蒼紅天使のマスカレード   作:GT(EW版)

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セカイデ・ヒトリボッチ

 早く大人になりたい、そう思っていたのは子供の頃。

 

 もう一度子供に戻りたい、そう思っているのは大人になった今。

 

 大人になった自分が何度となく子供の頃の出来事を夢見て、そこに幸せを感じるのは自分の中で思い出を美化しているからなのだろうか。或いは、それほどまでに今の自分が情けない大人だと思っているからか……後悔の無い人生というものは、一度きりの人生では難しいものなのかもしれない。

 

 別段、今の生活に不自由をしているわけではない。にも拘わらず、今の自分が心の奥底から求めているのは不思議な力なんて持っていなかった子供の頃の思い出だ。

 

 つくづく贅沢な男だなと自嘲しながらも――それでも皇ソロという青年は、過去に失ったものを想わずにはいられなかった。

 

 

「社長……社長!」

 

 ハッと、不意に呼び掛けられた女性の声に目を開き、ソロは顔を上げて身を起こす。

 最初に視界に入ってきたのは開かれっぱなしにしていたパソコンの画面であり、その時になって自分が仮眠していたのこと気づかされた。

 

 ゲーム会社「SOLO」――その社長室。

 

 時計を見れば昼の休憩時間終了まで残り5分を切っていることがわかり、時間にして30分以上の仮眠をしてしまった事実がその身により倦怠感を感じさせた。

 

「すまない、リライブ。社長がこれでは示しがつかないな……」

「いえ、とんでもありません。ここしばらく働きづめでしたからね……社長は寝室で休んでいても大丈夫ですよ?  今日のスケジュールならば、後は私にお任せください」

 

 自嘲の笑みを浮かべるソロに対して褐色の美女が労いの言葉を掛け、その身を親身になって案じてくる。その様子は上司に対して媚を売るというものではなく、言葉通り心から心配しているように映った。

 

 ビジネススーツを身に纏う彼女の姿は若く、立場に反してあどけない雰囲気が漂っているが、彼女もまた卓越した能力を持つ社長秘書の一人だ。今日のところは彼女に任せて休んでいても、会社は問題なく回るだろうとソロも信頼していた。

 

 しかし、生憎にもこの後のソロにはどうしても外せない用事があった。

 

「好意はありがたいが、それは出来ない。この後、あるお客様と面会する予定があってね」

「面会ですか? そのような予定は……」

 

 社長秘書である彼女にすら言っていない、と言うと意地悪をしているようで申し訳なさが募る。

 しかしそれは、ソロにとっては日々の業務以上に大切な用事だった。

 

「紅井クレナから連絡が入った」

「っ、あの女……! 何を勝手にッ」

 

 紅色の髪を持つ少女の名を口に出した瞬間、秘書の穏やかな目つきが一瞬にして険しく尖り、不快な感情を剥き出しにして毒を吐く。

 直情的なその態度には若さと言うか幼ささえ見受けられたが、それも今は仕方がないことなのかもしれないなとソロは半ば諦めていた。

 

「彼女のことを、随分毛嫌いしているね」

「あの女は危険です! あの女だけは……ソロ様を殺せる力を持っているのですから!」

 

 彼女の紅井クレナへの敵意――それは自分に対する忠誠心故のものであることに、ソロは気づいていた。

 ……つくづく、僕は最低な男だなとソロは思う。

 絶望的な人生から救い出すことで多大な恩を感じさせ、苦も無く絶対的な信頼と忠誠を勝ち取る。

 あの世界(・・・・)の神もこんな気持ちだったのだろうかなと、ソロは自身に向けられる真っ直ぐな目を見て小さく溜め息をつく。

 

「リライブ・クロノクル」

「は、はい!」

 

 とりあえずは秘書を落ち着かせる為、ソロは彼女にわざとらしくフルネームで呼び掛ける。

 思えば彼女とも長い付き合いだ。この会社を立ち上げて以来の関係になる。

 戦時中の中東国の辺境で、何もかもを失っていた名もなき少女――正史(・・)であれば異世界に召喚され(・・・・・・・・)、とっくの昔に破滅の人生を送っていた筈の人間。

 

 ソロは彼女に訪れる、残酷な未来を知っていた。故にこの世界では(・・・・・・)彼女を救い、自らの目的の為にその力を利用している。

 逆行者故の取捨選択の中で、貴重な力を持つ彼女の命には拾い上げる価値があった。ソロが彼女のことを自らの秘書として手元に置いているのも、そんな打算的な思惑が大半だった。

