ダンまち×刃牙道   作:まるっぷ

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宙を舞う無銘・金重。

 

己が頭上にあった愛刀をその場で跳躍して危なげなく掴むと、武蔵は流れるようにして大きく振りかぶる。

 

幾度となく繰り返し、身体に染み付いた動作には一分の迷いもない。

 

眼下の『肉の宮』目掛けて一直線に。

 

遠慮なく、躊躇なく、思いっきり――――――――。

 

 

 

振り下ろすッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮やかに吹き出した血は、まるで噴水を彷彿とさせる。

 

オッタルの背中に刻まれた創傷。

 

武蔵の放った一振りは、背骨よりもやや右寄りの肩甲骨付近から腰の辺りまでを一直線に斬り裂いた。次の瞬間には(せき)を切ったように鮮血が溢れ出し、周囲を赤く染め上げる。

 

「……きッ……」

 

らし過ぎる(・・・・・)“人斬り”の瞬間を目の当たりにした者たちはその光景に一瞬だけ硬直し、そして―――――。

 

 

 

「きゃああぁぁぁああああああああああああッッッ!!!」

 

 

 

絶叫が轟いた。

 

「ひィいいッ!!?」

 

「ガッツリ斬ったぞ!!?」

 

「やべぇってコレッッ!!!」

 

焦る観客たち。しかしそれも当然の反応だろう。

 

なにせ当初の彼らは立ち合い(試合)を見に来たのだから。

 

剣と剣とを交えた強者同士の鎬の削り合い。互いの培ってきた武を披露し、やがて勝負が決する。敗者は地に膝を付き、勝者は大歓声に包まれる………そんな展開を期待していたのだ。

 

しかし蓋を開けてみれば、繰り広げられたのはそんなエンターテインメント性とはかけ離れた立ち合い(殺し合い)だった。

 

やがて理解の遅い者たちでも理解(わか)った。この勝負が終わった時には双方どちらかが地に伏し、動かなくなるのだと。自分たちが目にしているのはそういった類のものだと。

 

 

 

頭では理解(わか)ったつもりでいた………が、それでも絶叫(さけ)ばずにはいられなかった。

 

 

 

人が“モンスター”ではなく、同じ“人”に斬られる。あまつさえ、己の眼前で。

 

腕や指を斬った時とは比較にもならないその衝撃。完全に()りにきた一撃は、それだけショッキングな光景だった。

 

あまりの出来事………。

 

あまりの非日常(ファンタジー)………。

 

その現実を突き付けられた彼らは―――――絶叫(さけ)ばずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

武蔵に背を斬られ、夥しい血を流しているオッタルは絶叫に包まれながら、静かにその場で見上げる。その視線は闘技場の貴賓席に座る美女神……フレイヤへと向けられていた。

 

彼女もまたオッタルの方を見ており、静かに見下ろしている。しかしその顔にはいつもの微笑はなく、どこか張り詰めたような表情を浮かべたまま無言でいた。

 

(フレイヤ様………)

 

胸の内で主神の名を口にするオッタル。

 

やがて彼は視線を外し、その場で後ろを振り向いた。体勢を変えた事によって傷口が歪み、プシュッ、と新たな血が吹き出す。

 

自身の血が染み込んだ地面を踏みしめ、オッタルは武蔵と睨み合う。その距離、僅か数M。一息の踏み込みで容易く相手の懐に潜り込める間合いだ。

 

ピッ、と血振りを終えた武蔵は、密かに胸中で呟く。

 

(両断するつもりで放った一振りであったが……またしても、か)

 

腕を斬った時よりも力強く、鋭く見舞った斬撃。にも関わらず与えたのは深手のみ。先程の自身の言葉通り、骨の一本も断ててはいなかった。

 

しかし、深手は深手。

 

夥しい出血は止まる気配を見せず、こうしている間にも血だまりは更に広がり続けている。このまま勝負を長引かせれば、勝利は自然と武蔵に転ぶが……。

 

「ふむ……」

 

血を流すオッタルを正面に見据えて何やら思案していた武蔵は、おもむろにこう切り出した。

 

「オッタルよ………まだやれるな?」

 

“斬りたがり”の本性が言わせた、一種の懇願(ねが)いと言っても良いこの言葉。

 

また斬りたい。

 

もっと斬りたいッ!

