ダンまち×刃牙道   作:まるっぷ

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ベルたちが地上へと帰還する、その2日前。

 

夜闇に浮かび上がる二人の姿があった。一つは小柄な猫人(キャットピープル)で、もう一つは大柄な猪人(ボアズ)のもの。

 

【フレイヤ・ファミリア】所属の冒険者……『女神の戦車(ヴァナ・フレイア)』の二つ名を冠するアレン・フローメルと、言わずと知れた『猛者(おうじゃ)』オッタルである。

 

場所は彼らの本拠(ホーム)戦いの野(フォールクヴァング)。その中庭だ。

 

「イシュタルが斬られたってよ」

 

「……何?」

 

口火を切ったアレンの言葉に、オッタルは眉をひそめた。

 

武蔵がフレイヤとの邂逅を果たしたその直後から、オッタルは密かに彼に関する情報を集めていた。

 

フレイヤが立ち去る武蔵へと送った、熱の篭った視線。見慣れた主神のその目であったが、この時、オッタルは何故か胸騒ぎがした。野生の勘、とも言うべきか。

 

こういった経緯からアレンからも武蔵の情報を渡されたのだが、その内容は想定外のものであった。

 

「ムサシが神イシュタルを殺害したのか」

 

「おかしな話だが、実際に斬った訳じゃないらしい。って言うのも、あの女神の情報を持ってこさせてる娼婦の話なんだが……」

 

アレンはその娼婦からもたらされたという話を語った。

 

強引に引き込もうとしたイシュタルに対して取った武蔵の行動。刀を持たないままに神を斬ってみせたと言う武蔵に、オッタルの目が僅かに細められる。

 

「分かった……引き続き、奴に関する情報があれば俺に伝えろ」

 

「おい、オッタルっ」

 

引き止めるアレンの声を無視し、オッタルは中庭から出てゆく。既に外は暗くなっていると言うのに、オッタルはとある場所を目指す。

 

建物の陰に紛れるようにしてオッタルはひた歩く。

 

そんな彼の脳裏は、ただ一つの思いが支配していた。

 

(―――――フレイヤ様は強欲なお方だ。一度欲しいと決められれば、どんなものでも絶対に手に入れる)

 

自身が崇拝する女神が見せたあの目―――武蔵へと向けていたあの視線を思い出し、オッタルは拳を握る。無意識の内の行動だった。

 

(だが、ムサシ(あの男)だけは駄目だ)

 

オッタルが抱いた胸騒ぎ。それは武蔵という男が持つ、得体の知れない悪魔性であった。

 

アレンからもたらされた情報……オラリオでも強大な勢力を誇るファミリアの主神を、躊躇なく“斬った”という武蔵。それから導き出される、武蔵という男の規格外、常識外れの在り方。

 

(俺はフレイヤ様の忠実な(しもべ)。あの方の身に危険が及ぶ事など、万に一つもあってはならない)

 

いつしか握られていた拳からは、ミシミシという音がしていた。尋常ではない力で拳を握りつつ………オッタルは今一度、心に誓う。

 

(………守護(まも)らねば………)

 

 

 

俺がフレイヤ様を守護(まも)らねば。

 

 

 

 

 

 

 

ベルたちの本拠(ホーム)である、廃墟と化した教会。その入り口付近にあった瓦礫の上に、武蔵は腰を下ろしていた。刀は近くの壁に立てかけ、その手にはこの場所へ帰る際に購入したジャガ丸くんが握られている。

 

あぐ……と、そのジャガ丸くんを口へと運ぶ武蔵。ファミリアに入団してからと言うもの、ヘスティアがバイトの(まかな)いとして貰ってくる機会が多くあったため、今では握り飯のように馴染みの味となっている。

 

「ふむ……」

 

もぐ、モニュ……と咀嚼する武蔵。それを飲み込み、武蔵はその視線をある一点へと向ける。この場所へと続く細い裏通りの道だ。

 

「誰かと思えばアンタか、強き男」

 

口元に笑みを浮かべながら武蔵は立ち上がる。裏通りから来た男……オッタルはそのまま歩き続け、武蔵の目の前へとやって来た。

 

互いの間合いは1Mも無い。そこまで近づいたにも関わらず、オッタルは未だ無言のままだ。

 

「どうした、強き男。なにか俺に用があるのではないのか?ん?」

 

「………ムサシ・ミヤモト」

 

身長が自身より上のため、オッタルを見上げる形になる武蔵。未だに微笑を崩さないその顔を見下ろしつつ、オッタルは武蔵の名を口にした。

 

「貴様に立ち合いを申し込む」

 

「………」

 

その申し出に、武蔵が口を閉ざす。

 

見下ろすオッタルと見上げる武蔵。共に無言を貫く事、数秒。武蔵は視線を外さないまま、オッタルへ疑問を投げかける。

 

「俺と立ち合いたい、と?」

 

「そうだ」

 

「時は?」

 

「5日後の夜、オラリオの闘技場」

 

「ふむ……」

 

迷いなく語られたその回答に、武蔵はここでようやく口元から笑みを消した。少し考える仕草を見せた武蔵は、ぎょろりとその目をオッタルへと向ける。

 

「異な事を申す、強き男よ」

 

「………何がだ」

 

「その拳」

 

武蔵はぴっ、とオッタルの手を指差す。

 

「固く握られたその両拳、それが雄弁に物語っておる。今すぐにでも俺を打倒したいと。何故(なにゆえ)そうせぬ?」

 

「………」

 

今度はオッタルが黙る番だった。

 

