蒼紅天使のマスカレード   作:GT(EW版)

17 / 61
雪のダンジョン・永遠雪原

 

 

「永遠雪原」。

 スキー場のように反り立つ周囲の丘に、見渡す限りの白模様――それは全て、この地に降り積もっている雪の景色であった。

 気温は常に氷点下を下回っており、この地に降り積もった白雪は時を経ても永久に溶けることがない。そう言った気候は現実世界と同様にこの地を歩くプレイヤー達にステータス低下等のマイナス効果をもたらすのだが、そんな問題に関しては町のショップで販売されている耐寒用のドリンクを飲んだり、特殊な料理を口にしたり、特殊な装備を身に着けることによって対処することが出来た。

 今回このフィールドを訪れたレイカもまた事前に耐寒用のドリンクを購入した為、効果が持続する限りステータスの低下からは逃れている。一方で、事前情報も集めず初めてこのフィールドを訪れたフィアは何の準備もしていなかったのだが、今のフィアには関係の無い要素だった。

 

「綺麗な雪……」

 

 その身に新品の装備「南極皇帝シリーズ」を纏ったフィアが、視界に広がる雪景色に対して感嘆の声を上げる。そんな彼女は今、その身には何の寒さも感じていないしステータスの低下も起こっていない。

 その理由は彼女の纏っている「南極皇帝シリーズ」の装備効果にあり、この装備には寒さへの気候耐性があったのだ。

 ちなみにレイカがここを冒険の場に選んだのはフィアが「南極皇帝シリーズ」を授かる前からのことであり、先ほど手に入れた彼女の新装備に耐寒性があったのも全くの偶然である。そんなフィアの間の良さに対しては、彼女のライバルを自称するレイカとしては嫉妬を抱かないこともなかった。

 

「さて、感動しているところ悪いですが、先へ行きましょう。貴方って放っておくとずっと雪を眺めていそうですからね」

「ん……そんなこと、ある?」

「あります。この前だって空ばっかり見上げていたじゃないですか」

「この世界の空は、綺麗だから……フィアは、嬉しい」

「所詮作り物でしょうに。貴方は変わっていますね」

 

 作り込まれたVRの雪景色はレイカの目から見ても美しいものであったが、あくまでも今回このフィールドを訪れたのは観光ではなく次なる町が目当てなのだ。全面に広がる白い世界をぼうっと眺めていたフィアの手を引きながら、レイカは足早に奥地へと向かっていった。

 

 そしてそんな二人の後ろを――一匹のコウテイペンギンがペンギン走りで追従していく。

 

「まあ、そう急がんでもいいじゃないか。こっちの世界ではリアルより時間の流れが緩やかなんだ。明日だって、君達学生は休みなんだろう? 私は徹夜したって構わんぞ?」

 

 そう言ったのは、コウテイペンギンのペンちゃんだ。フィアの装備を整えた後、何を思ったのか彼女もまた二人の旅路に同行すると言い出したのである。

 元々装備を譲渡する条件としてペンちゃんはフィアに「またパーティを組んでくれ」と約束を取り付けていたが、今回の冒険に至って早速それを実行したのである。

 それに対して当のフィアはやはりと言うべきか、彼女の同行を二つ返事で受け入れた。レイカとしてはベテランプレイヤーである彼女と自分達の力量差が気になるところではあったが、そんな懸念に配慮してか、ペンちゃんは今回自分は前線には立たずサポートに徹すると言っていた。であれば、後の為に優秀な鍛冶師である彼女とのコネクションは持っていた方が良いと思っていたレイカにも、表立って断る理由は見つからなかった。

 

「時間の進み方が緩やかでも、止まっているわけではありません。無駄に時間を浪費するのは嫌いなのです」

「まあ、それはそうだが……どっちにしてもフィアに徹夜はさせられないか」

「?」

 

