ダンまち×刃牙道   作:まるっぷ

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「―――いかな剛力と言えども所詮は蝦蟇(がま)

 

仰向けで倒れ伏すフリュネを見下ろし、武蔵は続ける。

 

「飛騨の大猿のほうが、余程手強いぞ」

 

事も無げにそう言ってみせた、その時だった。

 

部屋の外が再び騒がしくなってきた。ドタバタと複数人の足音が伝わり、その音からどうやら走ってここを目指しているようだ。

 

「何の騒ぎだっ!!」

 

やがて破壊されたドアの向こうから、一人のアマゾネスがやって来た。

 

慌てた様子のその女もまた例に漏れず、露出度の高い衣装を身に纏っている。結わえられていない黒髪は腰まで届き、その長い美脚の根元である腰の位置はとても高い。

 

引き締まった褐色の身体を惜しげも無く晒すこの女……アイシャ・ベルカは、白目を剥いて倒れているフリュネを見つけ、そして驚愕した。

 

「なっ……!?」

 

彼女の後からやって来たアマゾネスたちも、この光景を見て同様の反応を見せた。固まる彼女たちを押し退け、アイシャは一部始終を見ていた娼婦たちに詰め寄り、説明を求める。

 

「おい、何があったんだ!どうしてこのヒキガエルが倒れてる!?」

 

「い、いや。あたしたちも何が何だか……!」

 

出来る事なら説明したいが、説明のしようがないといった様子の娼婦たち。困惑した彼女たちに変わり、小棚に置いていた刀を掴んだ武蔵が口を開いた。

 

「いや、何。そこの蝦蟇(がま)が俺に襲い掛かって来たものでな」

 

「! お前が―――ッ!?」

 

隠すつもりも全く無い武蔵に、すかさず娼婦たちの方を見るアイシャ。彼女たちも必死に顔を上下に振って武蔵の言葉を肯定していた。

 

アイシャは信じられないという表情を浮かべた。

 

あんなナリをしているが、フリュネは(れっき)としたLv5。アマゾネスの恥とも言えるような奴だが、そんじょそこらの冒険者に後れを取るような奴でもない。

 

では、そのフリュネを倒してのけたと言う、この男は何者なのか?

 

アイシャの疑問が口をついて出ようとした、その時。

 

 

 

「うるさいぞ、何があった?」

 

 

 

「む?」

 

またしても、新たな声が加わった。

 

その声に武蔵が反応し、次いでアイシャが振り返った。不可解そうに眉を曲げたのは彼女だけで、その他の者たちは全員が目を見開いた。

 

彼女たちの視線の先にいたのは、まさに絶世の美女であった。

 

アイシャよりも更に少ない面積の布地と数々の装飾品で着飾ったその女は煙管(キセル)を手にしており、優雅に煙を吐いている。紫がかった艶のある黒髪を揺らし、部屋の中に倒れているフリュネから武蔵へと視線を移した。

 

「!!………どうやら、噂は本当らしいな」

 

目を見開き、次いでにやり、と妖艶に微笑んでみせるその女。アイシャは何故ここに?といった顔で、その女の名前を口にする。

 

「イシュタル様……!」

 

 

 

 

 

場所は移され、武蔵は広い部屋へと案内された。甘ったるい麝香(じゃこう)の香りが充満しており、照明も全体的に薄暗い。

 

無論、ドアを壊されたから別の部屋を寄越された訳では無い。その証拠にここにはあの狼人(ウェアウルフ)の少女はおらず、代わりに武蔵の周囲を取り囲むようにしているのはアマゾネスの娼婦たちだ。

 

今の彼女たちが纏う空気は物々しく、先程までとはまるで違っていた。しかしそれもそのはず。彼女たちは娼婦であると同時に、冒険者でもあるのだ。

 

『戦闘娼婦』。それが彼女たちの持つもう一つの顔だった。

 

そんな彼女たちに囲まれ、武蔵はソファに腰かける。

 

フレイヤの部屋のものと同等か、それ以上に豪華なソファであったが、武蔵は特に何も感じなかった。そしてその目は、目の前に座っている一柱の女神に向けられている。

 

 

 

女神イシュタル。この歓楽街を支配する、【イシュタル・ファミリア】の主神。

 

 

 

大理石の長机を隔ててソファに腰かけている彼女は、ふうっ、と煙を吐き出す。その煙は正面にいる武蔵の顔へと吹き掛けられるが、武蔵は全くの無反応だ。

 

「あのフリュネを無傷で退けてみせるとは、中々やるじゃないか」

 

「隙だらけだったからな。造作も無かった」

 

