★パラサイトリリム
いまのところ、パラサイトリリムが確認している魔法少女にはいくつかの共通点がある。まず確実なのは、このN市らしい土地でいきなり目覚めさせられて3日ほどさ迷わなければならなかったこと。それぞれがいきなり放り出され、それはリリムだっていっしょだった。全員が何者かにワープさせられたのだろうか。
このN市の中で何をすればいいのかはわからなかった。今だって明確には理解していない。
ただ、リリムは幸運なことに、恐らく最も事情を知っている相手に接触することができた。森の音楽家と、そのマスコットである。特に、マスコット『ファヴ』には自分でも覚えのない項目が増やされていたのだと嘆いていた。
なんでも、残り10日から始まり、まだ2時間ほどしか経っていないカウントダウンがひとつめだという。これは何かのタイムリミットだとしよう。
もうひとつ、12個の『死因』なるものの存在が示されたリストがあった。中身が何かはわからないものの、何かしら脅威的なものが存在しているということは可能性として高かった。
10日間のうちに、この12体を潰さなければならない。そうだとすれば、また命を賭けなければならない戦いが待ち受けているのだろう。
そうなってしまえば、リリムは戦わない魔法少女であり、クラムベリーのように闘い抜くということは難しい。誰かしら、都合よく行動を共にできる戦う魔法少女の駒が欲しかった。
ただ、リリムに選択の余地は残されていなかったわけだが。
「パラサイトリリム、さっきのでなにかわかったぽん?」
甲高い電子音声には構わずに、リリムは質問を返した。
「魔法少女はこのN市に何人いるのかしら?」
「質問を質問で返しちゃうぽん?えーと、16ぽん」
「16?12ではなく?」
「間違いないぽん」
このつぶれたキンギョみたいな奴が嘘をついているとか、単純にぽんこつだとか、そういう訳ではないらしい。きっと、その『死因』が魔法少女たちに対応したものだという考えを持っていたのだが、あまりが4人もいたなら事情はまた違っていそうだ。
リリムは残念そうにため息をついた。クラムベリーは今頃、どこで何をしているのやら、とも思えるのだが、リリムなんかじゃあの女は制御できないと気づいてもう一度ため息をついた。
「リリム!ただいまっ!」
顔をあげると、怪盗風の黒くも裏地は赤い帽子にマントという格好の魔法少女がいた。インナーは脇腹や肩を露出しているものだが、女の泥棒はセクシーというイメージがあるのなら許容できるだろう。
彼女は戦える魔法少女ではないが、自由に使えて有能だ。彼女の名は解凍どろり、という。ただいまというのは、さっきまで彼女に追ってもらわなければならない者がおり、尾行のため外出していたからだった。
こうして平気で帰ってきた。だったら、うまくやったんだろう。
「ご苦労様。で、どうだったの?」
「あのビームは強かったけど、他の魔法少女に消されたかな」
「なるほど……」
ファヴのいる端末を操作して、死因のリストを呼び出した。さっきよりひとつぶん少なくなっている。この消えてしまった死因は、恐らくそのなんでも消し飛ばすビームを撃てる魔法少女ではないだろうか。誰かが討伐すればリストから削除されるということは、やはりこのやり方で正解なのかもしれない。
「傷つけられても血じゃなくて石油みたいなの出てきてたけど、なんなんだろ」
「んー、私たちが知ったことじゃないわね」
「うーん、ほんとに魔法少女の仕業なのかな」
現状まだまだ謎にまみれている。ここは下手に動かず、情報を集めさせながら自分の身を守ろう。
リリムは慎重に動くことを選んだ。どろりには、これからも働いてもらうことになる。実のところ、リリムにだってあのマジカルデイジーを模した『死因』がどうしてここにいるのかさえまるでわかっていない。リリムはただの戦えない魔法少女で、探偵まがいのことしかできない。
