★裂織サキ
スコヴィルに連れられて、森のなかに入った。行く宛があるとはとうてい思えないし、スコヴィルが何をしたいのかよくわからなかった。彼女の魔法である「物質に刺激物の特性を与える」によって、サキの体内のどこにいるかさえわからい虫を狙う?それはきっと不可能だ。しかも体内のものを刺激物にすれば、粘膜に触れたときどころではないダメージが起きる。優しい彼女がそんなことをしたがるとは思えなかった。
スコヴィルは、サキを失うことを怖がってくれている。嬉しいけれど、胸が痛くなる。怖がっているから、こうしてサキを連れ出してあてもなく駆け回っているのだ。
でも、いくら駆けずり回ったって何も解決策になるものは見当たらなくて、サキは半ばどころかすべてをあきらめていた。自分のために努力してくれるのはもちろん嬉しいのだが、それが無駄に終わってしまうのは悲しい。サキには言い出せないことだけれど、できればもうスコヴィルにはがんばってほしくはなかった。これ以上いくらやったって虚しいだけだ。
ずうっとそう思いながら彼女に付き合っていると、ある時、突如として自分の胸のあたりから声が聞こえてきた。骨を通して、サキにだけ伝えてくる。
「楽しそうなことをしてるのね、サキちゃん?」
もう二度と聞きたくないと思っていた声だった。パラサイトリリムだ。奪われた唇と、送り込まれる虫の感触を思いだし、サキはなにもない胃の中身をぶちまけてしまいそうになる。しかしリリムは話を続けてくる。それも、面白がっているような声色でだ。
「吐いたって、私はもう消化管の外にいるのよ?意味がないわ。それに、いまからわたしがいいこと教えてあげるのになあ」
まさしく悪魔のささやきだった。だが、リリムにはクラムベリーと結託している。サキは実際にクラムベリーからリリムのもとへ引き渡された。恐らくは、いや、ほぼ確実に、リリムのほうが状況を理解している。
「あのね。その近くに、魔法少女のグループがもうひとつあるのよ。そこから東へ行けば合流できるの。そう、こっちね」
サキの首が勝手にぐりんと曲げられた。自分の意思ではない。リリムによって操作されている。藁にもすがりたいという思いではあったが、仮に合流して何かあったら、まだ平穏だったはずの別の魔法少女たちまで危険に晒すことになる。サキはリリムの言葉をきかず、自分の舌を噛みきってしまおうと歯をたてたが、それは叶わず、かわりにコスチュームの最も内側で下着の紐がちぎれた。
「……サキ。大丈夫だからね」
「わたしに考えがあるの」
サキは思わず自分の口を押さえた。自分の身体と自分の意思が合致していない。この身体はすでに、サキのものではないらしい。
「考えって?」
「あっちの方に、人影が見えたの。その人たちがなんとかできたりしないかなって」
「それもそうだよね……うん、行ってみよう」
主導権を完全に奪われてしまい、心のなかに閉じ込められたサキはただただ「やめて」と叫ぼうとするしかなかった。なんとしてでもリリムから自分を取り返し、どうにかしてこれ以上スコヴィルたちに迷惑をかけないために死にたかった。
だが、パラサイトリリムは人の心を理解してくれるような魔法少女ではない。スコヴィルについていくように身体は動き、スコヴィルもまたサキの言う通りに進んでいく。これが罠であるとなど少しも疑っていない。
やがて本当に少女たちの姿が見えはじめ、それがクラムベリーではないということにほんのすこしだけ安心した。
「ほんとにいた!すごいねサキ、こんな特技隠してたんだ」
無理をしているのがひと目でわかる。それに、それはサキではない。もはや津久葉路伊じゃない。気づいてほしかった。
「あら、あなたがたも魔法少女ね?」
するといきなり、さっきまで草むらしかなかったところから声がした。クラムベリーの魔法か、それとも小さくなれる魔法少女だったりするのだろうか。奇襲の可能性も考慮してスコヴィルは注意深く振り返り、そこには単純に生首が落ちているだけだった。
……生首が落ちている?