 

まだまだ斬りたいッッ!!

 

だからどうか、どうかまだ倒れてくれるな………ッッ。

 

そんな声すらも聞こえてきそうな武蔵の問いに、オッタルは―――。

 

 

 

「愚問だ」

 

 

 

―――短く、こう返した。

 

出血は続き、顔中に玉の汗を浮かべ、しかしその顔に苦悶の色はない。やせ我慢でもコケおどしでもない、なおも戦おうとする男の姿がそこにあった。

 

「お前を打ち倒し………フレイヤ様に勝利を捧げる」

 

「……ふ」

 

続行の意思を示したオッタルに、武蔵は満足げに笑ってみせた。

 

まだ倒れない強靭(つよ)肉体(からだ)に感謝し、まだ斬らせてくれる『肉の宮』に期待し、腹の底から歓喜(よろこ)びが込み上げてくる。

 

そんな踊り出さんばかりの胸中とは裏腹に、武蔵の両手は次第に脱力が効いてゆく。

 

昂ぶりによって生じた僅かな身体の強張りを溶かし、射竦めるが如くオッタルを直視。浮かべていた笑みはいつの間にか消え去り、もとの無機質な表情に戻っていた。

 

二人を中心に広がり、張り詰める空気が予感させる。

 

次に繰り広げられる戦闘こそが―――――最終局面なのだと。

 

 

 

 

 

「ま……まだヤルんか、『猛者(おうじゃ)』は………ッ!?」

 

さしものロキも驚愕(おど)ろきを隠せなかった。

 

腕の傷が霞んで見えるほどの深手を背に負ったというのに、なおも戦闘を続行しようとするオッタル。これほどの傷を負っても衰えぬ闘志に、思わず身震いが起きる。

 

「フレイヤッ!!」

 

その時、背後の扉が勢いよく開かれた。

 

ロキが振り返ると、そこには数人の団員を引き連れたガネーシャがいた。浅黒い肌に汗を浮かばせている彼は乱れた息を整えようともせず、フレイヤに語りかけた。

 

「勝負有りだ。もう十分だろうッッ」

 

仮面によって隠されているものの、その素顔は焦燥に駆られているに違いない。そう感じさせる声色で食って掛かるガネーシャに、しかしフレイヤは背を向けたまま振り返りもしない。

 

ここでガネーシャはガッ!と、彼女が腰かけている質の良い椅子の背もたれに手をかける。

 

「おいっ、ガネーシャ!!少し落ち着きぃや!!」

 

切羽詰まった様子のガネーシャに、ロキは慌てた調子で制止の声を上げる。しかし同時に、彼の慌てぶりも当然のものだと思った。

 

フレイヤの呼びかけに応じる形で『群衆の主』たるガネーシャのファミリアが主催したこの立ち合い。

 

彼もまたこの催しを、人間(こども)たちを楽しませる為の娯楽として捉えていた。しかしそれが生死に関わる事態であると理解した以上、何としてでも止めなければならない。だからこそ、こうしてオッタルの主神であるフレイヤのもとまで来たのだ。

 

オラリオの治安を守る役割を担っている者として、これ以上は見逃せなかったのだ。

 

「聞いているのかッ、フレイヤッッ!!!」

 

ガネーシャの怒号が飛ぶ。

 

滅多に見せない主神のその様子に、背後に控えた彼の団員たちが驚いた顔で棒立ちとなっている。そして肝心のフレイヤはと言うと………ガネーシャの方を見ようともしていなかった。その視線はオッタルへと注がれ、全く外れる気配がない。

 

いよいよ痺れを切らしたガネーシャが無理にでもこちらを向かせようとした………その時。

 

 

 

「………もう、十分」

 

