蒼紅天使のマスカレード   作:GT(EW版)

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お約束・スキル取得と装備とマスコットの獲得

 放課後。

 この日は所属しているクラブの活動がなかった志亜は、特に寄り道することなく自宅へと帰宅した。

 家内の掃除や外に干していた洗濯物を取り込んだりと家の手伝いを終えた後に愛犬のイッチーと戯れ、麗花との約束の時間が近づいてきたところで志亜は「HKO」へとログインする。

 リアルの世界からVRの世界である「HKO」へのログインを可能にする装置は、ヘッドホンのような形で頭部に装着する「VRギア」のみ。重量もまたヘッドホンのそれとほとんど変わらず、発売当初の世間はこんな代物で前人未踏のVRMMO技術を実現出来るなどとは到底信じられなかったものだ。

 この「VRギア」の使い方は至って簡単である。VRギアを装着した後で起動スイッチを押し、瞳を閉じて三十秒ほどその場に待機するだけだ。

 たったそれだけのことで、プレイヤーはまるで夢の世界に落ちていくようにゲームの世界へと飛び込むことが出来るのである。

 

「ん……」

 

 そんな簡単すぎる手順を踏んだ志亜が自身と同じ姿をしたプレイヤーキャラクター「フィア」として目を開くと、視界一面にはログアウトを行った始まりの町「ハーメラス」の商店街が広がっていた。

 このように【Heavens(ヘブンズ) Knight(ナイト) Online(オンライン)】のゲームをセーブデータの続きから再開する場合は、基本的にはセーブをした場所からそのまま始まるようになっている。街中でセーブをすればその街からゲームが始まり、ダンジョン内でセーブをすれば大抵はそのエリアからのスタートになる。もちろん「例外」もあるのだが、今回のフィアには当てはまらなかった。

 

「チチッ、キュー」

「ふふ、今日もよろしく」

 

 ログインを行いプレイを再開したフィアの左肩には、ゴールデンカーバンクルがちょこんと乗っていた。フィアが昨日獲得したスキルによればどうやらログアウトしている間は「生命の泉」に帰り、再びログインした時には自動的にフィアの元へ戻って来るようになっているらしい。

 ゴールデンカーバンクルはフィアとの再会に嬉しそうに鳴くと、フィアの頰に向かってその手触り心地の良い頭を擦り付けてきた。

 そんな小動物と戯れながら、フィアはレイカとの合流を待つ。

 レイカとの約束の場所は丁度この商店街に指定されている為、フィアがこの場から移動する必要はない。フィアがウインドウを開いてフレンドの「レイカ」へとログインの報告メールを送ろうとしたその時、横合いから目当ての人物に声を掛けられた。

 

「遅いですよフィアさん、待ちくたびれましたわ」

「ごめん、レイカ……」

「冗談ですよ。私も来たばかりです」

 

 特徴的な縦ロールに束ねられた黒髪に、端正整った顔立ち、自信満々さが溢れ出た勝気な瞳を持ち、体格は女性として非の打ち所のない完璧なプロポーションに包まれた少女。フィアが振り向けば、まごうことなき城ヶ崎麗花の容姿がそこにあった。

 尤もそんな彼女でも、何もかもがリアルの麗花と同じというわけではない。見れば髪に隠されている耳の先は尖っており、彼女の種族が人間ではなく「エルフ」であることが窺えた。

 尤も種族の違いなどフィアにとっては大した変化ではなく、それよりも彼女が身に纏っている特殊な衣装の方が気になるぐらいだった。

 

「レイカ、服、変わった?」

「ええ。と言いましても、初期装備から魔法使い用の装備に変えただけですけどね」

 

 彼女が身に纏っている衣装は当然那楼高校の学生服などではなく、いかにもファンタジーめいた造形の紫色のドレスである。頭には同じ色の三角帽子を被っており、その姿はさながら映画や絵本に出てくる魔女のようだった。

 

「とても、似合っていると思う。レイカは、何を着ても綺麗」

「ふふん、当然ですわ。しかしそう言う貴方の方は、最初の装備から何も変わっていませんね」

「ん、フィアは、これで大丈夫」

「まあ、貴方のことですから何か理由があるのでしょうが……」

 

 日常生活では見ることのないであろうレイカの新しい姿をじっと見つめた後、フィアは率直な感想を言い放ち、レイカはそんなフィアの言葉に満更でもなさそうな反応を返した。

 リアルの世界であればコスプレにしか見えないような格好だが、このハーメラスの中世ヨーロッパめいた街並みやレイカ自身の美貌も相まってか、その姿に対する違和感は皆無であった。

 

「それで、その子が貴方の仰っていた?」

「うん。……大丈夫、レイカは優しい人だから」

 

 挨拶も程々に終えると、レイカの眼差しがフィアの肩に乗っているゴールデンカーバンクルへと向かった。

 毛並みの整った尻尾をフィアの首元にマフラーのように下ろしながら、カーバンクルは初対面の人物であるレイカの視線を警戒するようにフィアの髪へと隠れる。

 そんな小動物を安心させるように声を掛けると、カーバンクルはピクリと耳を動かしながら控えめに顔を出してレイカの姿を見上げた。

 まるで現実の動物そのものと言った反応に感心すると、レイカが膝を屈めて目線を合わせながら呟く。

 

