★パルへ
ルーナはルピィのことで怖がっていて、パルへの後ろに隠れてしまった。なら、ルピィが話しかけても逆効果だ。求められているのはたぶんパルへからの説得なのだ。出てきてもらえなかったら、せっかく出会えた仲間なのに関係がぎすぎすしてしまうし、ルーナの問題は大きい。はずだ。
「ルーナ。ルピィは怖い人じゃないよ」
「いや。おまわりさんに逮捕されちゃうもん!」
「あはは、逮捕は令状がないとできませんし、今はありませんよ」
「ほんとに……?」
ルーナはパルへよりも見た目だけは年上らしいのに子供っぽい。中身が幼い女の子なのだろうか、早く大きくなりたいという願望の表れだとかそんなふうにも思える。パルへはもう一度、今度はなるべく小さな女の子に接するように、ルーナと目線を合わせて微笑もうとした。
「大丈夫だよ、ルーナ」
表情筋を自分の意思で動かすのは得意だ。顔を注視する一般人たちのご機嫌をとるにはそうしてやるのが一番いい。
すると、ルーナの表情が明るくなった。ちょっと面白いことがあって、くすっと思わず笑ったときの感じだ。
「くすっ、ぱるぱるってば、私のお姉さんみたい」
狙ってやったのだ。そう感じ取ってもらえたなら、パルへの作戦は成功になる。
「うん。気を取り直して、私はバルルーナ。よろしくね、るぴたん」
「るぴ……たん、ですか」
「ルピィだけじゃちょっと味気ないし、だめ?」
「いえ、素敵なあだ名をありがとうございます」
ルピィの笑顔も明らかに営業向けのものだった。魔法少女だと、おまわりさんにもそういうスマイルが必要になってくるのだろうか。
こうしてバルルーナに続き、パルへは熱砂の防人ルピィ・クリーパーと出会い、三人パーティーとなった。ルピィの合流は心強い。彼女は一瞬見せた動きだけでも戦える魔法少女であるということがわかる。おかげで、仮にルーナを守らなくてはいけなくなったときのための安心感が増していた。
ルピィも加えて、3人で一緒にルーナの風船で空を飛んで、空からの眺めをぼんやりと見ていた。魔法少女の目立つ姿はざっと見ても見当たらない。そこで、ルピィがひとつ提案をしてくれた。
「あの、このままでも成果はなさそうですし、飽きてしまいそうですから、1度歩いてみるのもどうでしょう。魔法少女のまま通りを歩くのも貴重な体験ですし」
ふだんは人に姿をなるべく見せないように、と言いつけられている。だから堂々と街を歩いたり飛んだりはできないのだ。
だがそれはあくまでもふだんの話である。今は人がいない。いても魔法少女だけだ。なら、見つかってもかまわない。せっかくの機会だから街を歩いてみよう、との提案だった。
ひとりでさまよったことはあっても、今はルーナやルピィがいる。だったらきっと勝手が違う。パルへは別にどちらでもよいとしようと思ったが、ルーナがすっかりのせられていて、うきうき気分で降りていく。パルへは自分の意見を言うまでもなく決められてしまったが異論はなかった。
ゆっくりと高度を下げて、ふだんなら人通りも車通りも多くて賑わっていそうな通りに着いた。
誰かがいたわけでもなく、何かの商品が並んですらいない。それでも、ルーナは楽しそうに走り始めた。
「ほら、ぱるぱるも行こうよ!」
今度はパルへがルーナに手をひかれて、がらがらの街へと繰り出した。振り返るとルピィが見守っている。デートする娘と彼女を眺める母親のみたいで、パルへが見ているのに気づくと彼女は手を振って返してくれた。あとは二人だけで楽しんでください、だとか、いまのルピィのイメージだと言いそうだった。
「ほらほらぱるぱる!ケーキ屋さんがあるよー!」
ルーナが指した店舗のなかには、ショーケースだけが寂しげにたたずんでいる。ケーキ屋だけでなく、周囲にはいくつかお店はあってもすべてが打ち捨てられた寂しさだけを放っている。
「……ごめんね。なにもないし、つまんないよね」
