魔法少女育成計画airspace   作:皇緋那

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2作目です。よろしくおねがいしますね。


プロローグ

★津久葉路伊

 

あの日、わたしはどれだけ彼女に謝っただろうか。数えてはいない。いくら謝ったって彼女に届くわけはないから、意味はなかったけれど、わたしにはそうすることしかできなかった。彼女に会いに行くこともできなくって、仲間たちを止める力もわたしにはなくって。無力な自分を何度も悔いたし、何度も嫌って、何度も吐いた。

わたしがいることでは、世界は変わらなかった。

 

わたしの名前は津久葉(つくば)路伊(ろい)だ。あのとき、わたしは高校に入ったばかりというか、合格発表の時期だった。あの子達は小学3年生くらい。

なのに、いっつも振り回されてばっかりで、お姉さんらしく振る舞うということはきっとできていなかった。

 

もともとは近所に住んでいた女の子と、そのお友達だ。最初に声をかけたのは、近所の子が外で遊ぶようになる時期だろうか。彼女は両親の元を離れて兄夫婦の家で暮らしていると聞き、自分がやさしくしてあげないとと思ってのことだった。

はじめは慣れない年上の相手、慣れない外出で緊張していたのか、あまり自分を見せてはくれなかった。けど路伊なんかよりずっとすごい子で、とっても才能があって、小学校ではすぐに友達ができたみたいで、そのときは嬉しそうにしていた。

路伊はというと、家がちょっと遠くても会うだなんて仲の子は小学生のときにもいなくて、うらやましかった。

 

お友達の子は唐木(からき)帆火(ほのか)。明るさで生きているみたいないつでもテンションの高い女の子で、彼女が勝負をふっかけ、わたしも巻き込まれては、ふたりしてあの子に敵わなくて笑っていた。

彼女がいなかったら、わたしは年下への嫉妬に押し潰されていたかもしれない。

 

そうしてやっていけたのは、わたしたちを変えてくれるきっかけが訪れたから、というのもあったかもしれない。変えてくれるきっかけ、それは《魔法少女》だ。

帆火といっしょに、ふたりで魔法少女にスカウトされたのだ。

それから、あの子抜きで帆火と会うことは多くなった。それ以上に3人でいる時間も増やした。

魔法少女のことを教えてはいけない、とわたしたちをスカウトした先輩魔法少女は言っていたし、もらった端末に入っていた魔法のマスコットにも釘を刺されていたけれど、帆火はかんたんにあの子へ教えてしまった。わたしも隠し事は苦手だったから、魔法少女のままであの子と遊ぼうということになっていた。

 

あの子だけおいてけぼりだったのはかわいそうだったけれど、わたしたちが唯一彼女に勝てるところだったから、このままでいたかった。

残念なことにわたしの身体能力も魔法も魔法少女の中では下位で、役に立てそうにはなかったけれど、わたしが魔法少女で、あの子はそうじゃないだけで価値があった。

あのころは、そんなの抜きで楽しかっただけだった。あの日までは。

 

 

それは、終わりかけの冬のことだった。

路伊はその日の午後、帆火の変身する唐辛子の魔法少女『スコヴィル・スケイル』といっしょに、町の上空を移動していた。

 

屋根伝いの移動は、なるべく見つからないように、となるべく早く魔法少女の先輩たちのところへ急がなければならない、を同時に達成できる手段だ。

先輩たちからいきなり呼び出しをくらい、3人で遊んでいたところを別れたのである。スコヴィルはずっと不服そうだ。

 

「いきなりなんなのさ。路伊もそう思うよね」

 

年上でも同級生の友達みたいな感覚なのか、帆火はいつもわたしを呼び捨てで呼んだ。わたしもすぐに慣れて気にしなくなったことだ。それよりも叱るべきことがあって、呼び捨てには何も言わなかった。

 

「こら、今は魔法少女なんだから。ちゃんとサキって呼んで」

「あぁそうだった。ごめんね、サキ」

 

いまの路伊は路伊ではなく、古着の魔法少女『裂織サキ』なのだ。変身前の名前で呼ばれては困る。

サキとスコヴィル――あるいは路伊と帆火は、すでにひとりには明かしているからか、正体が露見することに対する注意が薄い気がする。

変身前が知られてしまえば、日常生活が生きづらくなってしまうのだ。マスコットに教えてもらった。それは魔法少女のあいだでもいっしょで、例えばこれから会う魔法少女の仲間たちの中に、同じ中学校だったり、同じ進学先を選んでいる人もいるかもしれなくて、そういう相手には知られたくなかった。

 

「別にあっちも楽しいんだけどさ。私は3人でいる方が好きかな」

 

それは路伊も同意したいところだった。魔法少女の仲間たちとは、そこまで打ち解けられていない。

サキと同じく用途のわからない「ものを激辛にする」魔法のスコヴィルは、持ち前のコミュ力で輪に入っていたものの、「ダメージを服に肩代わりさせる」サキはもとから引っ込み思案で消極的だった。魔法を話題に出してみることもできない。

