ダンまち×刃牙道   作:まるっぷ

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餃子回は色々言われていますが、個人的には好きです。


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「ムサシさんっ!」

 

「おお、おぬしら。帰って来たのか」

 

ベルたちは武蔵の“立ち合い”を知り、すぐにギルドを出た。傷ついた身体を無視して街中を走り抜け本拠(ホーム)へと戻ると、そこには武蔵の姿があった。腰に刀を差し、どこかへ出かけるようだ。

 

まるでベルたちが帰ってくる事を知っていたかのように、武蔵はいつもの調子で語りかけてきた。そのいつも通りの様子が、ベルたちの不安に一層の拍車をかける。

 

「ムサシ君、その………“立ち合い”っていうのは………」

 

走ってきたために息を切らしつつも、ヘスティアは聞くべき事を聞いた。誰が書いたのかも分からない記事よりも、目の前の武蔵の口からその真偽を確かめるために。

 

「なんじゃ。もう知っておるのか」

 

「………ッ!」

 

純粋な驚きの声と共に肯定された“立ち合い”の真偽。嘘を見抜く神の目をもって、ヘスティアはようやく実感した。

 

武蔵は本当にあのオラリオ最強の冒険者……『猛者(おうじゃ)』と戦うのだと。

 

「無茶だッ!!」

 

ガシッ!と武蔵の両手を掴むヘスティア。そのいきなりの行動に武蔵が首をかしげるも、ヘスティアはその目を見ながら叫ぶ。

 

「相手はオラリオ最強の冒険者だ!下手をすれば重傷じゃ済まないかも知れないんだぞ!?」

 

「そっ、そうだぜムサシさん!流石にいくらなんでも分が悪すぎる!」

 

「考え直してください!そもそもなんでこんな事になっているんですか!?」

 

ヘスティアに次いで、ヴェルフとリリも説得しようと試みる。詰め寄る彼らを見回した後、武蔵は一人立ったままのベルを見やる。

 

「“べる”。お前はどう思う?」

 

「! ぼ、僕、ですか?」

 

「そう、お前だ。此度の立ち合い、俺にとって不利だと思うか?」

 

急に振られたその質問に全員が振り返った。ヘスティアたちの目は武蔵の説得に加わり、この無謀な立ち合いを止めさせてくれと語っていた

 

ベルの立場になれば、誰だってヘスティアたちの側につくだろう。この面子以外には漏れていないが、武蔵のレベルは1。オッタルとのレベルには6も差があり、天地がひっくり返っても勝てないと感じるのが普通だ。

 

しかし、ベルはこの面子の中で一番多く武蔵の戦う姿を見てきた。

 

 

 

故に、どうしても思い浮かばなかったのだ―――――武蔵が負ける姿が。

 

 

 

「すいません……僕には、分かりません」

 

「ベル君!?」

 

「はは……それならやってみんと分からんなァ」

 

そう言って武蔵はベルたちの横をすり抜け、外へと伸びる階段を上がっていってしまった。

 

なぜ武蔵を止めなかったのかと驚愕の表情を浮かべるヘスティアたち。彼女たちの視線がベルへと向けられる。

 

その視線を受けてなお、ベルは自身が口にした言葉を撤回する気は起きなかった。

 

 

 

 

 

給仕からの簡単な説明を受け、次いで注がれた真っ赤な葡萄酒が二つのグラスに行き渡る。

 

それを手に取るのは二柱の女神。朱色の髪を持つ道化神のロキと、銀髪の美女神、フレイヤだ。彼女たちは上品な作りのテーブルを隔て、対面する形で椅子に腰掛けている。

 

「ほな、乾杯しよか」

 

「ええ」

 

乾杯、という声と共にグラスに口をつけるロキ。

 

「……っぷはぁ、いやー美味いわコレ!当たりや!」

 

一方のフレイヤは、まずは注がれた葡萄酒の色に注目する。

 

「見事な色ね。まるで鳩の血(ピジョン・ブラッド)のような、上質なルビーを思わせる色合い……」

 

「あん?」

 

たっぷりと目で楽しみ、次いでグラスに鼻を近付けるフレイヤ。既に口をつけたロキを尻目に、手の中で僅かにグラスを傾け、中の葡萄酒を揺蕩わせる。

 

