ダンまち×刃牙道   作:まるっぷ

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お待たせしました。


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「いざ仕合わん、『肉の宮』」

 

そんな挑発めいた言葉を放つ武蔵。

 

武蔵の口から出た『斬り結ぶ』という言葉。それが意味する所はつまり、この立ち合いを終わらせにかかっているという事だ。

 

固唾を飲む観客たちを見下ろす形で座っているロキとフレイヤもその例に漏れず、口を閉ざしたまま視線を二人へと向けている。

 

(乗るんか?『猛者(おうじゃ)』………)

 

ロキは既に飲み干し空になったジョッキを握りながら思考する。

 

百戦錬磨のオッタルが果たしてあんな安い挑発に乗ってくるのか。胸に抱いた疑問をそのままに、彼女は隣のフレイヤへと問いを投げかけた。

 

「どう思う、フレイヤ。ムサシの挑発に乗るか、乗らんか」

 

「………そんなの決まってるわ」

 

フレイヤは微笑みを(たた)えて断言し、それは現実となる。

 

 

 

オラリオ最強の冒険者という肩書き。

 

自身の崇拝する女神の御前というこの状況。

 

そして、オッタルという男の精神。

 

 

 

武蔵の問いに対し、それら全てがオッタルから拒否という選択肢を放棄(すて)させたのだ。

 

 

 

 

 

安い挑発だ、とオッタルは思った。

 

(だが……良いとも、ムサシ・ミヤモト)

 

ズズ……と脚を開き、拳を握る。

 

オッタルのその行動は武蔵からの問いかけに対し、実に雄弁に答えていた。周囲の観客たちもその意図を感じ取っており、自然と武蔵へと視線を送ってくる。

 

「うむ」

 

構えを取ったオッタルに対し、武蔵は満足げに頷く。

 

スラリと抜刀した武蔵。片手で無造作に握られているにも関わらず、やはりその立ち姿には隙などは微塵も感じられない。

 

静かに見合う両者であったが、やがて武蔵が一歩前へと進み出た。

 

間合いは徐々に詰まってゆくもオッタルは動かない。根が生えたかのようにその場に佇み、近付く武蔵を見据えている。

 

「ほう、動かぬか」

 

「………」

 

「成程……この武蔵を迎え撃つと」

 

余裕しゃくしゃくといった様子の武蔵はそんな事を言いながら更にオッタルへと近づいてゆく。依然としてその目は何を考えているのか分からず、得体の知れない不気味さは健全である。

 

(不動の『肉の宮』)

 

どろり、と武蔵の体が落下した。脱力し、筋肉の強張りから解き放たれた身体は必然、最速の踏み出しへと備えられる。

 

(斬り崩すも一興か)

 

来る!!と観客たちが身構えた刹那(とき)には既に遅く―――――武蔵の白刃はオッタルへと振るわれていた。

 

 

 

 

 

真正面から迫り来るその斬撃を、オッタルの双眸はしっかりと捉えていた。

 

初手こそ見逃してしまったものの、彼は数々の修羅場を潜り抜けてきた『猛者(おうじゃ)』である。そう何度も同じ失敗を繰り返したりはしない。

 

故に、反撃に出たのは当然と言って良いだろう。

 

(……今ッ!!)

 

斜め上からの斬撃を、あろうことか受け流して見せた。キャリリッッ!!と刀身と手甲が擦れ合って火花を散らし、耳障りな音が短く木霊する。

 

「!」

 

予想外の出来事に瞠目する武蔵。ぎょろりとした目を更に見開き、驚愕の表情を浮かべた。

 

「おおッッ!?」

 

「弾いたッッ!!」

 

周囲の観客たちが感嘆の声を上げた。

 

右手の手甲の上を滑らせる形で刀の軌道を逸らしたオッタルは空いた左手で武蔵の襟元を引っ掴み、思い切り自身へと引き寄せる。驚愕の表情を浮かべたまま、武蔵の視界が急加速した。

