのかを。西住流ばかりに拘り親としての役目を務めることもできずに、その結果があの二人を本当に壊してしまう寸前まで追い詰めてしまった。そのこともあり、まおと正面切って話をすることもできなくなっていたしほ。

 

「ならなんでここに来たんだ母さん。まさか俺が来いと言ったから来たわけじゃないだろ?」

「それは……」

 

 黒森峰、そして西住流が現在混迷する状況下で師範代、次期家元であるはずのしほがこの時に離れるのは西住流としては有り得ない話。逃げ出した同然で西住家や黒森峰から離れたまほとみほに断固たる意志で断罪しなければいけない。

 と、少し前のしほならばそうしていたかもしれない。何も気づくこともなく、西住流として染まりきったしほならば、娘だからと甘やかすことなく。自ら立ち上がれない者に構う必要はないなどと、無視すればいいだけの話だが、しほにはそれが出来なかった。

 しほは自分自身で娘たちに対する過ちに気付きここまで来たのだ。確かにまおに電話越しで言われたこともあるかもしれないが、ここまで来ることを決めたのはしほ自身なのだから。

 

「でも……まほとみほは私から離れていったわ。ここで会った時、私を見て震えていたのよみほは。きっとまた叱責でもされると思ったのでしょう。これまで西住流の後継者として、甘さを捨てさせるために只々叱りつけるようなことをしてきたのだから。避けられて当然よ。今の今まで……いえ、常夫さんがこの世を去ってから、親の役目をあなた一人に押し付けて勝手気ままにやっていたもの。当然の報いね」

 

 だが結局。ここまで来たがはいいが、再会したまほとみほは逃げるように自分のもとから離れていった。目の前にいる母親ではなく、兄が使っていた部屋の方を選んで。それが今まで自分がしてきたことの行いがそうしてしまったのだから、報いなのだろうと自虐的にまおに言うしほ。

 

「……まだ間に合う。母さんもこれで諦めたわけじゃないだろ?今もこうして俺達のために料理まで作ってくれてるんだ。その気持ちだけでも嬉しいはずさ。久しぶりに母さんの手料理が食べられるんだから」

「まお……」

「家を飛び出して今の今まで好き勝手やってきた俺にも責任はある。母さんたちの橋渡し役くらいはできるよ」

 

 そう伝えるとまおは二人がいるであろう自室の方に向かうために台所をあとにしようとする。

 

「まお。あなたとも、あとでゆっくり話がしたいの」

 

 向き合わなければならないのはまほとみほだけではない。目の前にいるまおも同じことなのだ。そも家を出て行った理由であろう、西住流に否定され続けている思っているまおの誤解を解く必要がある。そして出来ることならば、また戻って来て欲しいという願いもあった。あの時とは違う。お互いが落ち着いて話ができる内に。

 

「……わかった」

 

 しほの問いに答えたまおは一旦顔を向け、短い返答とともに自室の方に向かっていった。

 

 部屋に向かう途中、座敷に入ったまお。自室はこの座敷を超えた先にあるため、どうしても取らなければならない部屋でもある。

 

「……」

 

 座敷に入り、真っ先に目が入ったのは壁に掛けている遺影に映る先祖たちの前に立ち尽くすまお。曽祖父であり旧帝國海軍に属し、終戦後は海上自衛隊創設に尽力した『海上自衛隊の立役者』と言われる"海江田巌"。その息子であり『海自始まって以来の英才』と呼ばれた"海江田四郎"。

 

「父さん……」

 

 そして父であり、まお自身の道を切り開いてくれた"海江田常夫"。まほとみほがこれを見たかどうかわからないが、額縁にいる常夫の表情は生前と変わらぬように微笑んでいる。まおが憧れを抱くとした皆がこの島で生活し、各々が進むべき道へと歩んでいった。

 まおも今現在、同じようにその道を進んでいる。だが、まおには父たちとは違うことがある。

 

「遅くなって悪かった。まほ、みほ」

 

 それは兄妹がいることだ。双子の妹であるまほ。ひとつ下の妹であるみほ。もう一つの家ともいえる海江田家で再会した兄妹三人。自室に入るなり、遅れたことを侘びつつ、美倉島に来てくれたことを喜んだ。二人ならここまで来てくれると信じていたからだ。

