虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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第十二章 私と君が求める世界
嘘っぱちの答え


 

 鹿目まどかの父、知久は、家族を連れて地下の避難所にやってきた。

 本来であれば最寄りの小学校が避難先として選ばれていたのだが、ガス爆発だとか屋根の崩落だとかで使えなくなったため、急遽別の避難先をということでここの放水路跡地へと足を運んだのである。

 

 最近になってテレビや各メディアで取り上げられるようになったその地下施設は、様々な情報を鵜呑みにするに、元々開発されていた空間を利用しているらしい。

 それを莫大な資金と複雑な提携により大改築することで、避難所としているのだとか。

 

 自分たちの住んでいる場所の地下に、本当にそんな空間が広がっているのだろうか。

 それはまどかでさえ疑問だったし、知久もまたWEBサイトなどで上げられていた秘密結社のアジトが如き施設画像には懐疑的だった。

 

 しかし実際に放水路とやらに入ってみると、そこは意外にもまともな施設であるようだった。

 大きなエレベーターによって地下空間へと躍り出た鹿目家一行は、ネットやテレビで見たイメージとほとんど変わらない巨大空間を見て、しばらく放心状態が続いてしまった程だ。

 

「わ、すっごい広さ……」

 

 まどかの母、詢子もまた驚きを隠せない。

 特撮に出てきそうな施設内部に、まどかの弟タツヤは大喜びだ。

 周囲の幼い男の子の様子を見る限り、彼だけに限った反応でもないようである。

 

 鹿目家は程なくして、係員に訊ねられ、住所と連絡先、家族構成を聞かれた。

 簡単な調査はすぐに済んだ。

 その後、指示に従って巨大な昇降機のようなものを使って流されていくうちに、あれよあれよという間に仕切りが設置してある避難区画へと案内されたのである。

 

「えっと、ここで良いんでしょうか?」

「はい。鹿目様のいる地区は……はい、確かに皆様はこちらで間違いありませんね」

 

 そこには横になっても不快感が無いであろう厚手のマットをはじめ、シュラフ、ブランケットなどが一通り揃っていた。地区の住民が利用する使い捨ての歯ブラシやひげそり、各種生理用品もまとまった数が揃っている。

 真っ先に自分とタツヤの分の使う消耗品に抜けが無いのを確認した詢子は、今朝からずっと出せなかった安堵のため息をつけた程であった。

 

「近くで良かったね」

 

 居住環境に不満はなく、一定のプライバシーも守られている。

 家庭用の電圧も確保されていることに携帯の充電の心配をせずに済んだまどかも、この誂えたかのような巨大避難施設にはホッと息をつけたようだった。

 

「うんうん。まさかあの使われてなかったトンネルの扉から、こんな場所に入って来れるなんてねえ……アタシ知らなかったよ、こんなところ」

「あ。そうだ、何か飲み物とか……」

「あ、大丈夫ですよ」

 

 知久は立ち上がろうとしたが、近くにいた係員に止められた。

 

「全て揃えてあるので問題ありません。僕と同じこのゼッケンをつけている人に聞けば、お渡ししますので」

「そうですか! ありがとうございます」

「それと、もしご家族の中で持病のある方がいれば、お聞かせ願えますか。アレルギーなども」

 

 飲食物や医療に関しては、特に不備はない。

 そしてそういった地区ごとの過不足を把握し共有できる係員の多さもまた、予算を顧みないほどに潤沢に用意されていた。

 

 手厚く親切である。しかし、聞けば聞くほどに謎の組織だった。

 

「……あ、この人のゼッケンのマークって……」

 

 まどかは係員がつける薄紫色のゼッケンの絵柄を見て、驚きの声を上げる。

 

「ん? これかい? うちの会社のロゴらしいけど、詳しくはわかんないなあ。なにせ、僕もまだ新入りだからね」

 

 一見するとゆるキャラかマスコットキャラのように見えるそれ。

 しかしまどかにとって、それは非常に見覚えのあるものだった。

 

(……スーツを着たソウルジェムが、シルクハットを被ってる。デフォルメされてるけど、間違いない……これって)

 

 ソウルジェム。シルクハット。何よりそのカラーリング。

 間違いない。

 

