奇妙なつながり・騎士の在処
皇ソロとの対談で得たものは、まさしく志亜にとって大きな転機となった。
前世の恋人であるクレナと再会できたことはもちろんだが、東條ルキという新しい友人ができたのもそうだ。
何より前世の記憶をほぼ完全に取り戻した上で、今の自分の存在を肯定することができたのは間違いなく志亜自身の成長と言えるだろう。
そんな志亜の変化が彼女の人生に何をもたらしたかと言うと……具体的な影響としては、特定人物への接し方が少し変わった。
前世の記憶を取り戻したことで、仲間として共に戦っていた紫藤美夏と青木翼の存在を思い出し、現世における生物部の先輩二人に対する距離が近くなったのだ。
先輩達はそんな志亜のことを事情を知らずして好意的に受け入れてくれたようだが、うっかりすると志亜は二人に甘えすぎてしまう気がして申し訳ない気持ちになった。
月曜日――そんな一日の就学が、滞りなく終わる。
部活動が終わり、そのまま帰路につこうとした矢先、志亜は先日のことで改めて友人に礼を言った。
「麗花、ありがとう」
前置きなく頭を下げた志亜に、首を傾げたのは麗花の方だった。
「毎度ながら唐突ですね。何のことです?」
「麗花のおかげで、志亜は志亜のままでいられた。だから、ありがとう」
ああ、なるほど。そういうことですかと、腑に落ちた様子で麗花が頷く。
志亜の実情は、既に今朝顔を合わせた時に話している。惜しみない礼はその時にも言っている。
しかし志亜は、彼女に対して改めて感謝の気持ちを示したかったのだ。
「記憶を取り戻したんでしたね。どうですか? 学校で、何か変わったことはありましたか」
「生きたいと思った」
前世――ユウシの記憶を取り戻してから、初めての学校生活である。
そのことで、今までとは何か世界の見え方が変わったように思う。紫藤美夏や青木翼のことを、将来二人が幸せになるところまで見届けたいと今まで以上に強く思ったように。
だがそれと同時に変化を感じたのは、己の存在に対する自己肯定だった。
「生きて、志亜も……志亜も、みんなと幸せになりたいと思った」
思い出す。夢心地な暗闇の世界で出会った青い髪の少女、キズナとの対話を。
あの時、彼女に向かって志亜が吐き出した言葉は、その全てが偽りのない本心だった。
こんな自分でも、こんなどうしようもない自分でも……人並みの幸せを得たいと思ってしまった。
ユウシではなく志亜として、都合よく一人の人間として生きていくことを願った。
そんな身勝手な志亜の言葉に、麗花はあっけらかんと返す。
「いいんじゃないですか? それで」
そう言って麗花は肩を竦めながら、しかしその頬を確かに緩める。
一見ぶっきらぼうのようで志亜の決意を喜んでくれた親友の顔が、志亜は大好きだった。
「……うん、だから……だからね、麗花」
故に志亜は、彼女を信頼していながらも僅かな不安を隠せずに訊ねた。
「これからも……志亜と一緒に、いてくれる?」
クレナにも訊ねて、彼女から「ずるい」と言われてしまった言葉だ。だがそれを、志亜は麗花にも教えてほしかった。
こんな自分と、普通とは違う自分の傍にいてくれるかと。
これからもずっと、自分と友達でいてくれるかと。
そんな質問に、麗花の方こそ困り顔を浮かべた。
「愚問ですわね。当たり前でしょうが、そんなこと」
今までと何も変わりなく、愛する友は言い切ってみせる。
蝶も花よと大事に育てられてきた生い立ちに反して、令嬢の対応はどこまでも男前だった。
「ありがとう。麗花、大好き」
彼女がいなければ、今頃自分はユウシとして仲間の待つ冥府へと向かっていたかもしれない。
彼女がいたから、志亜は志亜として初めて自分の存在を肯定することができたのだ。
本当に大好きだよ、と――再三に渡り、志亜は親友に対する友情を打ち明けた。
「ただいま」
平穏な一日を終えた志亜は、その心もまた平穏を保ちながら、何事もなく自宅へ帰宅した。
しかし玄関に入った瞬間、志亜は即座に家の中がいつもと違うことに気づく。
――靴が一つ。母親や自分の物とは違う、志亜ほどではないがサイズの小さいローファーが弟の靴と一緒に並んでいたのだ。
弟、千次が友達を連れて来たのだろうか。この家に家族以外の者が上がっていることに気づいた志亜は、顔を合わせたら挨拶をしようと思いながら靴を脱いで玄関から上がり、その足で居間へと向かう。
