魔法少女育成計画airspace   作:皇緋那

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5.

☆熱砂の防人ルピィ・クリーパー

 

傷ついたルピィとボロウは合流し、ともにパルへとルーナとクラムベリーの行方を探した。クラムベリーに食らった音波のダメージはあるし、巨大魔法少女に叩きつけられた痛みも少しは残っている。が、それよりもふたりの命が優先だった。ボロウは首回りに血や脳の跡をべったりとつけているが、頭部はなぜか無事だ。新しいのに変えたのだろう。

よって、ルピィもボロウもまだ生きている。パルへたちを探して森の奥へと進み、成果は得られず、1度ルピィは対巨大魔法少女戦の出発地点に戻った。

 

そこにいたのはパルへと、もうひとり知らない少女だった。個人は特定できない。頭が原型を留めていないからだ。パルへがその遺体に寄り添っているところを見るに、きっとあれはバルルーナだった。彼女は殺されている。誰に、は明確だ。クラムベリーしかいない。

同時に街ではそこにいたはずの巨大魔法少女も消えていた。これで、ルピィには何も成し遂げられていない事実が突き付けられる。

 

ルピィはクラムベリーと交戦した。魔法少女どうしの異常な速度で送られる戦闘だった。あの短時間で肉弾戦だけでなく、音波による範囲攻撃で吹き飛ばすという方法をとらせただけ、きっとルピィはやったほうだ。

ただ、その隙を突かれ戦いを投げ出されてしまっては何の意味もないし、今回はパルへたちを守るための戦闘だったはずだ。食い止めてやると意気込んでいたくせに、相手の狙いはルピィではなくバルルーナだということを忘れてしまっていた。

 

だったら。この状況は、ルピィのせいではないだろうか。

 

クラムベリーは悪名高い。ルピィが魔王パムのもとで鍛え、監査部門を目指していた頃、クラムベリーは期待の新星とされていた。にも関わらず、人事部門へと進んだ彼女が行っていたのは例の所業だ。人を殺すため、才能を摘み取るため、地獄を作り上げるためだけに試験を開き、そして自らの手で無辜の少女たち――中には動物や少年もいただろう――を虐殺した。

 

到底許されるようなことではないのは全員が知っている。クラムベリーは大罪人だと。魔法少女を取り締まる監査部門の職員を目指していたルピィだってそう思った。同じ塾生だった身として恥ずかしいという気持ちをあった。

けれど、一番強かったのは、悔しいという気持ちだった。

クラムベリーほどの大物がなにかをやらかせば、きっと大捕物になる。それを相手取って、正義のお巡りさんとして戦いたい。そんな欲望があったのだ。ずっと、あいつが悪人だったら、将来戦えるだなんて思っていた。それなのにクラムベリーは勝手に死んでしまった。正しく善と悪の立場でルピィと決戦を演じる前の、突然の退場だった。

 

やがてルピィは監査部門に所属したが、そこまでの出番はめったになかった。出ていってもルピィが一瞬で制圧してしまうような相手だ。塾に残っていたほうが、戦いを楽しむことはできたかもしれない。聞くのはスノーホワイトの話ばかりだった。彼女によって捕らえられた炎の湖フレイム・フレイミィ。彼女の相手もきっと楽しかったのだろう。

時が経つうちにそういった思いは消え、ただ作業のように制圧し、鍛練をするだけの日々だ。強大な悪に立ち向かう憧れなんて、とうに忘れたはずだった。

 

少しでも残っていたその気持ちが、クラムベリーへ向かって煮詰められた恋心が、ルピィの思考を目先の彼女のほかには向かなくしてしまった。そのせいで、人死にが出てしまった。取り返しをつけることはできないし、ルピィには毒の除去まではできても心の傷には成す術がない。

今のパルへにだったら、襲われ、引き裂かれたって文句は言えない。あれだけ仲のよかった相手が死んだ、という事実を突き付けられ、簡単に受け入れられる者は魔法少女の中でも特に血も涙も残っていない奴だ。

 

――そして、クラムベリーはその『血も涙も残っていない奴』だった。

 

「……私のせいです。私がクラムベリーを取り逃したせいです」

 

ルピィがのしかかる重みに耐えかねてこぼしたが、誰も何も言わなかった。

 

「私があのとき、クラムベリーを止められていたなら」

「後からなら何だって言えるのだわ。私にだっていくらでも言えるし、パルへだって」

 

