1.
★タトル・クイーンズ・レオ
タトルたちは突如襲撃してきたビームを乱射する難敵、マジカルデイジーと言ったらしいが、その魔法少女をなんとか倒した。倒したのはタトルではないが、これは部下が挙げた大きな功績だった。
しかし、相手方は一人倒した程度では止まってくれないようだった。
幸いデイジーに与えられた被害は大きくなく、拠点にする予定だった家を捨てざるを得ない状態にされた程度だった。家はいくらでもある。今度こそゆっくりと休める。そのはずだったのだが。第二の刺客である巨大魔法少女が出現してしまった。
タトルたちのことなど眼中にないというように、実際こちらのことなど目に入っていない状態で暴れる巨大魔法少女。その対処は大変どころか、すぐにほとんど策が尽きてしまう事態になった。傷ついたアイサを休ませたいと決めていたはずが、彼女は想像以上のやる気を見せ、そして撃墜された。迎えにいこうと飛び出していったが、追い討ちをかけようとする巨大魔法少女の注意を逸らしてくれた誰かのおかげで、自分だけで帰ってこられたという。
これは、明らかな女王のミスだった。
タトル・クイーンズ・レオは上に立つ者である。女王として生まれ、そのようにして育てられた。上に立つ者には、それ相応の責任があるのだ。
王族とは国家そのものであり、その一部として組み込まれるための歯車だ。故に、アイサでもスコヴィルでも、その失敗はタトルの失敗である。
決して謝罪だけで足りることではなく、タトルはどうしたらいいか頭を抱えることになった。
アイサの傷はそれほど重大ではなかったらしい。蒸気の噴出によって勢いを弱め、浅い傷で済むように尽力していたという。それでも、激しい動きは禁物だ。デイジーとの戦いで受けた傷も残っていて、アイサがどう言ったって無理をさせるわけにはいかなかった。
部下を無駄死にさせるほど無能な上司はいない。無茶な指示を下し、想定外を潰しておかなかった者の責任だ。
結果、ふたたび思考は償いへと帰結した。
巨大魔法少女の被害を免れた人家を避難地点に定め、そこのベッドにアイサを寝かせた。家の中にあったタオルを使って流していた血を拭い、なんとか通っていた水道でぬるま湯を汲んできて用意した。また、彼女にゆっくり休んでもらえるよう、周りから布団を選びかけてやった。
包帯は見当たらなかったので、タトル自身の魔法を使う。直接変身する魔法には及ばないものの、周囲の環境やタトルの意思に沿ったふうに、この身体とコスチュームは変化してくれる。袖がいくつかの細長い形に分かれたのをちぎり、アイサの身体に巻いたのだった。
他人の介抱とは、これでいいのだろうか。汗を拭き、隣に腰かける。
オルタナティヴたちはいま、別室で今後の方針について話し合っているのだろう。
残念ながら、タトルはいまこの状況に最も疎かった。オルタナティヴもツインウォーズも何かを知っている。スコヴィルはそのオルタナティヴと仲がよく、アイサもまたデイジーとの戦いで記憶を取り戻したという。タトルにはどれもなかった。
音楽家、というワードには言い知れぬ恐怖を感じるが、ただそれだけだ。アイサもオルタナティヴも正体を知っている様子で、その程度では置いてきぼりになってしまう。上に立つ者としてその状況はまずかった。
そのため、一度それらの決定はすべて任せてしまい、いまはタトル自身にできることをしようと思っているのだ。
と、いうわけで、タトルはアイサの隣で気を張っていた。容態は安定しているし、魔法少女は回復力が強いといっても、いつ何が起きたっておかしくないのだ。自分のプライドにかけて、ずっと警戒している。
「女王タトルよ。そんなに無理をしなくたって、このくらいの傷では突然死なないと思う。あの魔法少女たちには毒の魔法はないんだから」
「アイサ。ケガ人はおとなしく寝ていてくださいな」
アイサは目を丸くして、ベッドの中でその無表情な顔を綻ばせた。ように見えただけで、目を細めたのみだが、タトルはアイサなりの笑みだと受け取った。
「ありがとう。そこまで心配してくれる人がいるだなんて、今のわたしは幸せ者だな」
タトルは自分の頬が熱くなり、蒸気があがるように感じた。本当はアイサが蒸気をやりとりするべきなのに、自分が立ち上らせてどうする、と自分の頬をたたく。アイサの心配をしている、わけじゃなくもない。いや、アイサの身は心配しているが、それは部下を失った女王は女王ではなくなってしまうからのはずだ。素直に礼を言われたらちょっと恥ずかしいのは、どうしてだろう。
タトルは照れ隠しに用意しておいて濡れタオルで自分の顔を拭いた。
「わたしは黙って休んでいるから、皆のところへ戻ってくれないか。ずっとケガ人についているのも不安だろう」
わざわざ隙を作って脱走までする用事はないとするアイサ。彼女の気遣いに感謝し、お言葉に甘えて、タトルは部屋を出た。じっとしているのが性に合わないのは事実だ。自らもアクティブでいなければ、女王としての責務は果たせないのだ。
