ダンまち×刃牙道   作:まるっぷ

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「まず聞こえたのは甲高い金属音だった。あれはムサシさんが刀を振り下ろした直後だった」

 

「次は血飛沫が見えました。……はい、ちょうどムサシ様と『猛者(おうじゃ)』様との間です」

 

「そして次の瞬間には………ムサシ君は空中にいたんだ」

 

 

 

 

 

振り下ろされた武蔵の剣。狙いは無論オッタル、その頭蓋(はち)である。

 

冒険者として培ってきた勘が武蔵の振り下ろしの速度を超えて警鐘を鳴らしている。刹那に等しい時間の中で、オッタルの脳内に様々な選択肢が去来した。

 

 

 

(   防御    愚

 

    ……回避   不可

 

  迎撃    間に合わ……

 

受け流し

 

―――――――――五分(ごぶ)ッッ)

 

 

 

その内の一つを選択したオッタルは、伸ばしていた左腕を勢いよく引いた。そして額の前に手甲をはめた腕を置き、その瞬間を見極める。

 

武蔵の振るった稀代の名刀、無銘・金重。その鋭い刀身が手甲に触れると同時に、オッタルは僅かに左腕をずらした。

 

急激に減速(・・)するオッタルの視界。

 

研ぎ澄まされる五感を総動員して、求められる最適な動作を実行した。先程と同じように武蔵の剣を見極め、手甲の上を滑らせて受け流しを図る。

 

………が、しかし。

 

 

 

振るわれた一太刀は、滑らかにオッタルの手甲へと切り込まれた。

 

 

 

(速ッ……)

 

「―――――シィッッ!!!」

 

掛け声とともに左腕を振るう。半ば強引に剣筋をずらしたオッタルは右の拳を強く握り、反撃を試みた。

 

幾度目にかになるアッパーカット。その拳は腹部を狙って放たれるも、武蔵はそこに自身の足の裏を合わせた。

 

瞬間、飛び上がる武蔵の身体。

 

ゆうに6~7Mは空中に跳ね上げられ、やがて重力に従って落下した。危うさを感じさせない着地を披露した武蔵はヒュッ、と刀を振るい、拳を振り抜いたオッタルを見やる。

 

「相変わらず凄まじい膂力……野生の裸馬でももっと大人しいぞ」

 

いつもの調子で喋る武蔵。しかしその一方で、オッタルには目に見えた変化があった。

 

「出血だッッ!!」

 

「『猛者(おうじゃ)』が斬られた!!」

 

誰かが発したその言葉に、闘技場内は驚愕に包まれる。

 

立ち上がったオッタルの左腕、その前腕部分。はめられた手甲には鋭利な切り口が刻まれており、そこからは温かな血液が流れ出ている。

 

決して少なくない量の出血にも関わらず、オッタルはその傷口を押さえてはいなかった(手甲越しに見舞われた斬撃ゆえ、手で押さえたところで意味はないのだが)。

 

代わりに別の部位、ちょうど小指と薬指の付け根に当たるところを押さえていた。よくよく見ればそこからも出血しているようで、押さえた右手の指の隙間からは流れた血が細い線を作っている。

 

弾いた時に刃が掠ったのか?と、観客たちは考えたが―――それは否である。

 

ゆっくりとオッタルの右手が離され、押さえていた傷口が露わとなった。

 

「ひっ……!?」

 

「おい、あれって……!!」

 

晒された左手からは、小指と薬指が無くなっていた。

 

付け根の部分から切断されており、筋繊維と骨の断面が露出してしまっている。前腕に負った傷もあり、オッタルの左腕の肘から下は真っ赤に染まり、その下の地面には小さい血だまりが出来ていた。

 

「『肉の宮』とは言え、流石に指くらいなら切断(きれ)る」

 

「……ッ」

 

額に玉の汗を浮かばせているオッタルに対し、武蔵は涼しい顔でそう言ってみせた。

 

「………が、弾いた腕の両断は果たせじ。せいぜいが筋肉(にく)、骨すら断てていない」

 

ふむ、と斬った感触を確かめるように小さく頷く武蔵はさらに続ける。

 

 

 

「こうして斬ってみて改めて理解(わか)った」

 

「おぬしの『肉の宮』。その筋肉(にく)弾力(はず)み―――――まるで物が違う」

 

筋肉(その)下の臓腑や骨格(ほね)まで、剣が達しない」

 

 

 

不意に武蔵が上を向いた。しばし虚空へと視線を彷徨わせ、そして再び口を開く。

 

「長く『武』を歩むも、このような事態(こと)は初めてだ………幾度言わせる気か、オッタル」

 

 

 