 時は金なり、というのはレイカの好きな格言の一つだ。世界初のVRゲームであるこの「HKO」の世界の中では「何故かゲームの外の世界よりも時間の流れが緩やかに進んでいる」という事実が証明されているが、それでも決してゲームで遊んでいる間は一切リアルでの時間が進んでいないというわけではない。

 レイカにとっては、フィアのように貴重な時間を平穏に過ごすことは好ましくなかった。

 リアルでは絶対に出来ないことをすることに、レイカは至上の喜びを感じるのである。

 こうして自分の足で町から町へと移動することも、名家の令嬢として大切に扱われてきたレイカには新鮮な体験だった。

 

「雪原の中には、雪の町「アルカーデ」がある。少し遠いが、今日中には着くだろう」

「その道中でモンスターを薙ぎ払っていくのも面白そうですね。今のところ、姿は見えませんが」

 

 始まりの町ハーメラスを後にした二人と一羽の目的地は、この永遠雪原の中にあるという次なる町「アルカーデ」だ。

 この「HKO」の世界には従来のRPGと同じように、世界中の各地に町があり多くのイベントが散りばめられている。発見されていない町やダンジョンの数もまだ多く、その開拓に躍起になる探検家気質なプレイヤーも少なくなかった。

 レイカの当面の行動方針としては、各地にある町を手当たり次第に訪れて「マーキング」することにある。

 のほほんとゲームをプレイしているフィアとは違い、レイカは基本的にゲームの攻略に関しては事前の下調べを怠らない。エリートは基本を怠らないものなのだ。

 そんな彼女はこのゲームに存在する「魔法」として、「転移魔法」というものが存在していることを知っていた。

 「転移魔法」とは読んで字のごとく、使用した術者が一瞬にして特定の場所へと瞬間移動することが出来る魔法である。この「転移魔法」は広大な世界を移動し回る為に重宝する魔法であり、レイカもいずれは自力で習得する予定である。一部の町にはこれを使って商売をする「転送屋」などというものもあり、あのハーメラスにもそれは存在していた。

 しかしこの魔法を使う際には一度訪れたことのある場所でなければならず、その為に必要なのが「マーキング」であった。

 要は詳しい調査は後回しにして、まずは転移出来る場所を増やしておこうぜ!というのがレイカの目的である。

 そんなプレイのやり方はレイカの趣味である「RTA(リアルタイムアタック)」における基本中の基本テクニックでもあった。

 

 しかしそれはそれとして道中でモンスターと出くわした場合には、逃げることなく全て迎え撃つ所存である。

 

 名家の令嬢たるレイカは効率を理解しても、決して背は向けない。ハーメラスの図書館でも既に幾つかの魔法を習得しているレイカは、その試し撃ちをする為にもモンスターとのエンカウントを待ちかねていた。

 しかし、この旅路は彼女にとって予想外なものだった。

 

「……モンスター、出ませんわね」

 

 拍子抜けしたように、レイカが呟く。

 ハーメラスを出て、既にある程度の時間は過ぎている。それでもこの永遠雪原を歩く彼女らの前には、未だ一匹としてモンスターの姿がなかったのである。

 フィアはそんな事態に対して特に気にしている様子もなく周囲の景色を漠然と眺めながら歩いていたが、プレイヤー歴が二人よりも長いペンちゃんはレイカと同じような目で辺りを警戒していた。

 

「妙だな。雪原の中は割とエンカウントが多い筈なんだが……」

「モンスター、いない?」

「普段はキツネ型のモンスターや小さいマンモスみたいのが出てきたりするんだが……珍しいこともあるもんだ」

 

 ペンちゃんの口ぶりからするに、この辺りが特別エンカウントが少ない場所というわけではなさそうだ。

 何かが起こる前兆か……どうにもレイカには、自らを取り巻く静かすぎる光景が不気味に思えた。

 よもやフィアから溢れるほんわかした空気に当てられて、周囲に潜むモンスター達が襲撃を躊躇っているなどということもあるまいに、次なる町へ向かう道中の順調さがレイカには奇妙に感じた。