 

「まお…」

「お、お兄ちゃん……」

 

 だがまおの気持ちとは裏腹に待っていてくれていたまほとみほは、部屋に入ってきたまおの姿を見て複雑な表情をしてしまう。ようやく会えたことが嬉しいはずなのに、この部屋の雰囲気から連想するまおの姿が自分たちが知っている人物と同一人物と思えなかったからだ。今日は色んな出会いや出来事があったからか、二人の気持ちが少し違う方へと向いていた。たかだか制服を着ているだけのはずなのに。

 

「まほ…」

 

 部屋に入ってきた際に、最初に目があったのはまほだった。というのも、やはりあの時*1のことが気になっていたのはまおも同じである。まほの方も『まお』と小声で言うと視線を落としてしまい、こちらもまおに対する印象が地続きしている状態だった。

 

「無事に着いたみたいで良かった。手紙だけで連絡先もろくに書いてなかったから」

「まぁ、色々あったが無事にみほと着けた。お母様が来てるのは予想外だったがな…」

「母さんか……まほもみほも。色々有ったかもしれないが、せめてなんで来たのかくらい聞いてもよかったんじゃないのか?」

 

 性急には話を進めずに、しほが来ていることを話すまお。

 

「私達を叱責にでも来たんじゃないかと……それで思わずここに来たんだ」

「そんなことを言うためにここまで来るわけないのは、お前だってわかるだろ?」

「それは……」

 

 叱責するためにこんなところまで来るわけないだろうと言うまおに、言葉がつまるまほ。まほの反応といい、先程のしほと全く同じ反応しているあたり、よく似ていると言われるのには外野が見れば納得いくことだろう。

 まおに言われるまでもなく、普段のまほならば言いたいことがあるのなら電話なり色んな手段で伝えることはできる。それをわざわざ自分たちにも何も言わずに先回りをして待ってくれていたのだ。まおの言う通り、自分たちのためにここに来たのだろうと想像に難しいことではない。あの忙しく厳格な母がここまで来てくれたのを。

 

「みほも、母さんは二人に大事な話があるってここまで来たんだ。叱責とかそんなのじゃないよ」

 

 布団に座っておるみほの目線に合わせるようにしゃがみ込むまお。みほもまほと同じように、母に対し誤解があると思ったのだ。だが、みほから全く違う反応をされてしまう。

 

「……お兄ちゃん。いつ家に帰ってくるの?」

「え?」

 

 いきなりのみほの質問に呆気になるまお。震える手でまおの袖を掴み、瞳に涙を溜めてみほはまおにそう告げる。

 

「お兄ちゃん、また帰ってくるよね。せっかく会えたんだからこのまま一緒に帰ろうよ」

「みほ……」

「お母さんが来てくれたのって、お兄ちゃんを許すために来たんだよ。でないと、お母さんが来るわけないもん。お兄ちゃん、勘当されたんだよね?だったら許してもらうように言おうよ。私もお姉ちゃんもいるから皆で謝ろう?昔みたいに、三人で言えばお母さんだってわかってくれるよ」

 

 まおの手を握って、今にも流れ落ちそうな涙を耐えて懇願するように言うみほ。ようやく会えたまおに対し、今日だけで体験した色んな感情が入り混じってしまう。母が来たのもきっとまおを勘当を撤回してまた皆で生活をしようと言いに来たのだと自己解釈して、目の前にいるまおにそれを告げたのだ。

 

「みほ。お前…」

「お姉ちゃんも、お兄ちゃんが帰ってきてくれたら嬉しいよね?また一緒に生活できれば、頑張れるから…」

「……私は」

 

 みほの悲痛な表情を見て、まほも思わずその話に釣られそうになる。確かに母であるしほもここいて、兄妹三人がで揃っているのだ。まおの勘当を許してもらって、また西住家に戻ってきてもらうように言えばまたまお交えて生活ができる。まおから未だに抜けきれないまほもそう思わず考えてしまう。

 

