魔法少女育成計画airspace   作:皇緋那

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第4章 届かない手
1.


☆オルタナティヴ

 

タトルたちと別れて三人で過ごすようになって、駄弁っているうちに夜は深まり、いつの間にか三人とも眠り込んでしまって気づけば一夜が明けていた。起きているのはオルタナティヴだけだ。

 

数年前にはよくあることだった。織姫と、帆火と、路伊のいつものメンバーで、一番ゲーム類の充実している路伊の自宅に押し掛け、みんなで夜までお菓子を食べながらゲームを楽しみ、いつの間にかお泊まり会になっているやつだ。あの時間が帰ってきたみたいで、お菓子もゲームもなくったって楽しかった。

今は、オルタナティヴとスコヴィル・スケイルと裂織サキだ。でも心は変わっていない。

 

織姫のことだって、きっと人が変わってしまったとは思われていないんだろう。自分ではただ必死に救いを追い求めているはずなのに、オルタナティヴはお人好しとみられてしまう。ツインウォーズがその例だ。

ツインは面倒見がいい。自分の妹の危険を放っておけないお姉ちゃん、あるいはお兄ちゃんか。上の兄弟がいたことはないけれど、そんな感じがする。

 

オルタナティヴは彼女とは違う。甘えたい願望ばかりだ。オルタナティヴの心はふたりと死に別れたときに止まってしまった。無力なのも一緒だ。スコヴィルも、サキも……想い人も、トランホルンも。皆、手の届かないところへ行ってしまった。

いくらそれを取り戻そうと足掻く魔法の持ち主であっても、心の傷は癒えてくれない。それを癒すのに必要なのは、こういう友達のぬくもりなのだ。

 

――ぴんぽん。呼び鈴が鳴って、誰かがオルタナティヴに用があるのだと思った。タトルだろうか。ツインだろうか。ツインだったら、今はスコヴィルもサキも眠っているから、あんなことを言い出した本当の理由を聞かせてくれるかもしれない。そうだったら嬉しい。自分の友達同士の喧嘩に挟まれたらとっても窮屈だし、気分もよくない。

 

しかし、扉の向こうに立っていたのは予想に反し、タトルでもツインでもなくて、アイサ・スチームエイジであった。

 

「アイサ?どうしたの?」

「……他のふたりはどうした」

「え?今は眠ってるけど、ねえ、傷だらけだよ、何かあったの?教えてよ、ねえってば!」

 

アイサの身体は包帯まみれだったし、血の跡も色濃く残っている。胸にも、手にも、血を吸ったあとの包帯がぐるぐると巻かれている。ツインのやったことだろうか、いったい何があればそんなに包帯を巻かなくてはいけないケガをするのだろう。まさか、一昨日のデイジーのような敵が襲ってきた、とか。

 

「みんなを連れてきてくれ」

 

アイサに言われて、オルタナティヴは他のふたりを起こしに行った。

スコヴィルとサキは変身すると体格がほぼ逆転するので、いつもとは抱き枕にされる側が逆で微笑ましいツーショットになっていてもったいなかったけれど、ふたりをゆさぶる。

 

「んぅ、なに?」

「アイサが、みんなを連れてきてって」

「アイサが?なんで?」

 

どうしてわざわざあれだけケガをしているアイサなのかがわからなかった。タトルは人使いが荒いわけじゃないだろう。こんなちょっとした伝達に部下を使うほどのめんどくさがりでもない。寝起きでぼんやりするサキと、いきなり起こしてなんのことだと思っているのが全部顔に出ているスコヴィルを連れ、アイサたちが寝泊まりしている隣の家へと赴いた。すでにツインとアイサがいたけれど、タトルの姿が見当たらない。

 

オルタナティヴは聞こうと思うと、アイサとツインが移動をはじめ、それについていくしかなくなった。ふたりが止まったのでさっきの続きと息を吸い、そこでふと地面を視界に入れた。足元には、出そうとしていた言葉が吹き飛んでしまうほど衝撃的な光景が広がっていた。

 

姿の見えていなかった彼女が、そこで息絶えていた。

 

正確には、タトル本人ではない。女王にふさわしい綺麗な衣装を大量の血液と突き立つ銛でめちゃくちゃにされて亡くなっている、女子高生くらいの年頃の女の子が打ち捨てられているだけだ。この魔法少女しかいない場所であるなら、彼女がそうであるとしか思えない。

 

「獅子目華凜。彼女の持っていたバッグに学生証が入っていた。それと、女王の心得と題された小冊子もだ。彼女がタトル・クイーンズ・レオだろう」

 

