ダンまち×刃牙道   作:まるっぷ

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半ばまで斬られた拳を握り固め、ガレスは武蔵へと疾走する。

 

「オオオォォオオオオオオオッッ!!」

 

(ほとばし)る雄叫びを押さえる事無く、それすらも拳に乗せて殴りかかった。まずは真正面から。小細工なしの剛腕が武蔵に迫る。

 

「……」

 

しかし、武蔵は僅かに首を傾けて回避。顔の真横を通り抜けた拳は空しく(くう)を切り、両者は肉薄する。

 

「ぬぅんッ!」

 

拳を避けられたガレスは、しかしそこでは止まらない。こうなる事を想定していたかの如く、すぐさま次の攻撃に打って出た。

 

伸びた右腕を折り曲げ、全身に力を込める。二つ名の『重傑(エルガルム)』には似つかわしくない機敏さで地を蹴り上げると、その勢いを乗せて強烈な肘打ちを仕掛けてのけた。

 

が、これも躱される。

 

姿がかき消えたかのようにしゃがんで回避した武蔵は、抜き身の剣を両手で握った。そしてその切っ先を、未だ宙に囚われたままのガレスへと向ける。

 

「!?」

 

瞠目するガレス。

 

肘打ちが不発に終わった今、彼の脳裏に斬られたオッタルの姿が過ぎった。あの『猛者(おうじゃ)』をして受け流し切れなかった武蔵の剣。その切っ先が、ガレスの命を正確に捉えている。

 

なればこそ。

 

ガレスの取った行動は、この場合は必然だったのかも知れない。

 

「ぬおぉッ!!」

 

踏ん張りの利かない姿勢で、それでもガレスは拳を振るった。繰り出した左拳はやはり武蔵の顔面を目指し、迷いなく吸い込まれてゆく。

 

「!」

 

不安定なまま繰り出されたガレスの拳に、武蔵は僅かに目を見開く。突き出した剣の切っ先は極太の腕を一直線に切り裂くも、それでもその拳の勢いは止まらなかった。

 

ピッ!という風切り音がした。当たる直前で拳を避けた武蔵であったが、その頬に浅い切り口が現れる。ガレスの振るった渾身の拳、それが巻き起こした風圧によって、あたかもかまいたちの如く武蔵の頬を切り裂いたのだ。

 

着地したガレスは瞬時に後退し、武蔵と距離を取る。切り裂かれた腕からの出血は決して少なくなく、二人を結びつけるかのように、地面に点々とした赤い染みを描いた。

 

「フゥッ、フゥッ……!」

 

「……ふむ」

 

荒く息を吐くガレスとは裏腹に、武蔵は悠々と立ち上がる。

 

頬に走った切り傷に手をやり、血に濡れた指先をまじまじと見つめる。そしてどこか嬉しそうな様子で、目の前に立つガレスへと顔を向けた。

 

「振るった拳の勢いのみで頬を切り裂いたか……簡単な事ではないぞ、ガレスよ」

 

「……ふん。これだけ斬られながら、それしか傷をつけられん儂の身にもなってみろ」

 

「ハハハ、これはすまんな」

 

束の間の談笑は終わりを告げた。ガレスは傷ついた腕を庇う様子も見せず、両拳を再び握り固める。呼応するように、武蔵もまた剣を構えた。

 

「さ、続きだ」

 

「言われんでも、なぁッ!!」

 

言い終わると同時に、再びガレスは地を蹴った。

 

獰猛な笑みさえ浮かべて突進してくるその姿に、武蔵の口の端が吊り上がる。そこには確かに、喜色を孕んだ笑みが浮かび上がっていた。

 

斬り結ぶ喜びに勝るものなし。

 

斬っても斬っても屈しない肉体(カラダ)を前に―――武蔵は密かに、しかし大いに嬉しがっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄まじいまでの拳と剣の応酬。

 

斬っては打ち、打っては斬り。躱し、往なし、反撃し。互いに一歩も譲らないその光景は、まさしく先ほどのオッタルとの戦いにも引けを取らなかった。圧倒的なまでの力量差を、その剛力を以て立ち向かう行為は、『力』に特化したガレスだからこそ出来る芸当である。

