Afterglowの練習日。蘭は他の4人より一足先にスタジオに入ってギターのチューニングを行なっていた。他のみんなが来た後すぐに始めれるようにするためだ。
「………うん、こんなものかな」
「らんー………」
「モカ?それにひまりも」
チューニングが完了した後すぐにモカとひまりが入って来る。だが、自分の名を呼ぶ声に少し元気がないことに気づいた蘭はモカに近寄った。
「モカ、どうしたの?なんか元気ないみたいだけど」
蘭の思ったことは的中していた。モカに近寄り顔を覗き込むと、モカは涙目で俯いていた。横でひまりも浮かない顔をしている。
「ちょっと2人とも。本当にどうしたの?」
「……らーんー!!」
心配してくれる蘭の心に耐え切れなかったのか、モカは蘭がギターを持っているにもかかわらず蘭に抱きついた。
「ちょ、モカ!?」
「おいーっす。ってどうした?」
「モカちゃんどうしたの!?大丈夫?」
「巴……つぐ……大変なの」
モカとひまりに続いて巴とつぐみが入って来て、今まで浮かない顔をしていたひまりが口を開いた。
「大変って何がだ?」
「もしかして今のモカちゃんに関係あるの?」
「うん。実は………ラテさんが」
「ラテがどうかしたのか?」
「お兄ちゃんが……あたしの知らない女の子とデートしてた」
「「「…………へっ?」」」
あまりに衝撃な言葉に3人とも言葉を失うほど驚いてしまった。
「はいモカちゃん。これお水」
「……ありがと」
パニクっているモカを宥め、つぐみがモカのために水を買いに行って戻ってきて5人が揃ったところで本題に移ることに。
「それで、どういう事?あの妹バカで友達があたし達しかいないラテがデートしてたって」
「私も未だに信じられないもん。でもここに来る途中で見ちゃったの。ラテさんと女の人が手繋いで楽しそうに歩いてるところ」
「その人はモカちゃんもひまりちゃんも知らない人だったの?」
コクリ、モカとひまりが無言で頷く。
「いやいや単なる見間違いだろ。確かにラテの仲のいいやつは女の子が多いけど、あの妹バカに彼女なんて」
「うん。ありえない」
「私もないと思うな。モカちゃん、その人の顔とか見てないの?」
「……後ろ姿だけだよー」
「ならなおさらわからないだろ。顔見たならともかく後ろ姿だけなんて」
「でもでも、私だけならともかくモカだよ?ラテさんがモカの事を好きだと思ってるのと同じくらい好きなラテさんの後ろ姿をモカが見間違うと思う?」
「それは………確かにそうかもしれないけど」
ひまりの言うことは最もだった。ラテがモカを思う気持ちと同等、もしくはそれ以上の気があるモカが後ろ姿を見間違うのはほぼゼロパーセントに近い。
「ラテに直接聞いてみればいいじゃん」
「私もそう思ったんだけど……モカが」
「もし本当にあの人がお兄ちゃんの彼女だったら、あたしどうしたらいいかわからないから」
再び涙を浮かべるモカ。そんなモカにつぐみはハンカチを渡して、モカとひまりを除く3人で輪になり集まった。
「2人ともどう思う?」
「アタシはラテに彼女なんていないと思ってるぞ。というか手繋いでるのだけがデートとは限らないだろ?」
「私もラテ君がモカちゃんを放って彼女作るなんてそれこそないと思うな。でも2人が実際に見たって言ってるし」
「きっとあれだろ?ラテに似てるやつが手繋いでるのを勘違いして気が動転したんじゃないか?」
「でも、モカがラテの事見間違えるわけないのはあたしも賛成。モカもラテのこと大好きだし」
「それはそうだけど………じゃあどうするよ。いっそのこと、2人には内緒でラテをここに呼び出すか?」
「で、でももしそれで本当にラテ君が彼女作ってたらモカちゃんが大変なことになるよ」
ラテがいないと生活ができないと言っているモカだ。下手をすれば1週間くらい寝込んでしまう可能性だってありえてしまう。
「確かに。それはそれでやばいね。そろそろ次のライブも近いし」
「だな。今日はライブに向けてきっちり練習したいけど、モカがあの調子だとな……」
