装備を新調したフィア達は、早速ガリクジュの町を出て目的地へと出発した。
その際、目的地の情報をいち早く集める為に、フィアは「神巫女のお告げ」を発動し、何か知っていることはないかロナに聞いてみることにした。
『そこはおそらく、「クーラ村」ではないでしょうか』
「くーら村?」
『ええ、最近になって急激に瘴気が漂い始めたという場所です』
情報収集には、これ以上なく優秀なスキルと言ってもいいだろう。
尤も、優秀なのはスキル自体ではなくこのスキルによって会話をすることができるロナ・ルディアスという女性の博識さの方なのかもしれないが、彼女の知識は今のフィア達にとって有益な情報をもたらしてくれた。
『帝国領にある小さな村なのですが、今ではアンデッドモンスターの支配下に置かれてしまったようです。フィアさんも調査に赴くのなら、アンデッド対策はした方がいいかもしれませんね』
「あんでっど……?」
『ええ、その辺りの地区には私も一度だけ行ったことがありますが、迂闊に近づけないくらい大量発生していましたよ』
フィアはその話を聞いて、丁度、今回新調した「シャークスピア・ガーベラ」にはアンデッドモンスターに対する特効能力があるようなことがテキストに記されていたことを思い出す。全くの偶然であるが、何ともタイミングの良い強化になったようだ。
『ガリクジュから北の門を出て、道なりに進めばやがて見えると思いますよ。途中にはコロシアムで有名な「スラグシティ」がありますが、その町のさらに北へ進んだところに件の村があります』
「ありがとうございます、ロナ様。とても、助かります」
『いえいえ、私もフィア様の声が聴けて嬉しいです。いつでもかけてくださいね』
彼女から有益な情報を受け取ると、フィアはスキルの使用を止めて仲間達の側へ向き直る。
今フィアと同行しているのはレイカとペンちゃんの二人だけだ。ヘリヤル――クレナには用事があったのだろう。あれからしばらく待っていたのだが待ち合わせ時刻を過ぎてしまったことから、フィアは彼女にウインドウの機能で書置きのメールを送り、三人で先に出発することにした。
彼女がいないのは戦力的にキツいものがあるが、できるだけモンスターとの直接戦闘を避ければ問題無いだろうというレイカの判断である。
「姫様は、なんだって?」
「クーラ村、という場所みたい。このまま真っ直ぐ行けばつくと、ロナ様が言っていた」
「ああ、クーラ村ね……あそこか」
ロナとの通話内容を語ると、その場所に覚えがあったのか、ペンちゃんが思案気な表情を浮かべる。
おそらくは現実の異世界フォストルディアにも同じ場所があったのだろう。生憎にもフィアが持つユウシとしての記憶の中に「クーラ村」という村の情報はなかったが、「アンデッドの大量発生」という事象には微かに覚えがあった。
それでも何か参考になる知識はないかとユウシの記憶を遡ってみるが、どうにもこちらは彼の精神崩壊とは関係なく時間の経過と共に自然消滅してしまった記憶らしく、詳しい情報は何も思い出せなかった。
「アンデッド……アンデッド……」
「これからは、困った時のロナえもんになりそうですね。フィアさんの取ったスキルは、中々汎用性が高いようで」
「ん……」
ブツブツと唸るようにアンデッドの五文字を復唱するフィアに対しレイカが特に遠慮無く声を掛けると、フィアは顔を上げてうん、と頷く。
一気に1000ものスキルポイントを消費することになった「神巫女のお告げ」であるが、RPGにおいて必要不可欠な要素である情報収集をこれ一つで賄えるともなれば、こと効率面においては最上級のスキルなのではないかと思えた。
ロナ・ルディアスのモデルとなった人物、ロラ・ルディアスはこの世界の創造神の声が聴ける唯一の巫女様だった。故に彼女の知識は創造神に由来するものである以上、情報の精度はもはや疑いようがない。
かつてフィアの前世であるユウシ達ヘブンズナイツもまた、かの神に由来する彼女の特異な知識によって幾度となく活動をサポートされたものだった。
「それどこ情報よ?」という問いに対して「創造神様です」と臆面もなく返せる彼女の情報網は、控えめに言って反則級である。
そしてそのお告げに従って、フィア達は移動を開始した。
ガリクジュを発ってクーラ村へ向かう道中は、このゲームの中で最も長い歩行の旅だった。
しかし現実の身体とは違い、アバターの肉体であるフィア達のスタミナはダメージを受けていない限りは基本的に無尽蔵であり、徒歩でも疲労することなく進み続けることができた。
ただ、やはりと言うべきか移動時間に関してはどうしても単調になってしまう。フィアとしては現実の日本では見ることのない景色を見れば十分に気が紛れたが、レイカ達からしてみれば広大なマップ故に気だるさを感じてしまっているようだった。