「あら、可愛らしい。リスに似ていますが、本当に宝石が埋まっているのですね」

 

 そう言って右手を差し伸ばそうとするレイカだが、つぶらな瞳に見つめられた彼女は一定のところでその手を止め、口惜しそうな表情を浮かべて腕を下ろした。

 そんな彼女の反応に、思惑を察したフィアが問い掛けた。

 

「レイカ、触りたい?」

「え、ええ、まあ……」

 

 レイカもまた家では何匹もの猫を飼っており、動物好きな少女である。

 そんな彼女がこのように現実ではまず見ることの無い新しい小動物を見れば、その毛並みを見て思わず撫でたくなるのは道理だった。

 まるでペンちゃんと初めて会った時の自分のような反応に頬を緩めると、フィアは肩に乗るカーバンクルと目を合わせ、その思考を察知した(・・・・)

 

「キュー」

「いい? レイカ、大丈夫だって」

「そ、そうですか、ありがとうございます。よしよし……しかしフィアさん、その子が言っていることがわかるのですか?」

 

 短く鳴きながらフィアの髪から全身を出してくれたカーバンクルの頭を指先で撫でながら、今のフィアの様子を見てレイカが訊ねる。

 特に抵抗も無く為されるままに撫でられている今のカーバンクルを見る限り、フィアの言う通りレイカの手を拒んでいないことは間違いないだろう。

 しかしその小動物の意志を、まるで言葉を聞いたかのように対応したフィアの姿が、レイカには不思議だったのだ。

 そんな尤もな疑問に、フィアが答える。

 

「スキルを、取ったから」

「ああ、なるほど」

 

 フィアがそう言うと、ウインドウ画面を開いて自らのプレイヤー情報を惜しげも無くレイカに晒す。

 そこにはフィアが現在保有しているスキルポイントの量と、習得したスキルが記載されていた。

 

《現在のスキルポイント 20P

 

 【異種対話 Lv1】 異種族とのコミュニケーション能力

 

 【生命の騎士の祝福 Lv???】 5の天上騎士フィフスから与えられた祝福》

 

 言葉がわからない小動物とコミュニケーションを取る為の「スキル」を、フィアは昨日のイベントクエストで獲得したスキルポイントを使って習得したのである。

 そんなスキルの補正もあり、フィアは実際に言葉が聴こえるわけではないにせよ何となくこのゴールデンカーバンクルの意思を察しやすくなっていたのだ。

 200Pものスキルポイントから、180Pを注ぎ込んで習得したのがそれである。これ以外にも各ステータスを伸ばすスキルや武器を用いた必殺技的なスキル、倒したモンスターを味方にする「テイム」と言ったスキルも幾つか選ぶことは出来たのだが、フィアはそれらには目もくれずこの【対話】というスキルを習得した次第だ。

 

「なるほど。そんなスキルもあるのですね……フィアさんらしいと言うか」

 

 コミュニケーションの一点を視野に入れたそれは、戦闘に役に立つものではないだろう。

 しかし数あるスキルの中から初めて自分が選んだスキルとしては、何とも彼女らしい判断とレイカは納得した。

 

「うふふ……家の猫より、大人しくていい子ですね」

「うん、とても穏やか」

 

 それはそうと、彼女が「フレンド」になったというこのはカーバンクルは大人しいものである。

 モンスターとは思えない柔らかな手触りと小動物的な可愛らしさに、レイカは思わずまどろみを感じた。

 

「結局、名前は付けたのですか?」

 

 そんなレイカは今日、学校で会った志亜からこのゴールデンカーバンクルのことを聞いている。その話題の中で、レイカはこのゴールデンカーバンクルに何か名前を付けてあげたいと志亜から相談されたことを思い出した。

 ゲームのお供キャラの名前で真剣に悩む彼女の姿は、不器用で真摯な性格が出ていたものだ。

 

「考えた……でも、気に入るはわからない」

「そうですか。なら直接聞いてみてはどうですか?」

「……うん。じゃあ、言う」

 

 一応レイカも適当に考えてきてはいるが、このゴールデンカーバンクルがフィアに懐き、フィアと行動を共にしたいと言ったのだからその名前は彼女が自分で決めた方が良いだろう。

 そんな思いでレイカはフィアによる命名の瞬間を見守っていた。

 自らの肩に乗る小動物の姿をじっと見つめながら、数拍の間を置いてフィアがその名を呼ぶ。

 

「リージア」

 

 彼女が言い放ったのは、どこか中性的な響きを感じる名前だった。

 

「リージア? 意外なネーミングですね。由来は何ですの?」

「フリージア。とても優しい、黄色の花」

「ああ、フリージアの花ですか」

 