そして、志亜は見た。
「あ」
居間のテーブルで向かい合って座っている、少年と少女の姿を。
一人は志亜の大切な弟である千次。そしてもう一人は先日再会したばかりの紅色の髪の少女、紅井クレナだった。
「クレナ?」
「おかえりなさい、ユウシ」
「あっ、おかえり姉さん」
「うん、ただいま。……どうして、クレナが?」
千次は少し気まずそうな表情をしているが、クレナは凛とした表情のまま平然と、至って自然体で志亜に挨拶を返す。
まるでこれが日常の光景とばかりに、当然のように双葉家の自宅に上がっていたクレナだが、一体どういう経緯を経てここに来たのか? そのことを不思議に思いながら彼女の着ている制服を眺めていると、志亜は彼女と千次の間にある一つの接点を見つけた。
もしかして……と志亜が問い掛けるよりも早く、クレナが説明する。
「双葉千次……彼が貴方の弟であることを知って、この家の場所を教えてもらったんです」
「そうなんだ……ゆっくりしていってね、クレナ」
「順応性高いな、姉さんは」
クレナが今身に纏っている服は、千次の通う天阜嶺高校の女子生徒の制服である。
弟と同じ高校に通っているという接点を思い出した志亜だが、昨日はそのことについて語り合う余裕もなく、今になって奇妙な縁に驚いていた。
人間関係とはどこにどのような縁が隠れているのかわからないものだと、志亜は今までのことも含めてしみじみと思った。
「クレナは、千次と同じ学校だったんだね」
「ええ、私にはどうしても、天阜嶺高校でやるべきことがあったので」
「……白石勇志のこと?」
「勝手ながら、彼の周辺警護を」
「絆のことも?」
「もちろんです、ユウシ」
何を隠そうにもクレナと千次の通う天阜嶺高校は、志亜の前世である「白石勇志」が通っている学校でもあるのだ。
前世の記憶を取り戻した今の志亜は、この世界の「ユウシ」が異世界召喚されることもなく平和な高校生活を送れていることを知り、温かい気持ちに包まれるのを感じていた。
そして、クレナに対する多大な感謝もだ。
この世界の「ユウシ」がそうして平和に暮らせているのは、彼女が彼らのことを守ってくれたからなのだということを志亜は知っていた。
「ありがとう、クレナ」
何度礼を言っても、彼女には感謝し尽くせない。
志亜自身、ありがとうという言葉が好きになっている自分に気づいていた。
そんな志亜の言葉にクレナは照れくさそうに視線を外しながら、ぎこちない言葉遣いで言い返した。
「力を持っている以上、それが私の責任だと思っているから……礼には及びませ……及ばない」
「敬語だったりため口だったり、紅井さんなんかぎこちないね」
「……お前には関係ない」
「そうかい」
志亜を前にした際の彼女の態度が傍から見ると可笑しかったのか、千次が難しそうな顔をしながら苦笑を浮かべている。
それに対して視線も向けず無愛想な言葉を返すクレナを見て、志亜は気になった。
クレナは、志亜の弟である千次を経由してこの家を訪れたと言った。
ならばクレナと千次は一体、どれほどの関係なのだろうかと志亜は気になったのだ。
それは単純な仲の良さというよりも、千次がクレナの過去についてどれほど聞かされているのかという疑問だった。
「千次、千次はクレナのこと……どのくらい、知ってる?」
「前世諸々、普通なら電波扱いされる話までかな。ある程度のことは、さっき聞いたよ。仲間だったんだって? 昔の」
「そう……クレナが、話したんだ」
「貴方ならきっと、肉親には前世のことを明かしているだろうと思ったので」
「うん……ユウシは、嘘が嫌いだった。志亜も噓つきだけど、嘘は嫌いだった」
「まさか、クラス一の美少女が転生者とかいう奴だったなんてね。まったく驚きっぱなしの一日だったよ、今日は……田中先輩が知ったら大喜びだろうな」
「弟、少し黙れ」
「はいはい」
志亜から訊かれることを予め想定していたのか、千次が何事もなく答え、クレナが厳しい目を彼に向ける。
どうやら千次は、クレナから志亜との関係を聞かされた上で信用してここへ招いたらしい。
千次はポリポリと気まずそうに頭を掻きながら、その時のことを志亜に語った。