ただ死した少女の隣に座っている彼女を見た。ルピィ程度の後悔で、彼女の傷を代わってあげられない。ルピィが責任をとったところで、パルへは2度とバルルーナには会えない。彼女の横顔にはそれだけのものが見えた。

沈黙が周囲を満たし、流れるのは時とそよ風だけだ。風が流れるたび、魔法少女たちの髪が悲しく揺れる。

 

「これからどうするのかしら。ずっとこうしてたって、クラムベリーがいる、だなんて最悪の状況は変わらないのだわ」

 

ボロウの言葉にルピィは答えない。答えるべきは、きっとパルへだ。状況はボロウの言う通り最悪で、ただ他にやることにヒントがないわけではない。が、ルピィが言えることではなく、彼女が決めることなのだ。ルピィとボロウに視線を注がれてパルへは周囲を見回してから小さく声に出した。

 

「……ルーナのお葬式がしたい。このままだったら、かわいそうだから。せめて、見送ってあげたい」

 

彼女は血が自らの手に触れるのも構わず、乾きかけの肉塊を撫で、さらには壊された首筋にもういちどだけ口づけをした。もう、肌は桜の色には染まらない。代わりにパルへの唇が赤く染められるだけだ。お別れの覚悟は、決まったようだった。

 

「そうと決まれば、と言っても。焼き場の場所なんてわからないわね。ルピィ、都合よく火起こせる?」

「いえ、火葬に使えるような炎は無理ですね」

「じゃあ土葬になるよ。パルへはそれでいい?」

 

問われたパルへは黙って頷き、自分の鎌を持ち出した。

 

「準備は私にやらせてほしい。ルーナが眠る場所なんだ」

「えぇ、行きましょ。私も手伝うのだわ」

 

パルへはバルルーナだった少女を抱き上げ、ボロウとともに彼女を見送る場所を探しに行った。ルピィはそれに着いていく。万が一、というのもある。敵意は空気を読んではくれない。2度もこんな後悔は経験したくなかった。

 

埋葬の場所を定めてからパルへは、鎌で地面を傷つけつづけた。自分への憎悪、抑えきっていたはずの感情をぶつけるように抉り、女子大生がひとり入るほどの大きさの穴を作るのには1時間程度ですんだ。ボロウは土を運びだし、落ち葉や花びらを集めて故人を見送る準備をしていた。

ルピィが呆然と事が進むのを見ていると、やがてバルルーナはそっと抱えられて、花びらのベッドの上に寝かされた。バルルーナの手を組ませるパルへの頬に、はじめて涙が伝っているのを見た。

 

森の木々に遮られて光の少ない空間は、魔法少女たちの行く末を示しているようだ。土が戻されて、埋められていくバルルーナは何にも照らされず、暗い地中に消えていく。それは彼女が愛され、守られていたときの空色の髪とはかけ離れた、闇の色だった。

 

「……クラムベリーが言っていたんだ。ルーナが死ねば、あの巨大な魔法少女を戦わずしても消せるんだ、って」

「バルルーナさんは、何と?」

「自分がいなくなってみんなが楽しくいられるなら、自分はいなくなってもいいって」

 

パルへの歯がぎり、と鳴って、握り拳は血が滲みそうなほど強く握られ、涙が頬を伝って滴り落ちる。やっと、感情が追い付いたんだろう。

バルルーナは自分のことよりも、パルへたちのことを考えていたのだという。バルルーナが生きていたらパルへはもっとずうっと幸せだったことも知らないで、自分の身をなげうったという。

 

ふと、魔王のことを思い出した。彼女は桁が違い目標に値しないうえ、悪になりえない人物だと知っていたからクラムベリーのような感慨は抱かなかったが、代わりに彼女の死ななければならなかった訳を求めた。魔王は強かった、誰よりもだ。だからこそ優しかったのだろう。

けれど、バルルーナは強くなかった。なのに、最期まで誰かのことを想って死んだ。

 

ルピィにはわからなかった。命のやり取りは時に理不尽だということは知ってはいたのに、そこで人が何を思うかまでは知らない。ただ、強い悪に立ち向かう自分を夢見てしかいなかった。

パルへに寄り添うことはできない。バルルーナ代わりになることもできない。だったら、ルピィに出来るのは……彼女を生き延びさせること、だろうか。


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