魔法少女育成計画airspace   作:皇緋那

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3.

☆C/M境界

 

光に呑み込まれ、オルタナティヴの魔法に巻き込まれたのだと知って、C/M境界はまずため息をついた。ここまで深く首を突っ込むつもりではなかったのに、おもいっきり巻き込まれてしまっていたのだ。

時間も場所もわからずにひとり放り出されて、これで困らないわけがない。幸い魔法少女は餓える心配がなかったが、地の利も人の助けもないのは怖かった。

 

上空から見下ろして、やっとここがN市であることに気がついた。しかも、数年前……自分が姉を失ったころの光景だった。自宅へ行ってみる、という選択肢もあったが、仮にここが過去だとすれば姉に会ってしまう。外面だけを借り、殺人を犯した自分には合歓に合わせる顔がない。

 

だから、住宅街へは近づかないようにし、市内で二番目に大きな船賀山を目的地に選んだ。森の音楽家が居着いていた場所が、たしかその山だったような覚えがある。オルタナティヴの魔法の起点になっている以上、その存在は確実だろう。

C/M境界はひとりで底知れぬ闇となった森へと足を踏み入れた。そこで出会ったのは、音楽家ではなかったが。

 

聴こえてきたのは歌だった。歌っているのは誰か、もしやクラムベリー、とも思ったが、音がはずれている。音を操る魔法を持っている魔法少女ながらに歌は下手、ということはあり得るのだろうか。仮にあり得たとしても、幼児が口ずさむ童謡、といったほうが正しいふうに思える。

歌詞も「くろい看護婦」について歌ったものであり、最初に抱いた感情はほほえましいという気持ちだった。声がするほうへ釣られていくと、無邪気に遊ぶ女の子の姿があって、この気持ちは当然のことだったのかもしれなかった。

 

女の子の髪や衣装の色は薄く、木漏れ日に消えてしまいそうだった。しかし唯一瞳の赤が自分はここにいるのだと主張しており、若葉が散りばめられた身体は木漏れ日でも消えずに暖かそうに受け入れている。手元には鳥が留まっていて、女の子は森林浴の最中に小鳥を眺めながら童謡を口ずさんでいるようだった。

魔法少女、というイメージからは違うものの、神秘的な雰囲気を纏っており、同じ木漏れ日の中に割って入れというのは無理な話だ。C/M境界にできるのは近くの木の影まで行って、こっそりと眺めることまでだった。

 

「くろい看護婦、見ちゃった。あくまとしゃべる患者さん、いのちのばいばいひとしにばいばい!またまた誰かけしちゃうの……ふふ、お姉さん。出てきたっていいんだよ」

 

その言葉が自分へ向けられた言葉だとすぐには気づけなかった。少女の視線がこちらへ向いていなかったからだ。C/M境界がなかなか出てこないからか、少女は手招きもはじめ、それにいざなわれるようにして木の影から日の下へと出ていった。

女の子は飛び立つ小鳥を見送り、C/M境界が座れるように、隣を空けてくれた。

 

「ようこそ、わたしの森へ。時間も用事もわすれてゆっくりしていっちゃってくださいね」

 

隣に座ると木漏れ日が心地よく照らしてくれ、なにかを口ずさむのも自然と出ることになりそうだ。また、この女の子がすぐそばにいるという事実がどうしてか落ち着くような気がする。

 

「えっと、何者なんだ、君は」

「なにもの?わたしはね、わたしは……忘れちゃった」

 

自分の名前すら忘れてしまった、という少女。ひらりと深緑の葉が一枚だけ、彼女の手に舞い落ちてきて、それでやっと思い出したらしくあらためて名前を告げてくれた。

 

「そうだった、フォーロスト・シーっていうんだった。まぁ、そんなカンジで」

 

このほんわかとした笑顔にC/M境界は既視感を覚えずにはいられなかった。合歓にどうしても重ねてしまう笑顔だ。

 

「お姉さんはなんていうの?」

「C/M境界、だ」

「しーえむ、きょーか……むぅ、なんだっけ?いいや、お姉さんはお姉さんで」

 

人の名前を覚えるのが苦手な子みたいだった。C/M境界は覚えられていなくても、お姉さんでいいか、と諦める。フォーロストの隣にいると、なんだかこのままじっとしていてもばちは当たらないような気がする。自分が何をしようとしていたか、と考えてみても、思い出せないのだから変わらない。せっかくだから、彼女と森林浴を続けたいと思った。