「みほ。俺には、やりたいことがあるんだ。ろくに話もできずに行ったことは悪かったと思ってる。あの時言えなかったこともあるから。それも入れて今日は――」

「お父さんの夢ならもうなったからいいよね。だから……もう行かないでよ。このままだとお兄ちゃん……」

 

 まおが昔言っていた父の夢でもあった海上自衛隊にはもう入ったから良いだろうと言い出すみほ。正式にはまだ自衛官ではないにしろ、今のみほにとっては護衛艦にも乗れて、その一端を味わうことができたのならもう充分だろうと。

 

「俺はまだ何もやり遂げてない。それはまだこれからなんだ。今わかってくれとはいない。だから――」

「勝手に決めないでよ!?どうしてわかってくれないのお兄ちゃん!?……なんで!!」

「み―!!」

 

 そう言った瞬間にみほが急に立ち上がったかと思うと、まおが手に持っている制帽を奪い取ってしまう。そのままその場を離れるように部屋から飛び出していったのだ。

 

「待てみほ!!」

「みほ!!」

 

 飛び出していったみほをまおとまほが追いかける。家のことをまだよく知らないみほはとにかく外に出られる場所を探し、縁側から裏の方に靴も履かずに駆けていく。家を飛び出し、そのまま畑の方に向かうみほ。

 

「みほ?」

 

 畑をすり抜けるように走るみほを祖母が目撃する。その後をまおとまほもやってくるなりみほの後を追いかけていくのも見え、何が起きたのかと心配する。

 

「あぅっ!?」

 

 畑を抜けてすぐに草に足を取られてそのまま倒れ込んでしまうみほ。幸い草も生い茂り、土も柔らかないので、怪我等は見られない。どの道この先は海へ続く道であり、崖地でもあるためみほが行ける場所は限られていた。目の前には一面の海が広がっており、夏場とは思えないほど涼しい潮風が吹き抜けているのを肌で感じることができる。

 

「みほ!!」

 

 みほが倒れているのを見つけるなり、すぐに駆け寄るもみほはそれを拒絶するように叫ぶ。

 

「やぁだッ!!こんなものお兄ちゃんにはいらないもん!!」

 

 握りしめる制帽を渡すまいと胸に抱きしめるみほ。こんな行為をしたところで何の意味もないことがわからないわけではない。だが、きっと兄を夢中にさせている一端がこの帽子でもあるならそれを渡したくなかった。

 勝手に決めて、勝手に出て行って、自分たちに何も言わずに行動するまお。そんなことをするような兄ではなかったはずだ。その兄を徐々に変えていってしまう存在(海上自衛隊)なんて否定しないといけない。

 

 でなければ……

 

「このまま行ったらお兄ちゃん…壊れちゃうよ。やだよ私……お兄ちゃんはお兄ちゃんのままがいいもん!!」

 

 進むのを止めることを知らないまおに対し、みほの不安は大きかった。そんな恰好なんてしなくてもいい。ただ優しくていつも自分を助けてくれた兄のままでいて欲しい。だが、これから先に何が待ち受けているのかわからない。本当に兄が人を殺すようなことをしてしまえば人の心を失ってしまうのではないか。そして心が最後は壊れてしまい、優しかったまおがいなくなってしまう。

 

 その事実が今のみほには耐えがたいことだったのだから。

 

*1
自身を異性として好意を抱いていた




-次回-

母との話のはずが、思わぬカウンターパンチとも言える状況になったまお。これまでの話から錯乱気味に話すみほの言葉を聞いていたまお。そしてまおがみほ、そしてまほに語る言葉とは……

――――――

意外と人って言うのは人が変わるというのを自分では気づかないものなんですよね。まお自身も、少しずつですが人間性を失っていっています。その変化に気づいたのはやはりもっとも近くにいたみほであり、まほってことです。次回は色々とまおがボロクソに言われてしまう回と思います。

感想や意見、評価等お待ちしております。

そしてアンケートなんですけど、ifルート2つが大接戦してるのは驚きです。
決選投票を実施しようと思います。詳しい内容は下記URLから活動報告を御覧ください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=249850&uid=37537

改めて行いますアンケートをしますので、活動報告のあらすじを見てから投票して頂ければ幸いです。
ご協力のほどよろしくお願いします。



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