自分がスキルを入手したという情報に気づいた時、フィアは目をぱちくりと丸くした。
スキルとはスキルポイントと引き換えにプレイヤーの誰もが身につける特殊技能のことだ。その種類は数百、数千以上にも渡る。
そしてこの「HKO」におけるスキルの取得方法はスキルポイントを使った取得の他に、プレイヤーのプレイングも反映される。それ故に、プレイヤー各人が他人にはない個性を確立することが出来るのだ。
今しがたフィアが手に入れた「生命の騎士の祝福」というスキルもまた、フィアがこれまでに行なってきたプレイングの成果であった。
しかし。
「フィアは……」
フィフスが善意でこのような物を自分に与えてくれたのだとは理解している。理解はしているのだが、やはりフィアには自分が彼女に対して対価を支払った自覚が無かったのだ。
フィアはこれを受け取れない――そう続く筈だった言葉を、フィフスが遮る。
「私からのプレゼント、気に入ってくれると嬉しいな」
そう言って朗らかに笑うフィフスの姿を前にしては、フィアは開きかけた口を閉じるほかなかった。
「彼」の妹によく似た屈託の無い笑みを見せられては、理屈はどうであれフィアには受け入れざるを得ない。受け入れなければ申し訳ないと、心情が反転したのである。
「……ありがとう。フィアは、大切に扱う」
彼女がフィアに対してこのスキルを与えることに喜びを感じているのならば、それを大切に扱うことによって感謝の気持ちを示すことにフィアは決めた。
スキルの効果自体はわからないが、きっと良いものに違いないのだろうとフィアは想像する。それこそ、自分などが扱うには勿体無いほどに。
「さてと……それじゃあそろそろ、ここを出よっか」
名残惜しそうに辺りを見回しながら、フィフスが言った。
そんな彼女との別れを惜しむように、周囲のモンスター達が一斉に彼女に目を向け、心なしか寂しそうな鳴き声を上げた。
そんな中で、一匹の小動物がチチッと鳴きながらフィアの元へと駆け寄ってきた。額に赤い宝石が煌めく、ゴールデンカーバンクルである。
「ふわ?」
「あら」
ゴールデンカーバンクルは勢いよく飛び上がると、フィアの服に爪を浅く引っ掛けながらよじ登っていく。そのまま左肩まで登っていくと、長い尻尾をマフラーのように首後ろへと巻きつけた。円らな瞳でカーバンクルがフィアを見つめ、フィアがふかふかした感触に心地良さを感じながらも困惑の目で見つめ返す。
そんな一人と一匹の様子を、フィフスが微笑ましげに眺めていた。
「金色のカーバンクルがそこまで懐くなんて。フィアちゃんは、よっぽど穏やかな香りがするのね」
「フィア、におう?」
フィアに対して警戒心が皆無などころか、好んでスキンシップを取りに来たように見えるカーバンクルを見てフィフスが笑い、フィアが首を傾げる。
自分には何かこの小動物を引きつける体臭でもあるのかと嗅いでみたが、フィアにはよくわからなかった。
そんなフィアに向かって、フィフスがゴールデンカーバンクルというモンスターの習性を語った。
「金色のカーバンクルは、穏やかな空気が好きな生き物なの。それがこの子の場合は、貴方の傍が一番穏やかに感じるみたいだね」
警戒心が強く戦いを好まないゴールデンカーバンクルは、闘争の気配が無い穏やかで優しい場所を好んで住処にすると言う。
そしてその住処と言うのは静かな森の中に留まらず、穏やかな人間を見つけた場合にはその者の傍へと居着くケースが稀にあるのだ。
「フィアが、穏やか?」
「チチッ」
「今まで見てきたどの人間よりも穏やかだって。貴方の傍は、森の中よりも居心地が良いみたい」
今ひとつ実感の無いフィアが肩に乗るゴールデンカーバンクルに問い掛けると、リス型の小動物が肯定するように鳴き声を上げる。
そしてその声を通訳するように、フィフスが補足していた。
「フィフス、動物の声わかる?」
「ある程度はわかるよ。これでも管理者の一人だから」
「すごい……」
ヘブンズナイツである彼女は、人外の生き物が相手であろうと言語のコミュニケーションが出来るらしい。
そんな彼女はゴールデンカーバンクルと目配せした後、微笑みながら小動物の意思を代弁した。
「森のこと、想ってくれてありがとうだって」
