魔法少女育成計画airspace   作:皇緋那

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5.

☆オルタナティヴ

 

家屋を消し飛ばし、現れた魔法少女はアニメでも見た覚えのあるマジカルデイジーであった。この状況で襲いかかってくる魔法少女としては、大物すぎるだろう。

ただ、それでも構わずにアイサは飛び出していった。自分がこの相手と戦わなければならないと刻み込まれているように。

 

デイジーの放つ光線が地面を抉り、アイサの足場が数センチメートル低くなった。それだけでもバランスを崩すにはじゅうぶんだろう。そのうえで今度こそ本当に土煙があがり、戦況は見えなくなった。視覚ではふたりを捉えられない。かわりに、アイサの掛け声が響くのみだ。

 

彼女はマジカルデイジーを知っていた。アニメとしてではなく、突如現れた彼女に狙われているし、襲われる理由もきっとアイサはわかっている。ふたりの魔法少女が組み合い、至近距離で光線が迸る。

アイサの着ている水着すれすれに光が通っていき、途切れたとたんに腕を狙いにいった。叩き折ってしまえば、撃てるものも封じられる。ただ、その選択は棘の道だろう。壁も地面もたやすく分解してしまうのをアイサも目の前で見ているはずだ。大きな賭けになる。

 

アイサが腰に着けているパーツを外して構えると、機銃としての機能を起動させた。火薬代わりに蒸気を吹き、弾丸を放つ。ビームよりも広範囲で、何度も当てるチャンスがあった。デイジーの衣装がすこし破れて、その下に覗く肌にもかすって傷を作った。流れ出るのは赤……と思いきや、黒い液体だった。

オルタナティヴたちが疑問を覚えるより早くにまた反撃の光線が撃たれた。アイサには当たらず、家がまた削られる。

魔法に頼りきっているデイジーに対し、アイサは胸に蹴りを入れて吹っ飛ばし、その反動で飛ぶとオルタナティヴたちのいる場所へ戻ってきた。

 

「あの魔法少女、動きが悪いじゃないか!しかも血も涙もありやしない、デイジー本人たぁ思えないな」

「どういうこと?」

「わたしの知ってるデイジーより弱いし、おそらくだが中身がない。あんなもの、外見と魔法だけを持ってきた紛い物だ」

 

吹っ飛ばされていた贋作のデイジーが起き上がろうとしているのを眺めながら、アイサはそういう。

オルタナティヴには手が差し伸べられた。伏せたっきり呆気にとられてしまって立ち上がる機会を見失っていたけれど、オルタナティヴはその手をとって立ち上がった。

 

「あれを倒さなければ、デイジービームに怯えて暮らすことになる。しかも、どうしてかわたしが狙われてるらしい。なら、ここで倒すべき」

 

はっきりとわかっていない状況下で、何も言わずに襲いかかってくるのなら、敵として排除するしかない。あれは幼少のころに見たマジカルデイジーではなく、それを象った砲台のようなものだ。そう割りきって、オルタナティヴはニセモノを見た。

 

「ツイン、タトルとスコヴィルを連れて逃げて」

「了解じゃ、この相手じゃわらわたちがいても変わらんもんのう。ほれ、退くぞ」

 

ツインに手をひかれ、心配そうに出ていくタトルとスコヴィルを尻目にアイサとオルタナティヴで並んで立つ。2対1だ。ビームを撃つような相手と戦ったことはあることにはあるけれど、今回は本気で避けにかからなければアウトだ。気を引き締めるため、自分の頬をはたいた。

 

アイサが蒸気を吐くのを合図に、三人の魔法少女はほぼ同時に動き出した。アイサの出した白煙でニセモノの視界を奪い、オルタナティヴはその中へと飛び込んだ。

オルタナティヴにはよく見えずとも、アイサには蒸気の中でも見える眼があるようで、的確にニセモノを狙っている。向こうだって何も考えていないわけもなく攻撃が来た方向へ反撃のビームを撃っている。こちらは二人いるのだから、その隙が突けた。

アイサの弾丸が過たずにニセモノの腹部を撃ち抜こうとし、迎撃で分解される。その瞬間にオルタナティヴは迎撃の光を便りにして腕を狙った。手応えはある。拳と拳がぶつかり合い、オルタナティヴが競り勝った。骨がへし折れる嫌な感触、こんなものに慣れたくはないと思うようなヤツがあって、ニセモノの左腕は使い物にならなくなったはずだ。

すでに十分な結果はある。オルタナティヴがニセモノから離れ、交代でアイサがビームも恐れず突っ込んでいく。

 

