蒼紅天使のマスカレード   作:GT(EW版)

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プレイヤーネーム・ネイカー

 黒いトラが後ろ脚を叩きつけて飛び上がると、三人の男が散開して飛び退る。

 先手を打ったのは男達の方だ。彼らはそれぞれが携えている得物を振り上げながら、統制の取れた動きで各々に攻撃を放った。

 赤スーツの男はその拳銃から光の銃弾を放ち、奇抜ヘアーの少年は右手に数枚の札を携えながら詠唱を唱え、フルフェイスの男は力任せに大剣を振り回している。

 しかし連携した彼らの攻撃はバックステップを踏むような黒いトラの動きにかわされると、その全てが空を掻いて壁に逸れていく。

 それは彼らの狙いが拙かったと言うよりも、黒いトラの動きが舌を巻くほどに速いのだと言えた。

 

「流石に素早い……! だが俺にはこの使い魔がある! やれ、サンドラグーン!」

 

 黒いトラの俊敏な動きに翻弄されながらも、一枚の札を振り上げた奇抜ヘアーの少年が地面に向かって高らかに呼び掛ける。

 

 瞬間、黒いトラの足元――地面の中から鋭利なドリルのように飛び出してきた爪と共に、土埃を上げて一体のモンスターが現れた。

 

 少年が「サンドラグーン」と呼んだそのモンスターは、口ぶりから察するに彼の使い魔なのだろう。体長は1.5mほどもある巨大なモグラに似た姿をしており、しかしその両手には現実のモグラとは違い、ドリルのような形状をした長い爪が剥き出しになっている。

 そんな地面から飛び出した「サンドラグーン」は主の指示に受けると、その爪を回転させながら物凄い勢いで黒いトラへと飛び掛かっていった。

 

「――!」

 

 だが、相対する黒いトラの反応は速かった。

 一撃こそ不意を突かれて受けたものの、ほんの少しぐらついた程度で二撃目からの追撃を許さなかった。黒いトラはその巨体に見合わない軽やかな動きで跳び上がると、カウンターの要領で振り上げた前足を敵の顔面に叩き込み、「サンドラグーン」の身体を豪快に吹っ飛ばしていった。

 地を転がりながら倒れていくモグラモンスターはそのつぶらな瞳を申し訳なさそうに少年に向けた後、煙のように姿を消していった。

 

「サンドラグーンを一撃か……ふっ、捕らえがいがあるモンスターだ。しもべども、行け!」

「誰がしもべだ!」

「フハハハ! はちみつください」

 

 三人は少年の使い魔が呆気なく倒れたことに驚くものの、冷静さを損なうことなく再度フォーメーションを組み直し、果敢に黒いトラへと挑んでいく。 

 赤スーツの男とフルフェイスの男が前衛に立ち、奇抜ヘアースタイルの少年が後衛に立って手持ちの札を操作していく。しかし少年が操っているその魔術の札は、気のせいかフィアには現実の世界で見覚えがある気がした。

 ぼそりと、フィアは首を傾げながら呟く。

 

「先輩の、カードゲーム?」

 

 VRトレーディングカードゲーム「T(トリップ).A(アンド).S(ステータス)ノベルクリエイターズ」。この間現実世界で麗花と生物部の先輩が遊んでいた、人気カードゲームに似ているのだ。

 この「HKO」にもかのカードが存在し、戦い方の一つとして実装されているのだろうか? しかし鮮やかなイラストと長々としたテキストが刻まれているトランプサイズの札を装備として操る戦い方は、このゲームでは初めて目にするものだった。

 

 彼らと戦っている黒いトラも、見慣れない戦い方をする少年の動きを強く警戒しているように見える。そんな黒いトラは赤い双眸で少年を睨みながら、尻尾から帯電する稲妻を一層激しく弾けさせた。

 

「雷撃が来るぞ!」

「ネイカー、役目だ!」

「わかってるよそんなこたぁっ!」

 

 それを見た三人の動きは、実戦慣れした様子が窺える軽快な対応だった。

 三人は三人とも、雰囲気の変化から襲い来る大技を予測していたのであろう。

 次の瞬間、二人に「ネイカー」と呼ばれた赤スーツの男が咆哮を上げて前進し、堂々たる仁王立ちで黒いトラの前に立ち塞がった。

 

 

 ――そして、黒いトラから紫色の雷撃が放たれる。

 

 

