魔法少女育成計画airspace   作:皇緋那

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4.

★タトル・クイーンズ・レオ

 

「……メルヴィルッ!再び女王を狙うのですね、不届きものがッ!」

 

そうだ。思い出した。この相手をタトルは知っていた。生前に戦い、そして殺されている。見えないハンターの正体は、色を自在に操る魔法少女だったのだ。

タトルの今の眼には捉えられているが、すでに受けてしまった数発の傷のせいでまともに動くことができない。アイサかツインに先の叫びが届けばいいのだが、運が悪いことにメルヴィルは怯んだようすもなく再び殺しに来る。突き刺さった凶器が動きを邪魔し、生物の範疇を越える変化は起こせないタトルの魔法では傷ついた状態では何もできない。この狭い空間では翼は使えないし、片腕と背中の刺し傷は大きすぎるハンデである。

タトルの言葉に耳を傾けることもなく、敵には恐らく中身が伴っていない。命乞いは無意味だ。つがえられた銛の切っ先が今度こそとまっすぐ心の臓を指している。それが放たれたとき、タトルは致命傷を負うことだろう。タトルは目を伏せ、放たれた凶器に身を任せようかとも一瞬考えてしまった。

 

「簡単に諦めちゃダメだろ、のじゃッ!」

 

しかし銛は弾き返され、普通の視点では何もない場所に刺さってしまい空中で静止した。そこがメルヴィルの居場所である。タトルはすぐに瞼を上げ、なんとか間に合わせてくれたツインに敵のことを告げた。

 

「こいつは色を変えられる魔法の持ち主ですわ。ですが、消えてはいません。あの刺さっている銛を目印に!」

「オーケー、あのへんじゃな!」

 

ツインの突撃で見えていないはずの自分の場所がわかられているのに戸惑いがあるのかメルヴィルの動きはよくなかった。銛を出しても止められ、へし折られていく。いくら無尽とは言っても、すべてを防いでしまえば尽きない意味はない。ツインは気配だけで動き、タトルの死因に対し互角以上に立ち回っていた。

アイサの気持ちがわかった気がする。メルヴィルはこんなに弱くはなかった。この死因は、乗り越えるためにある試練といえるのかもしれなかった。

 

偽のメルヴィルとの戦いではツインが圧倒しており、防御が間に合わず、もうすぐで一太刀浴びせることができるだろう。そんなときであった。

きゅうにツインの刀が空を斬ることが増え始めていた。メルヴィル自身に変化はないはずなのに、何かに惑わされているらしい。

魔法を使って片目を魔法少女のものへと戻し、ツインが惑わされているメルヴィルたちの虚像を見た。

 

色を変えられるだけあり、ないものをあるように見せかけることもできる。ほとんどを元から視覚に頼っていたためか、ツインは攻撃の素振りを見せる幻影には反応せざるを得ない。そのなかには時に本物が混じっており、幻影しかいないと否定した結果は切り裂かれた死人だ。ツインには難しい戦いになるだろう。

 

ツインと同じ目線から、見通せる側の目へと戻した。脳が違和感を訴え、視界はぼんやりとするが、それでも本物が見えれば及第点だ。そう思って周囲を見ると、メルヴィルはどこにもいない。何が起きたかと考えた一瞬で、タトルが流した血の溜まった池が小さく音を立てた。

 

「そこですわッ!」

 

残っている使える腕の爪を大きく、武器とする。届かなくてもと振り向き様に攻撃をしかけ、当たりはしなかったものの追い払うことはできた。背後に回られていたことに戦慄し、あと一歩遅ければと嫌でも考えてしまう。

再び振り返ると、ツインはしっかりとメルヴィルを捕捉している。2度同じ手で突破されるほどツインは柔な魔法少女ではないだろう。

 

血が足りずよろめく足で部屋から出ようとし、メルヴィルの追ってくるのを見た。あくまでも、標的はツインよりもこちらであるらしい。

民衆からの人気は女王としても重要なことだが、こんな形で好かれたくはなかった。急いで部屋を移り、扉を閉める。そこだ、と差せばツインはそこへ行ってくれる。足止めはこれでできる。

 

逃げた先の部屋には、たしかアイサがいるはずだ。叫びを聴きつけて来たのはツインだったが、アイサの姿は見ていない。オルタナティヴのほうへ行っているのかもしれない。

扉の向こうで金属同士がぶつかる音が聞こえ、タトルは扉を押さえる手を離して部屋の奥へと急いだ。

 

「アイサ!敵襲が……」

 

しかし、タトルは目を疑うこととなった。アイサがなぜ来なかったのか。その理由がそこにあったのだ。メルヴィルはすでに手を打っていた。アイサの手のひらには深々と銛が刺さっており、両手ともに床に彼女を磔にしている。流れている赤い体液の量はタトルよりも生命の危険が迫っていることを示している。

 

「申し訳、ない。さっさと気づいたくせして、このザマだ」

「しゃべってはダメですわ。無理をすれば、アイサが……!」

 

杭のように打たれた銛を抜かなければ、アイサを連れては逃げられない。だが、置いていけばメルヴィルに「ついで」で殺される。タトルは頭で考えて飲み込みきるよりも先に身体を動かして、杭を抜き、噴き出す血を浴び、アイサの端正な眉が歪みのを見て心を痛め、やっと彼女を助けた。

いまはツインがメルヴィルを止めていてくれるが、万が一彼女が振り切られたらタトルの方へ来るのは確実なことだ。タトルは身体に鞭打ってアイサを背負い、部屋の窓を叩き割って外へ出ようとする。