 

「むッ」

 

「ふんッッ」

 

そして、頭突き(・・・)

 

ゴッチャァ!!という凄まじい音が闘技場に響き、鮮血が宙を舞う。顔面の中心を強打され夥しい量の鼻血を吹き出す武蔵に、オッタルはすかさず追撃を仕掛けた。

 

固く握りしめた右拳は武蔵の鳩尾へと吸い込まれた。頭突きの衝撃で反り返っていた身体はくの字に折れ曲がり、無防備な格好のまま(こうべ)を差し出してしまう。

 

更なる追撃は膝蹴りだった。ガコッ!!と綺麗に決まった一撃は額を割り、鮮血が弧を描く。

 

「決まった!!」

 

「モロに入ったぞッ!?」

 

再び反り返る武蔵の身体。その身体が倒れるよりも速く、オッタルは動いた。

 

だんっ!と、武蔵の額を穿った足で地面を踏みしめる。投球を彷彿とさせる姿勢を取っている上体、その狙いは言わずもがな……眼前の武蔵である。

 

 

 

そうして振り切られた拳は、一直線に武蔵の顔面を直撃した。

 

 

 

轟音。

 

そうとしか形容の仕様がない音と共に叩き込まれたオッタルの拳。ただでさえ倒れかけていた武蔵の身体はその直撃を受け、まともな受け身も取れずに数M後方まで吹き飛び、地面に倒れ込んでしまった。

 

武蔵の本日二度目のダウン。しかしそれは一度目の時よりも更にダメージは重く、今も仰向けのままで夜空を見上げている。

 

「いいぞォッ『猛者(おうじゃ)』ァッッ!!」

 

「止め刺しちめェッッ!!」

 

急展開を見せた戦況に、ワッと沸く場内。

 

今や会場中の視線はオッタルへと注がれ、誰もが彼の勝利を信じて疑っていない。やはりオラリオ一の冒険者が負けるはずが無かったのだと、彼らは安堵にも似た感情を共有していた。

 

―――――が、しかし。当の本人はと言うと………。

 

 

 

 

 

(どうした、ムサシ・ミヤモト)

 

オッタルの打ち込みを弾いた反射神経。

 

不壊金属(デュランダル)を切断した見せた膂力。

 

事も無げにそんな事をやってのける武蔵が弱かろうハズがないと、オッタルは倒れている武蔵を見下ろしながら思う。

 

(お前ほどの男がこれほど容易い相手であるハズがない)

 

決して口にはしないものの、オッタルは武蔵の実力を高く見ている。それ故に、ここまで良い様に攻撃を食らい続けた武蔵の行動が腑に落ちなかった。

 

「………ふむ」

 

ここで、武蔵が地面に倒れたまま鼻を鳴らした。

 

受け身も取れずに倒れ、その直前にオッタルの攻撃を食らったと言うのに、その表情には苦悶の色は見受けられない。

 

むく、と上体を起こす武蔵。握った刀の切っ先を地面に突き刺しながら立ち上がると、ごく自然な動作でオッタルへと向き直った。

 

「俺の一太刀を見極め、籠手で弾いてのけたか」

 

「………」

 

「その後の流れるような三度(みたび)の打撃。気が付けば地は傾き、(たい)は死んでいた」

 

何事も無かったかのように、つらつらと感想を述べる武蔵に周囲がざわめく。

 

完全に決まったハズのオッタルの攻撃。それを三発もその身に受けたと言うのに、まるで弱みを見せていない。

 

「効いてねぇよ、アレ………」

 

「嘘だろ………?」

 

人間(ひと)じゃねェよ、もう……ッッ」

 

戦慄する彼らはそれでも視線を外す事が出来ない。人間かどうかすら怪しく思えてきた武蔵、その彼の言葉に聞き入っている。

 

彼らの視線を独占している当の本人、武蔵は更に続ける。

 

「その威力たるや、まるで獣……仮に奴らが人の知識を身につけたとしても、ここまでにはならんだろう」

 