そう語る武蔵の腰には刀は無い。他派閥の女神との“謁見”という事で、今は周囲を取り囲んでいるアマゾネスに混じっている、アイシャの手に預けられていた。

 

「はははは、隙だらけか!驕りの過ぎるアイツに相応しい評価だな!」

 

イシュタルは愉快そうに笑い、肩を震わせる。広い部屋には女神の笑い声のみが反響するばかりである。

 

イシュタルはくつくつと笑いながら、薄く目を開いて武蔵を見やる。

 

(噂通り……いや、噂以上だ)

 

眷属であるアマゾネスの一人から聞いた、ある噂。

 

数か月前、オラリオのとある酒場で【ロキ・ファミリア】の幹部クラスの冒険者が、何者かに派手に昏倒させられたという話。

 

【ロキ・ファミリア】の幹部クラスと言えば確実にLv5以上。そんな冒険者を昏倒させる者などそうそういる訳が無いと、その時は一笑に伏していた。

 

しかし、今日になって信憑性が一気に真実味を帯びた。

 

騒がしい広間を見てみれば、多くの娼婦たちがある男の話題で持ちきりになっていたのだ。

 

ざんばらの髪に無精ひげ、防具らしき防具は身に着けてらず、武器は腰に差した刀のみ。いつの日にか聞いた、あの噂通りの風貌の男がやって来たと言う。

 

興味が湧いたイシュタルは、その男が通された部屋へと向かった。その途中に響いた轟音と、部屋の中の様子。それらからイシュタルは、噂が本当だと確信した。

 

(これほどの男を手に入れれば、きっとあの女神に対抗する良い戦力になる……!)

 

心の底から憎たらしい女の顔を思い浮かべながら、イシュタルは口の端を釣り上げる。一瞬だけ変わった空気に、背後にいる従者が思わず身震いした。

 

「話は変わるが……お前、所属するファミリアはどこだ?」

 

「“ふぁみりあ”か?」

 

イシュタルから降られたその質問に、『この質問はオラリオ(ここ)の風習か……?』と不思議そうな顔で答える。

 

「【へすてぃあ・ふぁみりあ】だが……」

 

「【ヘスティア・ファミリア】?」

 

武蔵の口から語られたその名前に、イシュタルは怪訝な顔をする。やはり高名なファミリアの名前でも出ると思っていたようだ。

 

(どこの田舎神か知らないが……それなら都合が良い)

 

煙管を咥えながら、イシュタルは思う。

 

これなら籠絡は容易い、と。

 

「お前、私の眷属(こども)にならないか?」

 

「「「「「   !?   」」」」」

 

その言葉に周囲のアマゾネスたちは驚いた。しかし彼女の背後の従者とアイシャだけは違ったようで、やはりと言った表情を浮かべている。

 

(やっぱりそのつもりだったか……)

 

アイシャは内心で嘆息し、主神から視線を外す。イシュタルはそんな事など全く気にせず、武蔵の勧誘に取り掛かる。

 

「お前ほどの腕なら、もっと良い条件で私がもらってやる。極上の食事も、酒も、もちろん女だっていくらでもくれてやる。この世の極楽を味あわせてやる」

 

何だったら、私が相手をしてやっても良いぞ?と、次々と好条件を突き付けるイシュタル。主神の何時にない食い気味の勧誘にアマゾネスたちが呆気に取られる中、武蔵は少し考えるような素振りを見せた。

 

イケる。そう踏んだイシュタルが内心で笑みを浮かべたが―――――。

 

「いやぁ~~~………別にいいな」

 

「なっ……!?」

 

まさかの拒否に戸惑うイシュタル。そんな女神を気にも留めない武蔵は、こりこりと顎を掻く。

 

「何故だ、贅沢の限りを尽くした生活が出来るんだぞ!?なぜこの申し出を断る事になる!」

 

「そう言われてもなぁ。確かにそう言った生活も面白くはあるだろうが……」

 

ふっ、と指先にくっついた抜けた顎鬚を吹き飛ばしながら、武蔵は続ける。

 

「割と今の生活も気に入っているのだ。不満も無し、変える必要は感じない」

 

「………ッ!!」

 

カァ、と女神の顔に朱色がさす。

 

人間(こども)が思い通りにならない怒りと、自分を抱けると言う条件すらも跳ね除けられた屈辱。久しくイシュタルが味わう、あの女神(・・・・)以外から発生した激情。

 

腹の中で爆発しそうになる怒りを何とか治め、イシュタルは冷静を装う。

 

「そ、うか……。まぁすぐにとは言わん。酒でも飲みながら、もう一考するがいい」

 

おい、と従者に目配せし、前もって用意させたものを持ってこさせる。

 

やがて従者は一つの瓶と、二つのグラスを持ってきた。

 

透明な瓶に入った、透明な酒。その封を切るや否や、麝香の香りすらも掻き消すほどの清涼感のある香りが瓶から吹き出した。

 

神酒(ソーマ)だ。そこらで売っているような安物とは違う、正真正銘の完成品だ」

 

「ふむ……」

 

とくとくとく、と注がれる神酒(ソーマ)をグラスに受け取り、武蔵はじっとそれを見つめる。アマゾネスたちが羨望の眼差しを向ける中、アイシャがその形の良い眉を歪ませる。

 

神酒(ソーマ)の完成品……あんなモノまで出して、廃人にする気か!?)