 こういう時は、得てして良くないことが起こるものだ。

 例えば目の前に突然、現時点では対処不可能な超ド級の怪物が現れたり……

 

「っ……レイカ、ペンちゃん止まって!」

「どうしたフィア? ……どわっ!?」

 

 

 ――何の脈略もなく、天変地異のような出来事が起こることがある。

 

 

「地震ですか!? こんな急に……!?」

 

 最初にその異変に気付いたのは、彼女らの中で最も落ち着いていた……落ち着きすぎていたフィアだった。

 そんな彼女が突然焦りの表情を浮かべて声を上げると、次の瞬間、白雪に覆われた大地が激しく震動したのである。

 フィアの声が少しでも遅れていれば、レイカもペンちゃんもその揺れを無防備な身に受けてあえなく転倒していたことだろう。それほどの強い震動が、突如として彼女らの立つ永遠雪原を襲ったのである。

 この「HKO」の世界にも現実と同じ災害要素があるとは知らなかったが、今回のこれが自然災害だという可能性を否定したのが、揺れに耐えながら遠方を眺めるフィアの言葉だった。

 

「地震違う……これは、戦い」

「なに?」

 

 フィアの言葉を聞いて、レイカとペンちゃんが彼女の眺めている方角へと視線を向ける。

 そして彼女らは揃って、その目を驚愕に見開いた。

 

 そこにあったのは彼方の景色にて水蒸気さえ残さず猛スピードで溶かされていく雪景色と、天に向かって巨鳥のように立ち昇っていく紅蓮の炎(・・・・)だった。

 

「あれは……!」

「炎、ですね……」

 

 遠くからでもわかるほど、圧倒的な熱量を誇る「炎」。その凄まじさは森林を焼いたスキンヘッド達の火炎魔法とは比較にもならない、火の神の暴走が如く超常的な光景だった。

 言葉では表現出来ない、炎であってただの炎ではない「何か」を感じたのだ。

 もはや芸術的で美しいとさえ感じる壮絶な炎を前に、二人と一羽は茫然と立ち尽くした。

 

 

「マジかよ……何やってんだアイツ……」

「?」

 

 正体不明の炎を見たペンちゃんがぼそりと呟き、フィアが肩に乗るリージアと共に小首を傾げる。

 あの炎は、以前スキンヘッド達が起こしたもののように他のプレイヤーが誰かに向かって放った攻撃なのだろうか。しかしその状況を同じだと仮定しても、フィアは根本的に、決定的な何かが違っている気がした。

 遠くに見える紅蓮の炎が放つ暴力的な力は、この距離であってもなお身体の芯まで伝わってきたが……どこか真紅の巨鳥が羽ばたいているようにも見えるその炎を眺めていると、フィアは何故かその脳裏に既視感を覚えた。

 

 一体、何故だろうか。

 あの「紅」にはどこかで……自らの記憶のどこかで、何度も助けられた気がしたのだ。

 

「雪崩が来ますわ!」

「ちっ……逃げるぞフィア」

「あ……」

 

 遠くで燃え上がっていく紅蓮の炎を吸い込まれるような双眸で見つめていたフィアの意識を、レイカとペンちゃんの声が呼び覚ます。

 この距離からでははっきりと姿は見えなかったが、よく見ればあの紅蓮の炎の中では強大な二つの力がぶつかり合っていることにフィアは気づいた。どちらもこの世の者とは思えない、桁外れの力を宿した存在である。

 信じがたいことにその者達が繰り広げる壮絶な戦いの余波が、永遠雪原を襲う激震となって現れたのである。ゲームの世界と言えど、それはあまりに想定外な事象だった。

 

「まったく……こんなことで初死亡してたまるものですか!」

 

 激震に襲われる雪原の中で各所に聳え立っていた雪の丘が次々と崩壊し、下に向かって崩れ落ちていく。

 スキー場のような傾斜になっている場所からは崩れた丘の土砂が濁流のように流れ落ちていき、自然の暴力となってフィア達へと襲い掛かって来た。

 雪原に出て未だモンスターとの戦闘すらしていないのに死に戻りとなっては、死んでも死に切れるものではない。レイカの放った言葉には、切実な思いが込められているように感じた。