「………何が言いたい」

 

痺れを切らし、オッタルが詰問する。

 

容赦(ゆる)せ、オッタル」

 

先にそう言って、武蔵が答える。

 

 

 

「斬り結ぶなどと大口を叩いておきながら、つい見入ってしまった。おぬしのその見事な技術(わざ)に」

 

 

 

「………!!」

 

武蔵のその言葉に、初めてオッタルが目を見開いた。

 

周囲の観客たちも聞き逃す事は無く、あっという間に武蔵の発言が会場全体に伝播してゆく。面々の顔には困惑の色が強く出ており、武蔵の言葉の真意を計りかねているようだ。

 

「見入ってたって……」

 

「見えてたってのか、今の連撃が……」

 

彼らのざわめきすら今のオッタルには聞こえていない。広い闘技場内に、目の前にいる武蔵とまるで二人きりになったかのような感覚を味わっていた。

 

()る”からは程遠かったものの、それでも手を抜いたつもりは無かったオッタルの攻撃。不審に思ったものの、まさか『観察』のためにわざと食らっていたとは思いもしなかった。

 

数多くいる冒険者の中でも頂点に君臨するオッタル。そんな彼の三連続の打撃をモロに受けてこうも平然としている武蔵を、もはや観客たちは得体の知れないモンスターを見るような目で見ることしかできない。

 

「さて」

 

平然と、まるでこれから食事でもするかのような気軽さで武蔵は動いた。

 

「言葉にした手前、撤回する訳にもゆくまい」

 

キチ……と愛刀を鞘へと納め、感覚を研ぎ澄ませる。その鋭いガラス玉のような双眸を目の前の相手に向けて図々しく、しかしきっぱりと言い放った。

 

「いざ………斬り結ばん、『肉の宮』」

 

 

 

 

 

(ま……まだやる気なのかい、ムサシ君は……ッッ!?)

 

入場口で観戦していたヘスティアは胸中でそう零した。

 

 

 

(コケおどしじゃない………か)

 

客席から眼下を見下ろすフィンは密かにそう断定した。

 

 

 

(見られる……ムサシさんの本気を)

 

そんなフィンの一つ下段の席のアイズは不謹慎だとは思いながらも、自らの胸の内に沸き上がる興奮を感じていた。

 

 

 

(さぁ見せて、オッタル。貴方の忠義(じゅんすい)……その輝きを)

神に相応しい最上段の貴賓席に座るフレイヤは静かに微笑みを浮かべた。

 

 

 

そして。

 

 

 

(………ムサシさん………)

 

少年(ベル)は、自身が何を望んでいるのか分からず、ただ戸惑っていた。

 

 

 

 

 

静かに見合う両者。これまで何度も見てきた光景だ。

 

しかし今までとは何かが違う。それは一体何なのか?

 

英雄譚や冒険譚を分かりやすく、上手く人々に表現する事に長けた吟遊詩人らしい言葉を使うのならば………それはまさしく“闘気”であろう。

 

今までの戦いを手抜きだったとは言わない。

 

しかしこの瞬間、この立ち合いの光景と比べると、それ(・・)はどうしても見劣りしてしまう。

 

………そんな感情を、全員が共有していた。

 

離れた場所にいる観客の息づかいさえも聞こえてくるような、そんな静けさに包まれる場内。

 

オラリオの闘技場が開設されて以来の異様な光景。しかしその中心に立つ二人にとって、そんなものは知った事ではない。

 

武蔵は自分の為に。

 

オッタルは女神(フレイヤ)の為に。

 

己が剣を、拳を、振るうのみである。

 

 

 

 

 

(………お前の思いに付き合う気はない)

 

ぐぐっ、と肘を引いて拳を握る。僅かに落とされた腰は次の動作に備えられ、爪先へと重心を置く。

 

緊張は全く無い、と言えば嘘になる。オラリオ最強の地位を手に入れた今となっても、戦闘に緊張は付き物、切っても切り離せないものだ。

 