「そう言えばペンちゃんさん、こういう長い距離を移動する時に、もっと効率が良くなる方法はないのですか? 乗り物とかそういうものとか」
「乗り物? ああ、あるにはあるぞ。NPCの店では売られていないが、鍛冶師が作った「魔導車」とかは高値で取引されている。まあ、移動用のスキルを取ればあんまり必要ないんだけどな」
「魔導車? ほほう、やはりこの世界にも車があるのですか」
砂漠の道を歩きながら、レイカの問いにペンちゃんが答える。
現実世界と同等の自由性があるこのHKOでは、鍛治師のように製造系のスキルに秀でたプレイヤーならば装備以外の物だろうと自由自在に製作できるらしい。
そうしたスキルを使ってバイクや乗用車のような乗り物を作ることも可能であり、それによって移動時間を短縮することができるのだという。
そして乗り物として扱うことができるのは、そう言った製品だけではない。
「町によっては馬を貸し出しているところもあるが……一番人気なのはテイムだな。魔物使いとかモンスターテイマーとか、そういうクラスになった奴は仲間にしたモンスターに乗って移動することができる。ほらほら、あそこにいるだろう」
「あら、本当です! なるほど、テイムモンスター……そういうのもありますか」
ペンちゃんがペンギンの翼で指差した方向に目を向ければ、そこにはラクダ型のモンスターやトラ型のモンスターの背に乗って砂漠の道を駆け抜けていく他のプレイヤー達の姿があった。
その光景に最も感動したのがレイカだ。
「私、ドラゴンの背中に乗って空を飛ぶのが夢でしたの!」
「いるぞ、難易度は高いがドラゴンをテイムしたプレイヤーも。ワイバーンの方がメジャーだが」
モンスターに乗って移動する。
ファンタジーRPGを嗜んでいる者であれば、おそらく誰もが憧れを抱くことだろう。
モンスターを仲間にできるシステム自体はもちろんこのゲームにも組み込まれており、そのモンスターに命じることで移動手段として扱うことも可能なのだ。
そこまで言って、ペンちゃんがふと思い当たったようにフィアへと目を向けた。
「もしかしたらフィアならできるんじゃないか? 君があの花畑にいたドラゴンとかに頼めば、なんか普通に乗せてくれそうな気がするが」
既にリージアというゴールデンカーバンクルと仲良しになっているフィアだが、フィフスのいる「生命の泉」にはリージア以外にも心を通わせているモンスター達は多い。
あの場所にいるモンスター達は全員が全員人懐っこいわけではないが、主であるフィフスの影響を受けているのか気性が穏やかな子が多い。そんなモンスター達ほどフィアにも気を許してくれたものだが……しかし冒険に連れだせるかと言うと、フィアとしては首を捻った。
「……あの子達は、外の世界に疲れている。あの場所でゆっくり休んでいるから……連れていくのは、かわいそう」
あの場所に住んでいるモンスター達の多くは、フィフスによって辛い環境から保護された者達だ。
人間を始めとする外敵に襲われ、絶滅の危機に瀕していたモンスターが大半であり、世俗に疲れ切った者達でもあった。
そんな者達を自分の移動手段の為に連れ出すのは、彼らの思考をある程度読むことができるフィアには頷けなかった。
「そうか……それじゃあしょうがないな」
フィアのたどたどしい説明に、ペンちゃんが納得したようにあっさりと引き下がる。
その時のフィアの顔を見たレイカが、呆れたように苦笑を浮かべた。
「乗馬する時ですら馬に申し訳なさそうな顔しますからね、この人」
「へー、フィアは馬に乗ったこともあるのか」
「うん、レイカの別荘で飼っている馬に、乗せてもらった」
「別荘に、馬か……なんちゃって令嬢じゃなかったんだな、嬢さんは」
元々動物に対しても気を遣いすぎるきらいがあったフィアだ。
自分から乗ってもらいたいと思うような風変わりなモンスターでない限り、モンスターへのライドオンには消極的だった。
「そんなことはどうでもいいですが、モンスターが出てきましたね」
しばらく砂漠の道をマイペースに歩き進んでいると、突如として前方の地面に亀裂が走り、地割れの中から巨大な物体が姿を現した。
その全長は約五メートルに及ぶ。とてつもなく大きな――アリジゴクであった。
「あれはタイラントワームって言って、ここいらじゃ一番弱いモンスターだ。三人なら、なんとかいけるかね」
「ええ、新装備のお試しはもちろんですが、フィクス大陸のお手並み拝見と行きましょう!」
タイラントワーム――ペンちゃんがそう呼んだ巨大アリジゴクモンスターは、ハサミのような大あごを開きフィア達を威圧する。
