魔法少女育成計画airspace   作:皇緋那

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第2章 先行きダークサイド
1.


★パルへ

 

魔法少女、パルへは知らない土地で目覚めた。右も左も知らない建物でいっぱいで、不安に押し潰されそうになったのを鮮明に覚えている。なにしろ、まだ一人ぼっちの脱出からは1日しか経っていないのだから。

 

パルへは介護士の魔法少女だ。確かに神話的なモチーフもあるし、武器として鎌も持っているけれど、名前の由来はヘルパーだ。できるのは他人を労ることだけで、戦いも治療も、そして目覚めた当時のような誰もいない状況からの他人の捜索なんかも得意分野ではない。

住宅街だからって人がいる訳ではないらしく、さまようしか選択肢がなく、そうしてかれこれ2日は誰にも出会えず過ごしたはずだ。ふらりと適当な住宅にお邪魔しては玄関で眠るくらいしかやれることがない日々はこのままずっとそうだったら気が狂いそうだった。

 

そんな日々はやっと終わった。誰かに見つけてもらえたのだ。来訪者は空からやってきた。自らの意思で空から降りてくる女の子、なんて常人が目にすることはない。魔法少女をやっていても、少なくともパルへにとってははじめての経験だった。

 

「はじめまして!私はバルルーナ!あなたも魔法少女だよね、事情を知ってそうな顔してるけどなにか知ってる?」

 

かなり失礼なことを言う奴だな、と思ったのがこの初対面だった。背に風船をつけて、ふわふわと浮いている姿は楽しそうでコミュニケーションの決して得意ではないパルへでも話しかけやすい雰囲気をもっていた。

 

「残念ながら、事情通じゃない。私は魔法少女パルへだよ、はじめましてバルルーナ」

 

はじめて会う人に声をかけた瞬間で、こんなに喋ったのはたぶんしたことがない。

 

「おぉ、パルへちゃん!じゃあぱるぱるって呼ぶね!よかったら一緒に仲間探ししない?」

「構わないけど、何だいそのぱるぱるって」

「あだ名。私のことも好きに呼んでいいよ!」

「じゃあ、ルーナって呼ぼう」

 

初対面であることを忘れるくらいには気安くて、踏み込んでくる性格みたいだ。パルへがルーナと呼ぶことにした彼女は、だいたいこちらと同じような経歴でここにやって来たようだった。捜索が苦手なパルへではなく、風船を使って空から探せた場合はこうなんだろう。誰かに出会ったのはこれが最初で、見つけたときについテンションが上がってしまったという。

 

地に降りた彼女は意外と背が高く、パルへよりもけっこう大きかった。カラフルばみずたまの衣装はよく見ると膨らむ前の風船がくっついているらしく、ルーナ自身が指示を下すとふくらんでとれるらしい。彼女は魔法の風船をふくらませるという魔法をもっていた。

パルへのように決して根の明るい性格ではない魔法少女にとっては空色の髪がまぶしく、ルーナはすごい奴に思われた。人の領域に土足で踏み入れるメンタルは、パルへからはほど遠いものだ。

 

「ぱるぱるはどんな魔法なの?」

 

ルーナにはこう聞かれたが、パルへは答えたくなかった。風船ほどメルヘンチックでも、実用的でもないのだから。いまは伏せたいとして、ルーナにはわかってもらった。

 

「手の内は見せないって、カッコいいなぁ。武器も鎌だし、コスチュームもクールだよね」

 

そういって誉められたことでなにかを思い出しかける。記憶の中の鍵のかかった部分がゆさぶられた、ような。鍵は破れなかったが、どこかでそう言われた気がするなんて感覚は残った。パルへは何かを忘れているし、忘れようとしている。

 

「どうかしたの?」

「あ、いや、なんでもないさ」

「うー、ミステリアスすぎない?もうちょっとオープンになってくれてもいいと思うけどなぁ」

 

初対面なんだからしょうがないとは思うが、魔法のことはこっちの都合だ。それに、ルーナにとっては最初からさらけ出すのが普通のなのかもしれない。自分を見せると言うのは、正直苦手だった。

 

「じゃあ、ぱるぱるがオープンになれるようにいくつか質問をしまーす!」

「いや、仲間さがしはどうなったんだい」

 

こんな状況下なのだ。早めに合流したいし、身に危険が迫る可能性はある。ルーナは大丈夫だというし、風船を頼んでも渋ったが、空の旅の途中で質問に答えることを条件にして背中に乗せてもらった。体格的に乗っても平気だったのだ。

ふわりとルーナの身体が浮き、空に上がっていく。ちょっと怖いけれど、それよりもどこか空気が爽やかで清々しい気分になれる。

ゆっくりと高度をあげていき、ルーナは住宅街から山々のほうへ向けて進みはじめた。山奥にはなるべく近寄りたくないが、そっちに誰かがいるなら助けてやりたいとも思う。

 

「じゃあ、質問するね。ずばり!好きなタイプは……」

 

こんなくだらない質問をされ、パルへがこれをはぐらかすという空の旅が続き、しばらくは空から知らない街を眺めていた。ルーナがいるから、不安はない。このままずっと飛んでいたって、かまわないかもしれない。

