虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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君の祈りを受け取る者

 

 夜の街をふらりふらりと歩く。

 自転車はつい一時間ほど前の夕時に、つい癇癪を起して蹴り壊してしまった。もう二度とあれに乗ることは無いだろう。

 あんなものを使わずとも、さっさと専属タクシーを走らせればよかったのだ。

 

 

 

:期日までに、手筈通りの施工が完了する予定です

 

 

「……ふん」

 

 

 タブレットを片手に、増築中の建物の外観を遠目から窺う。

 

 堅牢な設計と高い視認性。カメラもあるようだし、非常電源も……うん、まあ平気だろう。

 

 無骨な見た目だが、気にする事は無い。

 観客席は崩れ落ちなければそれでいい。

 

「さて、大体見終わったかな」

 

 タブレットを指でスクロールし、報告を流し読み。

 受信したメッセージのうち、興味のある場所はだいたい全てこの目で確認したようだ。

 

 ……少々、時間に余裕が出てきたな。

 

「……息抜きに、久々にあそこに行ってみるか」

 

 ワルプルギスの夜の事だけを考えていても行き詰まってしまう。人には適度な息抜きと娯楽が必要だ。

 見滝原の形があるうちに、楽しむべき場所を楽しんでおこう。

 

 私にとっても、これが最後と決めているのだから。

 

 

 

「や、奇遇」

「あれ?」

 

 なんとかディウスの前の椅子に座る杏子にコーラを差し出すと、彼女はポッキーを口から落として驚いている様子だった。

 私はパーカーの上に落ちたポッキーを拾い上げて、コーラの代わりとそれを口の中に入れた。

 

「今のアタシが言える事じゃないけど、悠長だなあ」

「おあいこって事だな」

 

 コーラを受け取って笑顔に変わった杏子が、どういう怪力か片手の親指だけでキャップを弾き開けた。

 私もどどんなんとかの機械の前に座って、自前のコーラを一口飲む。

 

「そうだ、ほむらのためにグリーフシードを二個手に入れておいたんだ」

「へっ?」

「あはは、なんだその声! まぁ受け取れよ」

 

 そう言う彼女は、私の座る台の上に二個のグリーフシードを転がした。

 しっかり針で立っている。本物だ。それも未使用。いや、そうじゃなくて。

 

「……良いのか? こんなに、大変だっただろう」

「うちの方じゃ結構魔女もいるからね。ほむらのために狩っておいたんだ」

「私の……」

 

 グリーフシードを握りしめる。

 これを、突き返すことも良いだろう。それが道理というものだ。私に受け取る資格はない。

 

 けれど、それでも私は握りしめる。

 

「ありがとう、助かるよ……大事に使う」

「へへ、気にすんな! ちょっとした贖罪でもあるしさ」

 

 彼女の笑顔を見るのも、少し辛かった。

 

 みんなみんな、いい人ばっかりだ。

 

 

 

『無駄ぁ!無駄ぁ!』

 

 レバーとボタンを素早く操作して、一撃一撃を確実に当ててゆく。

 以前の私とは一味も二味も違う。そこらへんのヤワなキャラ相手では、今の私に太刀打ちできないだろう。

 

「うお、そうくっか、ぬぬぬ」

「ぬぅん」

 

 どうやら、以前の暁美ほむらもこのゲームをやっていたらしい。ゲームに関しては、結構詳しかったようである。

 なるほど。私の身体もなんとなく操作を覚えているわけだ。

 

「なあ、ほむら」

「ん?」

「勝てるのか?」

「勝てるさ」

「ワルプルギスの夜にさ」

「そっちか」

「そっちだろ」

 

 もちろん、知ってはいたが。

 

『無駄無駄無駄無駄無駄無駄』

 

 唐突な問いに驚いて、答えに窮していた……なんて、馬鹿正直には言えないだろう?

