魔法先生ネギま!悪の英雄章   作:超高校級の警備員

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第二話 目覚める悪魔

 その日、麻帆良に住む一人の少年は教室の窓から雲一ない空に浮かぶ太陽を見ていた。 

 その男の名前は『日鳥止(ひとりとまる)』。麻帆良学園の2-C組に所属する男子学生。平均以上身長にやや痩せすぎな印象を与える体系。不健康な生活を送ってるわけでもなく、いたって健康的な日々を送っているにも関わらず若干の不健康体が見られる。それは幼少の頃の後遺症のようなもの。

 

「……ふぁ~あ」

 

 太陽に向かって大きな欠伸をした。

 もうすぐ六限目も終わりの時間。授業のまとめを言ってる先生の言葉も真面目に聞かずに、太陽を見て終わりの時間を待つ。

 

 キーン コーン カーン コーン!

 

「それじゃ今日の授業はここまで」

「起立、礼」

 

 起立、礼の挨拶も終わり放課後へとなった。掃除当番はこの後ももうしばらく学校にいるが、止は当番じゃないため既に帰り支度を済ませ帰ろうとしていた。そんな止を呼び止める学友が二人。

 

「なあ止。後で(ダン)の家に押しかけないか? 初日で休んだお見舞いも兼ねてな」

「今日あいつが言ってたゲームの発売日だろ? あいつ絶対学校サボってゲームしてるぜ。お見舞いついでにゲームやらせてもらおうぜ」

「そいつは魅力的な提案だ。だけどワリィ、今日はちょっと用事があるんだわ。

 

 二人の友人の誘いに行きたそうな表情をしたが、用事があるためそれを断念。

 そのまま鞄を持って教室を出ていく。

 

「じゃあなガイル、デーボ。また今度誘ってくれや」

「おう、わかった」

「じゃあな」

 

 そして止は真っすぐ自宅へと帰った。一人暮らしの止の家には誰もいない。止は制服から着替えずに自分の部屋に一直線に向かう。

 止以外誰もいないハズの家の中。止の部屋には既に誰かが止の帰りを待っていた。

 

「やあ、お帰り」

「ただいま」

「そしてお疲れ様。それじゃ、さようなら」

 

 止の部屋で先に待っていたのは止。止は能力を出現させ、やってきた方の止の首を刎ねた。首を刎ねられた止の体はボンという音と共に消え去り、後に残されたのは首を斬られた人型の紙。その中心には『日鳥止』と書かれている。

 

「ふむ、やっぱり身代わりの紙型は便利だな」

 

 今日麻帆良学園で日常を送っていたのは止が作った身代わり人形。自身が仕事の依頼で短期であろうが長期であろうが不在を作るのを嫌う。何か会った時のアリバイや魔法使いに気取られるのを防ぐため。

 

「関東の魔法使いも関西の呪術師もアホばっかやな。こんな便利なもん作っといて見破る手段を考えてへんのやから」

 

 止は破れた身代わりの紙型を拾い上げ、手でちぎった上に念入りにシュレッターにかけた。身代わりの紙型を麻帆良内で使われたのを万が一でもばれないために。この紙屑はこの後自宅で焼却予定である。

 とりあえず一安心した止はすっかり安心して地元のしゃべり方に切り替えた。

 

「んで、こっちが今日までのノートやな。う~ん、綺麗にまとめられて実にすばらしい。だけど、この量はちょっとめんどくさいな」

 

 身代わりの紙型は身代わりはしてくれるが、記憶の譲渡はできない。だから身代わりの止が描いたノートでその日の予習をしなくてはならない。学校で起こった覚えておかなくちゃいけない事もメモ帳に描かれている。帰ってきた止はそれらに目を通さなくてはいけないため、少々めんどくさいと思っている。

 

「だけど、ん~! 約一週間ぶりの我が家。やっぱり落ち着くな~。金もたんまり入るし。グフフフフフ」

 