「ほむらだね」

「わっ!? さやかちゃん」

 

 まどかの背後から顔を出したさやかも同じ答えにたどり着いたらしい。

 

「あら、さやかちゃーん久しぶりぃ」

「へへ、お久しぶりです」

 

 突然のことで驚いたまどかではあったが、同時に慣れない場所で親友と出会えて、それ以上にホッと人心地ついたのだった。

 

 

 

「ほーい、お茶もらってきたよ」

「ありがとー、さやかちゃん」

「いやぁ~タダで色々な飲み物が飲めるなんて、避難場所とは思えないくらい良い施設だねえ」

「えへへ、そうだね」

 

 二人は居住区画とは少し離れた場所にある待合室のような作りの団らん空間にやってきて、ソファーに腰を落としていた。

 辺りにはまだ人の姿も少ない。家族にも聞かれたくない話をするには都合が良かった。

 

「さっきもロゴ見たけど、ここの会社“Hompty”っていうんだって。すごい会社もあったもんだよねえ」

「ホンプティ……あはは……これってさ……」

「間違いないだろうね……」

 

 これ見よがしに主張しているソウルジェムとシルクハットが、何もかもを物語っている。類似性のある名前はそのトドメだった。

 

「ほむらちゃんて、一体何者なんだろうね……」

「さてね。きっと、私達の考えの及ぶような奴じゃないんだよ、あいつはさ」

「それって?」

「んー、普段学校とかでは何も考えてない、ちょっと抜けてる所はあるけどさ……隙が無いっていうか」

「うん」

「そう! 深さがあるっていうの? うん」

 

 思わせぶり。ミステリアス。だからこそ、こんな大それた施設に関わっていると後からわかっても、あまり驚きがない。納得してしまえる、根拠のない説得力があった。

 

「私はね、ほむらのそんなところに随分助けられたような気がするよ」

「……ほむらちゃん、かぁ」

 

 まどかは俯き、考える。

 一人でワルプルギスの夜と戦いにいったほむらのことを。

 

「私は、ほむらの言葉を信じてる。街のために一緒に戦えないのは悔しいけど、私はほむらの言う通り、ここで待つことにする」

「……うん」

「だからまどかも安心しなよ。きっと、大丈夫だから」

「うん」

 

 どうやらさやかは、心配性なまどかを気遣ってやってきたらしい。

 前向きな励ましの言葉に、まどかも少しだけ勇気づけられた様子だ。

 

 

 

「すみません、貴女は鹿目まどかさん……でよろしいですか?」

「へ?」

 

 そんな彼女に、声がかけられた。

 声をかけたのは係員の一人で、共通のゼッケンを着用している。

 

「私は、鹿目まどかですけど……」

「会社の方で手紙を預かっているので、これをお受け取り下さい」

「手紙……?」

 

 渡されたのはひとつの封筒。

 猫の刻印で閉じられている、至って普通のものだった。

 宛先人は書かれていない。

 

「ほむらから、なのかな?」

「あの、これって誰から……?」

「いや僕は下っ端なのですみませんね、そこはわからないです。それでは」

「はあ……」

 

 係員の男は義務的に頭を下げると、すぐにその場を立ち去ってしまった。

「何が書いてあるんだろ」

「わかんない……」

 

 ひとまず開けるしか無いのだろう。

 まどかは刻印を剥がし、中から一枚の小さな紙を取り出した。

 

 

“まどか。一人でJ14のパイプ室に入って、指示に従って来てくれ”

 

 

「……これって」

「間違いないね、ほむらっぽい感じがする」

「呼ばれてるの? 私だけ?」

「……何か、意味があるんじゃないかな」

「そうなのかな……」

 

 見知らぬ手紙。謎の指示。

 まどかの不安は拭いきれない。

 

 しかし、ほむらが関わっているのなら、行かなければならない。

 意味は理由はわからないが、そう思えてしまうのだった。

 

「とにかく行ってきなよ、まどか」

「……うん、行ってみる」

「ここに居るから。待ってるからね」

「うん、じゃあね」

 

 そうしてまどかは、一人で手紙の指示に従うことにした。

 

 

 