 

「……なんとかなるよ」

「それ、信じていいんだよな?」

「……」

『お前の欲しいものは何だ…?』

「あっ、てめ」

 

 こちらのキャラの挑発を見て、杏子のキャラが大きな隙を作った

 

「むだぁ」

「あー! くっそー! もう一回だ!」

「ふ」

 

 

 

 格闘ゲームに飽き、コーラも空き、ついにやることも無くなり、座り心地が良くも悪くもない椅子に並んで座っていた。

 二人でぼんやりと、明るすぎる照明の天井を眺めている。

 ここ最近ずっと動きっぱなしだったので、杏子とのゲームは久々に良い息抜きとなった。

 けれど熱中してやると、それはそれで程よい疲労感も覚える。もちろん、この浮ついた脱力は悪くないものだ。

 

「……なあ、ほむら。聞いてよ」

「んー……? なんだい、杏子」

「アタシ、元々はマミみたいな、普通の魔法少女だったんだ」

「……」

 

 知っている。

 彼女がさやかに告白した過去の事も、私は全て知っている。

 

 しかし、意を決して私に打ち明けている最中の杏子を止めることはしない。

 私は黙って、彼女の独白を聞き続けた。知識としては知りつつも、それを反復するようにじっと聞き入った。

 

「……ふう」

 

 惨劇とも呼べる過去を一通り喋った後、杏子は一息ついた。

 そして彼女はコーラに口を付けたが、中身はもう入っていなかったらしい。ペットボトルを適当に投げ捨て、足をブラブラと遊ばせている。

 

「……魔法は全て自分の為に使う。あれからアタシは、そういう風に生きてきた」

「……ん」

「けど、もうやめようと思う」

「!」

 

 いつの間にか杏子はこちらに顔を向け、にっこりと笑っていた。

 

「また昔みたいに、何かのために戦っていけるなら……ちょっと傷付いたり、早死にするくらい、別に良いかなって思ったんだよ」

 

 薄く微笑んだ杏子の表情は穏やかで、未だ私も見たことがないものだった。

 

「だからさ、ほむら。アタシにはワルプルギスの夜と戦う力は無いけどさ……」

 

 するりと髪留めを外し、胸の前に当てて握り込んだ。

 流れるような長い髪は背中に下りて、シスターのベールのように杏子の背を包む。

 

「せめて皆の為に戦うほむらを、祈らせてくれよ」

 

 祈りの仕草は、まさに聖女のよう。

 きっとその気持ちも上辺だけでなく、本物なのだろう。

 

 嘘っぱちな私とは違って。

 

「……ありがとう」

「……頑張れよ、ほむら」

 

 視界の隅に転がるペットボトルについ目がいったが、彼女の祈りはきっと神の下へ届いただろう。

 

 そんな神様が実在すればの話だが。

 

 

 

 

 誰もいない、暗黒の地下。

 軍用の明るいマグライトを片手に、広い地下を進んでゆく。

 

「……」

 

 物資はきっちり、そこに大量に積まれていた。

 横にはパレットごと配置されたダンボールの壁。地面はしっかりと清掃され、危険物などは散らばっていない。

 光を天井に向けると、照明の配線もなされていた。

 

 総評。この分ならば、発電機もきっと問題はないだろう。

 空調に影響もなさそうだ。もっとも、それ以外の対策も万全であるが……。

 

 ……ここなら、きっと平気だろう。

 

「さあワトソン。しばらくの間、君とはお別れだ」

「にゃ」

 

 黒猫を闇の中に離してやる。

 すぐにどこかへ歩いて行ってしまうかと思いきや、暗がりの中で猫の目が発光しており、こちらに向いたまま離れる気配は無さそうだった。

 

「ワトソン。すまないがね……私はこれから大事な公演を控えているんだ」

「にゃぁ」

「うん。今までも二人の息はぴったりだったさ……けどこれは大事なソロ公演、ワトソンといえど、共演はできない」

「にゃぁ……」

「泣くな、すぐに復帰できるさ」

 

 猫の頭を撫でてやる。

 数十日で、ワトソンも随分と大きく成長したものだ。

 相変わらずの仔猫だが、それでも身体はしっかり大きくなっている。

 きっと私が与えた食べ物が良かったのだろう。

 

「じゃあね、ワトソン……また会いに来るからね」

 

 マグライトの明かりを消し、暗闇の中で思いを馳せる。

 

「その時は……きっと、レストレイドも……いやどうだろう……いやいや、レストレイドともきっと会えるだろう」

 

 白い翼を持ったあの鳩は随分と気まぐれだったが、また会えそうな気はする。

 

「みんな集まったら、またマジックショーを……あれ、ワトソン?」

 

 なんだか随分と静かだなと思ってライトをつけてみれば、そこには黒猫の姿が見えなかった。

 

「……最後の大事な別れの時にだけ消える? 普通……」

 

 ともあれ、これで準備は万全に整った。

 

 あとは嵐が来るのを待つだけである。

 

 


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