 すっかりご機嫌な止はノートをその辺にほっぽり出してベットの上に寝転ぶ。後でどうせしなくてはいけないのはわかっているが、今は全力でこの幸せをかみしめたいと思っている。

 目を閉じ大きく深呼吸しそのまま夢の中に落ちていきそうな様子。久しぶりに本場のソースたっぷりのお好み焼きが食べたいなと思っていると、止の携帯が鳴りだす。

 

「この着メロは……表か」

 

 止はいくつかの着メロを使い分けて使用している。裏関係で人には利かせられない話をうっかり人前でしないようにするためである。

 

「標準語標準語」

 

 しゃべり方を標準語に戻すと携帯の通話ボタンを押す。

 

「なに?」

『またあのストーカーが女子エリアに行った。すまんが行って連れ戻してくれないか』

「はあ? また? 先週見つかって目玉くらったところだろう! 何考えてんだあの馬鹿」

『わからん。ただ馬鹿ってことだけははっきりしてる』

「あ~も~わかった! 俺が引き受けるからそっちはそっちで何とかしてくれ」

『了解』

 

 話を終えた止は先に電話を切った。

 こうしてしぶしぶ行きたくない女子エリアへと足を運ぶのであった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 俺は探すのがうまく、隠れるのがうまい。まあ、灰の塔(タワーオブグレー)で先に偵察させてるから見つけるのが早いだけなんだけどな。隠れるのも人がいないルートを先に見れるから。

 女子エリアのギリギリラインまで辿りついた俺は、中には入らずに手前で立ち止まる。

 

「さてと。始めるか」

 

 俺は自慢の能力、『灰の塔(タワーオブグレー)』を飛ばして内部を探る。男子生徒が女子エリアにいてはいけないルールはない。が、あまりいていい場所ではない。今回は仕方ない理由があったとしても、俺は長居したくない。もっと言うなら目撃もされたくない。まあそれは無理だけどな。

 

「今までは月に一、二回程度だったのに。今月はもう四度目だぞ」

 

 俺はそのストーカーに対する文句を垂れ流しながら、たばこでも吸いたい気持ちになって探し続ける。

 

「見つけた! って、あいつもうこんなところまでいるのかよ」

 

 そのストーカーの居場所を探し当てた俺は、次にその場所までできるだけ最短でなおかつ人に見つからないように進んでいく。多少遠回りになって人に見つからないのが最重要。

 ルールがないとはいえ男子生徒は基本女子エリアに入ることは暗黙のルールでご法度。めんどくさい女子生徒に見つかれば俺が何かしらの小さくい被害を被る。

 そうならないためには、スタンド能力をフルに使って最短安全ルートを進むしかない。最短こそ最も安全な道なのだ!

 そして何とか誰にも会わずにストーカーの場所までたどり着いた。

 

「やっとここまで来たぞ。待ってろよのどか~!」

 

 女子中等部に思いっきり侵入し気持ち悪いことを言ってるのが俺が連れ戻しに来たストーカー。国民的アニメのタラちゃんをリスペクトしたような後頭部の男。こいつの名前は東方院常秀(とうほういんじょうしゅう)(じょう)の前か後ろにジョと呼べる漢字が入ってればジョジョと呼べるのに。惜しい名前だ。だが、その行動は主人公たちとは似ても似つかわしくないがな。

 

「何が待ってろだストーカー常秀犯!」

「へぶっ!」

 

 俺は気配を消してストーカー常秀の後ろに立ち、後頭部を思いっきり前へ踏みつける。そのせいで常秀は木に頭を打ち付けた。

 隠れてるんだからあまり物音は立てたくないが、この一発は仕方ない。

 こいつの言ってるのどかとは、麻帆良学園本校女子中等学校2年A組の宮崎のどか。こいつとそののどかって奴は幼馴染。常秀の話によるの初キッスは彼女らしい。

 しかし、何が原因か常秀は彼女に執着しストーカー状態となっている。その気持ち悪さから本人からは着信拒否されてるって話だ。自業自得だな。

 そんな常秀に執着されてる宮崎のどかって女子生徒は男が苦手らしい。その原因はこいつ(常秀)が一枚噛んでるか、そもそもこいつが原因じゃないかと俺は思ってる。だって気持ち悪いもん。

