蒼紅天使のマスカレード   作:GT(EW版)

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ログアウト・エンカウント

 

 

 ――開拓者の町「ガリクジュ」。

 

 そこは、フィクス大陸における玄関口の一つである。

 ハーメラスからフィア達を乗せて出港した船は、シャーク・ウェーブというサメモンスター強襲イベントを乗り越えた後、しばしの航行を経て無事この町へと到着した。

 東のルアリス大陸でさえマップの踏破にはまだまだ程遠いフィア達であるが、船旅を介して初めて訪れたフィクス大陸の地にレイカは今まで以上の新鮮みを感じている様子だった。

 尤も、フィアにとっては全てが新鮮に見えたわけではない。

 やはりモデルとなった異世界の町の存在を知っているからか、ユウシの記憶を取り戻したフィアとしてはどことなくゲームのフィクス大陸にも面影を感じていた。

 

「さて、ようやく到着しましたが……思っていたよりも、寂れた町なんですね」

 

 港から出て居住区まで入り込んだレイカが、意外そうに口漏らす。

 初めて踏み入れたこの「ガリクジュ」という町だが、プレイヤー達が船から下りた港の方こそ賑わいを見せていたものの、町の奥に進むほど人通りが少なくなり、全体としての雰囲気はハーメラスと比べて慎ましいものだった。

 

「なんだか、ウエスタン映画に出てくる町みたいですわね。これはこれで滾りますが」

「あんたは何でも楽しめるな」

「ゲームですからね。楽しまなければ損ですよ損。あら、ころころですわころころ! ウエスタン映画でよく見るあのころころです!」

「レイカ、あれはタンブルウィード。植物」

「ああ、そんな名前だったんですねあれ」

 

 レイカが上陸したガリクジュの町並みを見てそう表現したように、刺激的な日光に照らされた赤茶けた地に、ころころと回転草が転がっていく光景はウエスタン映画さながらであった。

 建物の造形に関しても町のイメージは西部開拓期のテキサスのような雰囲気に近く、日本人としては少々ときめきを覚える景色だった。

 まさにカウボーイハットを被りたくなる地であり……実際町のNPCと思わしき者の多くはそのような格好をしており、そんな彼らを見てレイカがキラキラと瞳を輝かせていた。

 

 

「この町は変わりありませんね……さて、これから貴方がたはどうなさるのですか?」

 

 しばらく観光がてらガリクジュの町を歩き回りながら、農場と思わしき場所で飼育されている牛や馬型のモンスターの姿を眺めていたフィア達にロナ・ルディアスが問い掛けた。

 船に乗り合わせてからこれまでなし崩し的に同行してきた彼女には、既にフィア達の目的も話している。

 それ故にフィア達がヘブンズナイツから与えられた試練の為にフィクス大陸を訪れたことを知っている彼女は、この日ガリクジュの町で何をするのかという意味で問い掛けてきたのであろう。

 その問いに試練を受けている当人であるレイカがウインドウを開くと、自身のプレイ時間の項目を眺めながら残念そうに答えた。

 

「そうですね……私としては今すぐにでもこの町を出て目的地へ行きたいところでしたが、今日はもういい時間ですし、この辺りでお開きとしましょうか」

「まあ、平日だしな。いつの間にかへリアルの奴もログアウトしているし、私も賛成だ。それと、サメとの戦いで結構なGが手に入ったんだから、先に進む前にあんたは装備を仕立て直した方がいいんじゃないか? 私がオーダーメイドしたフィアの装備なら大丈夫だろうが、あんたの装備はこっちじゃ脆すぎる」

「ええ、その件なんですがペンちゃんさんにお願いしてもよろしいですか? TTJとの戦いで、一つ思いついたことがあるんです。名付けて「魔砲装備」、この私がよりスタイリッシュに戦う為の装備計画です」

「なんだそりゃ……まあ、フィアの槍を改造してからなら作ってやるよ」

「ありがとうございます! 頼りになる鍛冶屋さんですわ」

「ふふん、ペンギンだからな」

 

