瑠璃色の道筋   作:響鳴響鬼

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Reise-2『知った夢』

西住家に帰省してから3週間ほどが経過したとある日。

 

「高等部いかないってマジかよまお!」

「そ、それ。大丈夫なのか!?家の問題とか…」

 

本当なら4時間目の自習の時間を利用し、まおはクラスメイトに今後の進路の話しをしていた。高等部行きを蹴り、防衛学校に進学するという話しは戦車道整備士をしているクラスメイトからしたら驚きの内容である。

 

「それは言ってみないことにはわからない……」

「当たり前だろ。お前の家がただの家じゃないのは皆知ってんだぞ。なんたって黒森峰女学園はお前の実家の『西住流』のお膝元なんだぞ。それに西住隊長…まおの双子の妹やみほちゃんだって知ってるのか?」

「いやまだ言ってない」

「そう言った大事なことは俺たちじゃなくて家族に言うのが先じゃないのかまお?」

「……まぁ普通はな」

「なんだその歯切れのない言い方は」

「いつも言いたいことはっきり言ってるのに、どうしたんだ?」

「ちょっとな……」

 

どうもセリフの続かないまおの言葉に不思議に思うクラスの一人である高瀬。

 

「でもいいのかよまお。折角ここまできて、班長までやったのに勿体ねえじゃねえか。お前なら高等部の整備班班長の座も間違いないって言われてんのに」

「深田の言うとおりだ。自主退学の多い男子校で、俺達のクラスが唯一入学から一緒でやってきたんだぞ。その最初の脱落者がお前なんて」

「悪いな聡。でももう決めたんだ」

 

クラスメイトからも反対的な意見を言われるも、そこだけは譲れないと言ったように返答するまお。入学して以来、クラス替えもなく、たった30人のクラスメイトが3年間一緒に学校生活をしてきただけあって強い結束力があった。そしてまおは1年生からずっと学級委員長をしてきており、このクラスを率先して纏めてきたリーダーでもある。本来なら高等部まで上がれば6年間も一緒にいることになり、もはや腐れ縁ともいえる関係になるだけに、ここでまおがいなくなることに悲しい気持ちがクラスに漂っていた。

 

「決めたって言うなら、なおさら西住隊長や副隊長に伝えるべきなんじゃないのか?まおならガツンと言えるだろ!」

「バカか河原。コイツの家が普通じゃねえのは知ってるだろ。それにこの野郎は黒森峰からも整備班期待の新星とか言われて、高等部でも今か今と来るの待ってんだ。ここで蹴るってことがどれだけのリスクがあるのかわかるだろ?」

「井本の言うとおりだ。こりゃあ黒森峰や西住流の面子の問題になるからな。今回ばかりは、まおも相当な覚悟してこう言ってんだろうよ」

「だがよ。子供が夢語ってここに行きたいって言うのに文句言う親いるのか?」

「俺がここに入学するのめっちゃ文句いわれたけどな」

「お前の女癖の悪さから考えたら妥当な意見だろうがよ!」

 

クラスから様々な意見が飛び交っていく。ここにいる皆がまおのお家事情を知っているだけに、高等部を蹴ってまで進学するのは難しいのではという意見も出てくる。更にいえば、まおの母親であるしほを直接見たことがあるだけに、素直にOKを出してくれるとは到底思えなかった。

 

「でもまお。何で海自なんだ?戦車乗りたいなら普通陸自に行くだろ。俺や裕二も高等部卒業したら陸自に行こうと思ってるからな」

「はぁ?裕二はともかく、孝雄が戦車乗りに?逆に日本が滅びるぞ」

「うっせえな隆二!どういう意味だそれは!」

「おいよせバカオ。お前の将来の夢なんざ聞き飽きてるわ」

「誰がバカオだ!孝雄だ!ボケェ!」

「お前らいい加減にしろ。隣のクラスは授業やってんだぞ」

 

言い争いになりかけそうになる孝雄と隆二、そしてトドメの一言を言った男子を沈めるまお。やたらと濃ゆいキャラのいる3年クラスではあるが、ここはクラスの委員長を務めるだけに締めるときはきちんと締めることができるようだ。

 