どろりにわかっていないことと今後わかりたい事象をいくつか挙げて話すと、彼女は興味なさそうに視線を逸らした。
いつもこうだ、どろりはリリムの話に興味がなくなるとリリムの唇や身体を視姦しはじめる癖があった。魔法少女となっても、リリムの身体は人間のときと変わらず成長期よりも前の幼児体型だ。それを眺めているというのは、きっと中身の趣味か。男を弄ぶ悪女の気分とはこういうものなのだろうか。
「あのさ、リリム。今日はさ、ご褒美とかあったりしないのかな?」
恥ずかしそうながら、ついに口に出してきた。うわあ、面倒くさいと思っても顔に出してはいけない。どろりがリリムから離れていってしまうほうが問題だ。
唇にひとさし指をあてて、何がほしいの?と訊ねてみる。なるべく、心を惑わす笑みを意識しながらだ。
「いやさ、自分で言うのもなんだけど、これって命賭けてる話じゃない?だからさ、生きてる喜びを分かち合いたいっていうか、リリムとつながっていたいっていうかさ」
黒のマントにシルクハットを着けて、といった格好で紳士風にびしっと決めていて、しかも顔立ちの整っている少女にこんなことを言わせていると思うと、リリムは思わず高笑いが出そうになった。こうして誰かを下に置き、支配してしまうのも悪くない。いや、悪くないどころかたいへん気分がいいものだ。
どろりが働いてくれているのは本当だし、重要な駒の役を担ってくれているのに何もなしで彼女のモチベーションがなくなっても困る。
だから、ひとつ提案をしてやるのだ。
「じゃあ唇でどうかしら。少しだけれど、好きにさせてあげるわ」
どろりの瞳に光が宿る。とってもわかりやすい魔法少女だ。尻尾を振って喜ぶ犬みたいだ、との感想を持った。
彼女とのキスははじめてではない。一度リリムから誘ったことがある。あれは体内に盗聴用、およびいざというときのための虫を仕掛けるためであって、別にそういう意図があって誘ったわけじゃないのだが、どろりはすっかりその気でいたらしかった。
たったこれだけの対価で動いてもらえるのなら、金での関係よりもずっと楽だろう。ただ、かわりに爛れた関係ではあったが。
身をどろりの腕にそっと委ねて、彼女の対応を待った。衣装にぴったりの紳士的な受け止め方はしてくれているが、激しい心音が感じられる。緊張か高揚か、どろりの表情からは後者に見えた。
そっと唇が重ねられ、そこで時が止まった。ずっと止まっていて、ではなくとも、いつもより時間の進みが遅いように思う。魔法少女だけあってやわらかさとほんのりと甘い香りが感覚をくすぐり、必死でリリムに振り向いてもらおうとしていた。
好きにしていいと言ったのに、それだけだ。味わい尽くそうとしたり、もっと深く踏み込もうとはして来ない。がっつかないぶんどろりはかなり抑えているんだろう。
気づいたとたんに笑いをこらえなければならないくらいには面白かったが、なんとか抑えて平常心でいようとする。
幼い少女の姿のリリムと、その唇を塞ぐどろりの姿は、きっと端から見れば滑稽か、あるいは通報ものだろう。容姿の年齢差はだいたい7、8歳くらいだ。これをどろりの趣味ととらえるかリリムに恋しているととらえるかは、行為の目撃者しだいだろう。
そして、その端から見る人物が増えるのが視界の隅に映った。ちょうど、帰ってきた者がいたのだ。
この光景を目の当たりにしたその者、森の音楽家クラムベリーは同情の目を向けてきた。この状況になって、ちょうどクラムベリーが帰ってくるとは。ひたすらに間が悪かった。
しかも、新たにひとり魔法少女を連れてきているらしい。新顔に見られる初対面の姿がこれか。
どろりはリリムのことしか見えていないから気づいていないらしい。気づいたら、どんな顔をするだろうか。