 フィア達は雪崩に巻き込まれないように急いでその場から離脱しようと駆け出すが、揺れる大地に足場を悪くしている今の彼女らに退避する余裕は無かった。

 

「ええい、くそ! みんな伏せろ!」

 

 彼女らが襲い掛かる雪原の雪崩に飲み込まれかけたその時、ヤケクソめいた言葉を吐きながら意を決したようにペンちゃんが動いた。

 ペンギン特有の走り方で雪崩に対して真っ向から挑むように飛び出したペンちゃんは、その両翼を前に突き出して叫ぶ。

 

氷の殻(アイス・シェルター)!」

 

 それは、呪文の詠唱。

 この「HKO」に存在する「魔法」の発動だった。

 彼女がそれを唱えた瞬間、ペンちゃんを起点にしてフィア達の周囲を覆うように氷の壁が地面からせり上がり、一瞬にして頭上まで覆うドーム型のシェルターとなった。

 

「防御魔法ですか……ただの鍛冶職人ではなかったのですね」

「言ったろう? 私はペンちゃん、ご覧の通りペンギンだと。ペンギンなら当然、氷属性をマスターしているものさ」

「確かにゲームに出てくるペンギンキャラは大抵氷属性ですが……」

「ペンちゃん、すごい」

「ははは、そうだろう、そうだろう!」

 

 攻撃ではなく防御の為に発動したとその魔法は目的通りに機能し、轟音を上げながら流れ落ちていく雪原の雪崩は、ペンちゃんが展開した氷のシェルターに弾かれながらフィア達の後ろへと逸れていった。

 プレイヤーとて、ある程度鍛えれば自然の暴力に抗うことも出来るということだろう。それはまさに、このゲームにおける可能性の一つとも言えた。ペンちゃんの張った氷のシェルターに守られながら、フィアはペンちゃんに対して惜しみない感謝と尊敬の眼差しを送る。

 

 そうしてしばらく氷のシェルターの中でこの異変をやり過ごしていると、数分ほどで周囲の雪崩はおさまり、地面の揺れも鎮まった。

 ようやく落ち着いたところでペンちゃんが魔法を解除すると、彼女らを覆っていた氷のシェルターは青い粒子となって霧散していった。

 

「やっとおさまったか……」

「もう消えていますし、一体何だったのでしょう、あの炎は……」

「……さあ、何だったんだろうな」

 

 氷のシェルターから出てきたフィア達は周囲の確認を行い、変わり果てた雪原の風景を目にする。

 雪景色に覆われていた丘の姿は完全に崩壊しており、雪崩後の抉れた地面が各所に見えた。

 こうして見ると純粋な自然災害にしか見えないその惨状を引き起こしたのが何者かの戦いだというのは信じがたい話だったが、フィアはそれでも確かに見たのだ。

 

 

 ――紅蓮の炎の中で誰かを斬り伏せている、真紅の人影(・・・・・)の姿を。

 

 

「……あなたは……誰……?」

 

 気づけばフィアは、誰にも聞き取れない声でそう呟いていた。

 思い出すことが出来ない記憶の中で、何かの引っ掛かりを感じながら。

 

「さっきの炎は、きれいさっぱり消えているな」

「モンスターが出てこなかったのは、あれから逃げていたからなのかもしれませんね」

 

 フィアは紅蓮の炎が燃え盛っていた方向に再び目を向けてみるが、そこに見えるのは氷の解けた大地と円形に広がる巨大なクレーターだけだった。

 近くに行けばもう少し詳しい情報がわかるのだろうが、フィアは何となくそこにはもう誰も居ないことを悟っていた。

 ただ、あの炎を見た時から消えない奇妙な引っ掛かりは、雪崩がおさまってもなお消えなかった。

 