 

「ここは、フォストルディアではない」

「…………っ」

「少なくとも彼女は、決してこの町を巻き込むようなことはしないさ」

 

 ここのところは秘書も本業の方で(・・・・・)働きづめだったからか、どうにも思考が物騒な方向に流れている様子だ。

 異世界への遠征任務は、しばらく別の者に任せた方が良いかもしれないとソロは黙り込む彼女――リライブの姿を見てそう思った。

 

 

 ――そんな時、社長室のドアが無作法に開かれる。

 

「連れてきてやったぞ、魔王」

 

 やや早いが、おおよそ予定時刻通りか。

 待ちわびていた少女の声が聴こえてきたことで、ソロはその頬に薄い笑みを浮かべた。

 

「っ、アカイ! 社長に対してなんだその態度は!?」

「この男に礼儀は必要ない」

「貴様っ! 今日という今日は許さんぞ! いい加減に……?」

 

 社長と会話している最中、ノックもせずに乱暴に入室してきた彼女のことが気に入らないのか、リライブが金色の髪を振り乱しながら声を荒げ、少女――紅井クレナへと詰め寄る。

 そんな秘書の迫力を前にしてもクレナはどこ吹く風か、視線すら寄越さずに無表情であしらってみせる。

 その態度が余計リライブの琴線に触れたようだが、彼女はクレナの陰に隠れていたもう一人の入室者に気づくと、慌てて姿勢を正して笑顔を浮かべた。

 

「っ、失礼いたしました! ……お客様ですか?」

 

 妖精――共に並外れた美形である二人を傍に置きながらも、一切見劣りすることのない容貌をした儚げな子供の姿がそこにあった。

 

 なるほど、あの子がそうか……クレナ達よりも華奢で小柄なその子の姿を見て、ソロは一人納得する。

 

 黒髪の少女は先ほどまで険悪な空気が漂っていたリライブとクレナの間で視線を彷徨わせながら、意を決したように前に出る。

 その動きに対して思わず半歩後退りするリライブに対して、少女は物悲しそうな声で、たどたどしく言葉を紡いだ。

 

「貴方とクレナさんは、仲が悪い?」

「ハハハ、そんなことアリマセンヨ。今のはジョークです」

 

 相手が小学生ぐらいの子供に見えるからか、リライブの対応はクレナに対するものとは違い、努めて柔らかに対応しようとするものだった。

 しかしその表情はどこかぎこちなく、浮かべる笑みには固さが残っている。

 

「……子供を連れてきて、何のつもりだ?」

「お前には説明してもわからない。部外者はひっこんでいろ」

「このっ……」

 

 この状況の説明を求めたところ、クレナからドライな対応されて苛立つリライブの姿にはどこか安心を感じてしまう。

 しかしこちらの不備である以上、秘書にこのまま応対させるのは流石に可哀想だと思ったソロは席を立ち、自ら少女達の元へと向かい、声を掛けた。

 

「すまないリライブ。一旦席を外してくれ」

「社長!? わ、私は邪魔者なんですか……?」

「……君にしかできない仕事だ。君には誰もこの部屋に近づかないよう、しばらく見張っていてほしい。頼む」

「! しゃ、社長のご命令であれば!」

 

 口の悪いクレナは彼女のことを部外者と言って冷たくあしらっていたが、確かにこれからの面会に居合わせるべきではない人物であることに違いはなかった。 

 ソロは社長命令を持って純粋すぎる彼女を体よく部屋の外へ追い出すと、改めて「お客様」である小柄な少女と向かい合う。

 そして一つ、入室早々に起こしてしまった騒ぎに対して頭を下げた。

 

「妙な光景を見せて申し訳ない。彼女は優秀な秘書なのだが、そこのクレナ嬢に会うといつもああいう感じでね。僕としては、いわゆる照れ隠しなのではないかと疑っているが」

「それはない」

「そうかな?」

 

 息を吞むような表情でこちらを見上げる少女の姿からは、どこから見ても緊張している様子が伝わってくる。ソロはそんな彼女に配慮してこの空気を和ませるように冗談を吐いてみたのだが、少女の後ろから冷たい眼光で睨んでくる真紅の双眸に切り捨てられてしまった。

 