 

が、しかし……その程度でどうにかなる程、宮本武蔵という男は甘くない。

 

剣を一太刀振るうごとにガレスの身体には傷が走り、周囲に鮮血をまき散らす。猛攻を繰り広げながらも全身を己の血で赤く染め上げる姿は、一種の自傷行為にも見て取れた。

 

そんな鮮烈な光景を前に、ついにベートが吠える。

 

「フィンッ!いつまでジジイ一人にやらせるつもりだ!?本当に死んじまうぞッ!!」

 

「そ、そうだよ!早く加勢しないと……!?」

 

日頃から仲の悪いティオナも声を荒らげてフィンに詰め寄る。彼の傍らに立つティオネとアイズも、追い詰められたような眼差しで同様に訴えかけてきている。

 

そんな中ただ一人。フィンだけは冷静な表情のまま、ガレスの戦いを注視していた。

 

やがて痺れを切らしたベートは、犬歯を剥き出した表情で走りだそうとする。ティオナもまた大双牙(ウルガ)を手に、ガレスの元へ加勢しようと身体を備える。そんな二人をみて、ティオネとアイズまでもがその意志を固めようとし―――――。

 

「みんな、動くな」

 

ついに、フィンが口を開いた。

 

「止めるんじゃねぇ、フィン!これ以上は時間の無駄だ!俺が今すぐあの野郎をぶっ飛ばして……!」

 

「ベート、魔剣は持っているね?」

 

噛み付いてきたベートに対して、フィンは応じなかった。ただ一言だけ、魔剣の有無のみを確認する。

 

「あぁ?」

 

「だ、団長?」

 

「ティオネ、君はまだ武器を握るな。今やる事はそれじゃない。ティオナ、君はそのまま備えを解かずに、いつでも走り出せる状態を維持していてくれ」

 

ティオネの困惑した様子の声にも反応せず、フィンは淡々と指示を送る。その横顔は【ロキ・ファミリア】の全員が良く知っている、大規模な冒険者の集団を纏める“団長”としての顔だった。

 

いっそ狂気すら感じさせる程の冷静ぶりに、頭に血が上がっていたベートまでもが瞠目して動きを止める。彼らの視線を一身に受けたまま、フィンはティオネに向き直り、具体的な指示を語り始める。

 

「初手は君だ、ティオネ。そこに全てが懸かっている―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体、幾度目になるだろうか。

 

武蔵の振るった剣がガレスの身体を傷つける。既に血に濡れていない箇所を見つける事の方が難しい程に、その身体は赤く染まっていた。

 

「ぬうっ……お、ぉおッッ!!」

 

それでも、ガレスは止まらない。

 

動く度に傷口が歪み、汗と血を大量に振り撒きながらも、なおも拳を振るい続ける。

 

斬られようがお構いなしに。

 

オッタルよりも猪突猛進に。

 

それ以外を知らぬかの様に。

 

(嗚呼……なんと好ましい)

 

飛んでくる拳を避けながら、武蔵は思う。

 

愚直なまでに拳を振るい、これほど斬られてなお一歩も引かないその姿勢。並々ならぬ肉体(カラダ)と、それに見合う勇猛さがなければこんな芸当は不可能に違いない。

 

「ぬおぁあっ!!」

 

しかし、それももう虫の息。

 

振るう拳は精細さを欠き、多量の出血により意識も朦朧としている。血と共に吐き出される咆哮は、もはや誰の目から見ても虚勢だと分かる程に。

 

ぶんっ、と。ガレスの放った拳は武蔵の鼻先をかする事もなく空振られる。

 

そして武蔵は剣を両手で握り、大上段に構えた。

 

(幾太刀斬っても倒れぬ肉体(カラダ)。その皮膚の下に備わる『骨の宮』……実に見事)

 

前のめりに倒れかけているガレス。そんな瀕死のドワーフの戦士へと向け、武蔵は密かに称賛を送る。

 

それは紛れもない、武蔵の本心であった。

 

並みの金属なら軽々と切断し、屈強なモンスターの身体を易々と切り裂く武蔵の剣。その斬撃を何度受けても倒れず、最後まで拳を振るい続けたガレス。

 

斬りたがりとは言え、悪魔的とは言え―――武蔵も剣の道の探究者である。このような勇猛さを見せつけられ、称賛を送らずにはいられなかったのだ。

 

(この『鉢』にて締めとする)

 

が、それとこれとは話が別。

 

飽くまで武蔵は、目の前にいる相手を斬るのみである。

 

天下無双(このむさし)を相手取ってここまで善戦したガレスへの返礼として、武蔵は渾身の一太刀を繰り出す―――――!