「フィアは……あの火を……知っている?」

「む? どうしました、フィアさん?」

「……ううん、なんでもない」

 

 もしかしたら大半がこの記憶から消滅している――前世の「彼」の記憶に関係することなのかもしれない。フラッシュバックは無かったが、似たような既視感をフィアは感じていた。

 しかしそう思うとフィアにはあの場所を直視することが出来ず、思わず目を伏せてしまう。

 ゴールデンカーバンクルのリージアがフィアの肩から下り、突如として走り出したのはその時だった。

 

「チチッ」

「? リージア、どうした?」

 

 フィアを初めて「生命の泉」に招いた時と同じように、どこかへ誘うようにリージアが雪の上を駆け出したのだ。

 フィアが滑らないように足場に気を付けながらゆっくりとそれを追い掛けた時、視線の先でリージアが足を止め、目的の方向へ指を差すように顔を向けた。

 そしてその方向にある小さな洞穴(・・)に、フィアは気付いた。

 

「どーくつ?」

 

 そこにあったのは先の雪崩により纏わりついた雪が崩れ落ちたことによって露わになった、地下へ続く洞窟の姿だった。 

 中は薄暗く、どうなっているのかは見えない。しかし洞穴の大きさは狭いながらも人が入るのは十分に可能であり、その洞窟は予め設定されていた「ダンジョンの入り口」と見て間違いなかった。

 

「これは……」

「洞窟か? こんなところにそんなダンジョンが……今の雪崩で出てきたのか?」

「だとしたら、とんだラッキーイベントですわ!」

 

 フィアとレイカ、ペンちゃんの二人と一羽はリージアが立っているその穴の前まで向かうと、三者三様の反応を示しながら驚いた。レイカは喜びの笑みを浮かべ、ペンちゃんは怪訝な表情をそれぞれ浮かべている。

 そんな中で、フィアが浮かべていた表情は「不安」だった。

 雪によって隠されていた洞窟の入り口――そこには何か、自然の意志のようなものを感じたのだ。

 人を近づけない為に、自然がこの場所を隠していたような意志を。

 それがただの感傷なのだということは、フィアもわかっている。フィアの持っている「異種対話」のスキルは、今のところ異種族とのコミュニケーションが多少円滑になる程度の能力であり、大自然そのものと対話が出来るわけではない。

 だからこの穴が隠されていたのもただのゲーム的な要素に過ぎず、深い意味は何も無い筈だった。

 

「流石は私です。初めての冒険で未開拓のダンジョンを見つける幸運……! さあ、行きますわよフィアさん、ペンさん! リージアさん!」

「ノリノリだな君は……」

「……レイカは、いつも楽しそう。フィアも楽しい」

 

 隠し要素を発見したことを純粋に喜ぶ友人の姿が、フィアには眩しくて温かかった。

 そう、これは人が人を楽しませる為に作ったゲームなのだ。勝手に感傷に浸って、勝手に不安を感じるのはどう考えても健全ではない。

 一番乗りを第一発見者であるリージアに譲ったレイカが、意気揚々と洞窟の中へと入っていく。洞窟の中は狭く当たり前だが舗装もされていない為、彼女らは壁伝いになりながら一列に入り込むこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下へ地下へと続いていく洞窟の道は、しばらくの間狭い空間を慎重に進んでいく形になった。

 そんな狭い天然洞窟の中では当然ながら衣服も汚れたり空気が悪かったりもするのだが、育ちの良い令嬢である筈のレイカは冒険者の眼光で周囲を見渡すと「これは臭う! 臭いよりますわ! 隠しダンジョン特有のヤバそうな臭いがプンプンします!」と言いながら満面の笑みを浮かべ、令嬢らしからぬハイテンションで洞窟を進んでいた。

 ゲーマー令嬢たる彼女は、このような怪しい場所には嬉々として乗り込んでいく好奇心を持ち合わせているのだ。そしてそんな楽しそうなレイカを見ているのが、フィアは好きだった。