この練習を逃せば次の練習がライブ前の最後の練習となる5人。モカをこのままにしておけば練習すらままならない。蘭達にとってはそれだけは避けたい事である。
「と、とりあえずモカちゃんとひまりちゃんにその人の外見を聞いてみるのはどう?後ろ姿だけでも髪型とかはわかるかもしれないし」
「お、つぐ。それいいな」
「うん。聞いてみよう」
3人はうん、と頷きあって再びモカとひまりに近寄った。
「モカちゃん。それにひまりちゃんも。その人の外見とか覚えてないかな?なんでもいいの。髪の色とか髪型とか」
「……あたしは覚えてない〜」
「私は髪の色なら。確か水色だったと思う」
「髪の色は水色………そんな珍しい人がラテと手を繋いで歩いてたのか?」
「うん。私も最初特徴的な髪の色してるなーって思ったもん」
「……それ、ひまりが言うの?」
「……蘭ちゃんもあまり人のこと言えないような?」
薄ピンク色のような髪をしているひまりも、赤色のメッシュを入れている蘭もつぐみにとっては特徴的であると言える。つぐみの指摘は最もだった。
「でも水色の髪で女の子………ねぇひまりちゃん。その人は本当にラテ君と一緒に手を繋いでたの?」
「そうだよ。私もモカも見たんだから間違いないよっ!」
「うーん………水色の髪の人がラテ君と一緒に?」
「どうしたつぐ。もしかして何か心当たりでもあるのか?」
「心当たりっていうか……ラテ君がもしその人と手繋いで歩いていたとしたら、そうなってても不思議ではない人が1人いる気がするの」
「それって誰なの?」
「……ううん、やっぱり少し自信ないし、それにモカちゃんとひまりちゃんは知らない人って言ってるし多分気のせいだと思う」
「なんだそれ?」
「気にしないで。きっと勘違いだから」
つぐみの言葉に疑問を浮かべる蘭と巴だったが、まぁいいや、と言った巴が本題に戻した。
「とりあえずこれからどうする?」
「どうするって言われても……」
「あたし達にできる事といえば、ラテをここに呼び出して理由を聞くくらいしかないと思う」
「だよな。でもそれは一種の賭けになるぞ」
モカ達の言うことが真実でないならば練習をする事ができる。だが、真実ならばライブすら危うい状態になってしまう。
「そ、そうだ!何も呼び出さなくても電話で聞けばいいんじゃないかな?そしたら2人には気づかれないまま確認する事ができるし」
「お、それいいかもな」
「うん、そうしよう」
つぐみの提案にうん、と頷いた蘭がラテの携帯に連絡しようとした。その時
「おーっす。もうすぐライブ近いって聞いたから差し入れ持ってきてやったぞー。……ってなんだこの状況?」
「「「……………」」」
(((本人来ちゃった!!??)))
モカ達Afterglowのライブが近いというので差し入れを持って来た俺だったか、なんで誰も練習してないんだ?
「どうするの?本人来ちゃったよ!」
「どうするって言われても……と、とりあえずなんか話そう」
「なんか話しても解決なんてしないと思う」
何3人でこそこそ話してるんだ?俺にも聞こえるくらいの声で話してほしい。
「お兄ちゃん………」
「モカ……ってどうした!?そんな泣きそうな顔して」
モカは瞼が腫れて、なんか泣いた後みたいになってるし。てか、多分泣いたんだなこれ。
「…………ラテさん!!」
「は、はい!!」
「ちょっとそこに正座して下さい!!」
「な、なんで?」
「いいから!!」
「は、はい!」
いきなり立ち上がったひまりちゃんの勢いに気圧され俺は素直にその場に正座をする。
「ラテさん!」
「なんでしょうか?」
「ここに来る前、何してましたか!」
「ここに来る前?お前らへの差し入れを持って来るために買い物して来ただけだぞ?」
「……それは1人でですか?」
「いや、俺ともう1人いたけど?」
「………その人は、女の子ですか?」
「そうだけど」
返事をした瞬間、モカとひまりちゃんがまるでこの世が終わったような表情をしていた。一体なんの話なんだ?なんでひまりちゃんは俺が女の子と買い物をしたのを知ってるんだ?