 フィアは介入しなかったが、レイカとペンちゃんの両名は前線でのサメモンスター達との戦いを経て親睦が深まっていたようだ。気心知れた仲のように軽口を叩き合う一人と一羽の姿に、フィアはうんうんと頷きながら満悦の表情を浮かべる。

 そんなフィアを見て微笑を浮かべたロナが、一同に向かって言い放った。

 

「では、私達とはここでお別れですね。短い時間でしたが、楽しかったですよ。あの赤い人ともお話したかったのですが、今日はありがとうございました」

「……うん、へリアルにも、言っておく」

「マキリスさん、貴方の救援には助かりました」

「なに、私はほんの少し手を貸しただけに過ぎんよ」

 

 ゲームの中にいるからと言って、プレイヤーに与えられた時間が無限なわけではない。明日も学校があり、現実での生活があるフィア達は船旅を終えてキリのいいところまでプレイが進んだことで、既にログアウトの頃合いを決めていた。

 それでもレイカの顔には二人と別れることを勿体ないと思う気持ちがわかりやすく書かれているようであったが、時が流れている以上こればかりは致し方のないことだった。

 パーティを組んでいたへリアルに至っては、シャーク・ウェーブが終わった時点で「今日は寝ます……おやすみなさい、ユウシ」とフィアに告げながら、一足先に早々とログアウトしていたほどだ。

 そんなへリアル――クレナの様子がロナとの対面を避けるような行動に見えたのは、おそらくフィアの気のせいではないだろう。

 ロナ――彼女の元となった人物であるロラ・ルディアスという巫女のことを、クレナがどうにも苦手そうにしていたことがユウシの記憶に残っている。

 それは二人の仲が悪かったというわけではないのだが、ユウシとしては常にクレナがロラにからかわれていたような印象があった。

 それ以外にも……色々な面で、彼女にはロラとそっくりなロナの顔を見ることに思うことがあったのかもしれない。その気持ちは、他ならぬフィアだからこそよくわかっていた。

 

「ロナ様……」

「いつでもお告げのスキルを使ってくださいね。またお会いしましょう、フィア様」

「うん、また」

 

 じっとロナの瞳を見つめるフィアに、彼女は微笑みを返しながら名残惜しそうに別れの挨拶をする。

 このゲームを続けている限り、彼女とはまた会える。去りゆく後ろ姿を見て、フィアはまた会いたいなと強く思った。

 

 

 そうしてロナとマキリス、二人のNPCと別れた後――ほどなくしてフィア達一同もログアウトし、この日のプレイが終了した。 

 

 

 現実の世界に帰り、自室の中でプレイヤー・フィアから双葉志亜に戻った志亜は、部屋の灯かりを消すとそのまま布団を被り、最近のお気に入りであるペンギンのぬいぐるみを抱き抱えながら横になって身を丸めた。

 思えばもう随分と、フラッシュバックに苦しめられることがなくなった気がする。目の下にクマをつけた自分の顔も、最近はゲームの中だけの存在になっていた。

 

「……くれな……れいか……みんな……すき……」

 

 この日もまたすんなりと寝付くことができた志亜は、心地良い夢を見ながらむにゃむにゃと寝言を漏らしていた。

 

 その夢に登場する大切な人達ともずっと、志亜はこの世界でいつまでも共にいたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼちぼちと文化祭の準備に取り掛かり始めた学校生活は、この日も平和に過ぎていった。

 いつもと同じように授業を受けて、休み時間では親友の麗花とHKO等のゲームについて話したりする。麗花ほど仲良しとは言わないまでも、この頃には志亜にも仲の良いクラスメイトが増え始めている。そんな一年一組の教室は、心なしか他のクラスよりも穏やかな空気が漂っているように感じられた。

 