寡黙な武人の顔ではあるが、その目の奥に宿る武蔵への戦意は隠し切れていない。武蔵の指摘通り、今ここで戦いが始まったとしても何も可笑しくはなかった。

 

しかし、オッタルはきっぱりと言い放つ。

 

 

 

「こんな所で貴様を倒しても何の意味も無い」

 

「あの方に相応しい場所で………全力の貴様を、俺が全力で叩き潰す」

 

「それに何より―――――武器を持たぬ貴様など、倒すに値しない」

 

 

 

「理解したか……ムサシ・ミヤモト」

 

「………」

 

ちらり、と武蔵は立てかけたままの刀を見る。近くにはあるが、手を伸ばして取れる距離でも無い。武蔵は視線をオッタルへと戻し、その目を真っすぐに見やった。

 

「!」

 

メラ……と武蔵の髪が逆立つ。相手を射竦めるような視線がオッタルに直撃し、思わずその顔が硬直した。

 

「強き男………」

 

その視線を外さぬまま、ズチャリと武蔵が一歩、歩み出る。背に纏う空気が震え、陽炎のように揺らめく。

 

 

 

直後、オッタルの右拳が振るわれた。

 

 

 

「ハァッッ!!!」

 

武蔵の顔面を狙った一撃。元より僅かだった間合いは詰める必要も無く、最速で武蔵へと迫る。が―――――。

 

パシィッ。

 

武蔵の手がオッタルの手首を掴んだ。

 

鼻先で静止する拳。そしてそのまま、万力の様な握力で握り締められる。

 

「っ!」

 

「むっ」

 

僅かに顔をしかめたオッタルは、突き出した右腕を思い切り引き戻す。手首を握っていた武蔵はその動きに釣られて体勢を崩し、そして―――――。

 

がきょっ!!

 

今度こそ、オッタルの拳が武蔵の顔面を叩いた。

 

その衝撃で掴んでいた手が離れ、背後の壁に背中を叩き付けられる武蔵。受け身らしき受け身も取れず、そのままズシャアッ、と地に倒れてしまう。

 

「………」

 

地に伏す武蔵を見下ろしながら、オッタルは右手首の調子を確かめるように左手でさする。

 

「言ったはずだ……武器を持たぬ貴様を倒しても意味が無い」

 

やがて手首から手を離し、こう続けた。

 

「あの方に相応しい場所で、相応しい戦いで、相応しい形で―――――貴様を叩き潰す」

 

5日後の夜を待つ。

 

そう言い残し、オッタルは裏通りの道へと去ってゆく。

 

再び一人となった武蔵は地に伏したまま、ニィ……と口角を吊り上げる。顔面を打たれたダメージなどまるで感じさせない顔で、武蔵は一人笑った。

 

(なんと健気な………愛おしいぞ、強き男)

 

 

 

 

 

その翌日、武蔵とオッタルの立ち合いが発表された。

 

オッタルの言う『相応しい場所』であるオラリオの闘技場。何千人も収容する事が出来る施設であり、そこは満員になってこそ本来の姿を現す。

 

下位団員に働きかけ、宣伝は【ガネーシャ・ファミリア】に行わせる事となった。群集の主の異名を持つガネーシャも、オラリオが盛り上がるのならばと乗り気だ。

 

立ち合いの情報が書かれた大量の羊皮紙は、あっという間にオラリオ中に配られた。都市最強の冒険者の姿を拝めると知り、人と神に関わらず、立ち合い当日を心待ちにした。

 

 

 

 

 

「おい、聞いたか!?あの『猛者(おうじゃ)』が誰かと立ち合いをするってよ!」

 

「聞いた聞いた!オラリオ最強が見られるんだよなァ!」

 

「ところで、このムサシって奴は一体誰だ?聞いたことない名前だけど」

 

「誰も知らないって事は“外”の奴か?だとしたらソイツ、ヤバくね?」

 

「オイオイオイ」

 

「死ぬわソイツ」

 

街中では立ち合いの話で持ちきりとなり。

 

 

 

「ムサシさんが、立ち合い……?」

 

「相手はあの『猛者(おうじゃ)』って書いてるけど……」

 

「これ、本当にやるの?」

 

「何がどうなってやがる……」

 

「………フィン」

 

「………うん」

 

【ロキ・ファミリア】では配られた羊皮紙を、アイズたちが怪訝そうな目で眺め。

 

 

 

「ふふ……オッタル。貴方も意外とかわいいところがあるのね」

 

バベルの最上階ではフレイヤが楽しそうに笑い。

 

 

 

そして、ギルドでは―――――。

 

 

 

「ムサシさんが、『猛者(おうじゃ)』と立ち合い………?」

 

「何の冗談だよ、これはよ……」

 

「ヴェルフ様。どうやらこれは、本当に行われるらしいです……」

 

「ムサシ君………!」

 

 

 

 

 

「………」

 

廃墟と化した教会の最奥、ベルたちの生活スペース。武蔵はそこの床の上に正座で座り、一人瞑想していた。

 

刀を左側に置き、両目を閉じている武蔵。行儀よく膝の上にそえられた両手は微動だにせず、まるで置物のようだ。

 

その武蔵が、ぱちりと目を開いた。

 

「………イカンなぁ」

 

そう零した武蔵は天上を見上げる。その口元は自然と吊り上がり、喜びの色が顔に浮かんだ。

 

「まだ3日もあるというのに、既に心躍っておるわ」

 

誰もいない部屋の中で一人静かに笑みを浮かべる。

 

まるで恋い焦がれた(ひと)との再会を心待ちにしているかのように、武蔵のその双眸が僅かに細められた。

 

 


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