瑠璃色の道筋   作:響鳴響鬼

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アンケート結果として、まほに最初に会う回です。
お姉ちゃんメンタルフルボッコですが、希望は最後にあります。


航跡-2《悪夢》

 

何も見えない暗闇の中に、まほはたった一人顔を隠すように座り込んでいた。まるで回りの声を遮断し、現実を直視しないかのように。

 

「まおが悪いんだ。アイツが裏切るからだ」

 

 黒森峰女学園の敗北により、取り返しのつかない事態に直面したまほは現実逃避をするために、責任はまおにあるとしきりに呟いていた。そうしなければ、自分を保つことができなかったからだ。全ては自分を裏切ったまおが悪いと。それが今のまほにできる最後の抵抗だったからだ。

 

「お姉ちゃん…」

「み、みほ」

 ふいに聞こえた妹の声に顔をあげるまほ。暗闇に佇み、顔を俯かせていたみほ。幻のようにも見えるみほの姿は、今のまほには現実と大差ない認識だった。

 

「お姉ちゃん。なんで私を助けてくれないの?妹のことより自分の立場や西住流が大切なの?」

 

 顔を上げ、侮蔑を含むような目で見つめるみほ。その言葉には、母や西住流、回りの黒森峰の学生たちから罵倒された際に何も言うことができずにいた。何をどう言ってやればいいのか。そのときのまほはそこまで考えられるほどの思考が出来ていなかった。

 

「わ、私は、西住流の後継者として……そ、その使命があるんだ。わかってくれ…それにみほも私と同じ西住流を継ぐ者なんだ。だ、だから…」

「だから…何?」

 

 立ち上がる力もなく這いつくばるようにみほに抗弁を述べるまほ。そんなまほに対し、みほはゆっくりと近づいていき、まほの前に座り話を聞く。だが、まほのだとだとしい言葉にイライラしたのか、重い言葉がみほの口からでる。

 

「西住流は私の全てなんだ。それがなくなってしまったら私は…」

「結局、自分の立場が大事なんだね。"お兄ちゃん"ならそんなの関係なく助けてくれるのに」

 

 お兄ちゃんという言葉を聞き、歯軋りをするまほ。そしてすぐに立ち上がり、みほの肩を掴んで吐き捨てる。

 

「アイツは私達を捨てて裏切ったんだ!!そうだ、今回の件もみんなまおが悪いんだ!!全部アイツが…」

 

 黒森峰女学園が負けてしまったことも、みほがこんなことになってしまったのも、自分がこんなに苦しむハメになってのも、全部まおがいなくなったからだと。そうみほに言い聞かせて、納得してもらおうとする。

 

「そうやって責任転嫁して逃げるなんて…最低だよお姉ちゃん。本当最低…」

 

 帰ってきたのは、侮蔑の言葉だった。

 

「そんなの、自分のことに責任持てないってことでしょ。そうやって人のせいにして楽しいんだお姉ちゃんは」

「な!そんなことはない!!私は、西住流の後継者としてやってきたんだ!!それにみほ、私はお前を守るために」

「お姉ちゃんの言葉、全然信用ないよ。それに私を守るって、結局私も西住流として違った行動したら捨てるんでしょ」

 

 何を言おうが、全てが嘘でしかないと断罪するみほの言葉に必死になって弁解しようとすするまほ。

 

「ち、違うんだみほ!私はお前と一緒に!」

「そんなのお姉ちゃんが勝手に言ってることでしょ!私の気持ちもわかろうともしないくせに、押し付けないでよ!!」

「み、みほ…」

 

 縋り付くまほを振り払うように突き飛ばしたみほ。思わぬことをされ尻もちをつき、呆然とした表情でみほを見上げるまほ。

 

「もう私、あなたのこと姉だと思いたくもない。人のことなんとも思わない人なんて嫌い」

 

自身を否定し、そう吐き捨てるみほ。その言葉がまほの心を抉るには十分過ぎる言葉だった。

 

「ま、待ってくれみほ!頼む話を聞いてくれ!嫌だ、嫌だ。お前まで私を置いていないで!!」

 

幻影のように消えていくみほに縋るように手を伸ばしていく。自分にとって大切な、かけがえのない妹までも自分から去っていのは耐えられない。置いていかれるのはもう嫌だった。

 

「勝手に言ってれば」

 

 最後の言葉は、余りにも無情なものだった。

 

「そんな…みほ、みほぉ…っう…」

 

 完全に消えていったみほの姿に、手をついて涙を流すことしかできない。まさに悪夢のような出来事にまほは呆然とするしかない。だが、それはまだ始まりでしかないのだ。

 

「隊長」

「…お前たち…」

 

 現れたのは、黒森峰女学園のタンクジャケットを身にまとう今まで一緒にやって来た隊員たち。その目は自分に対する憎しみや怒りと言ったものを含むものだった。その中心にいるのは、後輩の仲では中心的存在のエリカや小梅の姿があった。その二人も今までに見たことのないほどに、まほを睨みつけていた。