 そんな就学時間が過ぎれば次は部活動があり、運動部の面々などは早々に着替えて授業よりも活き活きとした表情でグラウンドへと向かっていった。

 しかし、志亜の所属する生物部の活動はこの日はなかった為に、志亜と麗花は真っ直ぐ帰路につこうとしていた。

 

 そんな二人が校門を後にすると、その場に待機していた黒塗りの高級車から紳士風の男性が姿を現した。

 

「お疲れ様です、お嬢様。双葉様も、ご自宅までお送り致しましょうか?」

「ううん、志亜は、歩いて帰ります」

「家が近いと便利ですわね」

 

 ゲームをしている時など時々忘れてしまいそうになるが、城ケ崎麗花はやはり名家のお嬢様である。

 中学時代からこうして送迎の為に車を出すことは当たり前であり、志亜も彼女と共に遊びに行く時などは何度か同じ車に乗せてもらったことがあった。

 そんな送迎車を運転する男性は口ひげがダンディーな、いかにも紳士そうな風貌をした彼女の執事であり、彼は校門から出てきた麗花だけではなく、志亜に対しても腰を折って挨拶をしてくれた。

 恐縮しながら一礼を返した志亜に、執事は目を細めながら頬を緩める。

 

「では、帰り道にはお気をつけて。それと、双葉様のことはいつでもまた遊びにいらしてくださいと奥様が」

「ん、麗花のお母さんが?」

「爺、余計なことは言わないの!」

 

 麗花のことは一番の親友だと思っている志亜だが、彼女の家の方とも上手く付き合えている方だと認識している。

 家柄の格で言えば確かに釣り合わない点もあるかもしれないが、爵位のような階級社会があるわけでもない。

 寧ろ初めて友人として(・・・・・)彼女の家に招待され、紹介してもらった時は「お嬢様が……麗花お嬢様が初めて自分から友人を……!」「あの麗花お嬢様が、こんなにまともな友人をつくるなんて……!」などと大層な反応で使用人達から歓迎され、彼女の血縁者である両親や兄姉からは「麗花に、あの麗花にまともな友達だと……?」「ああ、麗花を浄化してくれたっていうあの……」「この子が噂の志亜さんね。本当にお人形さんみたい」「あらあらかわいらしい。ウフフ……」などと、驚かれながらも盛大な歓待を受けたものである。

 特に同性である彼女の母親や姉からは志亜が不思議に思うほど初対面から気に入られている始末であり、最近では遊びに行く度に着せ替え人形にされるのが恒例となっていた。

 志亜はそんな友人の家族を苦手に思っているわけではなく、寧ろ会うのを楽しいと感じていたが……麗花の方は家内が寄せる志亜への溺愛ぶりに少々ひいているようだ。執事から母親のことを言われると恥ずかしそうに頬を染めて、彼女は車に乗り込み自らの手でドアを閉めながら志亜に言った。

 

「HKOでお待ちしていますわ、志亜さん。今日は問題の場所まで進めるのでそのつもりで」

「うん、わかった」

「では、また」

 

 家に帰った後の予定を言い渡した後、執事が運転する車が下校時間の道路を走り去っていった。

 

 志亜は彼女の車を見送った後、自分の足でてくてくと歩道を歩いて行く。

 徒歩でもそう多くの時間が掛からない地元に住んでいる志亜としては、彼女のように車での送迎は不要だったし、何より志亜は登下校中に見る町の景色が好きだったのだ。

 それは何てことのない町並みであり、HKOの世界と比べればもはや見慣れすぎている景色であったが……志亜は「双葉志亜」が生まれてきたこの町を、麗花と出会った時からはっきりと愛していた。

 

 道中では日課である愛犬イッチーの散歩を通して幼い頃から顔見知りになっている八百屋のおじさんや、宅配のお兄さんお姉さん達と挨拶を交わしながら、志亜は鞄を片手に帰り道を歩いて行く。

 

 そんな時間の中で初めてこの道で出くわしたのは――向かい側から走行してきたサイドカー付きのバイクに乗っている、一人の青年の姿だった。

 