「紅井さんとは、うちの生徒会のことで話すことがあってね。……なんだけど色々と話が脱線して、紅井さんと俺で姉さんについて色々と話し込んでいる内になんか家に招くことになったんだ。……まあ、場の流れみたいな感じかな」
「双子にしては似ていないから気のせいだと思っていたが、まさかユウシの弟がクラスメイトだったとは思わなかった」
「すごい、縁……」
双葉志亜と紅井クレナはお互いに、今までも気づいていないだけで近くにいたのだ。
そして現在生徒会に所属している千次が「白石勇志」と知り合いだったという話も、志亜には寝耳に水だった。
志亜に宿っているユウシの記憶では、一年しか経験していない高校生活は特に妹の看病で忙しく、生徒会になど所属していなかった筈だが……やはりユウシが体験した歴史とこの世界では、ところどころでクレナの介入関係なく差異があるのかもしれない。
あの水族館で兄と一緒に遊ぶ元気そうな「白石絆」の姿を見掛けた時点で、その差異は既に察していたことだった。
身近なところでかつての志亜とも接点があった志亜の弟は、何とも言えない顔で口を開いた。
「俺としては姉さんのことをユウシって呼ぶのは、すっごい紛らわしいし違和感あるんだよね。俺にとってユウシって言ったら、生徒会の白石先輩だし」
「許可は出ている。お前が気にすることじゃない」
自分に対する時とは違い、千次と話すクレナの表情は極めて無愛想だ。
二人が仲良しなら志亜も嬉しいのだが、やはりと言うべきか学校でのクレナは気難しい態度なのかもしれない。
志亜はそんな態度をする彼女の心情を、なんとなく察してはいた。
周りと自分の違いの狭間で、彼女は戸惑っているのだろう。麗花と出会う前の、かつての自分と同じで。
「千次は、クレナと仲良し?」
「いや、今日まで碌に話したこともなかったよ。紅井さん、かなり無口だし」
「話す理由がないだけだ。別に私は、クラスメイトのことを嫌ってもいないし好いてもいない」
「クレナ、それは……」
「話が合わないんですよ、ユウシ。こればかりは仕方がない」
クレナにとってこの世界はどんな色に見えているのか……それを決めるのは志亜ではないが、彼女の優しさを知っているからこそ、彼女にはどうか他の人間のことも好きになってほしいと志亜は思った。
そんなことを思いながら、志亜は切ない気持ちを胸にクレナと向かい合う。
二人が静かに見つめ合うその空気に耐えかねたのか――それとも気を遣ってくれたのか、千次が志亜に席を譲るように椅子から立ち上がった。
「さてと、姉さんも帰ってきたし、俺はちょっと飲み物でも買いにコンビニ行ってくるね。姉さんは何か買ってきてほしいものある?」
「ううん、気をつけてね」
「わかった。じゃあ、後は若い二人で」
手をひらひらさせながら、飄々とした態度で彼は部屋を後にしていく。
去りゆく弟の後ろ姿を見送った後、思わずと言った様子でクレナが呟き、志亜が言葉を返した。
「あの男も大概、私達を前に順応性が高いですね。
「千次は優しい子。志亜は、いつも助けてもらっている」
「ユウシの前世のことも、やはり彼は全部知っているんですか?」
「うん。小さい頃、志亜が家族のみんなに全部話したから」
「……私の予想が、当たっていましたか」
前世について察しが良すぎるように感じる彼の姿は、クレナから見れば少し異様に見えたかもしれない。
しかしそれは志亜が昔、志亜自身が己に宿る前世の記憶について包み隠さず打ち明けたからこその反応であった。
あの時の自分が抱いていた絶望が、幼い志亜にそうさせたのだ。
あの時の志亜は、己が生まれてきたことを何より罪深く思っていた。
仲間達の元に逝くことが出来なかった悲しみに、押し潰されていたとも言えるだろう。
「全てをみんなに話して……志亜は、死のうとした」
「ユウシ、それは……貴方はそこまで」
「もちろん、今は大丈夫。そんなこと、考えていないよ」
当時の志亜が自己否定の一心に染まっていたことを語ると、千次から志亜の自殺未遂の件までは聞かされていなかったらしいクレナが血相を変える。
尤も今の自分にはそのような破滅的な願望はないと続け、志亜は予想以上に大きかった彼女の反応に焦りながらもどうにか落ち着かせる。
