★パルへ
ルピィが撃墜され、ボロウを向かわせた。ルーナとふたり、無事を祈ってただ待っていた。次に見るのは、ルピィの平気そうな姿か、ボロウの軽い表情だと思っていた。
現実は違った。そこへ現れたのは、そのどちらでもない。しかし、パルへはその魔法少女を知っているし、ルーナだって反応を見せた。
「私も混ぜていただけませんか?」
「森の音楽家、クラムベリー……ッ!」
身体には蕀を纏い、大輪の薔薇を咲かせ、長い耳と整いすぎた容姿がファンタジーのエルフを思わせる。その清廉なイメージからはかけ離れた血なまぐささが感じ取れたパルへとルーナには蕀も薔薇も長い耳も凶兆でしかない。
森の音楽家クラムベリー。パルへを魔法少女として選んだ者であり、忌々しい名であった。
「覚えていてくれたのですね、光栄です」
「嫌でも覚えるさ、特にお前みたいな外道のことは」
ルーナにはまた後ろに隠れてもらったが、パルへ程度では壁になれない。クラムベリーがその気になれば一瞬で弾け飛ばされてしまう。それは避けるべき未来だ。
好きな人のために死ぬなら、それはそれで理想的だろう。が、ここでパルへが間に入れなくなれば、ルーナがなすすべもなく殺される。
クラムベリーが戦闘を仕掛けようとしてくるのを先伸ばしにし、ルピィを待つこと。今のパルへに求められる立ち回りがそれだ。
パルへが一歩後退し、クラムベリーが一歩前進した。
「せっかくの機会ですし、もっと歯応えのある相手がいると思っていたのですが。残念ながら、貴方がたのような魔法少女も混じっているらしい」
どういう意味かはわからない。ただ、パルへもルーナもクラムベリーのお眼鏡にはかなっていないんだろう。下手に刺激すればすぐに殺される。あの時のような光景は、もう見たくない。
「何をしに来たんだい?お前なら私たちが戦えない魔法少女であることくらい知っているはずだよ」
「いえ。あの巨大魔法少女、チェルナー・マウスについてです」
巨大怪獣としてきたが、あれは魔法少女で、チェルナー・マウスというらしい。先程ルピィが撃墜されるのを見ていたことだろうに、なぜわざわざパルへたちにチェルナーのことでやって来るのだろう。
「あれを消す方法を知っています。ただ倒そうとしても、ああなった獣は御しがたいものです」
「……その方法は?」
クラムベリーの口元に当てられた指先の赤いネイルが鈍く光る。彼女の言う方法に対して思い浮かぶイメージはすべて最悪の可能性だ。誰かが犠牲になれば自分が生きられる、と囁く自分の中の何かを押し込めて、いまだけはクラムベリーの言葉を聞こうとする。
「貴方のご想像のとおりですよ。そこにいる彼女が死ねばそれで済むのですから」
クラムベリーがルーナを指した。ルーナが犠牲になれば、チェルナーを消せると言いたいらしい。
「ふざけるな」
ルーナを殺せ、見殺しにしろ、と言われているような言葉に、パルへは後先を考える前に反抗する。クラムベリーの戯言に付き合っているのは時間稼ぎのためだ。こんなことを言い出してパルへを煽ろうとしているのはわかるけれど、今はそれに乗るしかない。鎌を拾いクラムベリーに突きつけ、ひと欠片の脅しにもならない敵意を露にした。
「では、試してみましょうか」
鎌を突きつけていた先にいるはずのクラムベリーが一瞬にして視界から消えて、背中側で魔法少女どうしが激突する音が聞こえた。急いで振り向くと、ルーナは変わらず怪我もなく、パルへにくっついて怖がっている。ルーナを守っていたのは、血を流しながらも頼もしく見える魔法少女だった。
「ルピィ!怪我は!?」
「間に合ったのだわ!とにかくこっちへ!」
ボロウは引っ張られて、抱き合うふたりは組み合うふたりから引き離された。クラムベリーとルピィは目線を逸らすこともなく、そこがすでにひとつの戦場となっている。
「久しぶり、森の音楽家。魔王塾以来ね」
「同輩でしたか、しかし今の目的は貴方ではない」
「つれないものですね、せっかくだから1回くらいやらせてほしいものなのに!」
