蒼紅天使のマスカレード   作:GT(EW版)

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真実に迫る再会・志亜とクレナ

 フィアがゲームの世界で強制ログアウトを起こした翌日。

 外面上は普段通りの自分を装い何事もなく登校した志亜は、最初の休み時間で麗花に訊ねた。

 

「HKOの製作者ですか?」

 

 非科学的VRMMORPG、「Heavens Knight Online」を世に生み出した製作者たちの情報である。

 これまでは意図的に考えないようにしていた志亜だが、フィフスから始まり立て続けに遭遇した見覚えのあるネームドNPCの存在に、とうとう踏み込まずにはいられなかったのだ。

 そのような質問を志亜から受けることになったのは麗花にとって意外だったのだろう。しかし物知りな彼女ならばと、志亜は期待を寄せた目で友の目を見つめ返した。

 

「うん。麗花は、知っている?」

「もちろん知っていますが……寧ろ貴方は、製作会社も知らずにプレイしていたのですか?」

「ゲーム会社が、「SOLO」という日本の会社なのは知っている」

「まあ、流石にそこまでは知っていますわよね。「SOLO」と言えば、今や世界で一番熱いゲーム会社と言ってもいいでしょう。VRカードゲームに始まりVRMMOに至るまで、「SOLO」は従来のVR技術とはレベルの違う、前例のない技術を生み出しました」

 

 今や現代日本の社会において、ゲーム会社「SOLO」の名を知らぬ者はゲームに興味の無い人間を含めてもほぼ居ないだろう。代表作である「HKO」を始め、「SOLO」というこの会社は現実離れした独自の技術を生み出してみせたのだ。その技術力の高さは、もはや語るまでも無いだろう。

 HKOを作り出した「SOLO」という会社は、従来のVR技術とは全く異なる真の仮想現実を実現させ、創立から十年にも満たないにも拘わらずゲーム業界に数々の革命をもたらしてきた。

 志亜もまた、その辺りの世間的にも一般的な情報に関しては既に持ち合わせていた。しかしこの「SOLO」という会社は圧倒的な業績に対して不自然に感じるほど、作品以外の情報に関しては露出が控えめだった。

 

「まあ、その点は確かに謎めいた会社ですわね」

 

 志亜が疑問に感じたそれに関しては麗花も同じ考えだったようで、彼女も同様に首を捻っていた。

 

「謎が、多い?」

「ええ。本社がどこにあるのかさえわかりませんし、色々と謎が多いことで有名な会社です。それでこれだけの信頼を得られているのは、よほど社長の腕がいいからなのでしょうが……」

 

 これだけの情報社会で本社の場所さえ公表されていないのは、大企業とは思えない異質さであろう。

 ネット上の噂によると会社の存在自体が現実ではなくVRの世界にあるのではないかと囁かれているそうだが、その信憑性があながち低いとは言い切れない、巨大である筈なのにどこかふわふわしている、実体の掴めない会社だった。

 

「その社長の名前も「皇ソロ」というキラキラネームですし、まるでどこかの秘密結社みたいですわね」

「すめらぎ……ソロ?」

 

 そんな話の中、麗花の言葉から出てきた社長の名前を、志亜は思わず復唱する。

 皇ソロ――まるでフィクション世界のキャラクターのような、仰々しい名前である。その名前に志亜は、何故か胸がざわつくような引っ掛かりを覚えた。

 それはロナ・ルディアスと対峙した時と酷似した、既視感のある感覚だった。

 

「その人が?」

「ええ、会社を立ち上げたその方が中心に立って、あの「HKO」を作ったと言われています。メディアへの露出は少ないですが、雑誌のインタビューなどでは顔を出していますよ。ほら」

 

 「HKO」を作った「SOLO」というゲーム会社。その社長の姿を世間知らずの志亜は見たことがなかったが、麗花いわくインターネット上で検索すればすぐに出てくる程度には有名な人物だったようだ。志亜はこの時ばかりは、ネットの扱いが苦手なことを酷く申し訳なく思った。