「でも、あの森は……」
動物好きのフィアとしては、この小動物が自分に懐いてくれたことを嬉しく思う。
しかし燃やされてしまうのを見過ごしてしまったゴールデンカーバンクルの住処――あの森のことを思えばこそ、フィアの気持ちは沈むばかりだった。
「大丈夫だよ、フィアちゃん」
そんなフィアの心を安心させるような、慈愛の篭った声でフィフスが言う。
フィアの視界が一瞬にして別の光景へと切り替わったのは、その時だった。
一転して周囲から花畑の姿が無くなり、二人は黒く焼き焦がされた森の地の上に立っていたのだ。
「……………!」
この世の楽園とも言える美しい花畑から、荒らされ朽ち果てた始まりの森の光景である。
その落差はまるで幸せな夢がばたりと覚めていくような――残酷な現実に引き戻された感覚だった。
「うわ……これは酷いね」
八年もの間あの花畑に封印されていたというフィフスが、久方ぶりに肉眼で目にした外の光景に苦い表情を浮かべる。
封印から解かれて初めて見た景色がこれでは、彼女も心中穏やかではないだろう。
その姿にフィアは、この惨状を止めなかった自分自身の判断を再び悔やんだ。
「フィアが守らなかった結果……全部、フィアが悪い」
森を焼いたのは、暴走したスキンヘッド達の仕業だ。
しかし彼らの行動だって、自分なら止められた筈だと……このような言い方をすると自惚れのように聞こえるかもしれないが、フィアの心にはやはり自責の念が燻っていた。
故にフィアは、あの時彼らを見逃してしまった自らの判断を責め立てる。
「落ち込まないで。大丈夫だから」
しかしそんなフィアに対して、フィフスは尚も穏やかに微笑みかけた。
「私もこの場所は好きだから、今回は元に戻してあげるよ」
「戻す?」
全部、元通りにしてあげる――そう言って、フィフスは目蓋を下す。
そして、次の瞬間だった。
風に煽られるようにフィフスの青髪がふわりと浮き上がり、額に「V」の紋章が浮かび上がる。
その瞬間、フィフスの纏う純白のワンピースが眩い光を放ち、その造形を変化させた。
――太陽の光を反射して輝く、白銀色の鎧へと。
火の鳥の姿を模した煌びやかなエンブレムが施された鎧が華奢な少女の胴部や腰部を覆い、両腕にはガントレットが、両足にはグリーブが、それぞれ動きを阻害しない程度の面積を覆っている。
聖鎧――まさにそう呼ぶのが相応しい、神々しく美しい騎士の鎧であった。
恐らくはその姿が、天上の騎士たるフィフス本来の姿なのだろう。幼さの残る顔立ちにまでは変化はないが、フィアには鎧を纏ったことによって彼女の顔つきが先までよりも勇ましく見えた。
「失われた森の生命よ。フィフスの祈りに応えよ」
聖騎士の姿をしたフィフスが右腕を振り上げながら、静かに詠唱のようなものを唱える。
瞬間、フィフスの右手に光の瞬きと共に一本の槍が出現する。
何も無い場所にベンチを召還した時と同じように、今度はその手に一本の槍を召還したのだ。
青く水晶のように透き通った、見るからに通常のものではない槍。見る者に「聖槍」と呼ぶのが最も相応しいと感じさせる、人の目を虜にする美しさと力強さを併せ持った武器であった。
「あ……」
フィフスが手に持ったその槍の姿に、フィアは思わず視線を奪われる。
しかしフィアの心にあったのは、槍の見事な造形に対する感動でも、その槍を欲する羨望の感情でもない。
一度よりもずっと、これまでに何度も見た気がすると言った、奇妙な既視感であった。
その既視感がどこから来ているのか……記憶の内から探るよりも早く、フィアの身体が動いていた。
「キズナ!」
真っ先に口から出てきたのは、フィフスではなく「彼」の妹の名前だった。
その手に槍を持ったフィフスの姿が、フィアの中で本能的な何かを呼び起こしたのだ。
「やめて……! その力は……!」
すがりつくようにフィフスの背中を掴み、フィアは叫んだ。
この時、フィアの目にはフィフスではなく、「彼」の記憶に浮かぶ妹の姿が映っていた。
そしてフィアの中に存在する「彼」が、鳴り止まないアラートにように強く警告を続ける。
彼女が今使おうとしている力は、他人に生命を与え、自分の生命を失う呪いの力だと。