 

と、思っていたのはせいぜい2時間が限界だった。この付近で一番大きな山も二番目も上空からでは木に隠れて誰も見つけられなかった。だからといって徒歩では不安が大きすぎる。ルーナと相談して別の方向へ向かうことになり、港付近のエリア、人里離れた村のエリアといろいろ回っていいき、そのうちに一日が経ってしまっていた。ルーナの質問も途中でネタ切れになったようで開始数十分で終わり、途中から寝てまでいる。

鳥もなにも見えないから撃墜されるのを気を付ける必要もないと気付き、ルーナが眠ったあとの夜の間は眠り、起きたら空で朝を迎えていた。飛行機の中でもなく、女の子の背中でだ。背負われて空中で目が覚めたことのある人は歴史上に何人いるだろう。

ルーナといると、パルへの世界はどんどん広げられていくみたいだった。

 

ルーナの頬をつっついて起こし、空の旅を再開する。と、山の中にあっさりと魔法少女らしい姿がひとりぶん見えて、ルーナにはゆっくりと降りてもらう。彼女は乗り気ではなかったが、パルへはルーナと一緒なら大丈夫だとちょっと調子に乗っていた。だから、降りた先にいる魔法少女が恐そうな人でも恐れの心はなかった。

これで相手が人の堕落や絶望を見たがる外道だったり、強者を圧倒することを悦びとする戦闘狂みたいな人物だったら、増長したパルへは一貫の終わりだったろう。

 

「あの人ちょっと怖くない?ほんとに声かけるの?」

 

確かに、今見つけた彼女は威圧感のある容姿だし、目付きも鋭く警戒心が強そうだ。

細くも長いサソリのしっぽの先には鋭利な針があり、コルセットの脇からは節足動物の脚が何対も生えている。そのコルセットや上着の袖には太陽を転がすスカラベなど壁画に描かれた虫たちのような模様があった。さらには尾の出ている尾てい骨のあたりを中心として、黄金の円盤を背負っている。派手で近寄りがたいと思うのは普通だろう。

 

それでもきっと、不安なものは不安なのだ。

パルへはルーナの手を引いて進み、ひとりでいるサソリの魔法少女に声をかけた。

 

「あ、あのっ」

「っ!誰だっ!?」

 

彼女は気を張っていたらしく、肩に触れようとしていたパルへの手を掴み、首に尻尾を絡め、戦闘態勢に入った。触れられるよりも行動が速く、訓練されている。

ルーナがパルへを握る力が強くなって、彼女の不安が伝わってくる。空気が張り詰めて沈黙が生まれて、その間ずっとパルへとサソリの魔法少女は見つめあっていた。

 

「……おっと、これは失礼しました。あなたの目は優しい目だ、申し訳ないことをした」

 

そういって、彼女は表情をやわらかくした。敵が来る可能性を考慮して行動していたから、つい出てしまったのだという。用心深いというか、戦場での油断の危険を知っているというべきみたいで、本人は物腰やわらかな人物らしかった。

 

「私は、熱砂の防人ルピィ・クリーパーと申します。あなたは?」

「パルへ、です」

「パルへさん。よろしくお願いしますね、私のことはルピィとでも」

 

たった3音のパルへに対して、16音とやたら長かった。ルピィだけでいいのか、と思っていると、彼女は照れくさそうにして説明してくれた。

 

「元の名乗りはルピィが名前でクリーパーが名字、という構成だったのですが。魔王塾で熱砂の防人という二つ名をいただきまして」

 

最初の部分はルピィ本人が考えたものではないという。確かに、自分で二つ名を考えて名乗るのはパルへだったら恥ずかしくてできないし、平然とできるのは変な人だと思う。

しかし魔王塾とは、とても強そうな名前をしているが、どんな団体なのだろうか。少なくともパルへに合う団体ではないだろうが、気になったので聞いてみる。

 

「魔王塾をお知りでないと……あぁ、まだ候補生の方でしたっけ。ええと、スポーツジムみたいなものですかね、魔法少女の」

 

それであんなに素早い動きができるのか、と納得するが、ルピィはこうも付け加えた。

 

「いえ、彼女たちはたいてい血気盛んな、例えば魔法少女同士の格闘で身体を動かしたいとか、そんな人たちが多くて。私は監査、魔法少女界のおまわりさんになろうと思って鍛えていたんですけど」

 

ルピィはただ単純に強い人、というわけではないらしい。

今は夢を叶え、魔法少女のおまわりさんの仕事をやっているそうだ。魔法少女としての仕事があるなんて初めて聞いた。ルピィは見た目通りのすごい人なのかもしれない。

 

「ところで。私のことよりも、そちらの隠れている方は?」

 

ふと言われて後ろを見ると、パルへの影にルーナが隠れて覗いていた。ルピィに言及されたとたんにそれもやめて引っ込んでしまった。

パルへに話しかけてきたときの積極性はどこへ行ってしまったのだろう。もしかして、パルへが吸収してしまったのかもしれない。


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