 そんな志亜の前で自身のスマホを取り出した麗花が手早くWEBのページを操作すると、目当ての画像を開いて見せてくれた。

 

「……っ」

 

 

 ――そして、志亜は言葉を失う。

 

 

《新VRシステムを発表した「SOLO」 皇ソロ社長(22)》

 

 そんな表題を付けられたどこかのWEBサイトに映っていたのは、黒髪よりも色素が薄く、白髪よりも色素が濃い、「灰色」の髪をした特徴的な青年の姿だった。

 会見の席であるにも関わらずその目には黒いサングラスを掛けており、一目で変わり者であることが見受けられたが、何より驚いたのはその若さである。

 若干二十二歳。大学を出たばかりの年齢の頃に、あれほど現実離れした技術を生み出したというのだ。

 

「私達と同じように、天は二物以上の物を与えてしまったのでしょうかねぇー……これは三年前の写真ですから、今は二十五歳でしょうか。私もこの方とはお父様の仕事の関係で一度だけ会ったことがありますが、とても紳士的な方でしたよ。どんな場所でも頑なにサングラスを外さないのは残念でしたが」

 

 サングラス越しではあるものの、細身で足が長く、鼻筋通った顔立ちはゲーム会社の社長というよりモデルや俳優だと言われた方が信用できる容姿であろう。

 色白い肌や横文字の入った名前から察するに、外国人の血が混じったハーフなのかもしれない。少なくともその姿は、一目見れば忘れることはないであろう美青年だった。

 写真からその姿を認めた志亜は、彼の姿に思わず目を奪われてしまっていた。

 

「? どうしました志亜さん。まさか一目惚れ……なわけありませんか」

 

 麗花がかつてない志亜の様子を見て一瞬勘違いしかけたが、もちろんその時の志亜の心に走っていたのは恋焦がれる乙女の熱情ではない。

 

 そんな志亜は麗花のスマホの画面とにらみ合うこと数秒後、写真に映る灰色の髪の青年の姿に一つの確信を持って呟いた。

 

「……知ってる……」

「え?」

 

 皇ソロ――その男の顔を見ていると、心の奥が激しくざわつくのだ。

 それは志亜ではない「彼」の心が、双葉志亜に対して言葉も無く訴えているような気がした。

 

 

 ――私はこの男を知っている、と。

 

 

 

「ソロ……名前、知ってる。この人が、あのゲームを……」

 

 初めて聞いた筈の名前が、とても懐かしく感じる。マキリスやロナの時と同じだ。

 しかし、不思議にも感じていた。今一度この名前を呼んだ瞬間、志亜の涙腺が突如として緩み出したのだ。

 

 会ったことも無い、皇ソロという男。彼の写真を眺めていると、志亜はとても切なく、苦しく……狂おしい。形容しがたい不思議な感情を抱いた。

 

 それはゲームの中でフィフスと会った時に感じたものと似て非なる感覚であり、あの紅の少女の時とも違っている。

 この気持ちが何を意味するものなのかはわからない。しかしこの時の志亜には、一つだけ確かなものがあった。

 

「会いたいのですか、この方に」

 

 そんな志亜の気持ちを友が察し、問い掛ける。

 前世の記憶という志亜の事情を知っているからこその、温かい理解だった。

 

「……うん。志亜は、この人と会わないといけない」

「会いたい、ではなく会わないといけない、ですか……相変わらず、難儀な人ですね」

 

 「SOLO」の社長に対する今の志亜の感情が前世に由来するものだと察した麗花は、苦笑しながらスマホをポケットに収納する。

 そんな麗花は席に座る志亜の目を真っ直ぐに見据えた後、つん――と、その指で志亜の額を弾いた。

 

「れ、麗花?」

「あのですね、志亜さん。一応言っておきますけど」

 

 呆れたように笑い、慈しむような目を向けた麗花が言う。

 

「どんなことがあっても、貴方は双葉志亜で、私のライバルであり、友人であることに変わりはありません。今までも……これからも」

 