―――――天晴れだ。

 

 

 

「しかしだっっ」

 

堂々と相手に称賛を送った直後であった。

 

武蔵はその称賛(ほめ)を断つように否定の言葉を紡いだ。口の端を吊り上げ、その目は狂気的にぎらついている。

 

「我は天下一……」

 

ズチャリ、と一歩前へ出る。

 

距離が詰まった分だけ、圧が増す。

 

「斬れんでも斬る。他を知らん」

 

直前に放った自身の発言を否定するような物言いだが、それは決して負け惜しみでも何でもない。

 

斬れなくても斬る。

 

この言葉こそが、宮本武蔵という男がこれまで歩んできた生き様を如実に物語っていた。

 

「『肉の宮』を斬り伏せ、斬り登り………俺がオラリオ(ここ)頂上(うえ)から見下ろす」

 

あまりにも荒唐無稽なその宣言。

 

にも関わらず―――――反論できる者は、皆無であった。

 

 

 

 

 

「オラリオを………見下ろす………!?」

 

「何言ってんのよ、アイツ………」

 

「チッ、フザけた事抜かしやがる………ッッ!!」

 

困惑するティオナ。茫然とするティオネ。そして苛立つベート。

 

【ロキ・ファミリア】の若き冒険者たちにとって、武蔵のこの発言は心をかき乱すには十分だった。

 

Lv5という、皆が羨む上級冒険者の称号を手にしてなお、『強さ』に飢える者たちである。彼らが膝の上に置いた両手は知らずに強く握られ、その握力は自身の拳を潰さんばかりだ。

 

その中でも一層『強さ』を渇望している少女、アイズはと言うと、意外にも冷静な顔をしていた。

 

感情のメーターが振り切れてしまった訳ではない。力を求める彼女は、改めて自身の目指すモノが何なのかを考えているのだ。

 

(強くなりたい。今よりももっと、ずっと………でも、それは一体どこまで?)

 

仲間であるティオナたちよりも?

 

Lv6のフィンたちよりも?

 

オラリオの頂点であるLv7(おうじゃ)よりも?

 

強さを求め、僅か七歳の頃から一心不乱に剣を振るってきたアイズは、ここで原点に立ち返った。漠然としたものではない、明確な目標となる人物を心に決めた。

 

未だ底が知れないにも関わらず、その決意は揺らぐことはない。

 

(私は強くなる………ムサシさんよりも)

 

 

 

 

 

そんな彼らを、上段の席から見下ろす視線が三つ。

 

「完全に当てられているな」

 

「それが若さというものじゃ、抑えようとして抑えられるものではない」

 

年長者としての落ち着きを保ちつつ、リヴェリアとガレスはアイズたちの心境をズバリ言い当てた。これが後々の行動にどう繋がるか危惧しつつ、二人はそれぞれ隣に座るフィンへと語りかけた。

 

「それで、お前さんはこの後どうなると踏んでいる。フィン?」

 

「オッタルとムサシ。どちらが勝つか、かい?」

 

「正確にはその勝ち方だな。重傷で済むのか、それとも……」

 

言いよどむリヴェリア。その先を口にする事はなかったが、何を言いたいのかは明らかだ。フィンは口を一文字に引き締め、覚悟を滲ませた口調でこう答えた。

 

「いずれにせよ、穏便(・・)に終わる事はないだろうね」

 

 

 

 

 

「ベ、ベル様………ムサシ様、『猛者(おうじゃ)』様を斬りましたよ………ッ!?」

 

信じられないという感情がこれでもかと含まれた声色で、リリが口を開いた。目を見開き驚愕を露わにしたその表情は、ベルたち全員にも当てはまる。

 

あの『猛者(おうじゃ)』に手傷を負わせた、どころではない。

 

未だ止まらぬ出血を伴う深手を与え、あまつさえ指さえも奪った武蔵。握りの(かなめ)である小指と薬指をなくしたオッタルの左腕は前腕の傷も相まって、もはや今までのような動きは期待できないだろう。

 

まさに“立ち合い”。命のやり取りの場を見せつけられたベルは、今更ながら事の重大さに気が付いた。

 

 

 

双方合意の上とは言え………武蔵が勝利するという事はつまり、武蔵が“人殺し”になる、という事なのだと。

 

 

 

どちらが強い!?

 

どっちが勝つんだ!?

 

どんだけ(つえ)ぇえ!?