 

フォーロストの手のあたりをそれとなく眺め、あたたかさを存分に感じていると、彼女の視線がこっちに注がれているのがわかった。赤い瞳に視線が吸い込まれる。

 

「お姉さんってば、わたしの手が好きなの?あれなんだね、えーっと、こういうときなんていうんだっけ」

 

首をかしげるフォーロストにつられて、C/M境界も首をかしげた。

 

「あ、そうだ。手ふぇち」

 

違うよ、と笑って返すと、彼女は認識がこんがらがったのかさらに首をひねっていた。

会話が途切れてからもフォーロストからの視線はC/M境界の顔に注がれ、しばしば目が合う。何かついてでもいるのか、とも言いたかったけれど、それより先に自分の頬をさりげなく確認し、フォーロストが先に言い出すのを待った。

 

「お姉さん、そういえばあのお姉ちゃんに似てるのかも。顔はもうちょっとこわいけど」

 

彼女は誰かを知っているらしい。C/M境界のこの容姿によく似た者といえば、髪を似せ、髪飾りを似せた姉しかありえない。フォーロストへ向け、やさしく問いかける。

 

「ねぇ、そのお姉ちゃんってどんな人?」

「えーっと、なまえは、覚えてないや。でも、髪の毛がおんなじカンジで、あとは……んー、今は寝てるから、わたしはここで待ってるんだけど」

「そのお姉ちゃんと一緒にいるの?」

 

フォーロストは頷いた。C/M境界は『お姉ちゃん』のことを聞き、うれしくなった。ここに来てからの自分がどう考えていたかは覚えていないものの、図らずして合歓に会えるようになるのだから、こんなにうれしいことはない。また姉に話ができると思うと、心の重荷がぜんぶ取り払われていくような気がした。

フォーロストにもう一度お姉ちゃんの所在を問うと、今は寝てると言われ引き下がった。

 

合歓はそんな人だった、かもしれない。少なくとも自分から外に出ようとはしなかったはずだ。眠っているのなら起こすのは忍びないし、C/M境界はひとまずがまんをして、フォーロストと一緒にいようと決めた。

 

「お姉さん、お姉ちゃんが来るまで一緒に遊ぼっか?」

「いいの?ありがとう」

 

フォーロストの提案にはよろこんで乗った。三条煙は昔から子供が好きだった。だから、合歓は憧れの的だった。あんなふうに子供たちと接していやしてあげられたらいいな、なんて。結局、姉のように寛大な人物にはなれなくて、こんなことになってしまったけれど。

 

……こんなことになってしまった、とはどういうことだろう?自分は何かしてしまったのだろうか。思い出せないのだから、きっとなにも起きていないのだろう。今は、この子と遊ぶことだけを考えよう。

 

しかし、今時の子供はなにをして遊んでいるのだろう。

高校生のころの時点ですでについていけていなかった気がする。煙の従姉妹には娯楽を必要としないというとんでもない同年代の子がいたはずだが、数年前に亡くなってしまったし、煙にとっての娯楽は合歓と話すことひとすじだった。

言い過ぎと思われるかもしれないが、何をするにも姉にこんなことがあったんだと聞いてもらえることばかり考えていたのは事実だ。うれしいこともかなしいことも、合歓に話してこそ成立する。世界はそうして回っているのだと信じていた。

 

つまり、ゲームもなにもやった覚えがなかった。フォーロストが唄っていたあの童謡だって聞き覚えのないものだったし、そういうのには疎いのだ。

 

「そうだ、さっきのお歌はなんていうの?」

「さっきの?」

「くろい看護婦……ってやつ」

「なにそれ」

 

フォーロストは忘れるのがとても早かった。なにも考えずに口ずさんでいた歌を覚えていられないといった方が正しいかもしれないが、こうも話が通じなくなるのは面倒なところもある。仕方ないか、と納得もできる。

 

「覚えてないや。ごめんね」

 

赤い瞳を伏せるフォーロストの淡い金色の髪を、そっと撫でた。清流に手を浸すように指が髪のあいだを通っていく。

彼女のいまにも消えてしまいそうな容姿に悲しそうな表情をしてほしくなかった。C/M境界の目には、似合いすぎて怖いほどきれいに映ってしまうから。

 

撫でるのをやめた時、C/M境界の腕は掴まれた。もっとやってほしい、らしい。

彼女が甘えてくれるのはとても心地よくて、再びその淡いブロンドに触れた。


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