 

「隊長にとって、私達は単なる戦車を動かす。いいえ、西住流の矜持を目立たせるための駒だったってことなんですね」

「違う。違うんだ小梅。わ。私はお前を、お前たちを駒だなんて」

「そう思ってるから、見捨てようとしたんですよね。流されて行く私達を」

「し、知らなかったんだ!!お前たちが流されていくなんて。あとで知ったんだ。小梅たちを決して見捨てようとしたわけではないんだ!!」

 

 浮かび上がるのは、あの決勝戦の出来事。崖から滑り落ち、そのまま落水した事実は大会が終わったあとに知っていた。無線の状態も悪く、フラッグ車の言葉も何を言っているの半分以上は理解していなかったのだから。

 

「でも隊長は西住流なんですよね。犠牲なくして勝利なしなら。知ってても見捨てたんじゃないですか?」

「そ、それは…」

 

 否定の言葉を言えばいいのに、その言葉が口に出てこなかった。勝利至上主義の西住流において、それは間違っていることなのだから。どのようなことがあろうと、勝利を求めることが西住流。すでに精神も安定しておらず、自身を肯定してもらうために西住流に必死に縋り付いていたまほの心は踏み込んではいけない場所にまで片足を入れている状態だった。 

 

「弱い人間なんかいらないなんていったのはあなたじゃないですか隊長」

「エ、エリカ…」

 

 弱い人間などいらない。それは間違いなく言ったのは他でもないまほなのだ。そのために、弱い選手を徹底的に排除してきたまほの行動はすでに、これまでずっとやってきた選手を裏切る行為でもあった。

 

「私は、黒森峰女学園を優勝しようとしてきたんだ。そのためには必要なことだったんだ!!そのために」

「そのために、みほや私達みたいな弱い人間を捨てるんですね。見損ないましたよ隊長」

 

 あれほど自分のことを憧れを抱いてくれていたエリカ。西住流を、自分を優先したばかりに、今となってはそれまでの信頼をも壊してしまったのだ。

 

「あなたみたいな人に憧れてたなんて、ホント一生の過ちですよ」

 

 隣に立とうと必死になってやってきたエリカに対し、自分がやってきたことは彼女の期待を裏切るのには十分過ぎることだったのだろう。

 

「エリカ。私は…」

 

 大切なはずの後輩の信頼も失い、誰もかれもまほに対し侮蔑の目を向ける隊員たち。

 

「まほ。あなたは西住流に泥を塗ったのよ。恥を知りなさい」

「お母様…」

 

 現れたのは、母でもあり師でもある西住流師範代の西住しほ。

 

「あなたには期待してたけど、とんだ思いすごしだったようね。栄光ある10連覇も達成できずに、多くの人間の期待を裏切って」

「ち、違いますお母様!!私は…私は!!」

 

 弁解しなければ、母に見限られるということは西住流から見限られるも同然だったからだ。妹も失い、隊員の信頼も失い、最後に西住流まで失ってしまったらもう何のために生きて良いのかわからないからだ。

 

「あなたのような情けなく、弱い人間は西住流には必要ありません」

「そんなお母様。私は必死に西住流のためにやって来たんです。そのために、弱い自分を捨てて、認めてもらうために…」

「あらそう。なら、あなたを認めることは永遠にないわ。弱い西住なんて、いらないのだから」

「お母様…そんな…」

 

 いらないと言われ、激しくショックを受けるまほ。それを言われてしまえば、まほに残るものなど何もないからだ。それらに追い打ちをかけるかの如く決定的な人物が現れてしまう。

 

「まほ」

「お父様…」

 

 すでにこの世にはいないはずの常夫の姿があった。その目はまさに憐れみと悲しみで埋まっている。

 

「まほには優しく凛々しく育ってほしかった。そんな薄情な子は、僕の子供じゃない」

「そんな。お父様まで。いや、お父様…」

 

 一番慕っていた父である常夫にまで否定の言葉を言われてしまい、まほの心は限界だった。回りにいた人々は消えていき、暗闇に一人残されたまほは涙を流すことしかできなかった。妹に見放され、隊員たちから侮蔑され、母には捨てられ、父には失望され、そんな状況にまほはただ涙を流すことしかできなかった。

 

「アイツは…!!」

 

 暗闇の中にたった一筋の光を見つけた。見間違いのない、最も信頼していた兄であるまおの姿だった。それをみたまほは涙も吹かず一心不乱に駆けだした。

 

「まお……まお!!」

 

 何でもいい、全てはまおが招いたことなのだと。全部はまおのせいだと言わなければいけない。こんなことになったのも、全部まおがぶち壊したのだと。そうでもなければ、まおが構ってくれないと。縋るようにまおの肩を掴む。