 

そう囃し立てられ、隠されてしまった“立ち合い”の本質。

 

ようやくその意味を理解したベルの心が訳もなく締め付けられる。

 

何かしなければ、しかし何をすれば良い?何を疑問に感じているのかも理解(わか)らない少年に対し、無情にも時間は待ってはくれない。

 

そうしている間にも、“立ち合い”は進むというのに。

 

 

 

 

 

出血は続いている。小指と薬指を斬り飛ばされ握力も半減。もはや左腕で出来る事などはたかが知れている。

 

それでも、闘志には微塵の揺らぎも生じてはいない。

 

血を振りまきながら構えを取ったオッタルは眉間にしわを刻み、間合いを見極める。一歩、また一歩と距離を詰める武蔵に対して、最大の効力を発揮できる瞬間を見逃すまいとするその眼光は鋭い。

 

ざっ、ざっ、と足音が迫る。迷いなく、躊躇いなく、目の前の相手を斬る事だけを考えている武蔵の歩みは止まる事はなく、ついにその時が来た。

 

間合いに入ったと同時に、オッタルが動く。

 

ボッッ!!と発射(・・)されたオッタルの身体。大股で前方へと繰り出した足で地面を踏みしめ、右拳を武蔵へと突き出す。

 

この攻撃を武蔵は難無く避けた。半歩後ろへと下がり、伸びきった右腕に向けて刃を振るう。

 

だが、その剣は虚空を切った。

 

拳を突き出し硬直したかに見えたオッタル。しかし彼は振るわれた剣筋を瞬時に察知し、身を屈めて武蔵の懐へと向かう。

 

「入った!?」

 

「オッタルの間合いだ!!」

 

近すぎる間合いで長物は振れない。

 

長い刀身を持つ武器の弱点を突いてきたオッタルに歓声が上がる。如何に武器の特性を熟知していようとも、瞬間的にこう言った判断を取れる者は少ない。

 

肉体を傷つけることに特化した武器、その中でも最も一般的な、刃物に対する盲目的な恐怖心。

 

軽く触れただけで皮膚に食い込み、肉を難無く切り裂く刃物を持つ者に対し、オッタルの取った行動は反論の余地もない程の英断であった。

 

……が、その刃物を持つのは他でも無い、宮本武蔵である。

 

己が懐へ潜り込まんとするオッタルに対し、武蔵は手の内の獲物をくるりと回した。逆手に持った刀で狙う先は、言うまでもない。

 

束の間の形勢逆転。

 

直後の絶体絶命。

 

その切っ先はガラス玉の視線と共に一直線にオッタルへと向かっていった………かに思えた。

 

 

 

―――――ガッッ!!という音と共に、武蔵の剣が止まる。

 

 

 

「おッ?」

 

僅かに武蔵が表情を変えた。

 

オッタルへと突き刺さるハズだった切っ先は、その数C先で止まっていた。刀身の上部は左肘と左膝で挟み込まれ、がっちりと固定されている。

 

とある武術においては『蹴り足ハサミ殺し』と呼ばれる高等技術を用いて、オッタルは武蔵の攻撃を防いだのだ。

 

「剣がッッ」

 

「止ま……!」

 

誰かが発したその言葉よりも速く、オッタルの右腕が振るわれる。

 

拳を振るうには十分な間合い。武蔵の剣は封じられている。考え得る絶好のタイミングでの攻撃に、誰もが当たると予感した。

 

鉄拳はその顔面を叩き潰すべく武蔵へと吸い込まれてゆき―――――そして、パシッ、という渇いた音が鳴り響いた。

 

「!?」

 

確信と共に叩き込んだ拳が止められ、オッタルは目を見開く。

 

武蔵は今まで刀を握っていたその右手でオッタルの拳を掴み、顔面への攻撃を阻止していた。あまりにもあっさりと自身の武器を手放した武蔵に、観客たちは呆気に取られる。

 

そんな彼らを置き去りにして戦いは続く。

 

捕らえた拳をぐいっ!と引き込むと、武蔵は空いている左手でオッタルの右腕を掴んだ。そうして相手の腕を自分の肩に乗せると、そのまま背負い投げの要領で腰を捻る。

 

ビュバッッ!!と浮かび上がるオッタルの身体。その勢いで挟んでいた刀身は抜け、刀が宙を高く舞った。

 

投げた武蔵。

 

投げられたオッタル。

 

そして宙を舞う武蔵の愛刀。

 

(ムサシ・ミヤモト………)

 

激突する前に空中で身体を捻り、二本の足でしっかりと着地したオッタル。しかし致命的な事に、彼は武蔵に対して背を向けてしまった。

 

わざわざ見なくても理解(わか)った。武蔵が今、どんな構えを取っているのか。

 

(…………これ程かッッ!!!)

 

確信にも似た感情を抱くと同時に―――――オッタルの背中を、鋭い衝撃が駆け抜けた。

 

 


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