 普段ぽわぽわしている彼女がどんな名前を付けるのかとレイカは興味があったが、今回名付けようとしているその由来はフリージアという南アフリカに咲くかの花にあるらしい。

 フリージアとはアヤメ科フリージア属の半耐寒性球根植物の一種であり、またはフリージア属の総称に当たる。日本では別名として「菖蒲水仙(ショウブスイセン)」や「浅黄水仙(アサギスイセン)」、あるいは非常に甘い香りを放つことから「香雪蘭(コウセツラン)」などとも呼ばれている。

 

「花言葉は確か赤いのが純潔、白があどけなさ、黄色が無邪気でしたね」

 

 フリージアの花言葉は咲いた花の色によって異なり、白いフリージアは「あどけなさ」、黄色のフリージアは「無邪気」を意味する。赤や紫色はそれぞれ「純潔」や「憧れ」を意味し、フリージア全般としては「期待」という花言葉が有名であるが、命名対象であるゴールデンカーバンクルの体毛から考えると、フィアがどの花言葉を意識しているのかは何となくわかった。

 

「この子は穏やかで、無邪気。だから、考えた」

 

 由来は「無邪気」を意味する黄色のフリージア。

 人を前にしても一切敵意を見せないこの穏やかな小動物には、その表現が一番適しているようにフィアは感じたのだ。

 

「リージアって……呼んで、いい?」

 

 彼女なりに真剣に考えたことが窺えるこ洒落たネーミングを、レイカは及第点だと評価する。

 しかしゴールデンカーバンクルのつぶらな瞳を恐る恐る見つめるフィアは、まるで悪戯がバレた幼子のように頼りなく見えた。

 カーバンクルはそんな彼女の伺いに快く肯定するように鳴くと、その小さな手で撫でるようにフィアの頬をペタペタと触った。

 

「ふふ……ありがとう」

「まあ、普通に良い名前でしょう。私が考えてきたのが無駄になって何よりです」

「レイカは、なに?」

「金之助」

「……レイカ、この子は女の子」

「あら、そうでしたか」

 

 ともかくゴールデンカーバンクル改めリージアは、フィアがつけてくれた名前に喜んでいる様子である。

 不器用な少女の新しいフレンドとの関係は、人外とも良好なようだった。

 

 

 

 

 

 

「さて、それでは早速行きましょうか」

「あ」

「……? どうかしましたか?」

 

 予定の集合時刻よりもまだ二分ほど早いが、無事に合流した以上、既にこの商店街に留まる理由の無くなった。レイカが早々に出発しようとしたが、フィアはその時、これまで開きっぱなしにしていたウインドウの異変に気づいた。

 フィアの開いていたウインドウには、《新着メールが1件あります》という情報が表示されていたのである。

 

「ログアウトしている間に、貴方宛てにフレンドからメールが来ていたみたいですね」

「ペンちゃんっていう、優しいエンペラーペンギン。昨日、フィアとフレンドになってくれた」

「……ああ、そう言えばそんなことを仰っていましたね」

 

 早速中身を確認してみると、どうやらこの新着メールというのはフィアがログアウトしている間に送られてきたものらしい。

 送り主の名は「ペンちゃん」とあり、件名には《ぺんぺんからのおしらせだよ!( ゜◇゜ ) b》と見慣れない顔文字も付けて記載されていた。

 

《昨日は一緒に冒険してくれてありがとう! すっごい楽しかったよ! なんか変なのもいたけど、ああいうのは気にしないでね(≧∇≦)/ だけどあんな連中ばっかりじゃないから、どうかこのゲームのことを嫌いにならないでほしい(´・ω・`) ペンちゃんはいつでもキミの味方だよ~( ゜◇゜ )》

 

 メールの中身は主に昨日の事件に関する励ましといった内容で、力強い文面からは相当にこちらのことを心配している様子が伝わってきた。

 

「……大丈夫、フィアはこのゲーム、好き。空が、とても綺麗だから……」

 

 彼女としてはマナーの悪いプレイヤーに絡まれたことが影響して自分がこのHKOから離れてしまうことを危惧しているのだろうが、実際のところ今のフィアにはそんな気持ちは露ほども無かった。

 

「この人、フィアさんのことを小学生だと思っていそうですね……」

 

 傍らで同じ文章を眺めていたレイカが何やら微妙な表情を浮かべているが、フィアには十分にペンちゃんの心の温もりが伝わっていた。

 心配される自身の未熟さを恥じる気持ちと、こんな自分を心配してくれる優しいペンちゃんの心を嬉しく思う気持ち。その二つの感情が、フィアの頬に柔らかな笑みを浮かべさせる。

 

「まだ続きがありますね。大した内容ではなさそうですが」

 

 そして彼女のメールには、行間を開けて追伸が記載されていた。

 レイカの言葉でそのことに気づいたフィアはウインドウ画面をタッチし、続きの文を黙読した。

 

《追伸 友好の証として、フィアにはぜひ、ペンちゃんのつくった防具をプレゼントしたいと思ってる。いつでもいいから、ペンちゃんのお家に来てね~(・∀・)ノシ》

 