 パイプ室。それはいくつもの配管を束ねた通路で、最近になって作られた場所のようであった。

 当然、人はいない。用があるのは配管を管理する者だけだろう。普通ならこういった場所には鍵がかけられて然るべきだが、施錠されている様子はない。

 まどかはやすやすと部屋に侵入できた。

 

「ここだよね……わ、パイプ管が沢山通ってる」

 

 部屋は細長く、手狭だ。しかしちゃんと人が通れるだけの幅はあるし、進めるだけの奥行きもあった。

 

「指示って、どういうことだろ……?あっ」

 

 やがて配管の通り道が二股に分かれている場所に出た。

 そこには真新しい看板がチェーンでダクトから吊るされており、簡潔な言葉が書かれていた。

 

 

“コーヒーが好きなら左へ”

 

“ココアが好きなら右へ”

 

 

「……これって」

 

 コーヒーかココアか。そう聞かれれば、まどかとしてはココアの方が好きだった。

 

「……こっち、っていうこと?」

 

 そちらの通路を進んでゆく。そしてちょっとした階段や廊下を歩くと、またしても分かれ道と、看板が立ちふさがっていた。

 

 

“演歌が好きなら左へ”

 

“スラッシュメタルが好きなら右へ”

 

 

「……やっぱり」

 

 演歌を選び、進んでゆく。

 

 

“ブリューナクを持っているなら左へ”

 

“トリシューラを持っているなら右へ”

 

 

「……ほむらちゃん、なんだね」

 

 自分にしか答えられない質問。

 知っている人がほとんどいないであろう質問。

 薄っすらと残っていた疑問は、ほとんど確信に変わる。

 

 

“赤いリボンが似合う君は階段を上ったその先へ”

 

 

「……この先……」

 

 まどかは長い階段に出くわした。

 それは本来であれば、エスカレーターなどを用いるべき長さのものなのだろう。

 しかしここにはそれらしきものはない。まどかは少しだけ億劫な気分になりながらも、懸命に足を動かして上へと続く階段を上っていった。

 

「はあ、はあ……長いよ、ほむらちゃん……」

 

 やがて階段の先に、一枚の扉が見えてきた。

 扉にはやはり看板が貼り付けられており、こう書かれている。

 

 

“この先にイースターエッグは無いけど、真実はある”

 

 

「……」

 

 まどかはその扉を、慎重に開け放った。

 

 

 

 

 

 

「やあ、まどか」

 

 湾曲した白いソファーの上で、私は脚を組みながら彼女を待っていた。

 

 まどかは予定通り、ちゃんとやってきたようだ。

 長い階段で少しお疲れ気味のようだが、このとっておきの部屋を見てその疲労も吹っ飛んでしまったらしい。

 というよりは、困惑か。何故こんな部屋に私がのんびり腰を落ち着けているのかわからない。そんな顔である。

 

「……ほむらちゃん? 何をして……それに、ここって」

「ここはちょっぴり頑丈な部屋さ。快適だよ?」

 

 私はおどけながら、両腕を広げて部屋を見回してみせる。

 

 壁にかけられたインテリアイメージフレーム。

 実用性の薄いぐにゃりと曲がったソファー。

 そして壁一面に掛けられた真っ白なスクリーン。

 

 なかなかお洒落なシアタールームのようだろう?

 私の夢、いいや、過去の部屋の再現だ。ここまで作るのには結構苦労したのだけど。

 

「ほむらちゃん……ワルプルギスの夜って、もう来るんじゃ……」

「来ているよ」

「え……」

 

 そう。ワルプルギスの夜は既に見滝原に顕現している。

 今頃は暴風を撒き散らしながら、車や軽めの屋根を空にばらまいて遊んでいるんじゃないかな。

 

「え……じゃあ、ほむらちゃん、早く行かないと」

「まあ急ぐ必要は無いさ」

「え、ええ……」

 

 まどかが身体を震わせる。

 縋るような目で、私を見る。

 

「……ほむらちゃんなら勝てるって……言ってたよね? 本当……だよね?」

 

 彼女は心配そうに、戸惑うように訊ねた。

 

「ふふっ」

 

 私は彼女の困ったような顔を見て薄く笑い。

 

 

「嘘」

 

 

 笑顔で全ての期待を裏切った。

 

 

 


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