蒸気は薄くなり始めている。先程よりも周囲が見渡せる。アイサがニセモノのデイジーの懐へ潜り込む瞬間もだ。拳が彼女の腹部へと突き刺さり、口から黒く生暖かい液体が漏れ、そして一瞬置いて折れた指ではなく掌から光線が走った。先程までよりも大きい。

アイサの背にある排気管がのうち右上にある一本が直撃を受けてしまい、壁や砂のようにさらさらと分解されていく。肩の表皮にもかすったらしく、生々しく組織が露出しているのが見えた。

たったそれだけで済んだからよかったものの、もう少しずれていれば腕が片方ちぎれていたことだろう。ただでは起きないようアイサは懐から抜けずに腰パーツからの銃撃でヘッドショットを考えたようだったが、ニセモノが繰り出した蹴りによって衝撃を受け狙いが逸れた。まだ脅威は残っているのだ。

 

視界が晴れて、互いに視覚の有利不利はなくなった。二本同時に撃たれれば、こちらだってそれぞれで対処を考えるしかない。

今度はまずオルタナティヴ目掛けてデイジービームが放たれて、必死で回避するあいだにニセモノはアイサのもとへと向かっていってしまった。オルタナティヴが後を追おうとしたが、ニセモノは掌でのビームの逆噴射によって加速、および背面への牽制を行い、オルタナティヴは勢いを殺して射線上から逃げるしかなかった。

 

アイサとニセモノの身体がぶつかりあい、脚と脚、腕と腕が交差する戦闘が続く。オルタナティヴが着くよりも前に、いちど負傷させたアイサを潰すつもりでいるのだろう。止めなければならない相手だった。

フローリングが割れるのにもかまわずオルタナティヴはイスをいくつも投げつけ、無論片手間でビームで消されるが、それだけの間があるならば十分だった。頭部を揺らしにかかったハイキックを繰り出し、指の折れてしまった腕で止められて、ビームによって脚が消し飛ばされる前に離脱する。

 

ニセモノは支えを失い、ふらついた。彼女の背には、さっきまではなかった深い深い傷跡がある。アイサの弾丸だ。銃撃がニセモノの外装を剥がし、内部の黒を覗かせた。石油のように黒い泥が流れだし、血よりも貝の砂を抜いているみたいに見える。

デイジーの形を保つのも難しくなってくるのか姿があやふやになり、その場に倒れた。アイサがそんなニセモノを無理に起こし、腹部を蹴り飛ばそうとすると腹が破裂するように弾けて、口にあたる部分から黒い液体を吐き出させた。

 

「お前じゃあ、マジカルデイジーには及ばないよ」

 

アイサは崩れゆくニセモノに向かって一言声をかけると、オルタナティヴの方へ顔を向けた。

 

「ありがとう、同志オルタナティヴ。おかげで生き残れた。それと、今の戦いでいくつか思い出したこともある」

 

皆を呼んできてくれないか、と頼まれた。オルタナティヴが頷くと、アイサからはぷしゅうと蒸気が抜けていき、戦闘で気を張っていたぶんの緊張が抜けていったみたいだった。

 

オルタナティヴは頼まれたとおりにツインたちを呼び戻し、戦闘の痕を見て思わず声を漏らしているようすのタトルと分解されてしまったアイサの排気管を見て大声で心配するスコヴィルもふくめて、みんなでフローリングに座った。砂をかぶっているのは申し訳なかった。イスたちはもう、オルタナティヴが囮に使ったせいでなくなってしまっていた。

 

「アイサ。それで、思い出したこととはなんでしょう?この状況を打開する何か、ですか?」

「かも、しれない。わたしがここにいる理由にはなると思う」

 

タトルとスコヴィルが顔を見合わせた。オルタナティヴとツインも同じく、だ。アイサはただ魔法ではなく普通に息を吸い込み、冷静に告げる。

 

「あの魔法少女、マジカルデイジーはわたしのよく知る魔法少女だった。理由は簡単、あの子に、わたしは殺されたことがある」

 

オルタナティヴはあのニセモノこそが、この世界における克服すべき死因であるのだと気がついた。魔法のデイジービームにばかり頼っていたのは、アイサの死因を再現するためだったのかもしれない。

そして、あの相手を倒したことによってアイサも自分の生前のことを思い出せたのだ。この世界ですべきことは、皆を死因から守りきることだろう。

 

「待ってよ、アイサちゃんが殺されたって?じゃあここにいるのは?」

「死人返りのようなもの、だろうか。同志スコヴィル、これは好機だ。死因との対決、人生のやり直しだ。そうだろう、同志オルタナティヴよ」

 

オルタナティヴは頷く。これは二度目のチャンス、後悔のやり直しだ。

アイサの言っていることはそのままで正しく、他の魔法少女には伝わっていなくてもこのように理解してくれる相手ができるのは嬉しいことだった。


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