 こいつの行動は学校に報告しなくてはいけないレベル。だが、こんな奴でも俺たちの仲間だ。普段の常秀はちょっと気持ち悪いけど気の合ういい奴なんだよ。だから、こうやって俺たちで止めてやり職員と親には内緒にしてやってる。

 割と軽く蹴ったため常秀は打ち付けた部分をさすりながらふらふらと立ち上がる。

 

「なんだよ止。なんでおまえがここにいるんだよ」

「おまえがとんでもないことをする前に止めにきてやったんだよ。さあ、帰るぞ」

「嫌だ! 俺はのどかに会いに行くんだ。彼氏が彼女に会うことに何の問題があるんだよ~」

 

 こいつ……。いつもみたいに悟られずに気絶させればよかった。今日は長旅の疲れがあるから、気絶した常秀を運びたくなかったからしなかったけど。クソッ! 失敗だった。

 

「いい加減にしろ。おまえが好きなのどかちゃんの男性恐怖症を悪化させる気か?」

「のどかは俺以外の男を寄せ付けないだけだ! 全寮制になってきっと寂しい思いをさせてる。俺が行ってあげなくちゃいけないんだ!」

 

 ダメだこいつ、早く何とかしないと。言葉が通じない。

 そうだな、まずは常識を教えるところから始めよう。それが終わったら日本語の勉強だな。と、そんなこと考えてる場合じゃない。説得でも暴力でもいい、早くこいつをここから連れ出さないと。

 

「!」

「ん? どうし…」

「シッ!」

 

 さっきまで人がいなかったこの場所だが、ついに誰かが来てしまった。怪しまれないために俺は常秀の口をふさぐ。このままやり過ごせたらいいんだけど。

 なんで口をふさがれたのかわかってない常秀のために茂みの奥を指さす。ゆっくり、慎重に見つからないように外をのぞかせる。

 外にいるのは二人。ツインテールの女子生徒と10歳くらいのガキの後ろ姿。それと、大量の本を持って階段を下りる短髪の女子生徒の姿。女性の力でその量の本を持つのはいささか不適切だと思う。それに、そんなに端っこを手すりもない高い階段を歩くのは危ない。落ちたら大変じゃ済まない。ほら、そうやって足を踏み外して……って、ええ!?

 

「のどか――――――――――――――――ッ!」

 

 今階段を踏み外したのがのどかちゃんだったらしく、常秀は猛ダッシュで茂みから出てのどかちゃんのところへ走り出す。

 

「あのスピードならもしかしたら……いや、ダメだ。間に合わない」

 

 運動音痴とまではいかないが運動が苦手な常秀だが、運動音痴とは思えない速度で走っていく。だが、距離がありすぎてとても間に合う気がしない。あの高さから落ちたら本当に危ない。

 あまりにも急なことのためすぐには灰の塔(タワーオブグレー)を出せなかった。

 距離は約15……いや、17メートル。灰の塔(タワーオブグレー)の射程距離であり、今から出しても間に合う。だが、それでは人一人浮かせるパワーが出ない。事実上不可能である。

 

〈だけど、常秀が間に合うまで数秒遅らせるくらいなら〉

 

 一か八かで灰の塔(タワーオブグレー)を全速力で飛ばす。少しの思考のラグのせいで状況はさっきより悪い。だが、間に合ってくれ!