彼女のことが記されている学生証は、有名なお嬢様高校のものだ。女王としてのプライドをもってここまでやってきたのだから、相応の実力がある人物だったのだろう。

一番悲しいのはアイサだろうに、平静を装っている。オルタナティヴの目には、アイサがいつもよりずっと強く口を結んでいるように見えた。

 

この世界でも魔法が使えるかも、と思いつき、オルタナティヴは遺骸に二度キスをした。新たな世界は展開されず、魔法は機能していない。今までも二重には使えなかったのだから当然かもしれない。ともかく、オルタナティヴはきつい縛りを受けていることになるのだった。

 

「……どうして、サキが来たとたんにこんな……!」

 

スコヴィルはやっと状況を呑み込んだのか、まだ混乱しているのか、頭を抱えている。オルタナティヴはスコヴィルの言葉を聞き、まるでサキのせいだと疑っているように聞こえるな、と思った。無関係だと信じているはずだった。けれど、その信じているのが揺らいでしまう。

狙われたのは、サキを疑いながらも中立でいようとしたリーダーのタトルだった。これで、ツインの主張とスコヴィルの主張は正面から衝突する。そうしたら、もうチームではいられない。タトルが死因に襲われ、そして散ったのは本当に偶然だろうか。それとも、サキの背後にいるかもしれない何者かの仕業なのだろうか。

 

「ねぇ、サキ。聞いてもいいよね」

「あ、な、なに?」

「サキはさ。私たちの知ってるサキなんだよね?」

 

聞かれた少女の素肌を冷や汗が伝い、その表情の奥に潜んでいる恐怖がその顔を覗かせている。

 

「う、うん。わたし(・・・)は、帆火ちゃんの知ってる津久葉路伊だよ」

 

サキの心音が聞こえてくるような静けさがあたりに立ち込めた。今の言葉にはきっと、サキが必死に絞り出したヒントが含まれている。自分自身は紛れもなく本人であるが、背後に何者かがいて、助けて欲しい。あるいは、逃げて欲しいというのがサキの言いたいところだろう。

スコヴィルには気づく様子はなく、ただ自己暗示にそうだよねと繰り返している。

 

もはやあたりには昨日の過去が帰ってきてくれたような感覚はどこにもなかった。怯えながら従わされているサキと、それを信じたくないスコヴィル。雰囲気は最悪で、爽やかな朝とはほど遠い。

そんななかで、今日は一言も発していなかったツインがこう言い出した。

 

「裂織サキ。おぬしを助けるために必要なのはものはなんなのじゃ」

 

サキの答えは、躊躇いを間に挟みつつ、衝撃を走らせた。

 

「……わたしを殺せばいい」

 

その言葉を聞いた瞬間、オルタナティヴの脳内にはがつんと殴られたような幻覚の痛みが走る。

 

「わたしは、もうあやつり人形なの。一晩もわたしのままでいさせてくれたパラサイトリリムの恩情に感謝しなきゃならないくらい!だから、もう、わたしは殺されるべきなの」

 

サキの瞳は罪悪感ではなく、恐怖と涙で潤んでいた。

事実としてそんな言葉を吐けば、その場で始末されてしまったっておかしくないし、サキだって死にたいはずがない。こんなことを伝えてくれたのは、本当に勇気を振り絞っているのだろう。

その場の全員が、予想だにしていなかった叫びを理解するのに時間を要し、まっさきにスコヴィルが動いた。

 

「行こう、路伊!私がなんとかしなきゃいけないから。待っててね、織姫ちゃん」

 

サキの手をとってすぐ、スコヴィルは走っていってしまう。サキのことを助けたいと、何かをしたがっているのだ。

まだ混乱は残っているのかふだんよりも遅く、オルタナティヴなら追い付けるだろう。しかし。オルタナティヴにはサキを救えない。ツインも、アイサも同様にだ。スコヴィルを引き止める理由も、資格もない。ただ、オルタナティヴは自らの無力さを強く噛み締めているしかなかった。

 

「……彼女のことは、任せるしかあるまい。スコヴィルが考えなしだったとしても、何も浮かばぬわらわどもよりは手を尽くせるじゃろ」

「わたしたちは、華凜……女王タトルのお墓を作ろう。ここには葬儀屋も、警察も、遺族もなにもいない」

 

ツインにもオルタナティヴにも異論はない。

せめて、立派に戦って散っただろう女王の最期を、はなやかに飾ってやろうと。誰もが暗い表情をしたまま、葬儀に必要なものをかき集め始めた。


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