「私はお前に、そんなことを話しにきたわけじゃない」

「わかっている。しかし僕だって今、どうしたらいいか迷っているんだ。なにせ急な話だったのだから、このぐらいの時間稼ぎは許してほしい」

「ふん、よく言う」

 

 ……さて、本当にどうしたものか。

 平静を装いながら小柄な少女と対面したソロは、実のところその心は少なからず動揺していた。

 ここに居るクレナから事前に連絡を受けてはいたのだが、いざ会ってみるとなると何から話せばいいか困ってしまうのだ。

 それこそこの少女に対しては、簡単な自己紹介の言葉すら浮かばないほどに。

 

「……貴方が、社長さん、ですか?」

「うん。僕は皇ソロ、SOLOの社長だ。君のことは、ゲーム上のデータを通して知っているよ」

 

 少女の方から庇護欲を誘う仕草で伏し目がちに尋ねられると、ソロは遅れて自らの名を名乗る。

 彼女……いや、「彼」を前にしているこの時、今の自分がどんな表情を浮かべているのかも正直わからなくなっているが、出来る限りは微笑みを浮かべてみたつもりだった。

 

「ようこそ我が社へ、フィアさん。SOLOは君の訪問を歓迎しよう」

 

 プレイヤーネーム・フィア。自身が制作したゲーム上のデータにあった彼女の名前を呼びながら、ソロは目線を合わせるように身を屈めて右手を差しだす。

 そんなソロの手を見つめた後、身長差のある少女は恐る恐る腕を伸ばし、お互いの手を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――写真で見た通り、彼の目には室内にも拘わらず黒いサングラスが掛かっていた。

 

 黒髪よりも色素が薄く、白髪よりも色素が濃い「灰色」の髪。180cm以上あるモデルのような体型に微笑みを纏った顔立ちはまさに空想世界の王子様と言っても良い外見で、年頃の乙女であれば向き合っただけで顔を赤くしかねない美青年ぶりだ。

 この青年こそがゲーム会社「SOLO」の社長にして、【Heavens(ヘブンズ) Knight(ナイト) Online(オンライン)】の筆頭製作者。VR業界に革命を起こした「皇ソロ」その人だった。

 

 そして、双葉志亜が会いたいと願っていた人物である。

 

「あ、あの……お時間は、だいじょうぶ、ですか……?」

 

 そんな彼と念願の対面を果たした志亜の言葉は、常にも増して控えめに問い掛けた。

 思っていること、言いたいことがその口から上手く出てこない。この時の志亜は、その胸に得体の知れないざわめきを感じていたのだ。

 それは、麗花に彼の写真を見た時に抱いたものと同じ感覚だった。

 

 そんな彼は志亜の言葉を聞くと穏やかに笑み、耳当たりの良い声で応じた。

 

「うん、時間なら平気さ。社長と言っても今日はあんまりやることがなくてね。働いている社員達には申し訳ないけど」

 

 だから僕の時間のことは気にしないでくれ、そう言いながら彼はキザったらしく志亜の背中に手を伸ばすと、それが鼻につかない見事なエスコートで応接間へと案内していく。

 その後ろを、不愉快なものを見たとばかりの顔でクレナが続いた。

 

「さあ、お客様はそちらのソファーにお掛けください。今お茶を出しますから」

「……ありがとう、ございます」

「クレナ、君も座りなよ。そこにじっと立っていられると、プレッシャーが掛かって仕方ない」

「だからこそ立っている。下手なことは出来ないと思え」

「……君って、僕相手にはほんといい性格しているな」

 

 御貴族様の如きあまりにも自然なエスコートを受けた志亜は、気づいた頃には言われるがままにソファーに腰を下ろしていた。

 しかし質の良いソファーなのであろう、柔らかい感触を受けたことで身体の緊張が僅かに解れ、志亜は今更ながら自分がこれまでの移動で疲れていることに気づいた。

 志亜の運動神経は優秀な方だが、体力に関しては見た目相応なのだ。特に愛犬の散歩から休む時間も無かった為、その身を覆う疲労感はぬぐえなかった。

 一方で同じ距離を移動してきた筈のクレナへちらりと目を向けてみると、彼女の方は志亜とは違い、全く堪えている様子もなく平然とその場に佇んでいた。

 友人の麗花にも似たその威風堂々ぶりには、思わず尊敬の眼差しを寄せてしまう。

 

 そんな志亜の前で、冷たい麦茶の入ったコップを二つテーブルの上に置くと、向かいのソファーにソロも腰掛けた。

 