 必死に走る常秀。それを追い抜かして俺の灰の塔(タワーオブグレー)が前を行く。

 予定通り俺の灰の塔(タワーオブグレー)は間に合ったが、思った以上にパワーが出ない。くそっ、リスクが低すぎるか! だが、今更リスクを高める時間はない。このギリギリの時間、常秀が間に合うかどうかにかかっている。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 キャッチは不可能と機転を利かせた常秀は自身がクッションになろうと前方に思いっきり飛び込んだ。

 しかしこのとき、10歳くらいのガキ背負っていた荷物から布に包まれた杖を掴み、何かを発動させた。

 すると、のどかちゃんは地面からおよそ1mのところでふわりと体を浮かせゆっくりと落ちていく。そのせいで勢いついた常秀は見事階段の側面に顔面を強打させた。これはひどい。てか、あのガキ魔法使いだったのかよ。

 しかし常秀、今のおまえは猛烈に輝いていたぞ。その雄姿、しっかりと俺が皆に伝えよう。だが、常秀には悪いが俺はここで撤退させてもらう。女子中等部はなぜか魔法使い関係者の巣窟なんだ。その後のフォローはしっかりとしてやるから安心しろ。

 灰の塔(タワーオブグレー)を戻してこの場を去ろうとするが、スタンドの視線でそのガキを真正面から見た。

 一目顔を見た瞬間理解できる。こいつは、俺の敵だ。

 

 今までの人生の中、勝ちたいと思った同年代は多々いた。おれはあらゆる努力をして勝とうとした。卑怯と呼ばれるような事もしたことがある。だけど、一度として勝ったことはない。いや、勝利事態はしても、相手に完全敗北を与えたことがないと言った方が正しい。なぜならそいつらは俺の卑怯を乗り越えて普通の勝利以上の称賛を浴びるからだ。そして俺は勝ったにも関わらず負けてしまう。

 時には土俵にすら上がらせないとびっきり卑劣な作戦も考えたりしたが、まるで自分の本能がそれだけはしてはならないと警告するように否定する。したこともないのに、したって意味はない、損をするだけだと思い込んでいる。

 俺はそれでもその卑劣な作戦を実行に移した事が二度だけある。その二度共が失敗に終わり、俺がとんでもない割をくう羽目になった。そして俺は身を持って学んだ、こういう主人公のような奴に卑劣な行為をすれば絶対に失敗すると。

 その時から俺は正々堂々な努力と卑怯な努力を続けてきた。しかし、未だかつてそういう奴から自他ともに認められる勝利は収めて事がない。戦術的敗北か完全敗北の二択のみ。それでも俺の心は何かに突き動かされるかのようにそういう奴らに対して勝利を渇望している。前世でなんかあったんだろうな。

 

 このガキはまさしくそれだ。俺の本能がこいつに勝ちたいと叫んでる。

 なぜだか知らないがこの世には勝利の女神がほほ笑むどころか見惚れさせる者が極まれにいる。大小あるがそういうほかの人から勝利を奪える奴らは顔を見た時のオーラでわかる。

 そしてこのガキは見惚れさせるどこじゃない。勝利の女神に惚れられている。輝きが今まで見てきた奴らとは段違いだ!

 俺は今激しく思う。俺がこの世に生を受けた理由は、このガキに勝つためだ! そう思えて仕方ない!

 

〈……今なら簡単に殺せる〉

 

 俺は灰の塔(タワーオブグレー)の顎をそのガキに向ける。が、すぐにそれをやめた。そんなことをしても勝利の証明になんてならない。ただの無意味な殺人だ。

 俺は黙ってその場を後にする。

 

 放課後で人が少ないとはいえ女子中東部内に人はまだまだいる。特定の場所以外には普通は誰もいないが、放課後だから普段人が来ないところにひょっこり誰か現れたりする。細心の注意を払って。だが、あのガキを見てから俺は動揺していたらしい。動揺でもしていなければこんなミスを犯すはずがない。

 それはほんの些細な奇跡的な事故。突如後ろ上空から当たったらケガでは済みそうにない大きめの石が飛んできた。突然の事だったが、俺は何とか当たる前に灰の塔(タワーオブグレー)でキャッチ。そして石を砕く。