よくしてくれる魔法少女もいるけれど、かえって緊張してしゃべれなくなる。スコヴィルとは逆にコミュニケーションがひたすら苦手だった。

 

「ん、もう着くね」

 

スコヴィルの合図で、サキは速度を落とす。すこし向こうに魔法少女たちが集まっているのが見えた。ただ集まっているだけならもっと明るくざわめいているはずなのに、空気が重い。

 

「どうもー!」

 

サキはどう入ろう、と悩みかけた瞬間にはすでにスコヴィルがお構いなしに入っていっていた。引っ張られるようにして続くしかなく、しかもみんないつものように茶化してはくれない。まわりを見てみると、ひとり足りない気がした。

 

「全員揃ったな」

 

リーダー格の魔法少女がそう言い出した。用事でもあったか、いま来ていないひとりはリーダーと特に仲がよかったから、きっと聞かされているんだろう。

それで納得できたのに、スコヴィルはやっぱり口に出してしまった。

 

「いない人はどうしたの?」

 

周囲がざわめきはじめる。数名はスコヴィルを呆れた目で見ているし、またほかの数名は驚きの目で見ている。リーダーは答えない。ただ、地面の残雪に視線を落とすばかりだ。

スコヴィルがもう一度、来ていない魔法少女の名を出して問おうとして、それはリーダーに遮られた。

 

「……やめてくれ」

 

その目には涙が浮かんでいて、それを見たとたん、帆火がとんでもないことを聞いていたのだと気がついた。

 

「ちょっと、スコヴィル!」

「どういうこと?なにかあったの?」

 

彼女は純粋にわかってないんだろう。さがらせようとサキがしても、スコヴィルには勝てなくて、振り払われた。

涙を溢しながら、リーダーはこちらへ叫ぶ。

 

「あいつは死んだ、殺されたんだ!私にこう言わせれば満足か!?」

 

突然の大声に、周囲の魔法少女の中にも驚いた者がいたようで、視線がリーダーとスコヴィルのふたりだけに集まった。

雰囲気は最悪だ。いままでは基本わきあいあいとしていたのに、一人が殺されたことによって平穏は崩れた。

 

サキには、殺されたと言う彼女の死に心当たりはなかった。リーダーと一番仲がよくて、彼女を支えてやっているほんわかした雰囲気の少女であって、しななければいけない訳はまったく見当たらない。誰かと喧嘩だとかの話も聞いたことがない。逆に止める側だ。仲間内で変わったこともなかった。

強いて言うのなら、もう何ヵ月も前になるが、新入りが入ったことだろうか。名前は……たしか、『のっこちゃん』だとかいう。それこそ、殺された彼女が連れてきた魔法少女だった。彼女の魔法は知らない。それどころか全員が互いに魔法を知らないだろう。

こんな状況では、誰もが殺人者である可能性を持っている。のっこちゃんも例外ではない。ただ、彼女はサキと同じようにあまり馴染めていないというか積極的に人に話しかけていくのが苦手に思える。サキには親近感があり、とても疑いたくはなかった。

 

沈んだ空気には、リーダーの吠えたあとでは沈黙だけが漂い、ほかは冬の白い吐息を宙に浮かばせるだけだった。

沈黙を破ったのもまたリーダーだった。まだ落ち着ききってはいなかった。

 

「さっき、言った通りだ。仲間がひとり殺された、魔法少女を殺せるのは魔法少女くらいだ。誰がやったか、私ははっきりさせたい」

 

このグループの中に殺人者がいる。一番考えたくない、同時に一番可能性のあることだった。ここにいない者で魔法少女とはあまり聞かないし、リーダーの言うとおり魔法少女にしか魔法少女は傷つけられないのだ。

 

とたんに周囲がさわがしくなり、スコヴィルは動じていなかったが、のっこちゃんはざわめきに控えめながら参加している様子だった。一方のサキは、スコヴィルがリーダーを見つめているためひとりでおどおどしているしかない。

ざわめく魔法少女たちの中には声の大きい者もいて、リーダーに向かって自らの見解を堂々と述べるなど秩序は消えかけていた。

 

「お前が殺して自演しているんじゃないのか」

 

その言葉は、かすかに残った秩序をかき消すきっかけとなってしまった。魔法少女たちは抗議や疑いの声を強くして、やがて強く責める声に反抗して掴みかかり、挙げ句の果てには殴ってしまう者までいた。

 

全員の気が立っている。スコヴィルと顔を見合せ、始まってしまった喧嘩を止めようと相談した。もちろん彼女は頷いたけれど、止められる側は黙ってはいない。

魔法少女がひとり、弓矢をもってサキを攻撃した。サキは自身の魔法を発動させて片袖だけの犠牲ですんだものの、あの攻撃は頭を狙っていた。殺気が微塵も隠せていない。剥き出しだ。

矢を射る魔法少女は叫ぶ。

 

「お前らなんか仲間なもんか、人殺しが!」

 