他人だけを救済する「生命の光」――「彼」の最愛の妹を奪ったその力をフィフスが使おうとしているのだと、フィアは理解したのだ。
「大丈夫だよ、フィアちゃん」
怯えを含んだフィアの懇願の言葉に、フィフスは微笑みを返す。
そして、フィフスはどこか寂しそうな口調ながらも、変わらず穏やかに言った。
「ヘブンズナイツの私に、失う寿命は無いから」
携えた聖槍を他の誰かに突き刺すことはせず、フィフスはそれをただ青い空に向かって高々く突き上げる。
聖槍は降り注ぐ太陽の光を一身に集めるように光を集束させると、一気にそれを解放した。
瞬間、フィアの視界が青色で埋め尽くされる。
聖槍が放つ青色の光の奔流が、荒れ果てた森の全てを照らしたのだ。
それは、神の如き御業だった。
フィフスの突き上げた聖槍から放出される圧倒的な光によって、始まりの森はたちまち青色の光に溢れかえっていった。
放出されていく光の強さは尚も増大し、目を開けていることも困難であった。
しかしフィアはその瞳を閉じることなく、フィフスの姿から片時も目を離さなかった。
『私には、こんなことしか出来ないから……』
同じ色の髪をした少女の姿がフラッシュバックとして脳裏に浮かび上がり、フィアは苦虫を噛み潰す。
フィフスが放っているこの光を、フィアは「彼」によって知っている。
自分と共に異世界に召還された妹が、勇者として手にした力――「生命の光」。生命体の身体を癒し、致死レベルの重傷を負った人間すらも完全に回復させることが出来る超常の能力である。
しかし、能力を発動する為には自分自身の寿命という大きな代償を支払わなければならず、それこそが「彼」の妹キズナが命を落とすことになった直接的な原因だった。
この力によって「彼」は生かされ、彼女は死んだ。
決して逃げることの出来ない前世の業の一つを目の前で見せつけられ、フィアの胸に激しい痛みが走る。
フィフスは今、自分には寿命が無いと言った。それは即ち、この「生命の光」を発動することに当たって、フィフスにはその代償が必要ないということだろう。
フィアは自身の懸念に対してこちらを安心させるように言い放った彼女の一言に対して、幾つもの疑惑と推測を抱いた。
それがフィアの思考の中である程度の分だけまとまったところで、フィフスの聖槍が放つ光の奔流が止まった。
「はい、再生終わり。久しぶりに力を使ったから、少し疲れちゃった」
一仕事を終えたとばかりに息をつくと、てへへとフィフスが笑い声を漏らす。
そんな彼女の立っている場所は、溢れんばかりの緑に覆われていた。
そしてそれは、彼女の立っている場所だけではない。
フィアの立っている場所も、さらに遠くも。辺りを見回せばそこでは当たり前のように美しい木々や草花が生い茂っており、完全に「元通り」になった緑が一面に広がっていたのだ。
おぼろげに残っている「彼」の記憶を探り、フィアは思い出す。「生命の光」という癒しの力は、弱い動物や草木程度ならその生命すら蘇生することが出来るのだということを。
その記憶に残っている現象と今目の前でフィフスが起こしてみせた現象――二つの現象の一致が全くの偶然であるなどとは、フィアには思えなかった。
「フィフス、は……」
……しかし、フィアにはそこから先を彼女に訊ねることが出来なかった。
理由は多くある。
聞きたいことが多すぎた。衝撃的なことが多すぎた。そして何よりも、内なる感情を吐き出すだけの勇気が、今のフィアには足りなかったのだ。
話を聞きたかったが、フィアはそれ以上に……怖かったのである。
これを聞いてしまえば、
「ごめんなさい」
フィアが言いかけた言葉の先を遮るように、フィフスがその頭を下げた。
そしてきょろきょろと周囲を見回し、他に誰も居ないことを確認した後でフィフスが言った。
「私はフォストルディアのヘブンズナイツ、フィフスの称号を持つ5の騎士。貴方に対して私は、ここまでしか言えない」
「フィフスは……フィフス?」
「うん、そういうこと」
フィフスはこのゲームの世界におけるNPCであり、「彼」の妹ではない。フィアの勘違いでなければ、今のフィフスの言葉にはそんな意味が込められているように聞こえた。