 友好の証――この町で鍛冶屋を経営していると以前聞いたが、そこにフィアを招待する旨の一文であった。さらに付け加えて「場所はココだよ!」と、丁寧にも手描きの地図まで載せられている。

 そう言った有り難い親切心を受けて、フィアはペンちゃんのことをやはり優しいペンギンであると改めて再認識した。

 

「昨日のお詫びのつもりでしょうか? まあ、この際ですから寄ってから行くことにしましょう。これから私の横で一緒に戦う方が初期装備のままでは、今一つ格好がつきませんからね」

「プレゼント……フィアに? どうして……」

 

 メールの文章を横から覗き見ていたレイカが早速動き出し、地図に記載された「ペンギンハウス」の位置へと歩を進めようとする。

 しかし、メールを送られた張本人である筈のフィアは中々その場から動くことが出来なかった。

 迷っていたのだ。自分が取るべき行動に。

 そんな心情を見透かしてか、うじうじと悩むフィアに対してレイカが言った。

 

「その方の好意を、貴方は無視するのですか?」

「……でも、フィアは」

「でももだってもありません。人の好意を無碍にしていいのは、気に入らない男から告白された時ぐらいなものです」

「チチッ」

 

 相手側は好きでやっているのだから、この場合は受け取らない方が無礼に当たるのだと淑女たる彼女は言う。

 実際メールを寄越したペンちゃんという優しいコウテイペンギンのことを考えると、フィアがプレゼントを拒否することによって悲しい思いをさせてしまう可能性は高いと言えた。

 とにもかくにも、直接本人に会いに行くべきなのは間違いなさそうだ。フィアは先頭を歩くレイカと共にペンちゃんの居場所へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍛冶屋「ペンギンハウス」。

 始まりの町ハーメラスの西側、その路地裏に店を置くその鍛冶屋は想像していたよりもわかり辛い位置に構えられており、ペンちゃんの描いた地図が無ければ二人して道に迷っていたかもしれない。

 レイカとフィアの二人が入店すると、店頭にはペンちゃんが製作したと思われる多種多様な武器防具が並んでおり、店の名前の通りペンギンの形をした剣やらペンギンの着ぐるみの形をした防具と言ったネタ装備の姿もあれば、少年達が喜びそうな王道的なデザインをした装備もまた同様に並べられていた。

 中にはアニメや漫画の武器をモチーフにした物までも置いてあり、レイカはその完成度の高さに感嘆の声を漏らす。

 

「おお、来てくれたか!」

「こんにちは、ペンちゃん」

 

 すると程なくして、フィアの入店に気づいた一匹のコウテイペンギンが、店の奥からペンギン特有の走り方で駆け寄ってきた。

 フィアが自身の愛犬のゴールデンレトリーバーのように人懐っこく擦り寄ってきたコウテイペンギンを抱き留めるなるとよしよしとその頭を撫で、その様子に対してレイカが驚き半分、呆れ半分と言った表情を浮かべて精巧な造形のペンギンの姿を眺めていた。

 

「……本当にリアルですね。ここまで来ると何か、執念のようなものを感じます」

 

 ペンちゃん――噂に違わぬペンギンぶりである。着ぐるみにしては気合いが入りすぎている造形を前に、レイカは呟く。確かに「HKO」ではこのプレイヤーのように、スキルさえあれば自由自在に装備を作ることも出来るが、レイカがここまで全力で趣味に走った者を見たのは初めてのことだった。

 

「待っていたぞ。昨日の今日で、もうログインしないんじゃないかと心配していた」

「大丈夫。フィアはこのゲーム、嫌わない」

「そうかそうか、いやあ良かった。お、カーバンクルも一緒か。名前は決まったのか?」

「リージア」

「ふむ、良い名前だ」

 

 フィアと無事また会えたことに、ペンギンは着ぐるみ越しでもわかるほどに安心している様子だった。

 プレイを始めてからまだ日の浅い内に、PKに巻き込まれた。そんな体験によってこのゲームその物に嫌気が差し、「HKO」から離れてしまうかもしれないと心配するのは確かに不思議ではない。

 レイカは普段の生活からフィアという少女がそんなことで気が滅入るような軟弱な人間ではないことを知っているが、このコウテイペンギンからしてみれば今日この場にフィアが来るかどうか気が気で無かったのだろう。心配の反動からか、フィアと話すペンギンの姿は非常に生き生きして見えた。

 コウテイペンギンは喜びのダンスを踊るようにシャカシャカとフィアの周りを走り回ると、そこでようやくレイカの存在に気づいたのか、こちらに目を向けながらフィアに問うた。

 

「それで、そこのくるくるヘアーのお嬢さんもフィアのフレンドか?」

「うん。フィアの、大切な友達」

 

 くるくるヘアー呼びには少々思うところがあるが、名家の令嬢は落ち着いていた。寧ろレイカとしては、フィアから何の臆面もなく「大切な友達」と紹介されたこっぱずかしさを隠すことの方が至難であった。そんな内心を誤魔化すようにレイカは謹んで自らの名を名乗ると、優雅に一礼する。

