虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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第十一章 空転する運命の輪
キャストとエキストラの打ち合わせ


 

―――――――――

 

 

 夢の世界。

 ソファーに腰をかける暁美ほむらは、俯いたまま横目に私を睨んでいる。

 

『……随分と、あの宇宙人と仲良しなのね』

 

 ああ、やっぱりキュゥべえのことか。

 嫌いだものな、君は。まぁ、好きになる理由もないし、気持ちはよくわかるよ。

 でもね。

 

『感情の無い生き物に悪意をぶつけることもないさ』

 

 横に座る私は、あくまで飄々と答える。

 嫌いなのはわかる。それでもやっぱり、壁を蹴っても仕方ないとは、彼女の冷静な部分の寄せ集めである私は考えてしまうのだ。

 

『……ワルプルギスの夜を、どう越えるつもりなの?』

 

 こちらに突っかかっても無駄だと悟った彼女は、話を変えた。

 個人的にはこちらのほうが痛い。

 

『それは内緒だけど、計画は順調に進んでいるよ』

『動いているのは私にもわかるけれど、どういうつもり? 貴女の行動は……全く読めないのだけれど』

『うん、君からしてみれば無駄なことも並行して行っているからね』

『……』

 

 趣味だって同時にやっているのだ。第三者の目線で見ている彼女からしてみればめちゃくちゃなものだろうな。

 

『ま、それはインキュベーターを撹乱させる一助にもなっているし、完璧に“無駄”ではないかもしれないよ』

『……そうね。撹乱という意味では、無駄なことなんてないかもしれないわ』

 

 彼女も解ってくれたようだ。結構適当に言ったのだが。

 

『……残りの日も少ない。舞台裏の準備も大詰めだ。頑張っていくよ』

 

 私は席を立ち、伸びをした。

 

『……無茶はしないでね。あなたの自由ではあるけれど……それでも、死なないで』

『私が心配かい?』

『私だもの』

『あははっ、そうだ、それもそうだな、当たり前か。あははは』

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……ふぁあ……」

 

 夢は終わり、目が覚めた。朝である。

 さて、今日も学校……。

 

「にゃあにゃあ! にゃー!」

「! いけない」

 

 毛布を跳ね上げて起床する。

 寝ぼけ眼で見た時計は、通常起床時刻を二十分もオーバーしていたのである。

 それは急いだとしても、地味に辛いラインだった。

 

「なんで起こしてくれなかったんだ!」

「にゃ!」

 

 ワトソンは短く張りのある声で抗議する。

 そう言われると弱い。

 

「……すまん! ワトソンは悪くないよ!」

 

 寝床のすぐそばにあった白いコンビニの袋から、空き缶ひとつと紙皿一枚を取り出し、ガッと開けてがぱっとよそる。

 

「……ええい!」

 

 そして更にもう一枚の紙皿を出して、そこにもうひとつの缶をぶちまける。

 どろどろした美味しそうなマグロが、柔な皿の上いっぱいに展開された。

 そう。何を隠そう、これが朝食である。

 

「いただきます!」

「にゃ」

 

 学校に遅れてしまう。急がなくては。

 

 

 

 本来ならば、ワルプルギスの夜を相手取る準備する直前で忙しい。

 街の命運がかかっているのだ。本当は学校へ通う必要などないのだが……そこは心を鬼にして通っておかなくてはならない。

 私はワルプルギスの夜を容易く玉砕することができ、学校生活を並行しても何ら問題ない魔法少女なのだから。

 

 誰もいない廊下を走り抜ける。

 そしてガラリと、勢いよくガラス戸を開け放った。

 

「っはー! 間に合った!」

「……うーん、ちょっと遅刻ですね!」

「あれ!?」

 

 なんてことだ。既に生徒も先生もみんな教室に揃っているだと。

 

「あはは……」

「ほむらちゃん……」

 

 クラスのみんなが授業の直前のような、全員着席の澄ました状態で頭だけ私の方に向いている。

 お、おのれ……かくなる上は……。

 

「先生、まだ授業は始まっていない……」

「遅刻です」

 

 有無を言わさない笑顔によって、私の経歴には一粒の泥のシミがついた。

 

「ははは……」

 

 くそ、恭介め。あいつまで私を笑いやがった。

 油断したとき治りかけの脚を蹴ってやろうか。

 

 

 

「まったく、ひどいものだよ。マグロ缶だけを主食にして登校したのは初めてだっていうのに」

「えー!? マグロ缶!? ほむら、これはまたすごいもの食べてきたなぁ」

「お腹空いちゃわない?」

「空くだろうね……三時限目には腹の虫が悲鳴を上げるかもしれない」

 