三人が話し合うなかに赴き、事情を聞くべく三人のうちツインとスコヴィルの間に入っていった。
「あ、タトル。アイサは大丈夫なの?」
「えぇ、安静にすれば大丈夫です。ただし、先程のような無茶はさせられません。ときにオルタナティヴさん、今後の方は?」
「ええっと、あの大きな魔法少女にアイサちゃんが落とされてから、かわりに攻撃してた子がいたでしょ。その子が、まず間違いなく私とツインの知り合いなの」
彼女もまた撃墜されてしまったが、その地点まで行けば合流できるかもしれない、という。アイサと同じくあの魔法少女に撃墜されてもなお、オルタナティヴもツインも口を揃えて生きていると断言できる人材だ。本当に生きていて合流できたなら、アイサとともに休養してもらって、治れば大きな戦力となるだろう。
仲間は多くたっていい。まとめられずして何が女王か。タトルは即決で賛同し、出立は早いほうがいい、と付け加えた。
「わたくしと、ツインウォーズさんとで行きましょう。オルタナティヴさんとスコヴィルにはアイサのことを頼みますわ」
誰を同行させても腕が立つとはわかっているつもりだ。ツインを選んだのは、オルタナティヴはデイジー戦をすでに戦っていたからだ。また、スコヴィルは迎えに行く相手と顔見知りではない。
つまり、いまだ実力を見せてはいないものの、オルタナティヴやスコヴィルのような少女性ではなくて紳士というべき立ち振舞いをとれるツインがいいだろう。
当の本人は一言、出番じゃな、とだけ言って、タトルの横に並んだ。玄関へ、頭ふたつぶんほどの差があるふたりで歩いてゆく。
ツインの靴は可愛らしさを前面に押し出した花のスニーカーだった。タトルのブーツよりずっと小さくて、並べると母子か姉妹のバランスだ。女王とそんな関係であれば、プリンセスと呼ぶべきだろう。
そんなふうに思っているとツインが首をかしげ、袖をひっぱってきた。女王がこんなところではいけない。
「どうしたのじゃ?」
「なんでもありません、なくてよっ」
つかつかと早足で歩いていく。外に出ると、四季を織り混ぜた過ごしやすい平均の気温だが、さっきまで屋内にいたよりも当たり前だが風を感じる。袖がなくなっているのも手伝っているのだろう。
あとからツインがついてきて、タトルを追い越していく。あの魔法少女が落ちていったところへ案内してくれているらしい。街並みは大いに壊されておりさまざまな建物が足跡の化石となっていた。自らの領土でこそないが、タトルは見ていて腹が立つ。自分のいる場所が荒れ地で喜べるのは、ミーアキャットかサソリくらいのものだ。
それに、あの巨大魔法少女によってアイサが傷つくのを見ているしかなかった自分にも腹が立つ。部下の危機にこそ上司が助けるべきだというのに、ああしているのは屈辱だった。デイジーのときもそうだ。今回は堪忍袋の緒が切れたと言っていい。
ツインに案内されてやってきた場所は大きく凹んでいた。血痕はすこしだけある。すこしだけで済んでいるのなら息絶えてはいないはずだ。逃げおおせているのだろう。ツインが友人の生存がわかった安堵と、また一から探さなければならないことへの心配が重なったため息をついた。
血痕はどこにも続いておらず、追うには手がかりが足りないと見える。これは素直にアイサたちのもとへと戻り、他の手がかりを探しに出たい。
「……ふッ!」
突然、ツインがタトルの背後に飛び出したかと思うと、腰に携えていた二振りの剣をほぼ同時に抜き、何かを叩き落とした。何が起きているのかと一拍遅れて振り返ると、金属で先の尖った銛が落ちている。
いったいどうすれば、なにもない上空からいきなり銛が飛んでくるのだろう。
罠を仕掛けるだけの余裕は、叩き落とされた魔法少女にはなかっただろう。これは、タトルたちを狙っている者がいる、ということだ。デイジーと巨大魔法少女に続く、三人目の刺客が早くも登場してしまったのか。
「ツインウォーズさん。敵は見えますか?」
「いいや。わらわの目にはなにも見えておらぬ、のじゃ」
「見えない相手ですか。ここは、逃げるが勝ちですわねッ!」
タトルの魔法によって両脚をバッタをモデルにした形状へと変えた。小柄なツインを簡単に抱えて大きく跳躍し、自分の足元を狙った銛もまたジャンプ台代わりにして距離を稼ぐ。
こうして大きく離れていくと、もう狙われている気配はなかった。今回はツインを選んだから察知してくれたものの、油断大敵の言葉を忘れてしまっていた少し前のタトルだけであったら仕留められていた。
見えない狙撃手。その正体になにかひっかかるようなものを感じ、それが何かは考えても判明はしなかった。デイジーのときのアイサのように、実物を見れば変わるのだろう。記憶のない部分が補われるかも。
淡い期待を胸に浮かべつつも、いつ来るかわからない奇襲を警戒して走り続け、アイサたちの待つ家へと逃げていった。