 眩い光が一面に広がり、一秒遅れて轟音が響き渡る。

 黒いトラの尻尾から放たれた豪雷の乱れ撃ちは、この場に居る全ての者を焼き尽くすような無差別攻撃だった。

 一撃一撃に明確な殺意と圧倒的な威力が込められた電撃は、洞窟中に拡散して広がっていくと――まるで避雷針に吸い込まれていくかのように赤スーツの男へと殺到していった。

 

「ゔうっ……!?」

 

 その不可思議な現象が、彼の持つ何らかの「スキル」の働きであることは初心者プレイヤーであるフィアの目にもわかった。おそらくは味方を守る為のスキルなのであろうが……このように一片の迷いもなく、自らの身を投げ出した姿はまさに盾役の鑑と言えるだろう。

 

「あ……」

 

 そんな彼の勇敢な行動に、フィアは思わず悲鳴を上げる。しかし彼の仲間達はそんなフィアよりも速く行動しており、彼の犠牲を無駄にしてなるものかとばかりに激情を露わにしていた。

 咆哮を上げながら大剣を振り上げたフルフェイスの男が、脇目も振らずに黒いトラへと突進していく。

 

「斬り捨て・御免っっ!!」

 

 洞窟の天井に迫るほど大きく跳躍したフルフェイスの男が、黒いトラの頭部を目掛けて大剣を振り下ろす。

 

 ――しかし次の瞬間、フィアは黒いトラの姿に起こった変貌に気づいた。

 

「目が……?」

 

 赤い双眸の上――黒いトラの額に位置するその部位に、第三の目のような球体が出現したのである。

 

 

 ――次の瞬間、洞窟内は金色の閃光に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間の経過によって閃光が消えた時、フィアの視界に広がっていたのは灯かりのない、真っ暗な洞窟の景色だった。

 既に辺りからは妙な空気も無くなっており、それまで洞窟を照らしていた淡い光も消えている。

 その光景は洞窟を照らしていた淡い光の大元である、あの黒いトラがこの場所から立ち去ったことを意味していた。

 

 ともかくこれでは前も見えない。フィアはアイテムボックスの中から洞窟探索用の小型ランタンを取り出すと、腰部のベルトにそれを決着する。

 灯かりをつけた後で周囲の様子を窺うと、そこにはあの三人が集合している様子が見えた。

 

「まさお! 大丈夫かまさお!」

「すぴー……」

「眠り状態? なるほど、魔眼による強制睡眠か……メアルガめ、そんな隠し玉を持っていたとは」

 

 黒いトラが放った凄まじい落雷を一身に受けていた筈の赤スーツの男もまた、何事も無かったかのようにその場に佇んでいる。そんな彼は今、何故か地べたで眠りこけているフルフェイスの男を揺さぶって起床を呼び掛けている。

 一方で奇抜ヘアースタイルの少年は、現在自分達が置かれている状況を分析するようにぶつぶつと考察を呟いていた。

 

「流石幻獣と言ったところか……この辺りの大型とは、一味も二味も違うようだ」

 

 彼らの口ぶりから察するに、あのモンスターはどうにも普通のモンスターとは違う特殊な存在だったらしい。

 それほどのモンスターと戦った――特に赤スーツの男の身体を心配して前に出ると、そんなフィアの姿に気づいた赤スーツの男が苦笑を浮かべながら言い放った。

 

「そこのあんた、いきなりドンパチ始めて悪かったな。驚いただろう?」

「……ううん、フィアは大丈夫。驚いたのはそう。貴方は、大丈夫?」

「俺か? 俺はこんぐらい、どうってことはねぇさ。割り切っているからな」

 

 フィアの前で突然戦いを始めた彼らだが、「プレイヤーがモンスターと戦う」というこのゲームにおける「当たり前のこと」に対して口を挟むのは無粋というものだ。

 フィアはそう思っていた為に特に悪感情は抱いていなかったが、彼らが戦ったあの黒いトラについては妙に気になっていた。すると、親切にも赤スーツの男が説明してくれた。

 

「アイツは「幻獣メアルガ」っていう、世界中を走り回っている凶暴なモンスターでな。俺達はそいつの討伐依頼を受けて来たんだ」

「めあるが?」

 

 幻の獣と書いて幻獣。その肩書からして珍しいモンスターだということが窺えるが、彼ら三人は正式なクエストを受けてあの黒いトラ――メアルガというモンスターを討伐しに来たようだ。

 