 そしてクレナ以外の二人がお互いに喉を潤わして数拍を置いた後、複雑な感情を抱く志亜の前でソロが切り出した。

 

「さて、何から話そうか? ……いや、どのぐらいの前置きが必要かな?」

「え?」

 

 志亜に向かって言ったかと思われたその言葉は、どちらかと言えば彼自身の独り言のように聴こえた。

 そんな彼の座るソファーの後ろで、従者……と言うよりも監視者と言うような様相のクレナが言い放つ。

 

「魔王、その子はどういう立場かは知らないが、あの世界(・・・・)のことを知っている。だからゲームの世界に違和感を感じ、お前が浮かべているそのうすら笑いのように気持ちわるいと思っているようだ」

「説明ありがとう。だが、僕の笑顔が気持ち悪いと感じるのは君の感想だろう」

「……志亜は貴方の笑顔、いいと思います……」

「フォローありがとう、フィアさん。……君は優しい子だね。ああ、お菓子もあるからどうぞ遠慮なく」

 

 気持ち悪い、と言うのは少し違うかもしれないが、志亜の抱えている事情は概ねクレナが語った通りである。

 自分が知っている世界とあまりにも共通点が多く、偶然の一致とは思えない「HKO」の世界。その真実を求めて、志亜はここへ訪れたのだ。

 そのことを志亜自身の口から打ち明けると、ソロは顎先に指を添えながらうんうんと頷き、整った顔立ちに納得の表情を浮かべた。

 

「なるほどね、それでゲームを作った僕に会いたいと思い、ここに来たというわけか」

「……クレナさんが、連れていってくれた。勝手なことをして、ごめんなさい……」

「はは、お気になさらず。君のような可愛いらしいお嬢さんなら、僕はいつだってウェルカムですよ」

 

 前世の記憶諸々のことまではまだ明かさなかったが、その説明だけでも彼は志亜の聞きたいことを察してくれたようだ。

 社長として多忙な身である彼に対してあまりにも無礼な行動だと、そう頭を下げる志亜に対して、和やかな笑みで返すソロ。

 その後ろで、紅の少女がぼそりと呟いた。

 

「きもっ」

 

 無表情な顔から淡々と放たれた女子高校生らしい発言に、ソロの笑みがぴしりと固まる。

 そんな彼は、彼女に聴こえないよう声量を抑えながら志亜に訊ねた。

 

「……あそこに居る案内人は、ここに来るまで君に失礼なことをしなかったかい? あの子思考回路が過激な上にコミュニケーション能力が終わってるから、僕は君に何かしでかすんじゃないかと心配していたんだけど……」

「失礼……そんなこと、違います。クレナさんは、優しい人。志亜を、親切に案内してくれました」

「そうか、それを聞いて安心したよ。……色んな意味で」

「?」

 

 ムードブレイカーと呼ぶべきほどに無愛想な態度で佇む彼女を一瞥した後、ソロはふっと苦笑を浮かべながら言い放つ。

 

「君が知りたがっていることはわかる。「キズナ」とそっくりな「フィフス」。「ロラ」とそっくりな「ロナ」。マキリスや他のキャラクター達なんかにも、もしかしたら何か引っ掛かりを覚えたかもしれない。何か強い、既視感みたいなものをね」

「……うん。その理由を、志亜は知りたかった」

 

 それこそが、この場における本題だ。

 サングラスの裏では真剣な眼差しを浮かべていることが窺える青年に対して、志亜は志亜なりに気合を入れようと息を吸い込み、瞳を閉じてすぅっと吐き出す。

 そして決意を込めて目蓋を開き、問い掛けた。

 

 

「皇さん……貴方は、異世界を知っていますか?」

 

 

 志亜の前世である「彼」らが召喚された、地球ではない異世界。

 これまでのソロの様子を見れば答えは想像つくが、志亜は改めて訊ねる。

 案の定、返答は想像通りのものだった。

 

「うん、知っているよ」

 

 はっきりと、聞き間違いようの無い声で灰色の青年が頷く。

 そんな彼に、志亜は質問を続ける。

 

 

「貴方は……キズナたちのことを、知っていますか?」

 

 

 「彼」とその妹である「キズナ」。

 戦乱の異世界へ望まずして召喚され、戦わされ、その地で果てていった名前も思い出せない大切な人々。

 彼らのことも知っているのかと――「HKO」というゲームの中で言い逃れできない事実を、悪びれなくSOLO社長が答える。

 