「花……ラベンダー……いいえ、何種類もの赤い花。一本や二本ではない、一面の花畑。そこに微かになめし皮の香りが加わって、只事ではない味わいを予感させる」

 

うっとりとした表情のまま、遂にグラスへと口をつける。少しだけ口に含み、舌の上で転がしてみる。頬を膨らませるような真似はせず、飽くまで上品に。

 

 

 

「……流石ね。気品すら感じさせる、純粋無垢な黒ブドウだわ」

 

「樽の熟成香、豊かな土壌からくる土の香り、ハーブ、そして僅かな葉巻のニュアンス………たった一口の液体だと言うのに、まるで100人編成のオーケストラを彷彿とさせる」

 

「膨大な数の味が複雑に絡み合っているにも関わらず、そのどれもが誇示しすぎる事も無く、緻密なままに成り立っている」

 

 

 

「完璧なバランスね」

 

「………っかぁ~~~!やっぱり葡萄酒に関しては自分のが上やなぁ」

 

フレイヤの口から語られた見事な感想。ロキでは言い表せなかった表現をすらすらと言ってみせた彼女は、悔しがるその様子を見てクスリと笑う。

 

「でもま、確かにこれは旨いわ。流石はデメテルん(トコ)のブドウや。ディオニュソスのお墨付きっちゅうのも頷ける」

 

「その通りね」

 

フレイヤはロキに相槌を打ちながら、目の前の皿に盛られたローストビーフに手を伸ばした。既に切り分けられているその一切れをフォークで刺し、口元へと運ぶ。

 

一口噛んだところで、フレイヤの口が止まった。やがて吟味するようにゆっくりと咀嚼を再開し、そして飲み込む。

 

「お肉……かしら、これは」

 

「………せやで」

 

「美味しいわ。食べ続けても全く飽きが来ない」

 

「ハァ~……なるほどなァ」

 

珍しく目を丸くするフレイヤに、ロキは面白いものを見たような顔で頷いた。彼女もまたローストビーフを一切れ口の中に放り込み、食べながら解説する。

 

「牧草の味や。牛舎でぬくぬく育てた牛やのうて、放牧させて育てた健康な牛を使うとんねん。肉本来の旨味も際立つよう、香辛料も最低限しか入れとらん」

 

「お肉本来の旨味……」

 

ロキの解説を聞き、それを確かめるように再びローストビーフを口にする。先程と同様にじっくりと吟味し、ロキの言う“肉本来の旨味”を舌全体で感じ取る。

 

「なるほどね……確かに、さっぱりとした味だわ」

 

「ジューシーな霜降り肉とかもええけど、こういう一味違った肉の風味を感じられる料理もええモンやろ」

 

「ふふ……葡萄酒は私が上だけど、こういうのは貴女の方が一枚上手(うわて)ね」

 

「当ったり前やん!葡萄酒以外では自分には負けへんで、ウチは!」

 

 

 

皿に盛られた料理が粗方無くなってきた頃、不意にロキが口を開いた。

 

「自分の眷属(こども)……オッタルが立ち合うんやって?」

 

「ええ」

 

「しかも相手はドチビん(トコ)眷属(こども)、ムサシ・ミヤモトと来たもんや」

 

「ええ」

 

「………自分が焚き付けたんか?色ボケ女神」

 

先程までの朗らかな空気から一変し、鋭い眼光を向けるロキ。それでもフレイヤは涼しい顔でグラスに口をつける。

 

グラスに残った僅かな葡萄酒を飲み干したフレイヤはロキへと目を向け、にっこりと微笑む。

 

「まさか。今回はあの子が独断でやった事よ」

 

「あの『猛者(おうじゃ)』が?」

 

思いがけない返答に目を丸くするロキ。しかしその驚きも無理も無い。

 

言わずと知れたオラリオの頂点に君臨する唯一のLv7の冒険者、『猛者(おうじゃ)』。常人離れした佇まいは周囲とは一線を画しており、その武人然とした姿からは、俗気は全く感じない。

 

そんな人物が、個人的に“立ち合い”を所望した?