パルへは自分がそんな考えをしていたことに驚き、ルーナにはそんなことないと繕った。
「私は、ルーナといるだけで楽しい」
それは嘘ではない。とっさに出てしまった恥ずかしい本音だと思う。
「ありがとね、お世辞でもそう言ってくれてうれしい」
無理に楽しそうにしていたのか、何もないのに疲れたのか、ルーナはちょっと弱っている。歩調が落ち着き、ただ通りを歩いて抜けるだけになった。もうルーナは楽しそうな少女を作ってはいない、ただ前に進むだけだ。
もうすぐ、店の多い地帯を抜けてしまいそうだった。ずっとこのきまずい、さみしい雰囲気でいるのが嫌になって、パルへは口を開いた。
「ねえ、ルーナ。ルーナはさ、私といてどう思ってる?」
「……どう、って」
「無理させちゃってたみたいだったからさ。本当のルーナを知りたいんだ」
実のところ、ルーナは明るくいようと努力していたみたいだった。なのにきゅうにパルへが何も言わなくなって、無を実感してしまって、崩れてしまった。素のルーナが出てしまったのだ。
きっと、本来の彼女は臆病者で、ひとりでルピィを見つけても話しかけられなかっただろうし、こんなに積極的に動かなかったかもしれない。
だから、パルへは彼女の心の痛みをわかってやれるようになりたかった。
「ごめんね、ぱるぱる……こうでもしないと、誰かと一緒にいるのがね、怖いの」
ルーナはそうして、『ここに来るまで』の話をはじめてくれるらしくて、パルへは安心の吐息を漏らした。彼女が自分を見せてくれるとは、大きな一歩だ。
「あのね。わたし、もともといっしょに魔法少女に……」
ルーナが話をはじめようとしたとき、遮るように遠くから大きな音がした。ガラスかなにかが割れる音だった。窓が割れたか、それともショーケースが割れたか。自然に割れるなんてあり得ないし、ルピィかほかの魔法少女がいて、なにかが起きているに違いない。
さっき立ち止まったケーキ屋のあたりから聞こえてきたのは確かで、ふたりは並んで走っていった。
自動ドアが半開きになっていて、隙間から店内を覗く。ちょうどその時、パルへとルーナの方へごろんと転がってくるものがあった。思わず視線を向け、そしてふたりともすぐに後悔することになる。
「ひぃ……っ!?」
ルーナが恐怖の声を出した。そう、転がってきたのは知らない者の「首」だった。可憐なはずの少女の顔立ちだったが、目を見開いているほかに表情がないのが恐怖を煽り、空間を異様な雰囲気で満たしていた。
パルへはルーナを後ろに隠すようにして店内へ入っていき、ガラス片が散らばる床を慎重に歩いて進む。いままで誰もいなかったし、血痕も見たことがなかった。ただ直接首が転がってくるということは、首の持ち主がいたということであり、また自分でここまで綺麗に首は切り取れないため犯人もいると考えられた。
割れたショーケースの裏側に人影を見つけ、パルへは声を張り上げた。
「何者だ、そこで何をしている!」
人影がびくんと反応し、こちらに前面を向けた。顔を向けた、という表現は使えない。なにせ、その人影には首から上がなかったのだから。
こんな相手を警戒するなというほうが無理だ。鎌をいつでも防衛に移れるよう手元に置き、ルーナを一歩下がらせる。
首なしの人影は首もないのにパルへとルーナの存在に気付いたようで、手を本来首がある位置にやると、マジシャンがハンカチから鳩を出すように少女の顔が出てきた。さっき転がってきたものではないが、魔法少女らしい整えられた顔立ちだ。
「いったいどうなってるんだい、その魔法は」
「首の出し入れ、みたいなものだわ。驚かせてしまったならごめんなさいな」
魔法少女っぽい彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。今度はちゃんと頭があるため、この表現が使える。
「にしても、びっくりだわ。自分のほかにも魔法少女がいたなんて」