 

 

 

その直前に。

 

 

 

ギャリリッ!!と。武蔵の剣に、光の鞭が絡みついた。

 

「!?」

 

同時に、武蔵の身体が不自然に硬直する。まるで金縛りにでもあったかのように、構えたままの恰好から動くことが出来ない。

 

「……全く、フィンめ。まだ儂に働かせるつもりか」

 

ゆらり、とガレスが肩を揺らす。

 

そして傷ついた拳を、音が漏れる程に握り固める。

 

伏いていた顔を上げれば、そこにあったのは血塗れの(かお)。口の端を吊り上げ、眼光鋭く武蔵を睨みつけるその双眸には、未だ折れる事のなかった闘志が滾っていた。

 

「おぬしがどう思おうが勝手じゃ。だがな……」

 

ぐぐぐ……とガレスの拳が引かれる。明らかな発射(・・)準備、それでも武蔵の身体は動かない。

 

「儂らはのぅ……【ファミリア】なんじゃ」

 

そして、一閃。

 

剣の閃きの如き拳が、武蔵の顔面を直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティオネの放った魔法【リスト・イオルム】は、寸分違わず武蔵の剣を捕らえた。

 

打撃武器としても使えるその魔法の付属効果は『拘束』。捕らえた対象を一定確率で強制停止(リストレイト)させる効果を以て武蔵の動きを止めたティオネは、決して離すまいと腰を落として力を込める。

 

「しゃあッ、かかったぁ!!」

 

フィンが直前に下した作戦が成功し、雄叫びをあげるティオネ。そしてガレスの放った渾身の一撃は、まっすぐに武蔵の顔面へと吸い込まれた。

 

爆発にも似た轟音が響き渡る。顔面を殴打されてなおしっかりと握られている剣、その刀身に絡みついた光の鞭により、武蔵の身体は円を描くようにして飛んでいく。

 

「今だ、ティオナ」

 

「りょうかーい!」

 

矢継ぎ早に告げられたフィンの指示を受け、ティオナは地面を蹴り割って疾走する。特大武器である大双牙(ウルガ)の重量を感じさせない俊敏さで、一直線に武蔵へと迫っていった。

 

「ベート。ガレスを退避させろ」

 

「おうッ!」

 

崩れ落ちるガレスの救出をベートに命ずるも、フィンの視線は武蔵から動いていない。否、動かせない。

 

一瞬でも気を抜いたが最後、武蔵はどんな行動に打って出るか分からないのだ。仲間の身を案じて駆け出したい衝動を、必死の思いで押し留める。

 

(これで、上手くいくか……)

 

初手は上手くいった、これ以上ない位に。しかし続く第二撃はどうか。

 

胸の内に居座る不安を感じつつ、フィンの双眸は戦況を見定めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殴り飛ばされながら、思う。

 

(【ふぁみりあ】か……)

 

“ファミリア”。すなわち“家族”。

 

“家族”。すなわち“仲間”。

 

互いに互いの背中を預けられる、信頼に足る間柄。それは長く孤高の武を歩む武蔵にとって、余りに馴染みのないものだ。

 

友と呼べる者は生前(ここは敢えて生前とする)にも何人かいた。

 

富と名声が増すにつれて、数々の大名に仕えた事もある。

 

老境の域に達してからは、弟子も多くとった。

 

だがそれらは、戦場において背中を預けるには値しない者たちばかりであった。

 

孤独だった―――――のかも知れない。

 

しかし、それがどうだと言うのか。

 

背中を守る者がいないのではない。守られる必要がないのだ。それ程までに武蔵の剣は冴え渡っているのだ。

 

 

 