 

神酒(ソーマ)

 

【ソーマ・ファミリア】の主神、ソーマの名を冠するその酒は一口飲めば、まるで極楽のような酩酊感を与える。一般に出回るものでさえその完成度なのに、その更に上をいく完成品(・・・)

 

人間(こども)が飲めばたちまちその虜となり、行く末は廃人だ。それでも抗えない誘惑を秘める酒を出してまで、イシュタルは武蔵を引き込もうというのだ。

 

「旨いぞ、飲んでみろ」

 

「ふむ……」

 

その言葉に従い、カッ、と一口で神酒(ソーマ)をあおる武蔵。イシュタルの口元に獰猛な笑みが浮かぶ。

 

モキュ……キュ……と口の中で転がし、じっくりと吟味する武蔵。やがてゴキュ……と喉を鳴らして飲み込み、ふんっ、と鼻から空気が抜ける。

 

「どうだ、旨いだろう。私のものになればいくらでも飲めるぞ」

 

悪魔の誘惑もかくやと言わんばかりに、イシュタルは畳み掛ける。

 

今の武蔵の脳は完成品の神酒(ソーマ)により、ドロドロに蕩けているはず。そう踏んだイシュタルは先程の好条件も加えて誘惑しようとする。

 

が。

 

「旨い」

 

と、武蔵が言った。

 

その言葉に一瞬疑問を浮かべるイシュタルであったが、きっと神酒(ソーマ)の虜になったのだと理解した。

 

「そうだろう!さぁ、さっさと私のモノに………」

 

 

 

「―――――が、これは酒ではない」

 

 

 

きっぱりと、武蔵はそう口にした。

 

どよ、と周囲がざわめく。

 

武蔵の目は先程と変わらず、無機質な目のままだ。神酒(ソーマ)に溺れても、蕩けてもいない。その目は真っすぐにイシュタルの瞳を射抜き、思わずのけ反る。

 

「お、お前、なにを……」

 

「この劇的な多幸感から察するに、毒の類か。もう一口も飲めば俺でも判断力が鈍るだろうな」

 

―――――毒を盛ったか、女。

 

ゾッとする程に冷たいその瞳に、イシュタルの背中から冷や汗が噴き出る。

 

(不味いッッ!!?)

 

身の危険を感じたイシュタルは本気で『魅了』しようとする。麝香の香りに紛らせてじわじわと武蔵の周囲に漂わせていた『魅了』を全開にする。

 

が―――――。

 

 

 

「  喝ぁっッッ!!!  」

 

 

 

「っひッ!!?」

 

「「「「「  !?!?!?  」」」」」

 

部屋中の空気をびりびりと振動させるほどの大音量で、武蔵が叫んだ。その声に正面に座っていたイシュタルとその従者はもちろん、アイシャを含めたアマゾネスたちものけ反り、ソファの背もたれに、壁に、その背を押し付けた。

 

そして、ゆらりと立ち上がる武蔵。

 

「………見えて透けるような腹を晒し。甘言で、毒で、妖術で―――――この宮本武蔵を籠絡できるとでも………?」

 

「ぁ……ぇ………?」

 

 

 

その時、イシュタルを含めたその場の全員がはっきりと見た。

 

 

 

刀の無いはずの武蔵の腰……そこに帯びた、透明な「らしき」物体(もの)

 

「貴様のその無礼―――――さき程から極まっとる」

 

「それ……って………?」

 

 

 

呆けたようなイシュタルの声が、妙に大きく反響する。

 

 

 

「目的が俺を憤怒(おこ)らせる事なら―――――

 

「ぉ、おまえ………」

 

―――――もう十分果たされている」

 

「その刀………」

 

 

 

ピク…

 

 

 

 

 

 

 

斬。

 

 

 

 

 

 

 

「帰るぞ。刀を寄越せ」

 

後にオラリオで長く語られる事となる「『女神イシュタル』エア斬殺事件」。

 

直接の原因では無いにしろ―――――これが武蔵の命運を決定付ける事となる。

 

 

 




イシュタル斬られるの巻。

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