 しかし妙なことにも、数分歩き進んだ洞窟内は不気味なほど何も起こらなかった。

 

「静かな洞窟だな……確かにこういう場所の最深部には、大層なお宝とヤバいボスモンスターが待ち受けていたりするもんだが……本当にヤバいのが出てきたらアイツ置いて逃げようか」

「駄目っ、友達見捨てるの、絶対に駄目」

「あ、すまん冗談だよ……私の心が汚れていた本当にごめん」

「ペンちゃんの心は、とてもきれい……でも、その冗談はいけないと、フィアは思う……」

「反省します。そうだよな、仲間を置き去りにするなんて酷いことだもんな……」

「フィアも急に怒鳴って、ごめんなさい……」

「いいんだ。君はその心を大切にしてくれ……ペンちゃんとの約束だ」

「うん……約束、する」

「……何を後ろで茶番を繰り広げているのですか貴方達は」

「思いのほか退屈なんだ。しょうがないだろう」

 

 一本道の洞窟をしばらく歩いてもモンスターは一切出てこず、道が暗い為に景色を楽しむことも出来ない。

 未開のダンジョンを探索するという点ではこれ以上ないほどに冒険している感があったが、代わり映えのない状況に変化がないこともまた事実だった。

 尤もフィアはこの間の移動がつまらないと感じてはいない。ここにはレイカが居て、ペンちゃんが居て、リージアが居る。これだけのフレンドに囲まれて何かをしているというだけで、フィアは胸いっぱいの充実を感じていたのだ。

 そんな折に、リージアと並んで先頭を歩いていたレイカがふと何かを思いついたように足を止める。

 

「確かに、今のところ進展がありませんね。……いえ、周りが暗いからそう感じるのでしょう」

 

 モンスターとのエンカウントも無い、ただ静かで狭い洞窟を歩くことがつまらないと感じるのは、天然の洞窟故に視界が悪いからだとレイカが結論付ける。人間の五感の中でも視覚情報というものは特に重要度が高いのだ。

 故にレイカは自らの右手を振り上げると、何故かテレビショッピングのようなノリで語り出した。

 

「そんな時はこれ。ファイアボール!」

 

 そう言って、レイカは自身の「魔法」を発動する。

 魔女の衣装を纏ったレイカのクラスは、その見た目に違いなく「魔法使い」である。そんな彼女はフィアが始まりの森でのんびりと空を眺めていた間、延々とハーメラスの図書館に篭り魔法の習得を行っていたのだ。

 そんなレイカはプレイを始めて間もない今の時点でも、初級レベルの魔法程度なら多種類扱うことが出来た。

 今回発動したのは「炎属性」の初級魔法の一つ、火球を放ち相手にぶつける「ファイヤーボール」という攻撃魔法だ。ぶつける相手の居ないこの場所で物騒な攻撃魔法を発動した理由は、その光り輝く火球の明るさにあった。

 

「……を放たず、この手に保ちます。これをレイカ式ランタンと言います」

 

 レイカは発動した「ファイヤーボール」を放たず右手に留めると、この暗い洞窟を照らす灯りとして利用したのである。

 彼女が作り出した火球のランタンは暗くて周囲が見えなかった洞窟の中を明るく照らし、遠くまで把握することが出来るようになった。

 暗い洞窟の中でふんぞり返りながら光を放つレイカの姿は、言動を抜きにすればフィフスのように神々しいものだった。

 

「明るい……レイカ、ありがとう」

「ふふふ、もっと褒めなさい! 私こそ太陽の神!」

「何言ってんだこのくるくるヘアーは……しかし芸が細かいな。そういう微妙に技術が要る応用技は、魔力の操作に慣れていないと出来ないもんなんだが」

「ふふん、私は初心者の常識を超越するのです!」

 