 

「レイカです。以後お見知りおきを」

「私はペンちゃん。ご覧の通り、ペンギンだ」

 

 それは見ればわかる、と返そうかと思ったレイカだが、ここはあえて何も言わないでおく。

 コウテイペンギンのペンちゃん――なるほど、確かにペンギンである。日頃から他人を褒めることは多くないレイカだが、この着ぐるみの作り込みぶりに対しては素直に賞賛せざるを得なかった。

 

「貴方がペンさんですか。見事な着ぐるみですね」

「はっはっはっ、何を言っているんだ君は。これが着ぐるみのわけないだろう。中の人など居ないさ!」

「そうですか」

 

 どうやらこのコウテイペンギンには、ペンギンとしてのプライドがあるようだ。

 ネトゲの世界でリアルの事情を訊ねることがタブーのように、彼或いは彼女に中の人のことを訊ねるのはタブーらしいと、レイカはこのコウテイペンギンとの付き合い方を学習した。

 

「ペンちゃん、フィアは、メールを読んだ」

 

 そんなレイカを他所に、フィアがペンちゃんに自分達がここへ来た本題を切り出す。

 相変わらず言葉を話すのが苦手な人だと内心呆れるレイカだが、その言葉だけでペンちゃんも察してくれたようだ。

 

「ああ、プレゼントならちゃんと用意しているぞ。私から君への友好の証だ。昨日のお詫びも兼ねて、受け取ってほしい」

「でもフィアは、ペンちゃんからたくさん貰った。昨日、一緒に居た。ペンちゃんとの時間、楽しかった……フィアは、それだけで嬉しい」

「っ……なにこの子いい子いい子したい……」

「?」

 

 昨日、自分と一緒にゲームをしてくれた。物などくれなくても、ただそれだけで友好の証としては十分だという意味であろう。無理に遠慮しているのではなく、彼女は心からそう思っている。VRMMOの中でくらい違う自分になってみれば良いものをとレイカは自身のことを棚に上げて思うが、フィアはリアルと同様に無欲な少女であった。

 

「なに、私が好きで用意したプレゼントなんだ。遠慮することはない」

「でもフィアは、ペンちゃんから貰いすぎている。つり合い、とれない……」

「つり合いなら十分取れてると思うが……ブログにも協力してもらったし。まあ、そうだな……なら、また私とパーティを組んでくれないか? フィアと一緒に行動するのは楽しい」

「そんなことで、つり合い、取れる?」

「取れる」

 

 自分がおいしい思いをしすぎているのではないかと気にしているフィアに対して、ペンちゃんは安すぎる条件を提案した上で均等な釣り合いだと断言する。

 リアルでのフィアをよく知るレイカは、このような状況と似たような光景を過去に何度か見たことがあった。

 

「フィアさん、こういう手合いはどうせ折れやしないのですから、大人しく受け取ってやりなさい」

「レイカ……」

 

 フィアの性格を考えれば予想はしていたが、これでは一向に話が進まない。フィアだけならばこんなやり取りを延々と続けようが構わないが、生憎にも今の彼女にはこれから自分のクエストに同行するという予定があるのだ。

 いつまでも迷っている様子のフィアに痺れを切らしたレイカが、強引を承知の上で横槍を入れることにした。

 

「それで貴方、この方に渡すプレゼントとは一体どのような物でしょう? まさかとは思いますが、あそこにあるペンギンの着ぐるみではありませんよね?」

「あれを着たフィアの姿というのも見てみたいものだが……フィアにあげるのはネタ性を抜きにしたエレガントな奴だ」

「それは安心です」

 

 店頭に並んでいるペンギンの着ぐるみパジャマのような防具を指差して訊ねるレイカだが、どうやら今回ペンギンがフィアにプレゼントするのはそれとは違う商品らしい。

 現物は既にペンちゃんのアイテムボックスの中に入っているらしく、ペンちゃんが慣れた動作でウインドウを手元に広げたウインドウを操作しながら唱えた。

 

「ペンちゃんのオーナー登録を解除。プレイヤー・フィアにオーナー権限を譲渡」

 

 音声認識システムによって、ペンちゃんは今回の目的を成し遂げる。

 一頻りの操作を終えた瞬間、ペンちゃんの両手もとい両翼の上に光の粒子と共に一式の服が出現した。

 それは一目見て鮮やかだと感じる、白と空色の羽衣であった。

 

「ほら、君の新しい服だ。是非着てくれ」

「服? 新しい?」

 

 防具、というと甲冑や鎧と言った重厚なイメージがあるが、見た目は至って軽そうな生地であった。しかし、こういったRPGでは見た目が防御力に左右するとは限らないのがある種のお約束である。この皇帝ペンギンはいたくフィアを気に入っている様子であることから、装備としての性能はそこらで販売されている物よりも数段高いのであろうと察せられる。

 何が何でもプレゼントを渡したいペンちゃんの気持ちに当てられたことによって、フィアは戸惑いながらもそれを受け取ることに決めたようで、フィアは賞状を授与されるように丁寧に頭を下げながら、ペンちゃん製の新装備を大切に抱き抱えるように受け取った。