 そこまではまあいい。問題はあんなに近くに人がいることに気づかずにスタンドを使用してしまった普段ではありえないうかつさ。

 

「あ、あんた……一体何をしたの……?」

「……」

 

 俺を奇怪な目で見る女子学生。おそらく同年代だろう。

 目つきが悪い彼女は、一定の距離を保ったまま俺をにらみつける。にらみつけられると反射的に本気でにらみ返してしまうのは俺の悪い癖だ。俺は今までに何十人と殺し、幼少の頃から悪童。当然、女子中学生が敵うようなにらみではない。

 

「ヒッ!」

 

 彼女はその場から逃げ出してしまった。俺にとって不利益な情報を持ったまま。

 ここでまたしても俺の悪い癖が発動してしまう。

 

「待て!」

「ああッ!!」

 

 なんと灰の塔(タワーオブグレー)の顎で彼女の足を攻撃してしまった。

 俺はまずいところを見られたり、俺にとって不利益な情報を得てしまった人物を殺して口封じしようとしてしまう。秘密主義の俺にとって普段の仕事ではプラスに働く反射的行動だが、麻帆良内でこれはまずい。

 俺が行ったことくらい異常が正常に変わる麻帆良内ではいくらでも言い訳などできる。なのに少しばかり力の鱗片を見られたくらいで過剰反応するところなんて俺らしくもない。

 

「イタイ。なんで……? なんでいつも私だけがこんな目に? なにこれ……わかんない……」

「だ、大丈夫かい!?」

 

 傷ついた彼女を治療しようと駆け寄るが。

 

「来ないで!」

「!!」

 

 彼女が強く否定すると、彼女の体から微弱ながら邪な魔力が放たれ俺を軽く押した。

 この邪な魔力、知ってるぞ。これは悪魔の魔力だ。

 昔、父と魔法使いについて勉強していた時に聞いたことがある。悪魔は強大な魔物だがすべてがそうではない。中には魔界以外では長く生きられない弱いものもいる。そういう悪魔は運悪く人間界に来てしまうと人間に寄生し生き延びる。自身が生き延びるために人間に目立った害はなく、宿主が死ぬと一緒に死んでしまう。

 今はおそらくその悪魔が何らかの理由で彼女の精神と結びついているのだろう。一時的かもしれないが、なぜそんなことに。一番可能性が赤いのはやはり麻帆良の結界か。

 

「ひぃぃ!」

「うっ」

 

 今度は押すだけでなく鋭くなり俺の体をわずかに切った。

 瞬間的にここまで殺傷力を持つものなのか?

 彼女は俺を傷を見てなんだか自分が行ったことだと自覚しているようにうかがえる。

 

「あれ? 前にもこんなことがあったような……。あれ? あったっけ? どうしてかな。知らない。知らないけど……知ってる? いや、知らない。知らない知らない知らない知らない知らない。だってそんなのおかしいよ。普通じゃ考えられないよ。私は正常私は正常私は正常私は正常私は正常」

 

 突如意味不明なことを言い出す。この混乱の仕方。おそらく記憶消去か記憶操作の類を何度か、下手すりゃ何度も受けてるな。そのせいで精神が不安定になってる。

 記憶消去や記憶操作は言ってみれば精密機械である脳みそを勝手に書き換えること。そのため魔法使いの間でも多用は控えられている。だが、明らかに彼女の記憶には不具合が生じている。まず間違いなく魔法使いの記憶の干渉に間違いないだろう。

 

「見たところ生粋の一般人。魔法使いの被害者を見捨てるのは寝覚めがよくねえな」

 

 かと言って麻帆良内で不用意に符術を使うわけにはいかない。しかし学んでるわずかな魔法では加減ができない。一般人程度なら下手すれば殺してしまいかねない。下手しなくても大怪我だろう。