 明るくなったことで今まで見えなかったものが見えなくなり、洞窟内の雰囲気も随分と変わったように見える。

 右手に携えた火の光で視界を照らすレイカは、昇り調子のまま勢い良く前方へと向き直り、大股で行進していく。

 その姿はまさに意気揚々の全速前進。止まることを知らぬ背中で突き進んでいくレイカは、洞窟の最深部を目指して歩み出し――

 

「あら?」

 

 ――勢い良く地面を踏み抜いたその足諸共、沼地のような地面へと沈んでいった。

 

「ほあああああああー!!?」

 

 そして、レイカは落ちた。

 それはもう、コントのような見事な落ちっぷりであった。

 名家の令嬢らしからぬ悲鳴を上げながら落下していったレイカの姿は瞬く間に見えなくなり、普段表情の変化が乏しいフィアが顔を真っ青にし、ペンちゃんがその後ろで忍び笑いを漏らした。

 レイカが落ちたのは、ゲーム制作者が意図してプレイヤーを陥れようとしていたようにしか思えない落とし穴的なトラップであった。

 フィアが再び悪くなった視界にも躊躇わず急いでレイカが落ちていったその場所へ駆け出すと、その地面にはさらなる地下へと落ちていく大きな穴が広がっていた。

 周辺の地面を触れてみるとこの辺りは異様に地盤が弱いことがわかり、迂闊に踏み入ると今のレイカのように落下してしまうことがわかった。

 

「レイカ!」

「落ちたな……こんなところに落とし穴があったとは。レイカ……面白い奴を亡くしてしまった」

「待ってて、レイカ!」

「あ、おいフィア!?」

 

 その穴を見たフィアが取る行動は、もはや一つしか無かった。

 これはゲーム。命のやり取りなど一切存在しない、人が楽しむ為の遊びだ。

 だが、それでも大切な誰かが死ぬのは嫌だった。死んでも復活するとわかっていても、フィアには大切な友人が居なくなるのは嫌だったのだ。

 

 だから、助けなくてはならない。

 

 思考よりも速く動き出したフィアは何の迷いも無くレイカの落ちていった穴へと飛び込み、彼女の消えた場所へと向かっていった。

 

 

 

 そんな勇敢で危なっかしい少女の姿を見て、一羽その場に取り残されたコウテイペンギンが溜め息混じりに苦笑を漏らす。

 私はやれやれ系じゃないんだけどなぁ……と、そんなしょうもないことを呟きながら傍らのゴールデンカーバンクルと見つめ合い、また苦笑する。

 ゴールデンカーバンクルのリージアは、ペンちゃんに対してそのつぶらな瞳で訴えていた。「自分も連れていけ」と。

 ……ああ、わかったよ。連れていってやるから安心しろ。そう言ってペンちゃんはリージアの頭を撫でようとするが……腕のように差し出したその翼を無視してリージアはペンちゃんの身体をよじ登り、頭の上に乗っかるなり急かすようにバシバシと叩いてきた。

 どうやら想像以上に、このカーバンクルはフィアのことを気に入っているようだ。

 これも、彼女の持つ不思議な魅力があってのことなのかもしれない。

 

「いい子で……不思議な子だな、フィアは。だけどこのゲームを純粋にプレイしているのは、ああいう子なのかもしれない」

 

 平和的で穏やかで、優しい少女。それでいてどこか放っておけない危うさを感じる。

 そんなフィアとは性格こそ真逆だが、彼女と同じように放っておくことが出来ない危なっかしい人間をペンちゃんは知っていた。

 友人……というには微妙な関係だが、何故だかフィアを見ているとその人物の姿が脳裏に過るのだ。

 あの時見た雪崩の元凶――紅蓮の炎の中で何者かと戦闘を繰り広げていた真紅の影に思いを馳せながら、ペンちゃんは呟く。

 

「……あんたもそう思うだろう? クレナ(・・・)

 

 ゴールデンカーバンクルを頭に乗せ、本人に聴こえるわけもない場所で感傷に浸ったコウテイペンギンは、飛べない翼を無意味に羽ばたかせながら二人の消えた穴へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。