「えっ、ちょっ、首だけでしゃべった!?」
「そういう魔法なのだわ」
しゃべる生首をもうひとつ小脇に抱え、逆に本来あるべき場所に頭部がない人影が近づいてきていた。衣装の華やかさ、小脇に抱えた顔の整いようからして恐らくは魔法少女だった。衣装自体はきれいだし、普通に出会えば綺麗な印象を抱いただろうに、いかんせん首が繋がっていないのだから怖い以外ない。
生首の彼女を含めた三人が、スコヴィルとサキがたどりついた場所にいた魔法少女たちであった。
まず一人目の「パルへ」は優しげな印象であるのに持っている獲物は恐ろしい鎌であり、サキが抱いたイメージは未練があったら見逃してくれる死神。
彼女よりも本職の死神っぽいのは、二人目の首が離れている「ヘッドレス・ボロウ」だ。改めて見ると高貴なドレスであるのがよけいに恐怖を煽られる。首なしといえば騎士の話をよく聞くけれど、そういえば首をはねてしまう形の処刑台、つまりギロチンを使われた人物で有名なのはどれも貴族や王族だ。そういった者の亡霊とも思える。
最後のひとり、二つ名をもっており長い名の「熱砂の防人ルピィ・クリーパー」はいままでふたりのイメージとは別の方向で怖かった。エジプト系の神話を感じさせるデザインで、背負った謎の金ぴか円盤に沿ってサソリのしっぽが巻かれている。目立ちすぎやしないだろうか。近寄りがたい。
ただ、全員が物腰柔らかく、いきなり現れたスコヴィルとサキを拒絶はしなかった。ただ、それはまだリリムのことを話していないからかもしれないが、特に生首の彼女、ボロウが場をほどよく茶化してくれて、積極的には話さないサキふくむ三人と、悩んでいるためあまり心から笑えていないだろうスコヴィルの気をやわらげてくれていた。こういった明るくない雰囲気には、彼女のような明るいムードを作れる人物が必要なんだろう。
スコヴィルとサキは、彼女たちと一緒にいたいと思った。幸いリリムは合流してからサキから身体を奪おうとはしていない。自分が死のうとしていたことも忘れて、恥ずかしがりながらも三人へ向けて自己紹介をした。
「それじゃあ、せっかく新しく仲間も増えましたし、何かしましょう!えぇ、それがいいのだわ!」
「大丈夫ですか?食べ物もなにもありませんし、あなたも首のプレゼントくらいしかできないでしょ」
「うん、困りましたわね!こんな状況じゃあデートもなにもないし」
「人がいなければ、街はがらくたしかありませんしね」
「ならエキシビションマッチとかどうかしら?ルピィも暴れ足りなさそうですし」
「あ、まぁ、はい」
「おふたりは?どう?」
ルピィとボロウがすらすらと話していくのを、パルへといっしょにぼうっと聞き流していたせいで反応が遅れ、いきなり話を振られたことでスコヴィルと顔を合わせた。
スコヴィルは今すぐにでも、リリムのことを相談したいだろう。そのサキの推測通り、ボロウの提案そっちのけで相談をはじめた。
「あ、あの。とっても、言いにくいんだけど」
「どうかしましたか?」
「サキのことで、相談があって」
そう切り出して、スコヴィルは今までのことを話した。ほかに魔法少女がいたこと、そのリーダーが殺されてしまったこと、サキの身体にはわるい魔法少女の魔法が仕掛けられてしまっていること。
ボロウは表情にわかりやすく心情が出て、ルピィも黙って聞いてくれていた。今までの雰囲気とはうってかわって真剣になっている。最後にふたりで頼み込むと、ルピィが答えてくれた。
「……私の魔法でどうにかなる範囲であれば手は尽くします。ですが、成功するかはわかりません。もともと医療専門ではなく、荒療治専門なもので。それでもいいなら」
「お願いします」
スコヴィルがサキよりも早く答えた。その勢いに押されて、頷くしかない。
それを聞いて、ルピィは今までの近寄りがたい雰囲気ではなく、親しみやすい笑顔を見せてくれた。例えるなら、注射を控える子供に語りかけてくれているような。
「えぇ、頑張りましょうね」
もしかして、荒療治専門とはそのサソリのしっぽで注射を行うつもりだろうか。どう考えても痛い。サキは覚悟を決めなければならないらしかった。
「さて、スコヴィルちゃんはどうするのかしら。よければ、私といっしょに暇を潰しましょう。付き添いで見ていても、つらいだけでしょうし」
見ていてもつらいだけ、とは。サキがそこまで取り乱すほどの治療方法なのだろうか。いや、あのサソリのしっぽでやられると考えると確実に痛い。サキはひとりで勝手に納得し、スコヴィルの背中を押した。
「……わたしは大丈夫だから。大丈夫じゃないけど、きっとまた、三人で遊べるんだから」
彼女はなかなか頷いてくれなかった。けれどボロウの後押しもあり、サキが彼女の瞳を見つめたことが決め手になって折れてくれた。
そうだ、忘れていた。織姫よりも帆火よりも、路伊はお姉さんなのだ。お注射だってがまんしなければ。
サキはルピィに連れられて場所を移し、ここでスコヴィルと別れた。