フィフスが自分に対してわざわざそんな言葉を言う理由……フィアはそれに関して疑問に思いながらも問い詰めることが出来なかった。
「森を、戻してくれて……ありがとう、フィフス」
亡くなった「彼」の妹の能力である「生命の光」を使ったフィフスに対して、言いたいことや感じていることは山ほどある。しかしフィアはそれらを心の内に飲み込んで、今はただただ森を治してくれたことに対する感謝の気持ちを伝えた。
混乱しているフィアの精神を辛うじて安定させているのが、今しがたフィフスが治してくれた美しい森林の景色と香りである。
もしかすれば森の生き物達も、この草木のように蘇ることが出来たかもしれない。何事もなかったかのように、始まりの森は晴れて元に戻ったのだ。今はそれで、それだけで良かった。
「どういたしまして」
フィフスがそんなフィアの心情をどこまで理解しているのか定かではないが、彼女はフィアの礼を素直に受け取り、満面の笑みを浮かべた。
素直で優しく、明るくて元気――それはやはり、「彼」の妹の性格と
「さてと……そろそろ私も、お仕事に行かなくちゃ」
フィアの追究から逃げるように……と感じたのは考えすぎかもしれないが、フィフスは森を再生させた後、程なくしてフィアに背を向けた。
しかしそこで何かを思い出したように振り返り、フィフスが言った。
「あっ、そうだフィアちゃん。もし良かったらでいいんだけど、貴方に頼みたいことがあるの」
「頼み?」
この美しい森を戻してくれた彼女になら、どんな頼みだろうと快く引き受けるつもりだ。
フィアが頷きながらその意志を目で示すと、フィフスが自身の「頼み」について説明を始めた。
「さっき確認してみたんだけど、私が封印されていた間、地上の生態系が大きく変わっちゃったみたいなの。この八年でそれまでヘブンズナイツが管理していた世界のバランスが崩れて、新種の危険生物が生まれたり、たくさんの種族が絶滅したりして……そのゴールデンカーバンクルも、昔はこの森にたくさん居たんだけどね。だけど、今はその子を含めて数匹しか居ないんだ」
「……っ」
「実を言うとあの「生命の泉」に居たモンスター達は、私が保護した子達なの」
「ぜつめつ、きぐしゅ……?」
「そうなるね」
生命や自然に溢れていると思っていたフィアだが、その裏では多くの生き物が環境の変化によって絶滅に追いやられているのだと言う。
それが狩りをする人間達のせいだとはフィフスは言わなかったが、暴走したスキンヘッド達の行いを例として挙げればプレイヤーを含む人類が関わっていることは間違いないだろう。
そしてそれは、この始まりの森の話だけではないのだとフィフスは語った。
「今世界中には、私達が封印されていたせいで可哀想な目に遭っている子達が居ると思うの。だからフィアちゃんには旅のついででいいんだけど、そんな子達を見かけたらさっき私達が居た「生命の泉」まで案内してあげてほしいんだ」
「フィアが、保護する?」
「うん、フィアちゃんにお願いしたいの。もちろん、お礼もちゃんとするから」
ゴールデンカーバンクルに連れられて先ほどフィアが訪れた場所はフィフスが封印されていた場所であると共に、フィフスの作った絶滅危惧生物達の避難所かつ保護区の役割を果たしていたのだ。
あの優しい世界にはそんな事情があったのだと知り、フィアはあの場所に居たモンスター達の穏やかな姿を思いながら肩に乗るゴールデンカーバンクルの頭を慈しむように撫でた。
フィアの指先が頭の毛並みをなぞる度に、ゴールデンカーバンクルは気持ち良さそうに目を細める。そんな姿を見れば、フィアの返答は尚更一つだった。
「お礼は大丈夫。フィアは、やってみる。でも、案内はどうやって?」
絶滅危惧種達の保護というフィフスの頼みを、フィアは迷わず受けることにする。
しかし問題なのはフィアから見たあの「生命の泉」はいつの間にかそこに広がっていた場所の為、どうすれば再びあの場所へ行けるのかわからないことだ。
周囲を見ても今はこの始まりの森の景色しか見えず、あの楽園の姿はどこにも無かった。
そんなフィアに、フィフスは「簡単なことだよ」と告げて教える。
「さっきの場所を思い浮かべて、祈りを込めるの。貴方なら、きっと……」