ルピィもクラムベリーも目が同じ色で、眼光が交差している。戦うことを何らかの形で楽しむ目だ。ここは、ルピィがクラムベリーと命を賭けてじゃれあっているうちに逃げてしまうしかない。
ボロウがパルへを、パルへがルーナを抱えて、森の中をひたすらに走った。木々の間を駆け、奥へ奥へと進んで行く。
途中で轟音が響き空気が震えたかと思った瞬間、ボロウが頭部を撃ち抜かれ破裂して倒れた。まだ動けるらしいが、投げ出されたパルへは倒れたボロウを待っている暇はない。クラムベリーの魔の手が迫っている。そう理解したパルへはルーナを背負ってまた駆け出した。速度は失われても、止まるより足掻くべきだ。
ルピィを振り切って追ってきたのだろうか。幸い被弾した箇所が頭部だったボロウは平気かもしれないが、頭部を撃たれればパルへもルーナも平気じゃない。ルーナはルピィやボロウのことを心配していて最後まで後ろを向いていたけれど、いま狙われているのはルーナ自身なのだ。
最も危険な身であるのに他人の心配をしているのは優しすぎるのかただ実感がないだけなのか、走るなかで考えた。ルーナだったら、きっと後者だ。彼女は、きっと普通の女の子だ。だからこそパルへは彼女を守りたい。
「ぱるぱる。私さ、思ったんだ」
「喋ったら舌、噛むよ」
「私だけがいなくなれば、みんながまた楽しくいられるんなら。私はそこにいなくてもいいのかもって」
「ルーナ。もう二度とそんなことは言わないで」
パルへは悲しくなった。パルへがルーナをこんなに好きで、死なせたくないと思っているからこんなことをしているのに、ルーナには伝わっていない。
だったら、パルへはどうして走っているんだろう。ルーナのためにすることがルーナのためにならない。だったら、意味なんてないんじゃないのか。
足が止まった。
「おや。もうリタイアですか?では、折角ですし獣の消える瞬間もご覧いただきましょうか」
パルへの首元にはクラムベリーの腕が添えられていた。隙を見る、なんてことができるとは思わない。ルーナを逃がそうとすれば、パルへごとまとめてやってしまうんだろう。クラムベリーに従って、来た道を戻る。ボロウの姿もルピィの姿もなくなっていて、ただ血の痕だけがいくつも残されていた。
誰も何も言わないまま、怖くてなんにも言えないまま、チェルナーのことが見える位置まで移動させられ、やっとパルへが離された。かわりにルーナが奪い取られ、引き離されてしまう。
「……クラムベリー。ひとつ聞いて」
「何でしょう」
「言い残したことがあるの。いい?」
「かまいませんよ」
ルーナは震える身体でめいっぱいの息を吸って、パルへに目を合わせてくる。こっちが見ていたくなくても、彼女に吸い込まれてしまって視線を動かせなかった。
「えっと、パルへ、でいいよね。短い間だったし、話せなかったこともあるけど。その、ありがとう。大好きだよ」
最期に笑顔を見せ、そして笑顔はクラムベリーによって壊された。たった1度の踵落としで、魔法少女でも潰れてしまうことがあるんだな、と思った。
ルーナがルーナではなく彼女だった死体となり、そしてただのヒトの姿になっていく。ひどく遠くで、そしてゆっくり起きているように感じられて、パルへは泣きも叫びもできなかった。
視界の端ではチェルナーの巨大な身体を形成していたモノが崩れて、黒い液体となってはすべて蒸発してゆく。やがて、怪獣は跡形もなく消えてしまって、残した被害だけがその存在を覚えている。
クラムベリーの言っていたことは本当だった。あの怪獣は消え、代償として死んだ者がいる。クラムベリーの足元で、女子大生くらいだろうか、頭が潰されてしまっていて肉と脳の色くらいしか情報のないルーナだったモノが落ちている。
「チェルナー・マウスはバルルーナの死因でした。あれはバルルーナを殺すという役割しか持っていない。ゆえに、対象が消えれば死因もまた消えるのでしょう」
クラムベリーはパルへに向けて言ったのか、そうとだけ呟き、ルーナには一瞥もくれずに去っていった。
パルへが友人の死を目の当たりにするのはこれで何度目だったか。自らの抱いた好意を踏みにじられ、パルへは胃液だけの吐瀉物を地面に向かってぶちまけた。