 

「……ありがとう。このお礼は、絶対する」

「お礼なら、また私とパーティを組んでくれれば十分さ」

「もっと、ちゃんとしたお礼する。フィアが……そうしたい」

「そんなに気にしなくても……まあ、楽しみにしているよ」

 

 プレゼントを貰うことを渋っていたフィアだが、彼女とて決して嫌々受け取ったわけではない。大事そうにペンちゃん製の服を抱き抱える姿には溢れんばかりの喜びが感じられるし、彼女も実際嬉しいのだろう。だがこれも「前世」の影響とでも言うのだろうか、彼女はか弱い少女の成りをしているくせして妙に男らしい一面があり、基本的に貰いっぱなし恵まれっぱなしというのは気に入らない性分であった。

 そして彼女は、口で言った以上は絶対に約束を破ることはしない。お返しのお礼をすると言った以上は、時間は掛かっても必ずこの服に見合う対価を支払うのであろうことは普段の彼女から想像出来た。

 尤もペンちゃんの様子を見る限りでは、今渡された服を着てあげるだけで十分な対価となりそうなものであったが。

 ――と、レイカが考えていたその時である。

 

「……フィアさん、着替えはウインドウ画面を使うんですよ?」

 

 油断も隙も無いと言ったところか、この場で自身の上着をまくり上げようとしていたフィアの行動を見咎め、レイカが溜め息を吐きながら忠告する。

 当のフィアはそんなレイカの言葉に不思議そうに首を傾げていたが、そんな彼女の姿にレイカはまた大きく息を吐いた。

 

「? 普通に着替える必要、ない?」

「ええ、ありません。寸法とかも、それで自動的に調整されるのですから」

 

 彼女が今、何をしようとしていたのかは見ればわかる。ペンちゃんから貰った服を早速装備して、ペンちゃんに披露したかったのだろう。

 しかし言うまでもなくこの場でそれを行うのは淑女として論外であり、そもそも手を使っての着替え行為自体、この「HKO」の中では不必要な手間であった。

 そんな面倒なことをしなくても、自身の着ている装備を替えるぐらい従来のゲームのようにワンタッチで出来るのだ。

 

「現実に近すぎるのも、それはそれで問題なのかもしれませんね。しかし、それにしたって普通この場で脱ぎますか……? 貴方って妙なところで常識ありませんよね」

「? ここに居るのは、ペンちゃんとレイカだけ。だから、フィアは大丈夫」

「いや、だからってそれは感心せんぞ。一応ここ、店の中だし。いつ他の客が来るかわからんからな」

「駄目? フィア、間違っている……?」

「うっ……」

「間違っています! 仮にこのペンギンの中身が男性だったらどうするつもりですか!」

「中の人などいない!」

「……失礼しました」

 

 フィアがゲーム内での着替えのシステムを男性の居ないこの場で知ることが出来た点については、タイミング的には幸いだったと言えよう。確かにシステム上ではリアルと同じ方法でも装備を着替えることは出来るが、わざわざゲームの中でまで自称紳士共にサービスしてやる余地を残してやる必要はなかった。

 普段からフィアと共に行動しているレイカは、無自覚無防備な彼女における危険な芽を未然に摘むことに関しては定評があった。

 

「ペンさん。あまりこういうことは聞きたくないのですが、実際のところ貴方は女性ですか?」

「私は至高の雌ペンギンだ」

「そ、そうですか……その言葉、信じさせてもらいます」

 

 そんなレイカの気苦労を知ってか知らずか、フィアは不慣れな手つきでウインドウ画面を操作しながら自らの「装備」の項目を見つめていた。

 レイカが横から覗き込んでみると、そこには彼女が今手にしているペンちゃん製の服の詳細データが記されていた。

 

「なんきょくこうていのはごろも?」

 

《【南極皇帝の羽衣】。レア度8。DEF+120(要求DEF1)。

 至高のエンペラーペンギンが魂を込めて生み出した力作。空を翔ける聖天使をイメージした装飾が施されており、軽量ながらも氷耐性と闇耐性に優れる》

 

 丁寧にも装備のテキストまで載せられていたが、注目すべきはそちらではなくその性能である。

 レイカとしては、呆れの声を漏らすのを抑えた自分を褒めてやりたい気分だった。

 この装備の性能は、それほどまでに初心者が纏う物としては破格なものだったのだ。参考までに今レイカが身に纏っている「魔道士の服」はステータスのDEF値を40程度上昇させる程度の物であり、それに比べれば単純計算で80もの性能差に加えて特殊耐性までも含んでいるなんと理不尽な代物か。

 そして無職故のフィアのステータスの低さに配慮してか、装備可能な条件をDEF=防御力の数値が1以上という誰でもどんなレベルでも装備が出来るという条件にまで緩くしている匠の粋な計らいも見えた。