「なら何で海自だまお。ずっと戦車見て育ってきたなら陸自に行くかと思うぞ普通は」

「それは班長の昔からの夢が船乗りだからさ。それと班長の爺さんと曾祖父さんは海上自衛隊では生粋のエリートだったらしいんだ。子供の頃それを聞いて憧れたんだとさ」

「へぇ~、それは初耳だな。西住の名前が強すぎてそんなこと全然知らなかったな。というか何でお前知ってんだよ繁」

「だって班長から聞いたんだも~ん」

「何!まお、お前俺たちと一緒に釜の飯食っといて、何でそのこと話さないんだよ!」

「バカ違う!繁は口が滑って言っただけだ!首締めるな深田!」

 

とても重要すぎる話しを隠していたことに立腹した深田がまおの首にチョークスリーパーをかける。

 

「そんなエリートの先祖持ってるって、お前の家系ホントどうなってんだよ。双子の妹は戦車道機甲科の隊長でひとつ下の妹はその副隊長。母親は西住流師範代で次期家元って言われてるし、各有まおも、ムサい俺たちを率いる整備班班長。高等部に行っても西住ファミリーでこの黒森峰の栄光を引っ張っていけばいいのによ」

「俺だったら蹴らずにエリートコースまっすぐに突き進むけどな。大体あんなキレイでかわいい妹二人持ってるのに、それを突き放すなんて許せねえええ!!このこのこのこの!」

「イテッ!肩パンはやめろ!深田もいい加減、首入ってるから!」

 

今の黒森峰の戦車道はまさに西住家が主導権を握っていると言っても過言ではない。中等部戦車道を率いている隊長にまほ、副隊長にはみほ。そしてそれを下から支える整備班の班長にはまおを起用するなど、まさに西住オンリーワンの権力集中。その力を持って中等部全国大会を圧倒的な力でねじ伏せてきただけに、高等部でもその手腕が振るわれることに学園だけでなく地元や戦車道のOGからも期待されているのだ。それを蹴ろうなどと言っているまおが急に許せなくなったのか、恨みつらみを込めてまおに肩パンを始めるクラスメイト。

 

「そういえば海上防衛学校って言ったら、毎年志願者数4倍の倍率って言われてるところだろ?国立の高校受けるより難しいって聞くけどな」

「それは特進科の話だ。普通科とかはそこまで難しくないらしい」

「でも入学して2年目には艦で航海演習。へ~、学校特有の階級制度もあるのか。お、場所は横須賀か」

 

クラスの一人がスマートフォンでネットに掲載されている情報を声に出して読んでいく。聞くだけなら簡単だが、実際やるのはかなり難しいことだとまおは理解している。

 

「で、どうなんだまお。自衛隊に入るからには幕僚長まで上り詰めるのか?」

「え、あ、いやそこまでは考えてない。幕僚長は流石に……」

 

ようやく開放されたまおだが、予想外の質問に思わず考え込む。自衛官になりたい気持ちはあったが、幕僚長という考えは全く持ち合わせていなかっただけに言葉に詰まる。だがそれを許さないといったように、深田がまおの胸ぐらを掴み無理やり立たせる。クラス一暑苦しい男と言われているだけに、妥協したまおの言葉が許せなかったのだろう。

 

「何!?お前、栄えある黒森峰戦車道整備士を蹴ってまで自衛隊に入るからには俺たち全員納得できるとこまで行けよ!」

「わ、わかった!わかった!幕僚長まで上がってみせる!」

 

深田の勢いに負け、宣言するかのように声をあげる。それを聞いた深田は満足したかのように、手を離すとクラスメイトに呼び掛けるように言う。

 

「よしよく言った!皆、将来の幕僚長殿を胴上げしようぜ!」

「「しゃあっ!!」」

「はぁ!?ちょ」

 

それに呼応するように、まおを無理やり担ぎ上げ胴上げの体勢をとろうとする。流石にそこまでやれと頼んでもいないため、抵抗しようとした時。

 

「西住!ちょっと進路指導って、お前たち何やっとるか!!」

「せ、先生!」

 

運悪く担任の教諭がまおを呼び出しに教室を訪れたのだが、自習しているはずのクラスで胴上げを敢行しようとする光景を見て怒号が教室に響き渡ったのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

提出するはずだったプリントを出し忘れていたみほは担任教諭のいる職員室の方へと足を運んでいた。

 

「忘れたと思ってたから心配してたけどよかった~」

 