数多の種族の生き物が一堂に会して安らいでいるあの神聖な場所を、ただ思い浮かべれば良い。イメージさえすれば、いつでも泉への道が開けると言うのだ。
その言葉を聞いたフィアは早速目を瞑り、あの優しい世界を思い出しながら脳裏に描いた。
瞬間、フィアの嗅覚がふわりとした花の香りを知覚する。
空気の変化を感じて目を開けば、そこには再び、色とりどりの花畑と透き通った泉の姿が広がっていた。
「あっ」
「ね、簡単でしょ? 落ち着いた時なら、どこからでもここに来れるから」
フィアは一歩も動かずして、この「生命の泉」に帰って来たのだ。
フィフスに言われた通りに実行してみれば確かに簡単に移動することが出来、驚くほど簡単な方法であった。
「だからフィアちゃんも、いつでも遊びに来て良いからね。私はたまにしか居ないと思うけど、みんなもフィアちゃんのこと気に入ると思うし……だから、自分が害だなんて思わないで。ね?」
「……うん。フィアは、また来る」
どこからでもこの場所に来れるのなら、仮にこの森以外の場所で保護対象の生き物を見つけた際にもすぐにここまで案内することが出来るということだ。
保護活動を円滑に行えることと、この夢のような世界にまた来れることを、フィアは心から喜んだ。
自分のような存在は、この楽園にとって害にしかならないと思った。しかし「彼」の妹に似たフィフスの優しい言葉を聞いて、この楽園に溺れてしまいそうな自分が居たのだ。
ここにずっと居たいと思う気持ちさえある。だが……
フィアは目を瞑り、脳裏に描いたイメージを切り替える。
そうして目を開くと、今度は始まりの森の景色が広がっていた。泉から立ち去る時は、その意志を示せば良いようだ。景色が森の中に変わった中でフィアはフィフスと向き直り、今一度確認を行う。
「絶滅しそうな動物を、あそこに誘う?」
「うん。行きたくないって言っている子を、無理に誘わなくてもいいんだ。どの子を誘うかは、フィアちゃんに任せるよ」
あくまで該当する生き物を見つけた後、合意の上で案内してあげてほしいとフィフスは言う。
動物の意思を尊重するフィフスの優しさを尊く思いながら、フィアはその言葉に快く頷いた。
そしてフィフスが、フィアの頬をくすぐるように舐めるゴールデンカーバンクルを見ながら提案した。
「何なら、貴方の使い魔として一緒に行動するのもいいんじゃないかな? その子はそうしたいみたいだよ」
「使い魔?」
使い魔――それは人間が契約を交わし、パートナーとして使役するモンスターのことである。
フィアはまだ知らないことだが、モンスターならではの強みを生かし、使役したモンスターを巧みに操ることで戦果を上げていく「魔物使い」や「召喚師」と言ったクラスも、このゲームには存在していた。
そのパートナー――使い魔になることを、この人懐っこいゴールデンカーバンクルは望んでいるのだと言う。
「フィアと、一緒がいいの?」
小動物の顔を覗き込みながら、真剣な顔でフィアは訊ねる。
ゴールデンカーバンクルはこくりと頷くと、フィフスに通訳を求めるように短く鳴いた。
「フィアちゃんの傍は、泉や森の中よりも居心地が良い……だから、一緒に居たいんだって」
「そんなに?」
「その子はカーバンクルの中で一番好奇心旺盛な子だからね。安全な泉に居るよりも、貴方と一緒に色んな場所を見て回りたいみたい」
このゴールデンカーバンクルの中で、フィアという存在の何かが琴線に触れたらしい。
随分と自分のことを買ってくれた小動物にフィアは驚き、心の中では喜びも感じていた。
人間相手なら、自分なんかに……という卑下した気持ちが出ていたところかもしれない。しかし相手がフィアの好きな可愛らしい動物ということもあり、不思議なほどフィアの表情は正直に出ていた。
「フィアも、一緒は嬉しい……でも、使い魔はしない」
この子と一緒に旅をするのも、きっと楽しいことだろう。
しかしフィアの頭には、目の前の小動物を使い魔として従える意志は無かった。
それにはやはり前世である「彼」の境遇が影響しているのだろう。フィアにはどうしても、何かを束縛するようなことが出来なかったのだ。
だからこそ、フィアはゴールデンカーバンクルに
「フレンドに……なれる?」
使役する者とされる者の関係ではなく、あくまでも対等な友達として。