 装備の出来栄えから見てペンちゃんは中々腕利きな鍛冶師のようであるが、レイカとしてはそんな彼女のフィアに対する入れ込み具合に対して呆れるばかりであった。

 

「上から「南極皇帝の羽衣」、「南極皇帝の手袋」、「南極皇帝のタイツ」、「南極皇帝のブーツ」だ。人呼んで南極皇帝シリーズ! 当然、私オリジナルの装備だ」

「頭の装備とオーバーウェア以外、全部ですか。随分と奮発するのですね」

「そうでもないさ。必要な素材はこの間の世紀末トリオが謝罪のつもりで提供してくれてな。全部作っても大した出費じゃなかったよ」

「おじさん達が……」

「フィアに感謝していると言っていたぞ? アイツらは必要無いと言っていたが、今度会ったら声を掛けてやればいいだろう」

「……うん」

 

 上下の服に手袋に靴。どれも先に見た羽衣と同様に高性能な装備であり、レイカはペンちゃんの張り切りぶりに対して内心で再度溜め息をつく。受け取ったフィアの方もまた、多くのプレゼントを一度に貰ったことに対して大きな戸惑いを見せていた。

 その素材提供を昨日出会った三人の男が自主的に行ってくれたと言うのも、彼女には考えるものがあるのだろう。

 一方でペンちゃんはそんなフィアの反応は予測済みだったのだろう。先手を打つようにして、彼女はフィアに対して頭を下げた。

 

「私もつい張り切りすぎてな。気後れするかもしれないが、どうかこれを着てほしい。これは私からの願いだ。……って言うか、ぶっちゃけこれを着たフィアを見てみたい。出来れば写真も撮りたい。あと、ブログにも載せたい」

「結構頼むのですね……ブログですか」

「ああ、ぺんぎんぶろぐっていうブログをやっていてな。趣味でこのゲームのプレイ日記をつけているんだ」

「昨日のブログ、フィアも見た。たくさんの人、ペンちゃん見ている。ペンちゃんは、すごい」

「そ、そうか?」

 

 頭を下げて頼む割には要求が多いような気もするが、四着もの装備を手渡した手前筋は通っている。フィアの気持ち的にも、ある程度要求された方が楽であろう。

 一連の流れから、レイカには何となくペンちゃんというプレイヤーの性格がわかったような気がした。

 

「なるほど。ご自分のブログに写真ですか……それならば、この程度のプレゼントでは寧ろ足りないぐらいですね」

「だろだろ? 実は昨日一緒に寝ころんでる写真を上げてみたんだが、それがかつてない反響だったんだ。ぶっちゃけると今回のはそのお礼もある」

「……貴方って、結構アレと言われません?」

「もちろんフィアに許可は取ったぞ? だが日頃周りからは畜生ペンギンと親しまれているよ」

 

 今時ブロガーなどというものは珍しくもないが、フィアの写真を掲載するとなるとその反響は大きそうだとレイカは経験則から想像する。

 何せフィアは、絶世の美少女と自負するこの自分すらも認めた容貌を持っているのだ。目の下のクマや少々童顔なところはウィークポイントかもしれないが、それらを補って余りあるほどに彼女は整った容姿をしている。彼女がリアルの双葉志亜と同じ姿であることも考えると、その姿をブログに載せることでまた面倒なことが起きないとも言い切れなかった。

 尤もこの無自覚な少女は、決して断らないのであろうが。

 

「ん……」

「キュー」

「あ……リージア、すごい。ありがとう」

「この小動物、出来る……! だがマスコットの座は渡さんぞ」

「何を張り合っているんですかこのペンギンは」

 

 レイカがそんなことを考えている間に、ウインドウを操作するフィアは上から順に自らの装備を初期装備から「南極皇帝シリーズ」へと着替えていった。

 尤も彼女はどうにもこう言ったデジタル的な操作は不慣れなようであり、彼女のスローリーな手つきを見かねてか、途中からは肩に乗るリージアが代行して画面をタップしていたものだが、それがまた見事な手並みだった。

 その操作スピードはフィアのそれよりも遥かに素早く、フィアとペンちゃんが思いがけない小動物の動きに驚嘆の声を漏らす。このカーバンクルは予想以上に利口であり、器用なようだ。

 ワンタッチで次々と自身の服装が切り替わっていくお手軽さにもフィアは驚いていたが、レイカとしては想像以上に似合っている彼女の新装備を纏った姿の方が驚きだった。

 

「……ふむ、中々悪くないではありませんか」

 

 ――という呟きは、レイカとしては限りなく最大に近い賛辞である。

 一方で装備を作った張本人たるペンちゃんはと言うと、こちらもやはりうんうんと想像以上の出来栄えに満足げに頷いていた。

 

「うむ、我ながら素晴らしい出来栄えだ。徹夜で作った甲斐がある」

 

 まさしく天使の姿がそこにあったという表現が過剰ではないほどに、羽衣を纏ったフィアは可憐な姿であった。

 胸回りから腰まで白を基調とした色合いに加えて、節々に青空をイメージするスカイブルーのカラーリングで彩られている。メリハリのある明るい配色だが刺々しさは欠片もなく、装着者の性格に違わず穏やかで優美な雰囲気が伝わってきた。