 

【ガネーシャ・ファミリア】の大々的な宣伝も相まって、かの武人からは想像の付かないちぐはぐな印象を抱くロキ。そんなロキの胸中を察したかのように、フレイヤが口を開いた。

 

「“あの『猛者(おうじゃ)』がそんな俗っぽい事をするのか?”……って顔ね」

 

「………まァ………」

 

的を射た指摘に、ロキも頷くしかなかった。そんな彼女の姿を見ながら、フレイヤは目を閉じる。

 

「あの子……オッタルはね、純粋なの」

 

「あん……?」

 

唐突に告げられたその言葉にロキは顔を上げた。何の話をしているのか分からないといった様子のロキに、フレイヤは更に言葉を続ける。

 

「あの子は私に、私の為だけに尽くしてくれる。一切の私的な理由は挟まず、純粋に私の事を第一に考えて行動しているの」

 

「………」

 

「片やあの子……ムサシ・ミヤモトはその反対。誰の為でも無く、自分の事を第一に考えて行動している。純度すら帯びるほどに、“俗”に徹している」

 

「……お互いに純粋や、って言いたいんか?」

 

「ええ、ロキ。これは純度勝負よ」

 

オッタルの忠義(じゅんすい)と武蔵の(じゅんすい)

 

相反する互いの“純度”を競う勝負だと、フレイヤは言った。その勝負が待ちきれないと言わんばかりにその目を細め、いっそうの笑みを浮かべる。

 

「で?自分はどっちが勝つと思うとるんや。オラリオ最強の眷属(こども)か、あのけったいなムサシ(こども)か」

 

「それは分からないわ。蓋を開けるまで、その結果は誰にも分からない。でも……」

 

 

 

きっと、とても面白いものが見られる。

 

 

 

そう言ってフレイヤは席を立った。すかさず給仕が預かっていたローブを差し出し、フレイヤはそれを身に纏う。

 

「貴女はどうなの、ロキ。オッタルとムサシ・ミヤモト……どっちが勝つと思う?」

 

返答を待たず、フレイヤはそれだけ言い残して去っていった。一人……一柱残されたロキは腕組みし、難しい顔をする。

 

「オラリオ最強の冒険者と、まるで全貌が掴めんムサシ………」

 

う~~~~~ん、と唸り。

 

「どっちが勝つんやァ~~~ッッ」

 

女神のそんな声が、一件のレストランから漏れた。

 

 

 

 

 

「そもそも、なんでムサシ君が立ち合いなんて事に……?」

 

武蔵が部屋から出て行った後、ヘスティアたちは膝を突き合わせて頭を悩ませていた。無論、議題は立ち合いの件である。

 

「噂では、かの『猛者(おうじゃ)』から対戦を持ちかけてきたようですが……」

 

「俺も色々と聞いたが、噂が交錯しまくっててどれが本当なのか分からねぇな」

 

ここまでの道中で耳にした武蔵とオッタルの立ち合いの話。あまりに急で不自然な内容であるにも関わらず、人々は特に気にしてはいないようだった。オラリオの頂点に君臨する冒険者の姿が間近で拝めるという興奮のためだろうか。

 

しかし、当事者である武蔵の側であるヘスティアたちからしてみれば、堪ったものでは無い。身内が大怪我するかもしれないという不安が胸を圧迫し、気が気でないのだ。

 

「神様、リリ、ヴェルフ……ごめんなさい」

 

そう言葉を発したのはベルだった。

 

先程の武蔵の問いに自分が首を横に振っていれば、という自責の念からの言葉だった。もしそうしていれば、もしかしたら武蔵を押しとどめられたかも知れない……。今さらになって、ベルは自分の発言を後悔した。

 

「……あんまり気にするなよ、ベル君」

 

「そうだぜ、ベル。俺だっていきなり振られたら言い淀んじまうさ」

 

「それよりも今は、どうやってムサシ様を止めるかです」

 

申し訳なさそうな顔をするベルに、ヘスティアたちは温かく笑ってみせた。今はいかにして立ち合いを回避するか、それが一番大事だと言って。

 

「確かにムサシ様の強さは圧倒的ですが、今回の相手はモンスターではありません。しかも相手はオラリオ最強の冒険者様……」

 