てっきり学生寮に忘れていると思っていただけに、先生に怒られずに済むことにホッとしているみほ。最も、本当に心配なのは午後から始まる戦車道の履修の方なのだが。もうすぐ戦車道の隊長の引き継ぎが始まろうとしているからだ。3学期からの3年生は高等部に進級する準備などがあるため、早めに隊長職などを引き継ぐことになっているからだ。と言っても去年は2年時からまほが隊長をやっていたので引き継ぐ話しなどは全くなく進み、今年からようやく引き継ぎがあるということ。

 

「はぁ…私なんかよりエリカさんがやった方がいいよ」

 

まほから隊長になるように直談判されたみほからしてみれば、あまり受けたくない話しだった。あまり人前に出ることが好きではないし、周りの評価も戦車での試合は目を見張るものではあるが、普段がおどおどしているだけに総合的に見ればまほには遠く及ばない。それに比べれば、同じ学年である逸見エリカの方がまだ適任だと思う、彼女もみほが隊長に格上げになった際は副隊長に任命されることになっている。最も本人としてはこのまま副隊長のままでいいと思っていたりする。

 

「今まではお姉ちゃんとお兄ちゃんがいてくれたからやってこれたけど…」

 

みほが黒森峰女学園に入学してから二年間はずっと兄であるまおと姉であるまほがいてくれたのはみほにとっては大きな救いだった。まほも当初は黒森峰戦車道の隊長、そして西住流本家の人間として厳しい接し方をしてきたが、当時整備班の副班長だったまおがそう言ったわだかまりを解決してくれたおかげで、まほも次第にそう言った言動はなりを潜めていった経緯があったのだ。来年からは自分が黒森峰女学園の戦車道を引っ張っていかなければいけない。そのことが今のみほにとって大きなプレッシャーになっていた。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

もうすぐ職員室に到着しようとした時、ふと階段から降りてくるまおの姿を発見する。咄嗟に呼んでしまうが、どうやらまおの方は気づいていないようであり、そのまま進路指導室へと入っていく。

 

「何かあったのかな」

 

いつになく真剣そのものと言った表情をしていたのが気になり、そのままこっそりとあとをついていき覗き込むように進路指導室の中を見る。対面し合うように座っているようだが、進路指導の先生の顔が覚束ない表情をしている。

 

『考えは変わりません。進路は調査書通りにすすめてください』

『ちょっと待って西住くん。進路のことはもっとよく考えて』

『先生。自分はちゃんと進路を考えて、こうして話をしているんです。何回も何回も考え直せと言われても変えるつもりはありません』

『でも西住くん。あなたの家は』

『まだそれを言いますか』

 

「進路の話し……だよね。でも、お兄ちゃん高等部に行くんじゃ」

 

聞こえる内容からすれば、恐らくまおの進路についてのことだと推測する。しかし、進路と言ってもまおは自分と一緒に高等部に進学するはず。まほから高等部に行って、また三人で黒森峰戦車道を引っ張っていこうと言っていたのを思い出す。まおが言ったわけではないがら、聞かなくてとそう思っているはずだと思っていただけに、今教室内で話合っている内容がどうしても気になる。

 

『ならこの事は、すぐに西住くんの家に報告することになるわよ』

『構いません。それで呼び出されるほうが、都合がいいですから』

 

(呼び出しって、お母さんから?どうしてそんな)

 

母から呼び出しを受けるということは、かなり重要な話なのではと思ったみほ。正直、母から呼び出しをもらうのはあまり良いことではないからだ。大体が戦車道での説教などであり、中学入りたてだったみほもよく呼び出しを食らっては家に帰っていた。思い出してきたらネガティブな気持ちになり始めるが、次にみほが聞いた言葉でその考えが一瞬で吹きとんでしまう。

 

『全く『海上自衛隊』に行きたいなんて。我が校ではあなたが初めてよ』

『黒森峰女学園に歴史が刻めるなら光栄な話しだと思いますけど』

 

「海上……自衛隊…!」

 

ただの組織名なのだが、みほにとっては信じられない言葉だった。

 

(海上自衛隊って。あれだよね。海の自衛隊……海でって。なんでお兄ちゃん?それに自衛隊って。お兄ちゃんはお姉ちゃんと一緒に戦車道やるんじゃなかったの?それに、海は……)

 

持っているプリントに思わず力を込めてしまい、くしゃくしゃになってしまう。だが今のみほには十分すぎるほどの衝撃的な事実なだけに、そんなことをかまっている余裕がなかったのだ。

 

(海は……お父さんを……お父さんを奪った場所なのに。なんで?お兄ちゃんだって……そのことわかってるはずなのに)

 

 

 

 

 

 

 

 

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