 

「誰だお前」

 

 帰ってきた言葉は予想外の言葉だった。

 

「ま、まお?」

 

狼狽えるまほに対し、他人を見るような目で見つめるまお。

 

「他人が気安く俺に話かけるな。さっさと消えろ、目障りだ」

 まおはすでに他人なのだ。もう自分のことなど眼中にすらない。構ってくれない。まほもまおを他人と切り捨てていたのだから。遠ざかっていくまおという他人の背中を見ることしかできないまほはゆっくりとへたり込む。

 

「私は…あああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……あ、くぅぅ…」

 

 パッと目が覚め、意識が覚醒していく。見慣れた天井が見え、閉ざされたカーテンから光が差し込んでいる。

 

 "夢"

 

 そう。全ては夢でしかなかった。いや、悪夢と言ったほうが正しいのだろう。

 だが、それがどうも現実味を帯びてしまいまほの心を傷つけてしまう。夢で言われたことを直接言われたわけではない。直接話しさえすればわかることのはず。 しかし、今のまほにとってそれが全て現実なのではないかという恐怖があり、外に出ることが出来なかった。面と向かって話すことが出来ない対人恐怖症がまほに芽生えつつあったのだ。

 

「みほ…ごめん…」

 

 誰もいない部屋でまほはポツリと呟く。みほの姉として、何かしてあげなければいけないのはわかっていた。みほが傷ついているのはまほにだって十分理解している。だが、自分も誰かに救いを求めているのも事実だった。

 

 今いる別邸には、みほも一緒にいる。会いに行こうと思えば、すぐにでも会いにいけるほどの距離。

 

『お姉ちゃんなんて大嫌い!!』

 

 その言葉がまほの頭の中にしきりに響いていた。それは夢でも幻でもない、現実に言われた言葉だ。大切にしていると思っていたのに、本当は自己のことばかり優先し、みほのことを利用しかけていた自分に嫌悪感が湧き出る。

 みほに会うことが怖い。本当に見放されのではないかと思い、あれから声もかけることもできなくなっていた。本当にすぐ近くにいるのに。たまに聞こえてくるみほの泣き声を聞き、自身の情けなさに涙を流す日々が過ぎていた。そこまでまほの心は追い詰められていた。

 

「まお…なんでだ。助けて…」

 

 シーツを掴み、まおの名を呟く。まほの眠っていた部屋の壁には、家族や戦車道で共にやってきた仲間の写真などが飾られていた。そう、今まほが眠る部屋はまおが使用していた部屋だった。深い憎しみや怒りの感情をぶつけるためにあえてまおの使用していた部屋で寝泊まりしていたまほ。だが実際は、まおとの繋がり断ち切りたくない感情がまほをこの部屋に向かわせていたのだ。いつも自分を助け、見ていてくれたまお。そばにいてほしい。声をかけてほしい。話を聞いてほしい。

 

でもいない。まおはここに来るはずもない。誰も助けてもくれない。

 

"何をどうすればいいのかわからない。自分が壊れる。つらい、お願いだから助けて。もういやだ"

 

 無情にも涙がこぼれてくる。自分がこんなにも弱い人間だという現実が嫌だった。いつも凛々しくして、冷静にしようとしていたのに。情けない姿なんて見られたくなかった。かっこいいと言ってくれたみほを失望させたくなく頑張ってきたはずだった。

 

「誰…」

 

 その時だった。誰かの足音が廊下から聞こえてくる。今の自分たちの面倒を見るために実家から来てくれている女中の菊代が帰ってきたのかと思ったまほ。料理もあまり得意ではない自分たちのために折角作ってくれる食事もそんなに通らない日々。一口食べたらそれで終わり。申し訳ない気持ちはあるも、本当にそれぐらいしか喉を通さなかった。

 

 少しだけ開いている扉がゆっくりと、開いていく。あまり人に会いたくもない気分なだけに菊代に出ていってもらおうとした時だった。入ってきた人物を見て、まほの目が大きく見開かれていく。

 

「まお…」

 

 まだ自分は夢の世界にでもいるのではないかと思った。ここにいるはずない人間がこうして自分の目の前に立っている。

 

「まほ」

 

 幻影などではなく、紛れもないまおの姿がそこにあったのだから。

 

 自身が追い掛け、掴みかかったあの夏の日。

 

 その再現ともいえるも、あの頃とは全く真逆の光景だった。

 

 

 

 




次回は、まほにたどり着くまでのまおの行動の回です。整備班久しぶりの登場です。

まほのメンタルが大分やばい回でしたが、悪夢の内容はあくまでも妄想でしかありません。みほの嫌い発言も衝動的ですし、エリカも危険を冒してまでのまほを助けたい一心でまおに助けを求めています。しほも相当悔やみに悔やんでいます。そして、まおはそんな発言はしません。

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