「対戦相手が分かってて、それでもやる気だからな。あの人は……」

 

リリとヴェルフの言葉に、ベルは思わず顔を伏す。

 

3日後の夜に行われる立ち合い。既にやる気でいる武蔵。刻限(リミット)が差し迫るも、武蔵を止める具体的な手立てが浮かばない。

 

その事実に歯噛みする一同であったが、ここでヘスティアがすっくと立ち上がった。

 

「神様?」

 

「いつまでもここで座っていても埒が明かない!ムサシ君に会ってもう一度説得してみるよ!」

 

「ちょっ、ヘスティア様!?」

 

言うや否や、部屋を飛び出して階段を駆け上がるヘスティア。その背中をリリが追い、次いでベルとヴェルフもその後に続く。

 

「行くぞ、ベル!こうなったらあの人が折れるまで頼み通す!」

 

「う、うん!」

 

そうして地上へと出たベルたち。とは言っても、まずは武蔵を見つけなければ話が進まない。急いで武蔵を探そうとした一同だったが、その必要は無かった。

 

教会から少し離れた場所に生えている一本の木。その真下に武蔵は居た。

 

腰に刀を差したまま佇む武蔵。両手は無造作に垂らされており、その目はどこを見るでもなく、ただ前を見据えていた。

 

「あれは……?」

 

「何をやってるんだ……?」

 

ヴェルフとヘスティアの疑問が声となって出た。彼らの姿は横目で確認できているはずなのに、それでも武蔵は微動だにしない。

 

その時、風が吹いた。

 

生い茂る葉を僅かに揺らす程度のそよ風。しかし一枚の葉がそれによって枝から離れ、武蔵の目の前へと舞い落ちる。

 

 

 

次の瞬間。

 

 

 

武蔵が腰の刀に手をかけ、抜刀。

 

上段から一気に振り下ろし、木の葉を一刀両断。

 

すかさず僅かに踏み込み、振り下ろした刀を横に構える。

 

そして、再び両断。

 

ひらり、と舞い落ちる木の葉。それは四つに斬られ、武蔵の足元へと落ちた。

 

「「「 ……… 」」」

 

その光景を見たヘスティアたちは絶句した。

 

見えたのは武蔵が納刀する直前だけ。僅かに踏み込んだのは分かったが、木の葉を斬る動作は、全くと言って良い程に見えなかった。

 

彼らが知る冒険者の修行とは全く異なるその光景に、ヘスティアたちは説得の事も忘れて見入っていた。

 

その後も何度か落ちてくる木の葉を両断する武蔵。その回数が4回に達したところで、一羽の小鳥が飛び立った。

 

舞い落ちる羽毛(はね)。木の葉よりも遥かに緩やかに落ちてくるそれを一瞥し、武蔵は静かに納刀、そして―――――。

 

 

 

ピッ、と。一刀両断した。

 

 

 

「「「 ~~~~~ッッッ 」」」

 

驚愕するヘスティア、リリ、ヴェルフの三名。武蔵の見せた達人(わざ)に声も出ないようで、目を大きく見開いたまま固まってしまっている。

 

そんな中でベルは以前、武蔵が言っていた事を思い出した。

 

『腰を切る。腰で抜く』

 

あの時はぼんやりとしか理解出来なかったが、この瞬間、その意味が分かった気がした。

 

武蔵の剣にかける思い、一太刀に込める思い、それは一般の冒険者とは一線を画しており、まだまだ未熟なベルでは到底及びもしない。

 

そして恐らくは、今回の立ち合いに対する思いも―――――。

 

(ごめんなさい、神様………)

 

ベルは目の前にいる小さな主神を見下ろしながら、思う。

 

武蔵の力になってあげて欲しいという彼女の思いと、それに対する自分の気持ち。

 

ダンジョンからの道中に幾度も自身に問いかけたその疑問に、この瞬間、ベルは決定的な確信を得た……得てしまった。

 

(………僕には、無理だ)

 

「ふむ」

 

刀を鞘に納めた武蔵がベルたちの方へと歩いて来る。

 

説得など、誰も出来なかった。

 

 

 




牛肉の事は全然わかりませんが、勢いで書きました。


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