 たとえ前世が何者であろうと、双葉志亜という人間はここに居るのだと。

 志亜がどこの誰でどんな業を背負っていようと、それだけは不変なのだと――唯一無二の友の言葉は、志亜の心を幾分楽にしてくれた。

 友達思いで、まるで母親のように優しい。彼女のような友と出会えたことを、志亜は改めて感謝した。

 

「……ありがとう。貴方がいて、よかった」

 

 きっと、彼女が居る限り自分を見失うことはないだろう。

 城ケ崎麗花という友の存在にそう思った志亜は、精一杯の感謝を込めて笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 そのような一幕があったものの、志亜の中で「HKO」を作った「SOLO」の社長、「皇ソロ」と会いたい気持ちに変わりはなかった。

 しかし一介の女子高校生に過ぎない志亜に彼のような有名人と接触できる機会などそうそうある筈も無く、「SOLO」の本社がどこにあるかもわからない現状、彼の居場所を掴むことすら容易ではなかった。

 

 そこで、救いの手を差し伸べてくれたのが麗花である。

 

 日本有数の権力者の令嬢である彼女には、志亜とは比べ物にならない人脈があり、もしかしたら父親の仕事の関係から「皇ソロ」に会う機会が巡ってくるかもしれないと考えたのだ。

 それがいつのことになるのかまではわからないが、機会が巡ってきた時には令嬢権限で志亜も連れていってあげると、麗花は約束してくれた。

 

「貴方のことはお父様もいい印象を抱いていますし、私からお願いすればそのぐらいどうってことありませんわ」

「麗花……ごめん。ありがとう」

 

 金持ちの友達を都合よく利用するような行いに罪悪感を抱いた志亜は、この埋め合わせはいつか必ずすると誓い指切りを交わす。

 もちろん、志亜の方でも皇ソロの情報は出来る限り調べてみるつもりだ。インターネットの扱いは苦手だが、この件は友達に甘えるだけでは駄目だと志亜なりに覚悟を決めていた。

 

 

 ……しかし、それからしばらく有益な情報を得られないまま日数が経ち、彼女らは休日の日曜日を迎えた。

 

 

 

 その日、志亜は愛犬の健康と自身の気分転換の為、愛犬のイッチーを連れて公園まで散歩に出掛けていた。

 周囲を緑に囲まれており、スポーツ施設やランニングコースも配備されているこの「那楼公園」は、志亜の所属している生物部の活動においても度々訪れることがあった。

 朝日の浮かぶ日差しの下、そんな公園の中で周りの自然に癒されながら歩いていく志亜の隣には、寄り添うように同じペースで歩いているイッチーの姿がある。

 ゴールデンレトリーバーらしく穏やかな性格であるイッチーは、仮にリードをつけてなかったとしても志亜の隣を離れず、同じ歩き方をしていたことだろう。

 飼い犬は飼い主に似ると言うが、そういった聡明で優しい性格は弟の千次に似たのだろうと志亜は思っていた。

 

「イッチー、少し休憩するね」

 

 十分ほど歩いたところで愛犬の体調を気遣った志亜は、付近の木陰で見掛けたベンチへと向かい、そこで彼と共に身体を休めることにする。

 季節は六月の初夏。屋外での活動は疲労が溜まりやすくなり、志亜自身も熱中症対策に薄めのワンピースを着たり、大きめのサファリハットを被ったりと気を配っていた。その手には母から手渡された水筒も携えられており、この休憩時間では水分補給を行い喉を潤した。

 

「イッチーは元気だね」

 

 木陰のベンチに腰を下ろした主人の傍で、おすわりの姿勢で尻尾を振っているイッチーの姿は子犬の頃と変わらず、自分よりも元気そうに見えて志亜は微笑ましい気持ちを抱く。

 その微笑みにつぶらな視線を返すイッチーは、はたして自身の頭に停まっている蝶々の存在に気づいているのだろうか。

 彼のように穏やかで優しい犬には、自然と他の生き物も寄って来るのだろうと志亜は思った。

 

 ――そんな、平和な時間である。

 

 志亜にとって何気ない、穏やかで幸せな現実世界での時間だ。

 この日常こそを、志亜は愛している。

 