そんな関係でこれから付き合いたいというフィアの言葉に、ゴールデンカーバンクルは嬉しそうに尻尾を揺らしながら彼女の頬を舐めることで応えた。
「ふふ……ありがとう」
一人目のフレンドはレイカ。
二人目のフレンドはペンちゃん。
そして三人目のフレンドは、このゴールデンカーバンクルとなった。
小動物が身体を擦りつけてくる行動に癒されながら、フィアはこの子を何と呼ぼうか考えた。
「名前、つけてほしいって」
「……うん。良い名前、考える」
カーバンクル……カーバン……カバンちゃんと言うのはどう? と安直なネーミングがフィアの脳内に浮かんできたが、レイカに相談したら何故だか真顔で反対される気がするのは気のせいだろうか。
しかし名前と言うのは、その者の存在を表すものとして非常に大切なものだ。その場で適当に決めてしまうのも申し訳なく、フィアは時間を掛けて良い名前を考えることに決めた。
フィアに小さな同行者が出来たところで、フィフスとの別れが訪れる。
「じゃあ、またねフィアちゃん。この世界を楽しんでいってね」
去り間際に彼女が言い残した言葉は短かったが、彼女らしい温かい感情が込められた一言だった。
そんなフィフスに対してフィアが別れの言葉を返すよりも先に、彼女がこの森から一気に
何かの魔法の一種なのだろう。白銀色の鎧を纏った背中から四枚もの純白の翼を生やすと、彼女はその翼を羽ばたかせて空高く舞っい上がっていったのだ。
瞬く間に森の中から飛び去って行った可憐な少女の後ろ姿は、フィアの目からはまるで天使が天上に帰っていくように映った。
だがそれは、死人が天に昇っていく姿にも見えて……
「……キズナは……もう、いない……」
彼女と対面している間、内なる感情を遂に吐き出すことの無かったフィアは、その場でぼそりと、掠れて消えゆくような声で呟いた。
問い詰めなかったこと。それが自身の弱さから来る逃げであったと振り返るのが、これよりしばらく後のこと。
この時のフィアはただ、何も考えたくなかった。
だがそんな暗い気持ちに沈みかけた心を、首後ろに当たるカーバンクルの尻尾の感触が引っ張り上げてくれた。
「もふもふ、温かい……」
「キュー」
「ありがとう……これから、よろしくね」
やはり、この子はとても頭が良い動物なのだろう。そしてフィアにとって心地良い、優しい心を持っているようである。
その小さな身体からはまるで我が家のゴールデンレトリーバーのような温かさを感じ、フィアはその心地良さに微笑みを浮かべた。
「フィア!」
空を飛んで去っていったフィフスと入れ替わるようにして現れたのは、空を飛ぶことが出来ない鳥類であった。
コウテイペンギンの、ペンちゃん。フィアが自身の名を呼ぶ声に反応して振り向くと、心なしか心配そうな面持ちでこちらを見つめている彼女の姿が映った。
「ペンちゃん」
「良かった。そこに居たのか」
別れた後も、自分のことを気に掛けてくれていたのだろうか。彼女の言葉には、フィアの姿が無事見つかったことによる安堵の色が浮かんでいた。
しかしそれが落ち着くと、今度は当然のように怪訝に辺りを見回しながら言った。
「しかしこれはどういうことだ? 辺り一面、すっかり元通りじゃないか……」
先ほどまでは無惨な焼け野原の景色だった森林が、今では完全にスキンヘッド達に焼き払われる前までの姿を取り戻していたのだ。ゲームの世界と言えどあれほどまで派手に燃やされれば再生するまでに相当な時間が掛かると認識していたペンちゃんからしてみても、一瞬にして復活した始まりの森の姿は驚愕に値するものだったのだろう。
一体何が起こったのか、事の詳細をペンちゃんがフィアに問うたのは、フィアが始まりの森復活の謎に関わっていると判断したからであろう。
その推察は、当たっていた。
「天使が、いた」
「うん?」
淀みの無い綺麗な空を見上げながら、フィアはたどたどしい口調ながらもフィアなりに丁寧に説明した。
友達になったゴールデンカーバンクルのことや、この森を元の美しい姿に戻してくれた青髪の少女のこと。
天上の騎士たる彼女の存在はこの世界にとって、まさしく天使であったということを――。
ジャパエデン開園のお知らせ。