しかし、恐怖はない。

 

例え相手が凶暴なモンスターの群れであろうが。

 

パーティー規模での戦闘が予想される階層主だろうが。

 

そして……帯刀した宮本武蔵(ムサシ・ミヤモト)だろうが。

 

やる事に変わりはない。

 

(そう、俺はあの方の為………)

 

ほんの僅か、オッタルの肩が下がる。注意深く見ていないと分からない程の変化の後―――――オッタルが動いた。

 

バシュッ!!と砂地を蹴って距離を詰める。開いた左手を身体の前に晒し、攻防一体の構えを取る。右腕は引いたまま、来たる数瞬後の打撃へと備える。

 

(フレイヤ様の為に………この拳を振るうのみッ!!)

 

狙いは顔面よりもやや下の位置……顎。

 

下から突き上げるような拳は視認しづらく、それにオッタルの身体能力が加わった一撃は非常に危険である。

 

ブンッッ!!と風を切る音が響いた。

 

武蔵の顎を粉砕せんばかりの勢いで振るわれたオッタルの拳は、しかし武蔵に届く事は無かった。

 

「!」

 

「ふむ」

 

肩口越しに確認してみれば、武蔵はその場から動いていないように思える。しかし動かない的を大振りで外すなど、オッタルがする訳が無い。

 

当たったか!?いや、外した……!?観客たちにざわめきが戻る中、アイズはぽつりと言葉を漏らした。

 

「直前で、退いた……ッ」

 

「三寸程度、と言ったところかな」

 

アイズを肯定するように、フィンが付け加える。

 

見える者には見えた武蔵の回避行動。極限まで無駄をそぎ落としたその動きは、素直に攻撃を食らっていた先程までとは大違いだ。

 

「ふッ!!」

 

次なるオッタルの攻撃は蹴りだ。右足を軸とし、左足を真横から武蔵へとしならせる。

 

鞭のように鋭く鉄のように重い一撃を、やはり武蔵は避けてみせた。先程とは異なり、その場で膝を折って素早くしゃがみ込む。

 

「避けたッまたッ!!」

 

「さっきまでとは別人じゃんッッ!!」

 

誰かがそう叫んだ。その叫びを背に感じながら、オッタルは振り抜いた左足で地面を踏みしめる。

 

右足を軸に半回転したオッタルの身体は、武蔵から見て横を向いていた。その上半身が壁となっている間に、オッタルは左の拳を握る。

 

「ハァアッッ!!」

 

回転による加速を上手く乗せた拳が武蔵へと向けられた。しゃがみ込んだ姿勢のその頭部目掛け、覇気のこもった掛け声と共に鉄拳が迫る。

 

これも回避してみせるのかっ!?と観客たちは思った。

 

確かに神掛かり的な動体視力と反射神経を見せつけた武蔵であれば、この攻撃も避けてみせることも可能だろう……しかし向けられた拳に対し、武蔵が取った行動は回避ではなかった。

 

 

 

抜刀された武蔵の愛刀。その刀身は魔石灯の光を反射し、僅かに一瞬冷たい輝きを放った。

 

 

 

次の瞬間、白刃が閃く。迫るオッタルの拳と交差するように、その一太刀は振るわれた。

 

「ッ!」

 

今度こそ、驚愕の色がオッタルの顔に浮かぶ。

 

バッ!!と顔を上げる。左拳を振り抜き、上体を(たわ)ませていたため、必然、武蔵を見上げるかたちとなった。

 

そうして見た武蔵の姿。

 

いつの間にか立ち上がっていた彼は大上段の構えを取っていた。刀身が見えないほどに大きく振りかぶり、誰の目から見てもその狙いは明らかである。

 

「―――――ッッ!!!」

 

「ぬんッッ!!!」

 

そんな掛け声と共に、武蔵の刃は振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宙を舞う二本の()が地面に落ちたのは、その直後であった。

 


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