 自分の机に座り、寄ってきたさやか達と会話する。

 二人とも制服にシワもシミもなく、コンディションは万全のようだ。

 マグロ缶の汁が跳ねて、右袖に新たなシミを作った私とは準備の良さが違う。

 

「それで、さやかちゃん達は昨日大丈夫だったの?」

「え? あー……そうだね」

 

 まどかは、あの後の魔女狩りについて訊いているのだろう。

 しかしこれ以上は聞かれては困るので、口頭で話すには向かない話題だ。

 

『あの後、マミとも合流したかい?』

『うん。粘って探したらなんとか魔女を見つけたから、倒したよ』

 

 おっと、それはすごい。あの場所から始めて探すとなると、結構歩いたんじゃないかな。交通機関も使ったか。

 

『どうだったの?』

『いやぁ、それが杏子先生の指導が厳しくてねー……まだまだ私の先は長そうだよ……』

『ふふ、そんなもんさ。でも接近戦に慣れておくのは良いことだよ。魔力の消耗は馬鹿にならないし……』

 

 そこまで念話を進めていると、授業を受け持つ教師が入ってきた。

 

『……じゃ、この時間の暇な時に』

『うん、そうだね』

 

 おしゃべりは授業中に行うことにしよう。

 それは魔法少女の素敵な特権だった。

 

 

 

『マミさんは遠距離からの投擲を練習した方が良いって言うけど、杏子は接近の技を身につけてからって、意見が対立してるんだよねえ……』

『はは、板挟みだな』

 

 念話の最中でも、私の思考は別の方面に向いている。

 机のPCは足がつくので、わざわざ薄型のタブレットを持ちこんでの作業だ。

 

 

 :委託されていた発注、見積もりで渋られています。

 

 タブレットに浮かぶ細かな文字の集合体。

 数分おきにやってくる確認や催促のメール。

 交渉。打算。妥協。様々な人の想いを代わる代わる相手していると、頭が酔ってしまいそうになる。

 

『杏子ちゃんも熱心に教えてくれてるんだね』

『うん。意外だなーって思ったけど、世話焼きなんだね、あいつも。すっごい助かってるよ』

『……そう、杏子は素直で良い子だよ』

 

 

 :期間は変更できない。プラス百万で交渉。それ以降は一度でも値段にケチをつけたら御破算で構わない。宛はまだ十社以上残っている。

 :それ以降の交渉は無しということですか?

 :これからはその手の企業は相手にしなくていい。

 :了解しました。

 :頼むよ。

 

 

(……思ったよりも安く済みそうかな)

 

 水面下の動きは順調だ。

 金の運用には経験もあり慣れているが、ここまで動きが多いと管理も難しい。人を雇い入れてはいるが、どこまで私の思惑通りに動いてくれるか。

 だが、突貫でやるには仕方がないのだ。舞台の袖で火事が起こっているようなものだと思わなくてはならない。

 ……ああ、また続々と来た。

 

 

:資材搬入の期日には間に合います。問題ありません。

:理由を明かしていただけませんか? 工匠区から疑問の声が上がっているのですが。

:もっとも近い保管庫の契約が取れました。

:可能でしたら一度顔を合わせての打ち合わせを行いたいのですが、お時間は……。

 

 

「……」

 

 流れるメッセージをひとつひとつ返していく。

 メッセージを見ながら、マップの画像ファイルに印をつけてゆく。

 色分けは赤、青、黄。見慣れたものだが、もっともっと整理していかなければ。

 

(……こっちのエリアには更に多くの拡声器が必要だな)

 

 悩むな。これでもし現代にストリートビューが無かったら、今頃私は死んでいたかもしれない。

 現地視察などやっている暇がない。

 

『ところでさやかちゃん、今朝、仁美ちゃんとあまり喋ってなかったけど……何かあったの?』

(……!)

 

 あまり触れてほしくない話題がきたな。無邪気とは恐ろしい。

 

『え……あー、うん……いや、なんでもないけど……』

『そう? ……ほんと?』

『あ~、ほんと、じゃあ、ない……ごめん、実は昨日の放課後、ちょっとあった』

『……』

 

 さやか……。

 

 

:施工が予定に間に合いません。外装枚数を減らせませんか。

:これは合法的な施工ですか? 私共の方では、疑問の声が……。

 

 

(……ふぅー……)

 

 

 頭が割れそうなほど痛い。けど、ここが正念場だ。

 

 表舞台で何事もなかったかのような顔をして、裏でもがく。

 実にすばらしいことじゃないか。

 

 そういうものだろう?

 なあ、暁美ほむら。

 

 机の下で、静かに拳を握り込む。

 

 私は絶対に折れないぞ。

 必ず、見滝原に奇跡を起こしてやる。

 

 それが、大した奇跡でないにせよ。

 


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