やがて武蔵の身体は重力に従い、ごろごろと地面を転がる。視界の端に掠めた褐色の少女は己が剣を縛っており、その片割れの少女は巨大な武器を手にこちらへと迫って来ている。

 

そんな状況にあって、武蔵の思考は冷静そのものだ。

 

(そうだ、これは戦。一人にばかりかまけてはいられん)

 

ガレスの並み外れた膂力と『骨の宮』に気を取られ、つい他をおろそかにしてしまった。斬る事が好きな故、つい斬り過ぎてしまう。自身のそんな悪い癖を反省しつつ、武蔵はじゃりりと地面に手をついた。

 

片膝立ちの姿勢で制止する武蔵。右手に無造作に握られた剣は未だ光の鞭によって戒められ、その端を握るティオネに、フィンの指示が飛ぶ。

 

「今だ、()れッ!」

 

「はい!!」

 

同時に、ティオネの両腕に猛烈な力がこもる。

 

狙いはもちろん武蔵の剣。顔面への殴打と地面に叩きつけられた衝撃から完全に回復する前に、その得物を奪ってしまおうというのだ。

 

 

 

『ムサシと正面からヤリ合うのは危険すぎる。回避も防御もダメだ。武器を取り上げて、限りなく無力化に近づけてから畳みかける』

 

『まずはティオネが武蔵の武器を奪い、続いてティオナが追撃を仕掛ける。君の大双牙(ウルガ)は剣の腹で叩いても大打撃になる、それでムサシを更に追い込め』

 

 

 

(いきます、団長!)

 

事前の会話を振り返りつつ、ティオネは思い切り光の鞭を引っ張った。ガレスには及ばないものの、それでもLv.5の彼女の膂力は桁外れだ。ただ握っているだけの剣など、枯れ木の小枝を折るようなもの。

 

()った。

 

誰もがそう確信し、この大逆転に拳を握った―――――が。

 

 

 

ガキッ!!

 

 

 

光の鞭は、突如として制止した。

 

「!?」

 

何が起こったのか分からない。そう言った表情で、力を込めた姿勢のまま立ち尽くすティオネ。その視線は一直線に、彼女が握る光の鞭の先端へと注がれる。

 

そして、驚愕に目を剥いた。

 

当然、武蔵は剣を握っていた。いつも通り、無造作に。

 

そう。無造作な握りなのに―――――ティオネは武蔵から、剣を取り上げられなかったのだ。

 

(?!?!?!?!)

 

(バカ言うな……ッッ)

 

(こんな事が……!!!)

 

この光景を目にした誰もが、同じ感情を共有する。

 

 

 

「握り」の要とはいえ、小指と薬指………。

 

それだけで、ティオネの剛力とハリ合っている!!?

 

 

 

「さて……」

 

渦中の武蔵は、これまた無造作に剣を振るう。たったそれだけで、今まであった戒めはいとも容易く切断されてしまった。

 

霧散する光の鞭。それによってたたらを踏むティオネには見向きもせず、武蔵は目前まで迫っていたティオナへと顔を向ける。

 

「ッ!?」

 

至近距離まで近づいた両者。既にティオナは大双牙(ウルガ)を振りかぶっており、無防備な腹を晒していた。

 

「ティオ―――ッ!!」

 

ティオネ()の悲痛な叫び声が武蔵の耳にも届いた。が、それでも状況は変わらない。中腰の姿勢となった武蔵は素早く腰の鞘へと剣を戻し、居合の型に入った。

 

一方のティオナももう止まれない。覚悟を決めたかのように眦を裂き、渾身の力で己の得物を振り下ろし―――――そして、次の瞬間。

 

 

 

カッ!!と。

 

 

 

大双牙(ウルガ)の刀身は、二つともが鍔から切断されてしまった。

 

「~~~~~ッッ!!?」

 

「剣さえ無ければどうにかなる………とでも考えたか?」

 

振り下ろした格好のまま固まるティオナ。そんな彼女を前に、武蔵は悠々と立ち上がった。

 

ずちゃり、と地面を鳴らし、抜き身だった剣を再び収める。澄んだ(かね)の音が鳴り止むと、武蔵は仁王立ちのまま言い放つ。

 

「良いだろう……素手だ、来い」

 

 


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