「志亜さん!」

「ん……」

 

 道路の脇にバイクを停車させた青年が、被っていたヘルメットを外しながら志亜の名前を呼び掛ける。

 聞き覚えのあるその声に足を止めた志亜は、呼び止められた青年の顔に目を移し――驚きの声を漏らした。

 

「ソロ……?」

 

 脱いだヘルメットから外気に曝され、風に揺らされていく灰色の髪。

 黒いサングラスを掛けたモデル体型の美青年が、志亜の姿を見ていたずらっぽく微笑む。

 まるで偶然を装ったよう、彼は言った。

 

「やあ、志亜さん。こんなところで奇遇だね……と言うのは、白々しいか」

「……こんにちは、です」

「ああ、こんにちは」

 

 ちらりと空の方向を一瞥した後、バイクから下りた皇ソロが爽やかな調子で挨拶をする。

 あと三分もすれば家につくというところでの、奇妙な再会であった。

 彼自身が言う通り、奇遇という言葉が白々しく聞こえるこの対面は、始めから意図して起こされたように志亜は感じていた。

 彼は志亜の下校時間を見計らって、志亜と会う為にここへ来たのだ。

 

「どうしたの?」

「実は僕、今日休みなんだ。部下に休みを取らされてね」

「志亜に、会いに来た?」

「そういうことになるね。君にはあの時話せなかったことを、ちゃんと話したいと思っていたから」

「……うん、志亜も、貴方にもっと聞きたかった」

 

 日にちで言えばほんの数日ぶりの再会であったが、志亜としては心のどこかで心待ちにしていたような感覚だった。

 あの時――ユウシの記憶をほぼ完全に取り戻した時の志亜は、その時点で心のキャパシティーが耐えられず彼との話を一定の決着こそあれど、中途半端な形で投げ出してしまったと思っていた。

 故に、彼にはまだ……志亜には聞きたいことがあったのだ。

 それは「HKO」という彼の作ったゲームに対する話ではなく、もっと個人的な話である。

 そんな志亜の心情を見通しているかのように、灰色の青年は自身が乗ってきたバイクを親指で指差しながら提案した。

 

「君が良ければだけど、少し付き合ってくれないか? 君に是非、見せたいと思っていた場所があるんだ。あんまり時間は取らないから」

「うん……いいよ、ソロ。一時間ぐらいなら」

「仰せのままに」

 

 言葉だけを抜き取れば、未成年をナンパする軽い男の言葉にも聞こえるかもしれない。

 しかしソロが放つ爽やかな雰囲気や美青年然としたその風貌や仕草の一つ一つが、どこか映画やドラマのワンシーンのような気配をこの場に醸し出していた。

 遠目から彼の姿を眺める下校中の女子高生達などは黄色い声を抑えるようにざわついており、志亜と顔見知りである近所のおばさん達は何故か微笑ましいものを見るような目であらあらうふふと和んでいた。おそらく明日には妙な噂が流れていることだろう。

 そんな周囲の視線を気にする余裕もなく、志亜は彼の差し伸ばした手をおそるおそる掴むと、指定席のように用意されていたサイドカーへと乗り込んでいった。

 

「ん……ぶかぶか違う。大きさ、合ってる?」

「君の為に、僕の能力で作ったんだ。かわいらしいメットだろう?」

「?」

 

 志亜がサイドカーに腰を下ろした後、彼から手渡された小さなヘルメットのサイズが志亜の頭に合っていたのもまた彼の周到な性格が出ていると、志亜はユウシの心が苦笑しているように感じた。

 そんな志亜が準備を終えたのを確認すると、ヘルメットを被ったソロはハンドルを握り、バイクを発進させた。

 

 





 自分で読み直してみて「なんかごちゃごちゃしているなぁ」と感じたので、あらすじをシンプルな形に一新しました。
 要約が苦手な私としては、あらすじをたった一行でまとめている累計作品を見ると本当に尊敬します。

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