「そろそろ、いこう?」

「バウ」

 

 しばらくベンチで休んだ後、蝶々がイッチーの頭の上から飛び去って行くのを見届けた志亜は、愛犬の頭を撫でながら散歩を再開する。

 そうして歩き出した散歩コースでは、同じく散歩中の老夫婦や顔見知りの人々と出くわし、ほのぼのとした世間話に興じたりもした。中では運動部出身のクラスメイトがジョギングしている姿も見かけ、彼らの健康的な姿には尊敬の眼差しを送ったものだ。

 

 そのように公園で散歩をすれば何人もの人物と擦れ違うことになったわけだが、これでも志亜は自分が人付き合いの上手い人間だとは思っていなかった。ただ志亜を取り巻く人々は誰も彼もが優しい人ばかりで、頼んでもいないのに飴玉をくれるような者達だったのだ。

 

「みんな、いい人。志亜も、いい人に、なりたい」

 

 公園を一周した後、志亜は今日出会った者達の優しさに心を温めながら、これまで何度となく口にしてきた言葉を静かに呟く。

 しかし、その言葉に反応してこちらに目を向けた愛犬イッチーの顔は、どこか呆れているように見えた。

 こんな時「HKO」内の自分であれば、リージアと接している時のように愛犬の言おうとしていることもなんとなくわかるのだろうが……この時彼が何を思っていたのかは、飼い主たる志亜にもわからなかった。

 

 

 

 

 そんな散歩の時間が終わり、そろそろ帰路につこうと公園を離れようとした時、志亜は出口前に佇んでいる紅の少女と対面した。

 

「あなたは……」

 

 少女は真紅の双眸から志亜の姿を観察するように見つめ、前回会った時と同じように無言の時が流れていく。

 

 クレナ――そう呼ばれていた、紅の髪の少女である。

 生物部の活動の際に河原で会って以来、奇遇にもこの場で再会した志亜は彼女に対し好意的に挨拶をしようとしたが……彼女と向き合っていると、何故だか志亜はいつも以上に言葉を出せなかった。

 

「お前は」

 

 無言で流れていく数拍の沈黙を破ったのは、志亜ではなく紅の少女の声だった。

 

 

「お前は 何者だ?」

 

 

 その言葉は、志亜に対する問い掛けの言葉だった。

 志亜と向かい合う儚くも凛々しい彼女の美貌には、激しい警戒と困惑の色が浮かんでいる。

 その問いの意味を即座には理解できなかった志亜は首を傾げながら、彼女の目を見つめ返す。そんな志亜に対し眉をひそめながら、紅の少女は言葉を続ける。

 

「お前は知っているようすだった。マキリスのことも、キズナのことも……ロラ・ルディアスのことも。だから精神に異常をきたし、きょうせい的にログアウトされた。彼らを見てあんな反応をした人間は、私以外にはお前だけだ」

「え……」

 

 

 切迫した気配を纏いながら、少女が足を動かし、志亜の元へと詰め寄っていく。そんな彼女の言葉の意味をようやく理解した志亜は愕然と目を見開くと、愛犬のイッチーが震える志亜の身を守るように前に出た。

 彼女の放った言葉に衝撃を受けた志亜は、掠れたような声で問い返した。

 

「どうして、それを?」

 

 何故ゲームの世界で起こった「フィア」の出来事を、出会って間もなく、ほとんど言葉も交わしていない彼女が知っているのかと。特に強制ログアウトの件は、友人の麗花にすら教えていないことなのだ。

 

「……私とそっくりだな、そのしゃべりかた」

 

 凛々しい見た目に反して幼子のような呂律で話す紅の少女は、そんな自身の舌に苛立つように舌打ちすると、小さく溜め息をついて目を閉じる。

 

 そして紅の少女は何かを決心したように再び目を開くと、志亜の問い掛けに対し、簡潔な言葉で答えた。

 

 

「私は紅井クレナ。HKOの運営にかかわっている、ゲームせいさく者の一人だ」

 

 

 

 

 

 

 






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