「うん、全員知っているし、顔も名前も覚えている」

 

 ゲームを作った彼は、志亜のおぼろげな記憶に存在する彼らのことを知っていたのだ。

 あっけらかんと答える彼に対して、志亜はやはり、そうだったのかと……不思議なほどすんなりと納得してしまっていた。

 故に志亜は、何故――と問い詰めることが出来なかった。

 しかし志亜は、自分自身さえ不思議に思う質問を投げ掛けてしまう。

 

 

「貴方は……「彼」のことを、知っていますか……?」

 

 

 ――この場において初対面である筈の彼に対して、志亜はそう訊ねたのである。

 

 

 あっ、と……志亜は質問をした後で自らの発言の支離滅裂さに気づき、驚き狼狽えた。

 何故こんな無意味なことを訊ねたのか、何故そんなことを知りたいと思ったのか……他ならぬ自分自身の精神状態に困惑し、志亜はわたわたと視線を彷徨わせる。

 

 そんな志亜に対して、ソロは頬を緩める。

 

 どこまでも自然的で、柔らかな笑み。

 そして、志亜が憧れるほど優しさを感じる、温かな声だった。

 

 

「……ああ、知っている。知っているとも……僕は彼――君の「前世」に当たる男のことを、誰よりも知っている」

 

 

 えっ――と、その言葉に驚きの声を口漏らしたのは、志亜ではない。

 後ろから彼の言葉を聞いていた、紅井クレナであった。

 彼女は彼の言葉を聞いて動揺を露わにしながら、大きく見開いた目でソロの背中に睨むと、次に志亜の元へと目に向けた。

 その剣幕に思わず気押されそうになった志亜を気遣ってか、ソロは彼女に背中を向けたままパッと右手を払い、紅い視線を制した。

 

「クレナ、そのこと(・・・・)なら後で説明する。ここは僕に任せてくれ」

「……また誤魔化そうとしたら、焼き払う」

「それはおっかない」

 

 そんなやり取りをした後で、改めて志亜と向き直ったソロが語る。

 「HKO」の製作会社「SOLO」の社長であり、そのさらなる()に隠されていた、彼自身の真実を。

 

「フィアさん」

 

 ――それを語らずしてゲームの真実は語れないと、そう示すような告白だった。

 

 

「僕もまた、君と同じ境遇でこの世界に生まれてきた男だ。しかし君とは違い、あの世界での記憶を完全な状態で持ち越してきた。かつて「魔王」と呼ばれ、勇者達に葬られた……そんな、痛々しい記憶をね」

 

 

 灰色の髪の彼を一目見た時から感じていた切なきざわめき――その感情を、双葉志亜は知らなかった。

 ……と言うよりも、知りたくないと無意識のうちに拒絶し、考えないようにしていたのかもしれない。

 

 しかし、彼の口から明かされた真実――志亜の胸にその時奔ったざわめきは、瞬間的な爆発となって表出した。

 

 志亜自身、この感情を理解したのは生まれてこの方、今この瞬間が初めてのことだった。

 

 

 ――ドサッと、一台のソファーの上に青年と少女が倒れ込む。

 

 志亜がソロの身へと飛び掛かり、乱暴に胸倉を掴んで押し倒したのだ。

 ほぼ無意識……しかし、確かな感情を抱いて行ったその奇行。そんな自分の、生まれて初めて振るった暴力に気づき、志亜は震えながらもハッと理性を覚醒させる。

 

「……っ、ぁ……っ……ソロ……?」

 

 抵抗なく倒れている彼の傍から離れ、志亜は彼の名を呼ぶ。それと同時に、志亜は彼の姿を見てからずっと抱いていたその気持ちが――深く果てない、「憎しみ」であることを理解した。

 

「首を絞められても構わなかったんだけどな……そこで止める辺り、生まれ変わっても変わらないんだな、君は……」

「まおうで、しんゆうのソロ……? わたしは、しあ? わたしは……ふぃあ? ふぃあるしあで……ユウシ……?」

「……すまない。僕が悪かった。少しおやすみ、ユウシ(・・・)

「あ……」

 

 

 ――プツリと意識を失うまでの間のみ、双葉志亜は砕け散った記憶の全てを思い出した。

 

 

 仲間達のこと。

 

 紅の少女のこと。

 

 灰色の青年のこと。

 

 

 

 ――自分自身(白石勇志)のことを。

 

 

 

 

 

 

 






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