 ……となると、彼らはこれから、逃げたメアルガを追うのだろう。フィアとしてはあのモンスターのことを逃がす気でいた為に複雑な気持ちもあったが、そんなフィアの目を見て感じるものがあったのだろうか。赤スーツの男が微笑を浮かべると、場の空気を変えるように自分達のことを名乗り出した。

 

「俺の名前は「ネイカー」ってんだ。あのカラーリングがおかしいギザギザ頭は「カーキン」で、今カーキンに叩き起こされているのが「まさお」って男だ。……まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。今度会った時は、よろしくな」

「……カーキンさんと、まさおさん? フィアはフィア。よろしく、ネイカーさん」

「おう! ゲームでも変わらないんだな、双葉は……」

「?」

「いや、なんでもねぇ」

 

 「ネイカー」と自らの名を名乗った赤スーツの男はガタイが良く強面のアバターをしているが……人を安心させる穏やかな微笑みには、不思議なことにどこかで見たことがあるような気がした。

 そんな優しい既視感を覚えたフィアが遅れて自身のプレイヤーネームを名乗り返すと、ネイカーがアバターに似合わない爽やかなサムズアップで応えた。

 

「そんじゃ、俺達は行くぜ。あばよ、フィア」

 

 すると仲間達に顔を向けた彼が、今度はアバターに似合った迫力のある声で叫んだ。

 

「行くぞお前ら! まだ奴はそう遠くに行ってねぇ筈だ! 今度こそ倒すぞ!」

「わかっている! 奴は必ず、この俺がカードにしてやる!」

「私は離脱させてもらおう! ママンから、ゲームは一時間までと言われているのでな!」

「こどもか。キッズネームだけに」

「何とでも言うがいい! 実名こそ漢の道! 己の名に恥じるものはない!」

「なにいってんだこいつ」

 

 メアルガの能力で眠らされていた「まさお」を奇抜ヘアースタイルの「カーキン」が叩き起こしたところで、ネイカーが彼ら二人を引き連れ、洞窟の出口へと走り去っていく。

 走りながら今回の反省会を行う三人の姿は、気軽に軽口を叩き合える関係に見えてなんだか微笑ましかった。あのようにフレンド同士で試行錯誤しながらモンスターと戦うというのも、この「HKO」の醍醐味なのだろう。

 

 だが、フィアには自分もレイカ達と一緒にそれをやってみようとは思えなかった。もちろん彼女らの方から誘われた場合には全力で応えるつもりだが、積極的にやる気ではなかったのだ。

 

 自分のことを博愛主義だと思っているわけではないが……フィアはこのゲームのことを、積極的に戦わなくとも十分に楽しむことが出来ると考えていた。

 今回のように採取クエストの最中に見知らぬプレイヤー達と出会うこともまた、心躍る楽しみ方の一つだと思っている。

 

 

「……メアルガ……」

 

 洞窟の出口へと消えた三人の姿が見えなくなったところで、フィアは先ほど出会った黒いトラ――彼らの追っているメアルガというモンスターについて思考を巡らせる。

 通常のモンスターとは明らかに違う雰囲気を放っていたあのモンスターとは、もちろんフィアは初対面だった。

 しかしどうにも……フィアにはアルカーデの町で「マキリス」という男と会った時のように、名前を聞いた時点から妙な懐かしさを感じていたのだ。

 

 もしかしたら現実のどこかで聞いたことがあったのだろうか?と、フィアは「双葉志亜としての記憶」を探るように熟考を重ねていく。

 

「キュー……」

「リージア?」

 

 しかしその思考は、どこか寂しげな目で見上げてきたゴールデンカーバンクルの鳴き声に遮られる。

 はっと意識を目の前に戻したフィアは、今自分が己の中で何か深いところへ入り込みそうになっていたことに気づき、現実に引き留めてくれた小動物に礼を言った。

 

「……大丈夫。フィアは、大丈夫」

 

 この洞窟のように閉鎖的な……空の見えない場所に居ると、フィアはいつもこうだ。

 いつも、深みにはまってしまいそうになる。

 だから誰かが一緒に居てくれると、とても安心するのだ。

 

「大丈夫だよ、リージア」

 

 何故か無性に人肌恋しい気分になったフィアは、気づけばしゃがみ込んでリージアの身体を抱きしめていた。

 

「フィアは……フィア。志亜は、志亜。「彼」は……彼」

 

 この気持ちは何なのか、どこから来ているのか。

 双葉志亜には、それをわかってしまうのが怖かった。

 

 

 

 

 

 

 


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