 

「そっちへ行きやがった!避けろ!」

 

風を切る音がふたつした。最初のものはタトルを狙い、もうひとつがそれを追っている。それぞれメルヴィルとツインの放った刃だろう。すんでのところでツインの刃が追い付き打ち落とされたことで、タトルはそのまま走っていられた。

 

オルタナティヴを頼るべきか。あれをどう攻略すればいいのか。視界を奪われているも同然の相手だ、まともに戦える魔法少女は少ない。せめて、この傷がどうにかなれば。

 

「女王タトル。わたしを下ろせ」

「な、どうしてですか?」

「わたしが捨て身で行けば、倒せる。かもしれない」

「そんな不確かな可能性で、あなたを捨てられるものですか!」

 

確かに今すぐにメルヴィルを倒せる作戦があるなら賭けたい。だが、賭けが成功してもアイサを失いたくはない。部下を死なせるような者はリーダー失格であるとタトルは何度だって自分に言い聞かせてきた。それに。タトルは女王が守られるだけのお姫様ではないと知っている。

 

タトルは覚悟を決め、ブレーキをかけた。言っていたとおり背からアイサを下ろす。だが、次にする行動はアイサに任せることではなく、自らに刺さっている凶器を引き抜き、地を強く踏みしめることだった。

 

「あなたを失うのなら。わたくしが戦って死にましょう。そうしたら次の女王はあなたですからね、アイサ・スチームエイジ」

 

追ってくるメルヴィルの目的はタトルの命だ。タトルが敗けて死んでも、アイサは助かってくれる。アイサにあのツインとスコヴィルのあいだにできた亀裂を治められるかは未知数だ。それでも、先程の険悪な空気であったときも冷静にタトルを宥めてくれたことは大きく評価している。任せるなら、アイサになる。

 

今まで逃げるために辿ってきた道へと振り向いて、一歩進んだ。すこしひっかかっているのはアイサが穴を空けられた手でタトルのコスチュームの端を掴んでいるからだ。その掴まれている端の部分を魔法で変化させ、切り離した。カメレオンを模したエンブレムだ。アイサだけが生き残ったときのための、女王の証というつもりでしたことで、これでアイサとの一時のお別れは済ませた。

 

視界にはもう、メルヴィルを見つけることができる。タトルが飛び出していき、その背後には涙の代わりに蒸気が立ち込めた。

 

周囲が白煙に染められ、そんな蒸気の中から飛び出していくことで不意を突く。メルヴィルの腿の銛はさらに深くまで肉を抉る。苦し紛れに再び放たれた銛は今一度傷ついた腕で弾き飛ばした。痛みを堪えれば、もうこれ以上は損害にはならない。

 

「ふっ、メルヴィル!もしや手加減ですか、らしくもない!」

 

相変わらずこちらの言葉には反応がない。が、立派に攻撃だけはしてくる。そのぶん、タトルには狙える瞬間がある。尾の先に骨の塊を作り、後頭部を狙う。気配を察しきれなかったメルヴィルは地面へ叩きつけられ、タトルに馬乗りになられた。

奪った銛で首を断とうとするがかわされ、胸を射られた。幸いなことに、胸は胸でもまだ脂肪の層で止まっていたが、断頭での一撃必殺を狙うのは難しい。

 

標的を変え、その弓を持つ腕を引きちぎる。噴出する黒い血でメルヴィルが纏う薔薇は汚れて、片腕がなくなったことで弓は扱えなくなった。

しかし手投げのものは止められない。直接刺されかけてしまい、脇腹の表皮が浅く裂けた。次の一撃では本当に腹部をやられる。だが、痛いからこそタトルの意識はまだある。

 

「……腕が落ちましたね」

 

腕はタトルが引きちぎったのだが。女王たるもの、こんなときでも余裕をもって冗談を吐けるほどでなければ。

 

爪になっている右腕を振り下ろし、爪でだめなら鋏、鋏でだめなら牙、牙でだめなら尾で。

その首を狩れるまで身体を変え続け、タトルの腹が剣山のようになるころにはすでにメルヴィルは黒い液体が体内になくなって崩れて消えていた。

タトルは死因に打ち勝ったのだ。胸を撫で下ろす、安堵のため息をつく、なんて体力すらもはや残っていない。タトルはただ、その場にへたりこんでいるだけでいるしかない。

 

「ひょえぇすごいね、何が起きてるのかわかんなかったよ。でも、逆ハリネズミになっちゃってるじゃん。どう、苦しい?」

 

覚えのない、やけに饒舌な声が聞こえる。ぼんやりした頭でも、魔法少女であるということはわかる。それと、軽々しく人を殺められるであろう態度であることもだ。

いずれにせよ、この腹部に無数の傷があふれているタトルはもう生きられないことは確かだ。抵抗の意味も、するだけの力もない。タトルは声を無視した。

 

「あ。答えてくれないんだ。じゃあいいよ、ほいっと」

 

魔法少女がぱちんと指を鳴らしたとたん、頭を異常なまでの痛みが襲った。痛い。痛い。何も考えさせてくれない。血がまともに通えていない。

 

「よぅし、これでリリムにご褒美もらえるよねっ」

 

彼女の楽しそうな声でさえも、いまのタトルの脳には苦痛となって突き刺さる。

やがて意識を保っていることができなくなって、そのまま永久の眠りに落ちた。


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