こちらを逃がす気はさらさらないとでも言いたげな様子である。
アリジゴクよりもグロテスクな複眼はどこか機械的でもあり、その姿にフィアは違和感を感じた。
「……っ、心が……ない?」
異種対話のスキルが一切反応しない。
まるで機械のように、目の前のモンスターからは命を感じなかったのである。
巨大アリジゴクは驚きに目を見開くフィアを最初の獲物に定めたのか、複眼からビームを発射して初撃を仕掛けてきた。
「ビーム!? ちょっとこれその辺の雑魚にしては派手過ぎませんか?」
「いや、こんなのばっかりだぞ西の大陸は」
ビームの太さは、フィアの小さな身体を丸ごと飲み込むには十分な規模である。
威力もまた地面に着弾した際に巻き上がった土煙の量を見れば一目瞭然であり、フィアは咄嗟に横へ跳躍していなければ一撃でやられていたところだろう。
その後も巨大アリジゴクは複眼からビームを連射し、フィアに狙いを集中させてきた。
フィアのステータスでは、掠っただけでも致命的なダメージは免れないだろう。故にフィアは内心あたふたしながら紙一重でビームの連射をかわし続け、閃光が通り過ぎていく度にフィアの背中にしがみつくリージアから悲鳴が上がっていく。
こちらから攻撃を仕掛ける隙もないという状況だが、フィアがそうして敵の注意を一身に引きつけているだけでも効果はあった。
「タゲ取りナイスですわ! グミ撃ちシュート!」
これ幸いとばかりにレイカが自慢の火力に任せて横合いから魔法をぶつけ、新調した銃型の杖の威力を示していく。
アサルトライフルにしか見えない杖の先端から数十発ほど魔力の弾を連射していると、流石に巨大アリジゴクも鬱陶しくなったのか、頭をレイカに向けて複眼ビームを発射してくる。
しかしその攻撃はレイカの前方に展開されていた棺桶型のシールドによって遮られた。
「いけますわねこの新装備!」
「おうおうカッコイイね~」
ポルターシールド――その頑強な防壁は、巨大アリジゴクの雑魚敵離れしたビームさえも防いでみせた。
早速見せつけてくれた新装備の有用性をレイカが称えると、製作者であるペンちゃんが大ジャンプをかましながら巨大アリジゴクの後頭部に回り込んだ。
「エターナルなんたらブリザード! よし、決まった」
振りかぶって一閃、ペンちゃんが身の丈以上の大きさのハンマーを振り下ろし、巨大アリジゴクの後頭部を打ち付ける。
瞬間、打ち付けられた部位から巨大アリジゴクの身体がじわりじわりと凍り付いていき、モンスターは数秒間暴れ回った後全身が氷漬けになった。
「ペンちゃん、すごい……」
「だろだろ?」
今のペンちゃんが発動したのは「氷漬け」という状態異常を与えるスキルだったのだろう。
ペンちゃんがまともに戦っている姿をほとんど見たことがなかったフィアは、想像以上の彼女の力を前に感嘆の声を漏らした。
「まあ、あと数秒ぐらいで溶けちゃうんだけどな。だが時間稼ぎにはなる。お嬢さん、やっちまいな」
「ええ、フィニッシュは私が。詠唱は……王者の鼓動、今ここに烈を成すとかにしますか」
「おい」
巨大アリジゴクが氷漬けになって動けない隙に、レイカが魔法の詠唱を行う。
その詠唱は放つ魔法の威力を底上げする為のものであり、普段であれば隙が多く使用機会が限定されるスキルだ。
しかしこれだけのお膳立てを受ければ詠唱の完成も容易であり、巨大アリジゴクの状態異常が解けた頃には既に解放の体勢に入ることができた。
「受けなさい! カオス・フラッシャー!」
両手で構えたアサルトライフル型魔導杖の先端から、禍々しいエネルギーが解き放たれる。
黒紫色の光線となって照射されたその光は、瞬く間に巨大アリジゴクの頭部を貫き、轟音を上げて爆発していった。
幻魔アンドレアルフスにも放った闇属性の集束魔法「カオスフラッシャー」。それは今のレイカが習得している中で際立った威力の魔法であり、「MP」を全て使い果たすことで放つことができる最強の一撃だった。
その威力は多くの火力増強系のスキルを習得した今、アンドレアルフスに放った時とは比べ物にならない。
放ったレイカ自身が誰よりも驚き、その破壊力に感激している次第であった。
「どやあ」
「すっげえなこの威力……あんたどんなスキル取ったんだ?」
「企業秘密って奴ですわ。オホホ」
その一撃が決め手となり、巨大アリジゴクことタイラントワームは地に崩れ落ち、光の粒子となって消えていった。
彼のいた場所に出てきたドロップアイテムを回収すると、三人パーティの大陸探索は好調のスタートを切った。
戦闘回だとあまり目立ちませんがフィアは地味に無想転生みたいな動きをしています。