 この状況で唯一使えるものは、俺が最も頼りにしているこの力だな。

 

灰の塔(タワーオブグレー)!」

 

 俺は自身のスタンドの名を叫ぶ。すると、俺の中から大きなクワガタの形をした生命エネルギーのビジョンが現れる。

 多少の切り傷はできるだろうが、魔法ぶっ放したりするよりははるかにマシだ。せいぜいごまかせる程度の傷に抑えられるよう速やかにおとなしくしてくれ。

 

「どうなってるのよ―――――!」

 

 魔力で出来た透明な礫が俺に向かって飛んでくる。俺の目には透明ながら礫の輪郭がしっかりと見えてるため問題ない。でも……数が多いな。

 それに、攻撃を取りこぼして周りに攻撃痕を残すのもよろしくない。この場で自分たちのあずかり知らない出来事が起こったと魔法使い共に思われたくない。そうなれば奴らは粘着質に俺のもとまでたどりついてしまうかもしれない。

 

「しかし、俺の灰の塔(タワーオブグレー)なら問題ない!」

 

 至近距離で10丁の銃から弾丸を撃たれても難なく避けれる素早さを誇る俺の灰の塔(タワーオブグレー)。あんな眠っちまいそうなトロイ弾速などすべて撃ち落とすなんて造作もない。

 

「すべて撃ち落とす!」

 

 すべての礫を撃ち落とすべく灰の塔(タワーオブグレー)を飛ばす。一つ二つと撃ち落とすのではなく、あまりのスピードに一気に五、六ずつ撃ち落としてるように見える。

 精密性はそんなに高くないが、針に糸を通すわけでもないから大丈夫。それに、もしも針に糸を通すとしても今は本体である俺が目の前にいる。きっとできると思う。

 百近くある礫があっという間に50を切った。

 

「ざっとこんなもんよ。だが」

「あ、あう、あぐぐぐぐ……。あ~~~!」

 

 事態が収拾しても彼女本体が危ない。

 極度の混乱状態に精神がかなり危険な状態だ。これは長年の記憶操作や記憶消去によるものだけではない。おそらく、麻帆良大結界に含まれる認識阻害魔法が悪い意味で発動している。

 異常を正常に、異常を当たり前と固定させ、正常な認識力を都合のいいように作り変え、自分たちの害になるものの行動を著しく制限させる。まさに魔法使いにとって便利この上ない結界。

 だが、結界を知らぬ一般人には利点より難点が多い。非常識を常識化されれば、外での常識に馴染みにくい。異常を、危険を危険と感じにくくなる。そして、彼女のようにもともと持つ特異なものの力をいたずらに乱してしまう。

 俺のスタンドは生命エネルギーの具現化。魔法使いのチャチな結界の影響なんて受けない。

 

「まずは、一時的といえど結界の支配から解放させねば」

 

 俺は常備してるわずかな符を懐から取り出す。

 この符は幻覚状態を解いたり、軽い呪い程度なら体内から霧散させ正常に戻すことができる。これを使えば一時的とはいえ麻帆良大結界の支配から逃れられる。使用後は再び徐々に結界の影響を受けるが今はこれしかない。

 符を片手に透明な礫を撃ち落としつつ近づいていく。

 

「こ、来ないで―――――ッ!」

「ぐっ」

 

 さっきまで漠然と俺の方に向かっていた礫が、突如鋭く俺に向かって飛んできた。全然余裕のスピードだがさっきより数段パワーも上がっている。何より、数が多すぎる。50を切っていた礫の数が80近くまで戻ってしまっている。

 

「うぐっ!」

 

 礫を処理しきれず、礫の一つが灰の塔(タワーオブグレー)に当たってしまった。俺の左腕にネズミに噛まれた程度の血が流れる。こいつら、俺だけではなく灰の塔(タワーオブグレー)も狙ってる? てか、礫一つ一つに意思があるだと!