 まるで、絵画から出てきた姫君のようだ。レイカ視点では決して派手すぎるというわけではないが、日頃から自主的に着飾ることのないフィアの姿を見てきているだけに、煌びやかな衣装を纏った彼女の姿は幾分新鮮に映った。

 

「綺麗な服……ペンちゃん、ありがとう」

「フィアは空が好きだからな。空の青と雲の白のイメージでデザインしてみたつもりだが……我ながら自分の才能が恐ろしい」

「この方が着るのでしたら、よっぽど醜悪なデザインでもなければそれなりに見れる格好にはなりますよ。しかし、まあ……」

 

 惚れ惚れと言った様子で自身の作った衣装を自画自賛するペンちゃんだが、着る者がフィアである以上、彼女自身のデザインセンスに関してはある程度差し引いて考えるべきだろう。

 しかしそれを踏まえた上でも、彼女の作った「南極皇帝シリーズ」の出来栄えには頷けるものだった。

 

「無意味に肌の露出を多くしたりせず、かと言って適度にフィアの長所を伸ばすように彩ってみせた点は評価に値します。貴方、もしかしてデザイナーの心得があるのですか?」

「私はペンちゃん。ただのペンギンさ」

「……貴方って、少し面倒臭い方ですね」

「よく言われる。しかしそう言う奴に限って一番面倒な奴だったりするんだ。これがな」

「さあ、どうでしょうかね」

 

 ペンちゃんというプレイヤーとはこれが初対面である以上、今はまだフレンドのフレンドという関係に過ぎない関係ではあったが、今後のことを考えれば彼女とはある程度コネクションを持っていた方が得かもしれない。

 鍛冶師としての彼女の腕前を見込んだ上で、レイカは打算的にそう考えた。

 

 フィアの防具も揃ったことで、これで旅立ちの準備は整った。

 充実した友人の装備を見てレイカは目的地への思いを馳せるが、しかしその思考は直後に繰り出されたペンちゃんの発言によって吹き飛ばされた。

 

「そう言えば、武器は大丈夫なのか? あの時全部捨ててしまったから、今は何も持ってないんじゃないか」

「は? 武器を捨てた?」

 

 今回防具を揃えたフィアだが、今の彼女には肝心の武器が無いのだと言う。

 元々はゲーム開始当初に持つ初期資金を使って大量の武器を購入したのだが、フィアはその全てを昨日のキラー・トマトとのやり取りで破棄したのだと、ペンちゃんは語った。

 

 

「まったく……貴方という人は、やることが読めませんね」

「フィアは、後悔していない」

「まあ、そうでしょうけど」

 

 「HKO」において、自らの意志で破棄した武器は所持品の中から消え、一定の時間を置くと捨てた場所からも消滅してしまう。

 そのことに気づいたのはフィアの心が落ち着いてからのことで、後で拾いに行くつもりだったフィアが大層慌てふためいたという余談である。

 まさか現実的に考えて、捨てた武器が消えて無くなるとは思わなかったのだ。物を大切にしなかった自分に悔やんでいたフィアだが、幸いだったのは武器そのものは一般のNPC商店で販売されている物に過ぎないことだろう。

 そして昨日「採取」のクエストを達成したフィアの手元には現在1000Gほどの資金があり、大量とは言わなくとも初心者用の武器一つを購入するには十分な持ち合わせがあった。

 

「お金は、クエストで貰った」

「なら、ついでに何か買ってくれたら嬉しいな。こんなこともあろうかと、初心者用の装備も仕入れておいたんだ。今は初心者応援セール中だから安くしているぞ」

 

 ペンちゃんの経営しているこの店には、防具の他にも何種類かの武器がある。

 店頭に飾られている物の多くは値の張る商品であったが、ペンちゃんが紹介した即席的な雰囲気の漂う「初心者向けコーナー」には、今のフィアにも買うことが出来る武器があった。 

 その場所へ向かったフィアは特に迷う素振りも無く、身の丈ほどの長さになる一本の「槍」を取って購入を決意した。

 

「じゃあ、これを……」

「槍武器のシルバースピアか。そいつは使いやすいぞ」

 

 一度も使うことなく捨ててしまった大剣、弓、杖、短剣、片手剣とはいずれも種類が異なる武器種である「槍」。片手で振り回せそうなほど軽い素材で出来ている細長い柄の先に十字型の刃が装着されているそれを、フィアは新たな武器として選んだのである。

 

「これで、一緒」

「一緒?」

 

 ペンちゃんからその武器は「シルバースピア」という初心者でも装備することの出来る槍武器だと紹介されるが、銀色の光沢を放つ槍先はどこかあの天使が持っていた武器に似ているような気がした。

 そんな見た目に何となく目を奪われ、フィアは購入を決めたのだ。

 

「フィフスと、一緒」

 

 前世の妹に似たあの天使とお揃いになれた気がして――少しだけ、嬉しい気分だった。

 

 

 

 


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