 

 

フレイヤの唇が、言葉を紡いだ。

 

決して大きくはないその言葉は、雑踏の中に消えてしまいそうなほどだ。しかしそこに込められた思いを感じ取った二柱の神は、思わず出かかっていた言葉を飲み込む。

 

普段の彼女からは想像もつかない表情と共に、フレイヤはその続きの言葉を口にした。

 

「帰ってきなさい………オッタル………!」

 

 

 

 

 

静かに見合う両者。

 

互いに構えらしき構えは取らず、無造作に両手を垂らしたまま、その場に立ち尽くしている。

 

そんな状態が一秒、二秒と続き………三秒目に、戦況(こと)が動いた。

 

「ッ!!」

 

ほぼ予備動作なしのオッタルの前蹴りが武蔵に襲い掛かる。放たれた前蹴りを武蔵は身を捻って躱し、同時に刀を握る右腕を振り上げた。

 

「むんッッ」

 

掛け声と共に振り下ろされた刃はオッタルの脚を捕らえる。膝から下全体を覆う足甲をものともせず、その下の肉体にまで刃は届いた。

 

血を吹き出す脚に一瞬顔をしかめるも、オッタルはすぐさま次の行動に移った。

 

「シィッッ!!」

 

斬られた足で地面をダンッ!!と踏みしめ、勢いよく左腕を水平に薙ぐ。先端は手刀の形を作っており、腰の捻りが加えられた鋭い一撃が武蔵に迫る。

 

しかし、この攻撃もまた届くことはなかった。

 

僅かに後退、回避した武蔵は刀を両手持ちにし、斜めに大きく斬り上げる。

 

手刀が空振りし無防備に晒された胴体に、右下からの斬撃が見舞われた。生命維持に必要な器官が幾つも収められた胴体に、ドッ!!と、新たな創傷が刻まれる。

 

「また斬ったッッ!!」

 

「ひィっ!?」

 

「『猛者(おうじゃ)』が死んじまうよッ!!」

 

新たな傷が増えるたびに、鮮血が吹き出すたびに、観客席から悲鳴が上がる。その凄惨な光景に、中には気を失っている者までいる。

 

オッタルの拳は空を切り、武蔵の剣は届いている。端から見れば武蔵が圧倒的に有利に見えるが、しかし当の本人の顔色は優れない。

 

(ふむ……)

 

オッタルの猛攻を時に躱し、時に()なし、そして斬り込み。幾太刀も斬撃を重ねるも、そのどれもが届いて(・・・)はいない。

 

これまで何人も斬ってきた武蔵。その誰もが一刀のもとにひれ伏し、命を落としていった………そう、僅か(・・)一刀のもとに。

 

しかしオッタルは違った。

 

両断するつもりで放った太刀はどれも至らず、深手を与えるのみ。斬れども斬れども命には届かず………気が付けば、武蔵が振るった斬撃は十(たび)に及んでいた。

 

左腕に二太刀。

 

右脚に一太刀。

 

左脚に一太刀。

 

胴体に二太刀。

 

背に四太刀。

 

それほどの斬撃を受けても倒れないオッタル。まるで甲冑のように堅牢な筋肉であったが………しかし、何事にも限度というものがある。

 

ヂャッ!と、オッタルが地面を削って静止した。同時に、武蔵も刀を腰の鞘に収めてオッタルを見据える。

 

激しい戦闘を繰り広げた末に止まった両者。しかしその結果は誰の目から見ても明らかだ。

 

打撃による出血の跡は見られるものの、すでに血が止まっている武蔵。

 

全身に創傷を負い、ボタボタと激しい出血が続くオッタル。

 

荒い息を吐くオッタルを見て、武蔵は悟る………“終わり”が近いと。

 

(締めはやはり………首か)

 

既に死に体も同然のオッタルへの最後の一太刀に、その首を狙う。もはや立つ事すらもままならないハズのオッタルを、稀代の強者のままに葬ろうとした武蔵であったが―――――。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