今の志亜が当時の状態と比べてほんの少しでも前向きになれたのは、家族からの愛や麗花との友情がきっかけだった。
だから志亜は、変わりたいと思う。
「こんな志亜のことを、好きになってくれた人がいたから……志亜もみんなのこと、大好き。だから、一緒に生きたいと思ってる」
「ユウシ……」
「もちろん、クレナも一緒がいい……志亜と、一緒」
志亜が今の自分自身への思いを語り、クレナが言葉を詰まらせる。
数拍の間を置いて、クレナが真紅の双眸を向けて言い放った。
「……私がアカイクレナだったなら、貴方のことを誰もいない場所まで連れ去っていたかもしれない」
「クレナ……?」
「貴方と二人だけでずっと……ずっと……」
志亜の偽らざる気持ちを聞いたクレナは、目元を片手で覆いながら息を吐いた。
「……何なんでしょうかね、この気持ちは……」
「大丈夫?」
「……何でもありません。やはり私もまた、完全なアカイクレナではないのかもしれません」
「?」
彼女の反応を見ると、クレナもまた前世の記憶と今を生きている自分との記憶との間で揺れ動いている最中なのかもしれない。
戸惑うような呟きには、今の志亜にも共感できる思いが込められているように感じた。
「そうだユウシ、これを」
「これは……」
しばしの沈黙を空けた後、顔を上げたクレナはどこかわざとらしく話を変えるように、パンフレットのような一枚の紙切れを手渡してきた。
「この間ソロが渡したカードの解説書です。詳しいことや、カードの使い方はここに書いてあります」
「ん……ありがとう」
紙の上には「エンドレス・マスカレードについて」という文面が書き綴られていた。イベントカードと呼んでいた、ソロから詫びの品として受け取らされたあのカードのことについての情報である。
胸の中で「相変わらず、律儀な奴だ」と苦笑するユウシの心を感じながら、志亜はクレナに問い掛けた。
「クレナも、ソロのゲームやっているの?」
「ええ、私の場合はゲームの監視者も兼ねていますが」
「かんししゃ?」
「……魔王が言っていたように、あのゲームはかつて私達が体験した異世界フォストルディアを基に、奴が「創造の力」で生み出したものです。しかしそんな作り方だからか、完成したゲームにはソロの想定を超える不適切な要素が組み込まれていた」
昨日ソロによって明かされた真実を前提にして、クレナがゲーム内のおそらくトップシークレットであろう情報を語る。
ゲームとして明らかに不適切な要素――と言われると、どれがそれに当たるかはともかく、確かに基となった世界のことを思えばそのような要素は山ほどあるだろう。
かつての世界でユウシ達が体験した出来事を沈んだ気持ちで思い起こしながら、志亜はクレナの話に耳を傾ける。
「例えば、プレイヤーだけではどうやっても倒せない異常ステータスを持つキャラクターが存在していたりだとか」
「あ……」
クレナの上げた具体例に、思い当たる節があった志亜は即座に声を上げる。
そんな志亜の反応に頷きながら、クレナが説明を続ける。
「魔王はそれらのものを安直に「バグ」と呼んでいましたが、私はそれを破壊するように奴の依頼を受け、特殊な権限を持ったプレイヤーとして行動しています。ヘブンズナイツ1の騎士、「アイン・ヘリアル」として」
つまらなそうに頬杖をつきながら、クレナが語る。
アインヘリアルと言えばエインヘリヤルとも発音される、北欧神話で伝えられる死せる戦士達の名称だ。
言い得て妙な、何ともこじゃれたネーミングであるとクレナが皮肉げに呟いた。
「アイン・ヘリアル?」
「名付けたのはソロですが……奴としては死してなお生きる勇者の魂と、数字の1をかけたつもりなんでしょう。あのゲームの中で私は、そのアバターを使って「バグ」の破壊活動をしています」
その仕事のおかげで貴方と会えたのは奇跡でした、と嘆息しながら呟くクレナの言葉に、志亜は驚きに目を見開く。
そしてようやく合点がいったと納得し、志亜は先日のプレイ中に出会った「紅の騎士」の存在を思い出し、目の前の少女に対して問い質した。
「やっぱり、あの時の紅い騎士は、クレナだったの?」
「はい。あれが私のアバター、「アイン・ヘリアル」です」
道理でそっくりだったわけだ、と志亜はかの存在に納得する。