一歩間違えれば自分がそうなるところだったのに、とサキは考え、自分も苛立っていると気がつくと首を振った。しかし、自分でどうすればいいかもわからず、周りを見るしかない。

 

のっこちゃんの姿はなかった。辛うじて逃げたのだろうか。だとしたら、ちょっぴり嬉しかった。

 

スコヴィルはというと、互いに殴りあっていたふたりの間に入ろうとして、後ろからリーダーに攻撃されていた。リーダーまでもがこの騒ぎに乗ってしまったら、止められる者はいない。

 

サキは戦闘が始まってしまった中へと手をのばし、上着の布地を奪われながらもスコヴィルを助け出そうとした。スコヴィルもまたこちらへ近づけるようにリーダー、いや、元リーダーを押し留める。ふたりでかつての魔法少女仲間たちから逃げようと、手をつなごうとした。

 

のばした腕をとる前に。希望は断たれたけれど。

 

サキが掴むことができたのは、すでに切り離された部分だった。押し寄せてくる魔法少女たちに流されて、片腕を無くして血を流すスコヴィルの姿すら見えなくなっていく。彼女に追いすがろうとしても、サキの身体能力ではほかの魔法少女には勝てず、離れていくばかりだった。

 

「路伊っ!生きて!あの子を……織姫ちゃんを、ひとりにしないであげて」

 

サキは逃げ出すしかなかった。このままふたりして殺されてしまうなら、彼女の想いを胸に織姫とふたりで生きていくほうがいい。スコヴィルの飲み込まれた魔法少女の群れで炎の柱があがるのに背を向け、サキは必死に走った。

 

走って、走って、やっと止まったのは、遠く離れた森の中。もう追われてもいないのに走り続けて、ひとりでは来たことのない場所にまで来てしまっていた。

帰り道もわからない森の中だ。来た道を引き返せば、逃げてきたはずなのに逆戻りだ。

 

最初にサキは深く後悔した。友達だった帆火を見捨てた自分を自分で罵り、何度も胃の中身を戻した。

 

自己嫌悪と後悔の螺旋を経てやっと、あてもなく、森をさまよいはじめる。

 

「おや。ここで何をしているんですか?」

 

あてもなく歩いて、はじめて出会ったのは、熊でもなく、鹿でもなく、綺麗な女性だった。茨が絡みつき、薔薇が咲いている、魔法少女だった。

 

「命からがら逃げ延びた、ということでしょうが。なぜ参加しなかったのです?」

「わ、わたしは、頼まれたから」

 

彼女は、サキとはちがう魔法少女だ。妖しい雰囲気の中に隠しきれない血と死の匂いが色濃く染み付いている。サキが立ち向かったって勝ち目はないことはかんたんにわかった。

 

「頼まれた、ですか。では、私からも逃げますか?」

 

サキは身構える。今すぐにでも逃げたい気持ちを抑え、薔薇の魔法少女をじっと睨む。

今すぐにでも織姫のところへ戻って、自分を安心させたかった。でも、この魔法少女はそんなことはさせてくれないだろう。サキが逃げたいと足をすこしでも動かせば、それだけで首をもっていかれてしまいそうだった。

 

そのまま状況は進まないかと思われたが、突如、なんの前触れもなく腹部に衝撃が走った。何が起きたかわからぬまま、コスチュームがちぎれて弾け飛んだ。

 

「何も言わないものですから、先攻は譲っていただけるのでしょう?ありがとうございます」

 

サキが対応できないスピードで殴られ、蹴られ、まるで都合のいいサンドバッグだった。布地が減って肌に近づくたび、しだいに魔法が弱まって、痛みだけは伝えられるようになる。このときほど、自分の魔法を恨んだことはない。

 

やがて、直に肢体をなぶられるようになり、サキはもはや織姫への「ごめんなさい」しか考えられなくなっていた。

意識を失い、命を落とすまで、謝り続けるしかできなかった。





【16人の魔法少女たち】
☆オルタナティヴ……『誰かを助けられるよ』
☆C/M境界……『遠くのものを落とせるよ』
☆ツインウォーズ……『なんでも二刀流で使うよ』
☆熱砂の防人ルピィ・クリーパー……『尻尾の針でお注射するよ』

★パルへ……『人の痛みを知ってるよ』
★ヘッドレス・ボロウ……『どこにでも首を出すよ』
★バルルーナ……『魔法の風船をふくらませるよ』
★タトル・クイーンズ・レオ……『気分や温度で身体が変わるよ』
★フォーロスト・シー……『みんなみんな忘れさせちゃうよ』
★解凍どろり……『ゼリーをいっぱいつくるよ』
★パラサイトリリム……『虫を意のままに操るよ』
★アイサ・スチームエイジ……『蒸気でテンションを調節するよ』
★スコヴィル・スケイル……『なんでも激辛にしちゃうよ』
★裂織サキ……『服が代わりに攻撃を受けるよ』
★ねむりん……『他人の夢の中に入ることができるよ』

★森の音楽家クラムベリー……『音を自由自在に操ることができるよ』


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