す……、と、オッタルが動いた。

 

果たしてそれは“構え”だった。

 

右手を引き、中腰に構え、正面から武蔵を見据える。その表情は驚くほど静かなもので、敵意や殺意は微塵も含まれていない。

 

ただ当てる―――目の前にある標的に拳を叩き付ける事だけを考えている、そんな顔をしていた。

 

(その姿勢、その表情、その眼光………それら全てに“狙い”がそのまま表れている………)

 

ふぅ、と短く、オッタルが息を吐く。

 

まるで、何かの合図であるかのように。

 

(次の動作が表面(おもて)に晒され―――――意図が隠されていない)

 

 

 

―――――もはや構えではない。

 

 

 

(そうか……)

 

宙を仰ぐと同時に、武蔵はオッタルが迫るのを感じた。己に残された全てを拳に乗せ、恐らくは最後であろう一撃を放つオッタルに、思わず尊敬の念すら芽生える。

 

しかし、これは立ち合い。

 

 

 

(残念だがオッタル………刺し違えてやることは出来ぬ)

 

 

 

迫る巨拳。

 

詰まる間合い。

 

刹那の瞬間(とき)を見逃さず、武蔵は腰の無銘・金重に手をかけた。鋭く抜刀し、大上段に構える武蔵の胸中は既に決まっている。

 

拳を縦割り、返す刀で首をハネ飛ばす。そう心に決め、眼前に迫った巨拳に向けて刃を振り下ろした―――――が。

 

 

 

 

 

―――――ガッッ!!!

 

 

 

 

 

「ッッ!!?」

 

武蔵の刃が、止まった。

 

刃はオッタルの拳を切り裂き、手首の関節付近にまで食い込んでいるものの、それ以上は刃が進んではいなかった。

 

まるで不壊属性(デュランダル)の鉄塊にぶち当たったかの如く、その刃はオッタルの拳で……そう、拳のみで。武蔵の剣は止められたのだ。

 

(止!!?)

 

目を見開き、驚愕の表情を晒す武蔵。その胸の内に様々な思いが去来する。

 

 

 

(   硬     鉄拳     凄

 

     硬い握り  密度   怖

 

鍛    偉い     好    )

 

 

 

(拳ごときを………これほどの高みに……ッッ)

 

走馬灯のように駆け抜けた様々な感情。その末に味わった巨拳の威力に畏怖(おそ)れすら感じた武蔵に、オッタルが初めて口角を吊り上げた。

 

獰猛に笑ってみせたオッタルは眦を裂き、闘技場に響き渡る大音量で声を張り上げる。

 

「掴んだぞムサァシッッ!!!」

 

 

 

 

 

直後だった。

 

 

 

 

 

ふっ、と。オッタルの眼前から武蔵の姿が掻き消えた。

 

次の瞬間には武蔵はオッタルの懐深くへと潜り込んでおり、反応出来なかったオッタルはそのままハネ上げられてしまう。同時に、しっかりと掴んでいたハズの武蔵の刃が右手から離れる。

 

その巨体を宙へと飛ばし、すぐさま体勢を変える。その最中で武蔵の心にある一つの思いが浮かび上がった。

 

(その通りだオッタル!!)

 

 

ハネ上げられたオッタルもそのままでは終わらない。不安定な空中でくるりと廻り、蹴り技を放つべく体勢を整える。

 

 

(君たちは掴んでいる!!!)

 

 

再び交差する二人の視線。鋭い眼光同士が、刹那の瞬間にぶつかり合う。

 

 

(異形と戦うこのオラリオ()にて―――――)

 

 

武蔵は刀を横に構え、オッタルは蹴り技に準備(そな)える。互いに繰り出すタイミングを見極め、そして―――――。

 

 

 

 

 

(けん)は剣に行き着く!!!)

 

 

 

 

 

直後。

 

 

 

オッタルの蹴りは武蔵の頬を掠め。

 

 

 

武蔵の剣は、オッタルの腹部を真横に斬り抜いた。

 

 

 

 


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