「……ラテ」
「蘭、モカもひまりちゃんもどうしたんだ?なんか様子おかしいけど」
「ラテとその人はどういう関係なの?」
「蘭?一体なんの話だ?」
「いいから答えて」
「訳わかんねえ。その人との関係?たまたまショッピングモールで知り合って、そこからだんだん話すようになって、今はカフェとかも一緒に行く関係だけど?」
「カフェ………と、巴、どうしよう。本当にあの妹バカのラテに?」
「い、いやまだ決まった訳じゃないだろ。カフェとかも行くのだったらアタシ達もそうだろ?」
「確かに……」
みんなどうしたんだ?なんでそんなに俺とその人との関係を知りたがってるんだろう。
「え、えっとラテ君。違ってたらごめんなんだけど」
「つぐちゃん?」
つぐちゃんが顔を赤くしてモジモジしながら近寄ってくる。
「その人ってラテ君の彼女?」
「はぁ!?」
「どうなの?」
「んなわけないだろ。俺がモカを放って彼女なんて作るわけないだろ。そんな事地球が爆発してもありえない話だ」
「そ、そっか……うん、そうだよね」
なんだそういうことか。やっとモカの頬に涙の跡がある理由がわかった。
「要するにだ、モカかひまりちゃんかが俺とその人と歩いているのを見て、俺の彼女だって勘違いしたわけなんだな」
「う、うん。そうみたい」
「はぁ……俺がモカを放って彼女なんて作るわけないってちょっと考えればわかるのになんで……」
「だ、だってラテさん!その人と手繋いで歩いてたじゃないですか!」
「そこまで見てたのか………あれはその人が放って置いたら勝手に迷子になるから離れないように配慮してただけだよ!」
「嘘です!本当はその人と手繋いで歩きたかったんでしょ!」
「んなことするか!」
なんで信じてもらえないのか。本当にそんな事が目の前で1度あったからそうしているだけなのに。まぁ確かにあの時はショッピングモールだったからっていうのもあったかもしれないけど。
「ね、ねぇラテ君?」
「ん?」
「もしかして……その人って松原花音さん、って人じゃない?」
「へっ?なんでつぐちゃんが松原さんの事知ってるんだ?」
「えっ?」
「はっ?」
「へっ?」
「やっぱり……」
「1ヶ月前くらいかな?モカのバイト終わるまでショッピングモールでぶらぶらしてたら、ちょうど迷子になっていた松原さんを見つけて声かけて。それからだぞ、俺が松原さんと仲良くなったのは」
「「「………………」」」
ポカーンと口を開けて惚ける蘭と巴とひまりちゃんを置いて俺は座り込んでいるモカに近寄った。
「モカ、心配しなくてもお前を放って俺は彼女なんて作らないから安心していいぞ」
「……ほんとー?」
「嘘なんてつくかよ。ごめんな心配かけて。でも、モカももうちょっと俺のことを信頼してくれても良かったと思うんだけどな」
まさかモカにまで疑われるとはちょっとだけショックだった。俺がどれだけモカに愛情を注いでいると思ってるのか。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「今日帰りにパン買って帰ってもいい〜?」
「もちろん」
「家に帰ったら好きなだけ甘えてもいい〜?」
「いいぞ」
「今日は一緒に寝てもいい〜?」
「全然構わないぞ」
「えへへ〜」
モカはそれだけ聞くと気が済んだのか、俺の胸に飛び込んできた。そんなモカをやさしく抱きとめ俺も優しく抱きしめてあげる。
「お兄ちゃん、大好きだよ〜」
「俺もモカの事大好きだからな」
「…………はぁ」
「結局勘違いだったってわけか」
「でも良かった。ラテ君に彼女がいなくて」
「うんうん!これにて一件落着!さぁみんな練習しよう!」
「「ちょっと待った」」
ひまりちゃんがケースからベースを取り出した瞬間、ひまりちゃんの両肩に蘭と巴の手が置かれた。
「なぁひまり?この失った時間はどうすればいい?」
「モカが勘違いするのは仕方ないにしても、ひまりは花音さんのこと知ってるよね?」
「え、えーっと……あ、ほら私もラテさんの事大好きだからテンパっちゃって」
「「ひまり?」」
「だ、だってー!!」
「蘭ちゃん巴ちゃん。ひまりちゃんもわざとじゃないんだし許してあげようよ」
「はぁ……まぁ過ぎたことを言っても仕方ないか」
「だね。今から練習頑張ろう」
「そ、そうだよ!まだ時間はある!今からやれば問題なし!」
「「ひまりが言うな」」
「ご、ごめんなさい」
息ぴったしな2人に責められながらも急いでベースの準備にとりかかるひまりちゃん。
「あ、そういえば差し入れで持ってきたのケーキだから。結構いいとこのだから早く食べないともったいないぞ!」
「ケーキ!?ラテさん私今食べたいです!!」
「「ひまり?」」
「あう……でも早く食べないと」
「そうだね。味落ちちゃったらもったいないし。練習をするのは食べ終わってからにしよう」
「つぐ神様〜」
「はぁ……わかった。ラテ、あたしコーヒー」
「アタシは紅茶な」
「そう言うと思って買ってあるよ。ほら、好きなの飲め」
「ラテさんありがとー!!」
「ごめんねラテ君。いただきます」
「お兄ちゃん、食べさせて〜」
買ってきたケーキを取り出して、仲良く食べ始める5人。その後ケーキを食べ終えたみんなはライブに向けた練習をより一層頑張っていた。
ドリフェス引きたいのに引けないブリザードです