 

「仕方ねえな。ワンランクリスクを積み上げるか」

 

 俺は灰の塔(タワーオブグレー)の仕様を少しだけ変える。すると灰の塔(タワーオブグレー)のスピードがワンランク上がり余裕をもってすべての礫を撃ち落とす。その数は30にも満たないほどに減った。

 

「なに? 何が起こってるの? 怖い……どっか行ってよ――――――!」

 

 彼女が大声で叫ぶと、バラバラに動いていた礫が一か所に塊って俺を攻撃してきた。一点集中か、面白い。ならば俺も灰の塔(タワーオブグレー)の武器を出そう!

 

塔針(タワーニードル)

 

 灰の塔(タワーオブグレー)の顎の間にある醜い口から伸びる口針、塔針(タワーニードル)

 俺の精神パワーを多めに込めた塔針(タワーニードル)と礫の一点集中攻撃がぶつかり合う。相手は一点集中といっても見た目だけでバラバラのパワー。力比べは俺の圧勝。

 

「あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああああああああッ!」

 

 しかし、力を使うたびにより一層混乱を増す。しかも足取りがふらつきはじめ、なんだか急速にやつれ始めている。まずい、無意識の攻撃にパワーを使いすぎている。

 

「こうなったら仕方ない。命があるだけありがたいと思ってくれよ。灰の塔(タワーオブグレー)! そいつを切り付けろ!」

 

 灰の塔(タワーオブグレー)を礫の処理と防御にあてるのを止め、彼女を攻撃させた。こうやって攻撃に使うパワーを防御に回させ、消費を少なくしある程度守勢に回ったところで符を張り付ける。

 灰の塔(タワーオブグレー)が彼女を何度も浅く切り付ける。

 

「う、うぐぐ……」

「ここだッ!」

 

 チャンスを見つけ、俺は一気に彼女との距離を詰めて目の前まで移動する。そして、おでこに符を張り付け、その上からデコピンをした。これがこの符の発動条件。

 彼女の中から結界の悪影響が一時的だが体の外へ弾き飛ばされる。

 結界の影響から解放された彼女がその場に崩れるのを優しくキャッチ。

 

「はあはあ。うぐ、うううう」

 

 結界の影響からは既に解放されたはず。なのになぜかまだ様子がおかしい。

 混乱や衰弱とも違う。まるで今にも食べたものをリバースするような、食べた餅がのどに詰まらせたようなそんな苦しみ方。

 

「うううううううううう、がぁぁぁぁッ!」

「!!?」

 

 その女の体から大量の、さまざまな種類の虫が湧き出てきた。そしてそれは二秒ほど彼女の体にまとわりつくと、すぐさま女の体の中へと幽霊のように戻っていった。まるで俺の灰の塔(タワーオブグレー)のように。

 

「な、なに!? なにこれ!? なんなのこれ……!?」

 

 彼女の意思が未知への恐怖から自分自身への変化に移り変わった。そのおかげでさっきよりは事態はマシに。

 ついさっきまで確かに自分の体にまとわりついていた気持ち悪いほど大量の蟲たちを探す。気持ち悪いという気持ちと同時に、その蟲たちがどこに消えたのか、しかも自分の体の中に吸い込まれれば当然の反応。

 いまだに少し混乱している様子。今はさっきよりは落ち着いているが、これじゃまたいつ暴走されてもおかしくない。かといって放して逃げられでもすれば困る。俺が呪術師だとまではバレなくても、何かしらの力を持っていると魔法使い側にマークされかねない。

 

「安心しろ」

 

 気休めかもしれないが、俺は一言だけ声をかけた。本当に安心してもらうため、敵意は捨て灰の塔(タワーオブグレー)も俺の中に戻す。すると、それが功をそうしたのか落ち着きを取り戻したよう。

 俺の手の中でやっと暴走を止めた同年代くらいの女性。彼女との出会いはおそらくお互い今までの人生の中でも五本の指に入る俺の奇妙な体験だっただろう。


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