幻魔アンドレアルフス・ネクロスの昇天後、フィアの前に黒幕たる死霊術師を捻じ伏せながら現れ、幻魔アスモデウスと対峙した真紅の仮面騎士。
記憶を取り戻した今だからこそ、志亜は彼女の正体に対して即座に思い至ることができた。
仮面で顔を隠してはいたが、あの時の紅の騎士が纏っていた鎧や雰囲気は、紛れもなくユウシと共に戦場を駆け抜けた大人になった「アカイクレナ」そのものだったのだ。
「あの時の私は「バグ」の一種であるアスモデウスを破壊する為に、祭壇へ訪れました。ですがそこで、幻魔アンドレアルフスを浄化する貴方の姿を見た。その時……私は貴方にキズナの姿を重ねてしまったんです」
「キズナの?」
「はい」
あの時の紅の騎士はあくまでもバグの破壊が目的であり、一介のプレイヤーである志亜のことは眼中になかった。
しかし、あの時のエンカウントこそがターニングポイントだったのだと語り、クレナは彼女視点における昨日までの経緯を明かした。
「あのアンドレアルフス・ネクロスもまた、バグ級の力を持つキャラクターでした。クエスト自体はヘブンズナイツを呼ぶか死霊術師を潰せばクリアは可能なので、正式にバグ認定こそされていませんでしたが……貴方がやったようにあれを浄化させることは、本来ならそれこそキズナ級の聖性を持つ者でなければあり得ない筈だったんです」
「……クレナは、フィアを怪しいと思った?」
「率直に言いますと……私は貴方を見た時、最初はキズナの生まれ変わりなのではないかと疑っていました。ログデータを調べていく内に矛盾に気づき、その可能性はないと判断しましたが」
「クレナ、キズナは志亜なんかよりずっと優しい」
「ユウシらしい意見です。貴方のあの子への評価は、生まれ変わっても変わらないか」
シライシユウシではなく、妹のシライシキズナに似ている気がしたこと……それが、初めてクレナが志亜の存在を意識したきっかけだったと語る。
本来バグ級の存在を相手に力ではなく言葉で、完全に想定外なやり方でクリアしてみせたフィアの存在に興味を持ったのである。
「キズナでなくとも、あんなことが出来るのはかつての勇者達をおいて他にいないと思った……もしかしたらフィアというプレイヤーは、あの世界に関係する人物なのかもしれない。そう思った私はある日、貴方の脳波に異常が発生したことで確信を得て接触を図った――それが、私視点での話です」
巡り巡ってまた、キズナが自分達を引き合わせてくれたように感じるのは感傷的だろうか。
クレナにとっても志亜にとっても想定外な会遇だったが、再び出会えたことを何よりも喜ぶ気持ちは、志亜もクレナも変わらなかった。
そしてその再会は、あのゲーム【
ゲームに対して思うことは色々とあるが、今の志亜は再びクレナと会えた奇跡だけでも製作者のことを肯定してあげたい気持ちになった。
そう考えて、志亜は思う。
彼女は――クレナはあのゲームのことを、どう思っているのだろうかと。
「クレナは……ソロが作ったゲームのこと、どう思ってる?」
だから、訊ねた。
あの時はソロ本人の手前、彼に対する態度は常に氷のように冷たかった。
ヘブンズナイツを裏切って以来、彼に対する彼女の怒りは未だ鎮まっていない様子だ。
しかしそんな彼女が彼の作ったゲームの運営に関わっているのは、どのような理由にせよあのゲームのことを気に入っているからなのではないかと思ったのだ。
その問いに、クレナが自身の考えを整理するように瞳を閉じながら答える。
「……あの世界のことを知らしめたいという奴の言葉を鵜呑みにするなら、腹は立ちますが協力してやってもいいとは思っています。ゲームの製作にも、あの男からどうしても――どうしても、私に手伝ってほしいと頼まれたので、仕方なく協力しました。……野放しにできないあの男には、監視も必要ですし」
淡々とした口調でありながら、「どうしても」という部分を過剰に強調した発言には彼女らしい意地が垣間見える。
それはこの上なく回りくどい言い方であったが、クレナはゲームを作った彼の理念に対してだけは、賛同の意を示していると見受けられた。
「……志亜も、ソロの気持ちを応援したい、な」
志亜はそんな彼女の態度を見て、やはりクレナは優しい子だなと熱弁するユウシの心と同調するように、改めてそう思った。