「こっちだってびっくりだよ。首のない魔法少女が出てきたら驚くに決まってる」
「あら、案外饒舌なのね。後ろの子を庇ってるあたり、あなた男前だわ」
「嬉しいお言葉だね、敵意はある?ない?」
首なしだった魔法少女は吹き出して、笑顔を見せる。緊張した空気がゆるむが、パルへはまだ鎌を降ろしはしない。
「映画みたいなやりとりだわ!いえ、魔法少女自体すでに映画のようなものですけれど」
「敵意はない、という解釈でいいかな」
「もちろん。せっかく誰かと出会えたのに、それを無下にするなんてありえないもの」
パルへは自分の武器を降ろし、胸を撫で下ろした。
彼女の手元には武器らしい武器はない。服装は中世風の甲冑を連想させる暗色のドレスで、馬や剣を携えていてもいいような魔法少女だと思うのだが、攻撃してくるとしてもさっきみたいに人間の頭部を投げつけてくるのか。敵に回したくないな、と思う。好き好んで首を投げられたいと思うといえば、相当な変態だ。
「私たちは状況を把握したいし、何が起きてもいいように人手も欲しいんだ」
明確な目標こそないけれど、魔法少女がまとまって行動していれば不測の事態でも誰かの魔法が使えるかもしれない。
「喜んで。あなたたちの行動に首を突っ込ませていただきたいのだわ」
「あぁ。こちらからもお願いしたい」
彼女の答えは幸いにも好意的だった。仲間が増えたことにパルへは安堵の息をつく。
誰だって一人で、自分以外に街の住人がいない状況に放り出されたら他人が恋しくもなる。きっと彼女も同じだろう。それに、自分で言うことではないが、パルへはルーナを守ろうと立っている。これで悪い奴だとは判断されないと思う。
「名前と魔法を教えて欲しい」
「名乗るときは自分からが主流だわ」
「あぁすまない、私はパルへ。魔法は……『他人の痛みがわかる』だ」
ルーナには明かしていないし、明かしたくもなかったが、ここでこの魔法少女に信用されなかったら大きなマイナスだ。説明文だけ告げて、相手の答えを待った。
「私はヘッドレス・ボロウ。『どこにでも首を出す』の魔法だわ。よろしく、パルへ」
ボロウに握手を求められ、パルへは簡単に応じた。先程から見せている首の出現は説明文通りの魔法の使い方なんだろう。
パルへがボロウを仲間に加え、もう一人協力者がいる、とルピィのもとへ連れていこうと考えると、パルへの後ろから声がした。ルーナが自分から自己紹介をしようとしているらしい。
「私はバルルーナ!使えるのは、魔法の風船だよ。えっと、ヘッドレスちゃんだから、ドレちゃんで」
「間をとったのかしら、いいあだ名だわ!ありがとうバルルーナ!」
ボロウの爽やかな笑顔で、ルーナもちょっと心を開いたみたいだった。さっきまでよりちょっと顔を出せている。ボロウは、第一印象があれだとは思えない明るい性格をしているのだった。
「それで、今はこの3人だけ?」
「いや、もうひとり外で待ってるはずだよ。合流しようか」
ルピィのもとへ行こうと思ってケーキ屋の自動ドアを抜けようとしたとき、駆け込んでくる誰かとぶつかった。慌てて誰かを確認すると、噂をすればなんとやらというやつで、ルピィだった。ただボロウを紹介する間もなく彼女は緊急の話を始め、パルへたちを驚かせることとなる。
「……落ち着いて聞いてくださいね。巨大怪獣の出現です」
ボロウが首をかしげ、ルーナは頭上に疑問符を浮かべ、パルへは外を見た。
ルピィの言葉に嘘はない。怪獣と言うには着ぐるみを着ているような容姿でふわふわふかふかだが、その大きさは光の巨人案件だ。ゆうに30メートルはあるだろう。あの大きさで踏まれれば、魔法少女でもぺったんこになってしまう。あれも、魔法少女なのか。
巨大怪獣がこちらを見た。あれは普通の魔法少女がしていい目じゃない。あの目をしていいのは、狩りをする猛獣だ。
「不味いことになったかもしれないね、これは」
パルへの頬を冷や汗が伝った。